【吉田研作先生インタビュー 前半】英語教育改革!求められる新たな力とは?

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目次

1 はじめに

 本記事は、2023年2月24日に行った、吉田研作先生へのインタビューを記事化したものです。吉田先生は日本の英語教育の第一人者であり、現在は上智大学名誉教授、日本英語検定協会会長を務められています。前半では日本の英語教育の変革について概観いただき、新たに求められる英語力について新学習指導要領に基づいてお話していただきました。続く後半では、具体的な授業での実践方法やこれから必要な英語力についてお話を伺いました。英語教育に関わる教師の方々や保護者など、多くの方に通じる吉田先生からのメッセージも紹介しています。

2 英語科の新学習指導要領が求める力

Q. 新学習指導要領はどのように変わり、またどのような力を伸ばすことを目指している? 

コミュニケーションを通して言語を身に付ける。何を知っているか」ではなく「何ができるか」。

 日本では、第二次世界大戦以降「4技能を育成しよう」としてきました。考え方としては昔のいわゆる構造言語学的なもので、言語形態や構造がシラバスの中核にありました。そのため戦後初期の学習指導要領は、例えば 中学1年生で現在形や現在進行形、2年生で過去形、3年生で現在完了形を初めて学ぶなど、構造の難易度によってカリキュラムが分かれていました。 極端なことを言うと、過去形を使った[過去の話]は1年生の時点ではまだしてはいけないということになってしまいます。紆余曲折を経て、少しずつニーズに合わせた英語教育へシフトしていきましたが、英語を学ぶことで何ができるかということについては、二の次的な扱いをされていました。

 2000年代に入り、ヨーロッパのCEFR(Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment:外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ共通参照枠)の研究が非常に進んだために、その取り組みが日本の学習指導にも導入されました。CEFRは「CAN-DO」に基づいて難易度が決定されます。CAN-DOとは、コミュニケーションのファンクション(機能)や何ができるかということに着目し、肯定的に記述されたものです。

 昔の構造主義的な観点からは、言語の習得度合いを評価すると「私はフランス語には男性名詞・女性名詞があることを知っています。」「〇〇という構文があることを知っています。」「時制について〇〇ということを知っています。」と言うことができます。しかし、フランス語を使って「何ができるか」ということに関しては、この昔の考えだと述べることができません。20以上もの公用語があるヨーロッパ連合(EU)では、言語ごとに構造が違うため、そのレベルがそれぞれ同一かを計ることができないのです。そこでEUで考えられたのがCEFRです。どの言語においても、「自己紹介できる場合は自己紹介をする能力をもつこと」、「○○について質問できる場合は○○について質問する能力をもつこと」、「○○についてディベートができる場合は○○についてディベートする能力をもつこと」を示すことが可能です。同じ尺度で習得度をはかるためには、構造ではなく言語機能を重視したCEFRの「基準」が重要です。日本もCEFRを取り入れることで、構造主義的な考えから機能主義を重視したコミュニカティブな考えに方向転換し、カリキュラムを全面的に見直しました。もともと構造主義的な観点からもコミュニケーションについて考慮されてきてはいましたが、それを理論的な面からも変えていこうとしたのです。また文部科学省は、英語以外の教科についても同様に 、「何を知っているか」よりも「何ができるか」を重視しようと方向転換しました。このように、カリキュラムの原点が構造からコミュニケーションに移ったという点が、英語教育の変化に大きな影響を与えたと思います。

3 内容言語統合型学習(CLIL –Content and Language Integrated Learning)の重要性と注目する理由

Q. CLIL(クリル)とは?

 CLIL(クリル)もヨーロッパで生まれた取り組みです。ヨーロッパはアメリカの構造主義的な考えと異なり、機能主義を重視しています。そのヨーロッパの考え方が教育に応用された非常に面白い取り組みがCLIL(内容言語統合型の学習)です。

 ここではフィンランドを例に出して、CLILについてお話しします。フィンランドで暮らす人にとって、英語を習得するのは容易ではありませんでした。英語がインドヨーロッパ語系であるのと異なり、フィンランド語は全く違うウラル語系だからです。ですが、EUでは英語ができることが実質的に不可欠であったため、小学校から外国語教育に多くの時間を割き、カリキュラムの約三分の一程度を使っていました。しかし、そのカリキュラムでは他の教科学習との両立が困難でした。そこで、教科を教えながら言語を身につける学習法はどうだろうという視点で生まれたのがCLILという考え方です。少しずつCLILが普及してきている中で、特に有効だと考えられているのは、技能科目である美術や図工、家庭科、体育 、音楽を英語で学ぶやり方です。技能を身につける科目なので、外国語を用いることに適しています。 日本でも技術科目から徐々に範囲が広がって、さまざまな科目を英語や外国語で教えるようになってきています。

 CLILには4つのC(Content: 内容、Communication:言語、Cognition:思考、CommunityまたはCulture:協学または文化)という枠組みがあります。Communicationは言葉を用いるときに使う言語スキルを指します。またCognitionとは、さまざまな教科の学習に必要な認知力のことです。特にHigher Order Thinking Skillsと言われる高度認知力を外国語を使って育成していくということを目指しています。そしてCommunityまたは Cultureとは、その言語を使っている人たちのCommunityとは切り離せないわけだから、その中でお互いにコミュニケーションをとりながら外国語を使って、文化も身につけていくというものです。

英語を何のために使うのかということを考えると、日本も既存のやり方では実践的な英語力はなかなかつきません。そうした背景から、日本でも他の教科の内容を英語で教えようという取り組みが広がっています。

Q. CLILはなぜ重要なのか?なぜ推奨されるのか?

 CLILでは、実際のコミュニケーションを通して学んでいくので、授業の中でさまざまな機能(ファンクション)も身に付けることができます。構造主義の場合、言語の形だけに偏ってしまいます。また EMI(English-Medium Instruction) やイマージョン教育の場合だと、意味や内容を重視して言葉の形の方が疎かになってしまうことがあります。CLILのなかでもよく使われる方法として、タスクベイスインストラクションというものがあります。タスクを用いることで、効率的に言語機能を身につけることができます。そのため、この方法は言語習得の手段として有効だと言えます。

Q. CLILはどのように教育現場を変えるか?

 CLILを取り入れることによって言葉の重要性が変わると思います。  テストも、文法や単語のテストのように形だけを重視したものから、より総合的にその言葉を使う、あるいはその言葉が活用されている場面における言語能力を測定するというものに変わってくると思います。 わかりやすい例としては、大学入学共通テストでの英語の問題です。かつてのセンター試験には、発音問題やアクセント問題、整序問題などがありました。これらは話す力や書く力を間接的に測定できると言われていましたが、実際の言語使用能力を表しているとは言えませんでした。そこで実際の聞き取り材料や、読み物の中に必要とされる知識を埋め込んで、その必要情報が聞き取れるかあるいは読み取れるかということによって、力を測定するように変化してきました。

 昔のことですが、私は海外留学するためにTOEFLを受けました。昔はかなりたくさん文法の問題がありましたが、最近は非常に少なくなっています。 他のテストでも形だけを重視する問題は徐々に減っている傾向にあり、言語に対する考え方、評価の仕方は変わってきています。英語が現実生活で使えないといけないという意識が大変強くなっているという点で、教育現場における言葉の重要性に対する意識は大きく変化すると思います。

4 プロフィール

吉田 研作(よしだ・けんさく)先生

1948年京都生まれ

現在、上智大学名誉教授、日本英語検定協会会長、国土交通省航空英語能力証明審査会会長、JACTFL(日本外国語教育推進機構)副理事長。元上智大学言語教育研究センター長、上智大学国際言語情報研究所所長、外国語学部長。

その他、「中教審外国語ワーキンググループ」主査、大学入試センター英語四技能実施企画部会部長、英語の資格・検定試験とCEFRとの対応関係に関する作業部会主査、中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会小学校部会委員、英語教育の在り方に関する有識者会議座長、外国語能力向上に関する検討会座長、中教審教育課程企画特別部会委員、東京都英語教育戦略会議座長、NPO小学校英語指導者認定協議会会長、Asia TEFL理事、The International Research Foundation for English Language Education 理事、などを歴任。

交通文化賞受賞(国土交通大臣賞)、Best of JALT 受賞など。

5 編集後記

 新学習指導要領が示すように、個別の場面で適切なコミュニケーションがとれるかを重視し、コミュニケーションベースの授業を目指すことで「言葉の重要性が変わる」という吉田先生のお話が大変印象的でした。知識としての言語ではなく、コミュニケーションのプロセスの中で習得する言語という見方の変化で、これからはコミュニケーションに必要な英語を子どもたちが自ら選び取り、主体性を活かした授業が展開される可能性が高まると思いました。

 続く後半では前半に引き続き、新学習指導要領で重視されているCAN-DOの実践方法、そしてこれからの日本の英語教育についてお話をしていただきます。英語教育の第一線でご活躍される吉田先生のお話をさらに深堀してみてはいかがでしょうか。

【関連ページ】【吉田研作先生インタビュー 後半】不安定な時代を生き抜くための英語力とは?

こちらの記事は2023年2月24日時点の内容です。


(取材・編集・文責:EDUPEDIA編集部)

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