「分かち書き」は、日本語の原点

日本語を日本語として扱う基本の単位

 1年生の国語の教科書は、文章を空白で区切って書かれています。[[“ 「分かち書き」”]]と呼ばれる書き方です。これは、ひらがなばかりが並んでいると読みづらいので、読みやすいようになっている、という程度の解釈をされています。従って、学年が上がって漢字が混じってくるようになると、分かち書きされなくなって、本来の日本語の文章らしくなってきます。 しかし、この分かち書きこそ、[[“日本語を日本語として扱う基本の単位”]]なのです。これを「文節」と言い、今は中学校で習うようです。

パソコンで文字入力するときを考えてみます

 子どもたちの文字入力画面を見ると、変換候補から漢字などを選ぶ小さいウィンドウがあちこちで見られます。よく見ると、時には、カタカナ1文字を選ぶためにこのウィンドウを開いていたりします。 文節単位で「変換」処理をすると、このウィンドウが開くことは劇的に少なくなります。文節を考えると、自然と漢字が定まってくるので、選択する必要がないためです。

 「富士山に登る」という文を考えたとき、「ふ」「じ」「さん」だけではたくさんの漢字が現れますが、「ふじ」、「ふじさん」と文字数を増やしていくことで、変換の選択肢はどんどん少なくなります。さらに、「富士山」が決まったあとでは、「にのぼる」が残り、「に」だけを単独で入力する手間が要ります。これは、「富士山に」をひとまとめにして入力・変換することで、すべて解決してしまいます。

 国語としてアルファベットを使う言語の場合、パソコンではキーボードを打つことがそのまま文章を書くことになりますが、日本語は違います。キーボードのアルファベットを使っても、仮名文字を使っても、画面に初めに表示されるのは「ひらがな」で、あとからこれを、適切な字種(漢字やカタカナなど)に変えなくてはなりません。これを「変換」と言いますが、日本語を素早く入力するためには、文字キーを速く叩くだけでなく、この変換をいかに効率よく行うかが問われます。 変換は、日本語が壊れない位置、すなわち、文節の切れ目で行うことが原則です。

変換のタイミングと文節

 よく行われる変換のタイミングは、漢字やカタカナがひらがなに変わるところです。これは文節の区切りにならないことがほとんどです。この位置で日本語を区切ると、日本語が壊れます。テニヲハ(助詞)から始まる文章はないからです。 (例外の一つに、会話文の後ろの「と」があります) 文節の区切りは逆に、ひらがなが漢字やカタカナに変わるところなのです。ここが変換のタイミングです。(句読点は、直前の文節に含む)

 文節の区切りは、「ネ」を挟んでもいい場所です。[[“音読するとき”]]は、句読点ほどの「間」でないにしても、[[“「間(ま)」を置ける場所”]]、と言えるでしょう。大勢で音読しているとき、回りと歩調を合わせるタイミングになります。

[[“ 板書や、教科書をノートに写す(視写)とき”]]も、1文字1文字元の文とノートを視線が行ったり来たりして書いています。これも、文節単位で処理すると、単純作業ではない、日本語の扱いになりますので、間違いもなく、速く写すことができます。

 このように、文章を文節単位で処理する、ということは、日本語を、本来の日本語として扱う、ということになります。1文字1文字では、日本語になりません。[[“日本語が壊れない最小単位が、文節です。”]] 「言語活動」は、文字や単語の羅列になってはいけません。日本語の原点「分かち書き」を改めて見直すことは、小学校低学年だけに限らず、大事なことではないでしょうか。

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