福井県福井市教育委員会 南部隆幸先生
1.1 概要
「鉄で出来た船が浮かぶのは何故か」という課題を設定し、日常生活の中にある身近なものをおもりとして用い、水上に浮かべる実験を行った。体験活動を通し、生徒が推理・検証を積み重ねながら、浮力の概念をつかむことができた。
1.2 目的
一般的に、「実験が多い1分野の方が活動的になり、理科好きになる生徒が多い」というイメージがあるが、1分野になった途端に学習意欲を失う生徒が意外と多い。これらの生徒の多くは、五感に訴えかけ、その個人に大きな影響を与えるような「原体験」の不足から、概念形成を主とする中学校の授業について来られなかった。そこで、「浮力」を題材に、様々な「直接体験」を積み重ねていく過程で、浮力の概念を自然に身につけ生徒個人にとっての「原体験」が得られるような指導過程を工夫した。
1.3 学習指導計画
学習に要した時間は2時間である。
1時間目:【活動1】いろいろな容器を用いた浮力実験
2時間目:【活動2】いろいろな容器を用いた浮力実験(続き)
【活動3】鉛板を水に浮かす実験
【活動4】タライを使った浮力測定
【活動5】水に浮かぶボーリング球
【活動1】【活動2】いろいろな容器を用いた浮力実験
【使用する教材・教具とその製作方法】
質量・容積・材質などの異なった複数のふた付きの容器
→質量や面積、容積などに違いをつけ、生徒の予想しうる選択肢に併せて用意できるとよい。また、容積が記載されているものを選ぶと生徒の探究活動の助けとなる。容積の大きなガラス製の容器は、質量が大きくてもかなり多くのおもりを載せることができた。
・「中通し」と呼ばれる鉛製の釣りのおもり3号
→各班40個ずつ利用した。重さが約10~11gあり、個数を10倍することでだいたいの重さが簡単に概算できる点が便利である。転がりにくいラグビーボール型のものを使用した。
【活動内容】
【活動1】まず、生徒達はA~Dまでの性質の異なった様々な蓋付き容器の中から、最も多くのおもりが載ると思うものを、手にとったり水に浮かべたりしながら予想する。そして、実際に1つずつおもりを出し入れしながら、容器が浮沈する様子を観察し、浮力の存在を手応えや視覚から直接感じる。
【活動2】鉄で出来た容器Eを提示する。活動1で体験して得られた知識を利用し、容器Eにおもりがいくつ載るかを予想する。
【学習指導方法】
【活動2】メスシリンダーや電子天秤など理科室内にあるものを利用してよいことにすると、かなり自由な探究活動が期待できる。
班ごとの予想を発表させた後、演示実験で確かめる。
<予想される生徒の反応>
水に沈めた容器が浮かび上がろうとするのを手で感じ、「おもしろい」と声を上げる生徒も多い。A~Dの容器のうち最もおもりが載せられる容器を予測させると、多くが最も軽い容器Aや平たい形の容器Bを選び,容積の大きな容器Cを選ぶ生徒は少ない。したがって、実験でCに最も多くのおもりが載ったときには驚きの声が上がる。
【活動2】で、おもりを増やすごとに、容器の水中の部分が増えていくことに気がついた生徒は、計算機で容器Eの体積を計算したり、メスシリンダーで水を使って容積を測定したりするであろう。実践では、ほとんどの班が+2個の範囲にきわめて高い精度で予想することができた。
Ⅱ.【活動3】鉛板を水に浮かす実験
【使用する教材・教具とその製作方法】
・鉛板(20cm×18cm 厚さ1mm)
【活動内容】
変形可能な鉛板を各班に配布し、水槽に浮かばせる。質量は同じでも、形を変化させ、容積を大きくすることでより多くの水が押しのけられ、大きな浮力が得られることを再確認させる。
【学習指導方法】
最初は平らなまま水に浮かる生徒や、丸めることで体積が大きくなると考える生徒がいて、生徒の思考を確かめる上で有効である。試行錯誤の時間を保証してやると、最終的には船型にして容量を大きくすることで、押しのける水の量も大きくなり浮力も大きくなることを発見することができる。
Ⅲ.【活動4】タライを使った浮力測定
【使用する教材・教具とその製作方法】
- 水を張った子供用プール
- タライ(100L )
→20Lごとに赤い色を塗り、外から見てどれ位の量が水につかっているのか分かるようにした。
* つけもの石(10kg、5kg)
→おもりとして使用。水に浮かべたタライに1つずつ載せていく。
【活動内容】
100Lのタライを子供用プールに浮かべ、中に載せるおもりの質量と、タライが水に沈んだ量(押しのける水の量)から、アルキメデスの原理を説明した。
おもりを1つ入れるごとに、10L分だけ水に沈むタライを見ながら、押しのけた水の量と浮力との関係を理解することができる。
また、タライに直接生徒を載せ、水中に沈んだ量から体重を予想できる驚きを体感させた。
*アルキメデスの原理…個体の全部または一部を流体中に浸すと、それが排除した流体の重さに等しいだけの浮力をうける、という原理。(新村出編『広辞苑第六版』(2008)岩波書店)
【活動5】水に浮かぶボーリング球
【使用する教材・教具とその製作方法】
・ボーリング球(8ポンド(約3.6kg)、直径約22cm、体積約5500cm3 )
→1ポンドは453.6g。12ポンド(約5.4kg)以下の重さの球が水に浮くこととなる。
・衣装ケース大のプラチック容器
→水槽として利用する。
【活動内容】
ボーリングの球を用意し、これまでのまとめとして、ボーリングの球が水に浮くことを予想した。
【実践効果】
Ⅰ.生徒の学習意欲を喚起できた。
お風呂などで浮力を感じたことのある生徒はクラスの半分もいなかった。活動1で、一度沈みそうになりながら浮かび上がる容器を手で押しながら、五感を通してその浮き沈みを感じ取っていく生徒たち。
重力と浮力がちょうどつりあって,中に浮遊する容器をじっと見つめながら「すごい」と声を上げた。
Ⅱ.原体験から探究学習へと質を高めることができた。
【活動2】では実験を重ねる中で、おもりを載せるごとに水中の体積が変化していくことに気づく生徒が多かった。生徒たちは容器に載せることができるおもりの数をそれぞれ工夫しながら求めたり、【活動5】でボーリングの球が浮くことを、学習した概念を利用しながら予想したりするなど、質の高い探究学習が展開できた。
Ⅲ.「浮力」を身近なものとしてとらえられた。
身近な道具を使用し、体験的な活動を繰り返すことで、「浮力」を身近なものとして考えられるようになった。
【生徒の感想】
・(活動1・2で)内容量が1番大きな容器に最も多くのおもりが乗りました。それは、1番重さが重かったのでびっくりです。浮力がたくさん働いているのだなと実感しました。
・今まで「絶対浮かないだろう」と思っていた重いものが、浮力の力で浮いたのですごいと思いました。
【講師プロフィール】
南部隆幸 先生
福井県福井市教育委員会勤務。元福井市灯明寺中学校理科主任。「第40回東レ理科教育賞」(財団法人東レ科学振興会主催、文部科学省後援)受賞。どんな学力の生徒も授業参加できる「授業のユニバーサルデザイン化」を目指した実践を2006年度から進めており、理科好きの子どもを育てる工夫を凝らしている。
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