ディベートを教育に活かす(藤川大祐先生)

1 はじめに

この実践記事は、千葉大学教育学部教授藤川大祐先生への取材や著書に基づき編集されたものである。 藤川先生はリテラシー教育の一環としてディベート教育の重要性を唱えられている。今回は小学校や中学校でのディベート教育がなぜ重要なのか、実践にあたり知っておくべき基本的知識等をまとめた。さらに、「死刑の是非」を例とした試合の進め方を記し、実践として取り入れやすくしている。

2 対象とねらい

対象

小学生以上。年齢に応じて論題は変える。(国家レベルの政策論題は中学生以上が相当)

ねらい

ディベートを通して、情報に対する批判的見方や論理的思考能力を磨く。

3 ディベートとは

ディベートとは、言語能力を包括的にトレーニングする手段としてのゲームである。肯定側と否定側に分かれて一定のルールに基づいて戦い、第三者の審判によって勝敗を争う。 ディベートで扱われる論題は、「日本は死刑を廃止すべきである。是か非か。」等、意見の対立がありうる政策的な問題を扱うことが一般的である。賛成側と反対側に分かれて議論を行うためには「~すべきか、否か。~は是か非か」という二者択一になるように論題を設定しなければならない。

小学校低学年でディベートを行う場合には、クラスで決定しなければならないことや児童会として導入を検討していることを論題にすればよい。 学校に自動販売機を設置して良いか、お楽しみ会等のレクレーションを行うか否かなどが考えられる。そうした身近なテーマを通して、自分が当たり前だと思っている意見に対しても否定的な考えがあることを知ることが大切である。通常の話合いでは、児童が場の空気に流され、少数意見が出にくいという場合がある。その結果、一面的な見方に基づく結論が出されてしまいかねない。それに対して、ディベートでは初めから肯定否定と分かれている。議論を通してそのメリットだけでなくデメリットにも考えを及ぼすことにより、幅広い観点から考える姿勢が養成出来る。

4 ディベートの教育における重要性

日本においては、集団の中で価値観や態度が類似であることが求められる傾向がある。つまり、対立を表面に出すことが避けられ、多数派に調子を合わせなければならないという同質原理が強く働くのである。 同質原理が支配する学校では、子どもたちは互いに空気を読むことが求められ、その内部での権力関係が固定しやすい。いわゆる「スクールカースト」と言われる実質的な階級制が機能して、上位の者の考え方に下位の者が合わせることになるのである。こうした共同体では、力ある者が不正行為やハラスメントを働いても、誰もそれを止めることが出来ず、モラルが崩壊し、共同体の存続が危うくなることになる。

同質原理と対立する概念が異質原理である。異質原理とは、互いが異なることを前提とし、異なることをよしとする考え方である。学校でも学校外の社会でも、この異質原理に基づくことが求められる傾向がある。

ディベートは、学校を日本において支配的な同質原理から異質原理に基づいた空間に変えるのに役立つ。ディベートは社会には多様な意見があることを前提として、相手の意見を傾聴し、自らの考えにおかしいところはないかを吟味していく作業でもあるからである。 学校や地域社会で異質原理が機能すれば、深刻ないじめの発生を抑止できるだろう。ディベートは学校空間を健全なものに変えていく上で極めて実効性のある教育なのである。

5 ディベートを授業に取り入れる際に注意すべきこと

ディベートの際には、正確に伝わるよう話す、根拠をもって主張する、相手の話を正確に聞く、相手からの批判を受け入れる、権威ある資料を批判的に検討するといったことが求められる。必ずしも結論を出すことが目的ではない。参加する一人一人がその場の空気に流されることなく、根拠を持って話したり、行動したりする態度を身に付けることこそ重要である。 クラスで物事を決定しなければならないときに、ディベートを行った上で話し合いを行えば、より多様な観点から議論が出来るのである。

クラスで行う場合にはクラスの中で賛成・反対の1組のグループが試合を行い、残りが試合を観るという場合もあるが 、班別に分かれて各自で試合を行うという形式をとっても良い。大切なのは、試合に参加するにせよ見るにせよ、一人一人が議論の中身について考えるようにすることである。そのために、教師が各班の子どもたちの発表の様子を見たり、議論の整理をしたりするのも良い。

ディベートにおいては資料等の情報収集を行う場面がある。そうしたディベートの事前準備においても批判的思考能力を磨くことが出来るであろう。ネットや文献、新聞記事等、同じテーマについて書かれた記事を比較させることが重要である。その過程で、情報とは客観的事実そのものではなく、伝える人の主観が入り込んだものだと認識させることも出来る。 子ども がディベートに慣れていない場合、事前準備、試合の場面においてアドバイスを出すことも必要である。

6 試合の進行方法

ディベートの進行方法は場合に応じて変えてよいが、「肯定側立論→否定側質問→否定側立論→肯定側質問→否定側第一反駁→肯定側第一反駁→否定側第二反駁→肯定側第二反駁 」 という形式がとられることが多い。例えば、「日本は死刑を廃止すべきである、是か非か。」という論題について議論することが考えられる。これについて賛成側反対側が議論を進めていくわけだが、その勝敗は死刑廃止のメリットとデメリットの比較に基づく優劣により決せられる。
※以下、編集者による各パートの基本的説明
=== 肯定側立論
肯定側のチームはメリットを主張する。 死刑廃止がどのような良いことをもたらすのか示すことになる。メリットが成立するための条件として示さなければならないのが、内因性、重要性、解決性の3つである。

内因性

現在ある制度(ここでは死刑)によって何らかの問題が起こっていることを意味する。例えば、誤判・冤罪に基づく国家による無辜の人の殺人を主張するとしよう。その場合、まず「死刑を存続した場合、誤判や冤罪により、無実の人や量刑上死刑に当たらない人が死刑に処されてしまう可能性がある」ことを示す必要がある。

重要性

問題がいかに深刻であるかということを意味する。死刑廃止の重要性を検討すると、「死刑が執行されてしまえば、その人の生命が二度と戻ってこないため、その廃止は極めて重要」ということになる。

解決性

その問題が行動(ここでは死刑廃止)により解決するということである。つまり、「死刑を廃止すれば、誤判・冤罪があった場合にも、補償を通じた一定程度の人権救済が可能になる」ということになる。

否定側立論

死刑廃止によるデメリットを主張する。つまり、死刑廃止により新たに生じる問題を示すわけである。例えば、死刑の持つ犯罪抑止力の喪失による凶悪犯罪の増加が考えられる。デメリットが成立するための条件として示さなければならないのが、デメリットの発生過程、深刻性、固有性の3つである。

発生過程

デメリットがどのような過程で発生するのかを示す。「死刑が廃止されると、どんなに凶悪な犯罪を行っても死ぬことはなくなる。そのため、犯罪集団等が凶悪な犯罪を行うことに躊躇しなくなる可能性がある」ということになる。

深刻性

デメリットがいかに深刻であるかを示す。「もし凶悪な犯罪が増えれば、国民がそうした犯罪に巻き込まれる可能性が高まる」ということになる。

固有性

現状ではそのような問題が生じておらず、デメリットが死刑廃止に伴って起きるということを示す。「現状では死刑が凶悪犯罪の抑止力になっている」となる。

第一反駁

両者によりメリット及びデメリットが提示された後、ディベートは反論の時間に移る。反論は、立論で示されたメリットやデメリットが起こり得ないことや起こったとしてもそれが小さなものであることの拠 等を示して立証する作業である。具体的には、メリット及びデメリットを支える内因性(発生過程)、重要性(深刻性)、解決性(固有性)に対して反論を加えることになる。

否定側第一反駁

「死刑を存続した場合には誤判や冤罪により不当な死刑が行われる可能性がある」という肯定側の現状分析に対して、3審制や再審制度等の刑事司法システムの存在により、そういった事態が起こりうる可能性が限りなく小さいことを示すことになる。

肯定側第一反駁

死刑を廃止しても凶悪犯罪が増加しなかった国の統計等から、そもそも死刑に凶悪犯罪抑止力がないことを示し、発生過程を否定することになる。  

第二反駁

肯定側第二反駁・否定側第二反駁

第一反駁が終了した後は第二反駁に移る。相手側からの反駁に対して再び反駁し、メリット・デメリットが存在することを示すことになる。

試合の勝敗・振り返り

試合の勝敗は第三者である審判が決める。判定はメリット及びデメリットの質的、量的、確率観点を掛け合わせて考える。質的観点というのは値的にどれくらい重要かということであり、人間の生命に関わることは質が高いということになる。量的観点は どの程度の地理的規模、時間で起こるというかということである。確率的観点は、 必ず起こるのか、ほとんど起こらないのか、という観点から見なければならない。

ディベート は振り返りが最も大切である。どういった主張がなされたか、それに対してどのような反論がなされたかを確認し、メリット・デメリットの比較をする必要がある。そこでの議論の反省点を生かし繰り返し試合をすれば、生徒の言語能力は格段に伸びていく。

7 編集後記

 ディベートは論理的思考力や批判的思考力を養成する上でも有効な知的訓練であり、現在では企業の研修等様々な機会で取り入れられている。 新聞、テレビにとどまらずネットの掲示板やツイッターなど多種多様な情報で溢れる環境が出来つつある中、子どもたちはそれらの相対立する情報を冷静に分析し、自分の頭で考え抜いて行動することが求められている。ディベートは、表面的なメリットやデメリットだけで判断せず、それらの比較によりどう行動すべきか判断する自立した思考を養成する上で有効である。学校現場で積極的に取り入れられるべきであろう。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部  筬島大輔 )

36

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA