エンカレッジスクールにおける宿泊体験行事の可能性(宮崎三喜男先生)

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目次

1 はじめに

本記事は、中日新聞東京本社と受賞者から許可を得て、第16回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」の受賞論文を掲載させていただいております。

また、他の受賞論文もご覧いただけると幸いです。

第16回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」のまとめページ | EDUPEDIA

2 エンカレッジスクール

私が昨年度まで勤務していた高校は、小学校・中学校時代、やる気がありながら力が発揮できなかった生徒を「力づける・励ます・勇気づける」という趣旨で設置されたエンカレッジスクールであった。エンカレッジスクールとは、小学校や中学校時代に学習についていけなかった生徒が、高校でやり直すことを目的に東京都が指定した新しいタイプの高校のことであり、具体的には30分授業、習熟度別授業、二人担任制、体験学習の重視など特色ある教育課程を持つ学校で、現在東京都には5校が設置されている。

エンカレッジスクールでは、生徒指導をはじめとして様々な問題が蓄積している。そのような中、私が教師をしていて一番残念であったことは、生徒たちが「勉強ができない」ということではなく、あらゆる場面での生徒たちの無気力さや消極的な態度であり、何よりも「頑張ろう」と思う意欲が欠けていることであった。また生徒たちの多くは、義務教育段階において、学習面に限らず多くの場面で様々な挫折を経験し、心に大きな傷を負っている場合が多い。そして「お前はダメだ」「お前はできない子だ」というレッテルを貼られ、またそのような環境で育つ中、自らが「自分はダメな人間だ」「どうせ自分なんか」と決め付け、すべてのことにおいて自信を持てていない生徒が多い。このような中、生徒に自らのキャリア形成を育て、さらに自己肯定感を身に付けるかが大きな課題となる。今回はこの課題に取り組んだ都立蒲田高等学校における宿泊体験研修について紹介したい。

3 宿泊体験研修について

エンカレッジスクールでは特色のある教育活動が実践されているが、特に力を入れているものが体験的な教育活動である。なかでも私が勤務していた都立蒲田高等学校では修学旅行を廃止して、1年生の6月、2年生の10月の2回、農家に民泊する、いわゆるファームステイを実施している。この宿泊体験研修は、朝起きてから夜の就寝まで、全て農家の方と行動を一緒にし、丸ごとふれあう、まさに本格的な体験となっている。私が担任をしていた学年では、1年次、2年次ともに青森県のりんご農家に民泊し、またそれ以外にも、世界遺産に指定されている白神山地でのトレッキング、青森県の伝統芸能である「ねぷた」の運行体験や、津軽三味線の体験を取り入れるなど、生徒に「体験から学ぶ」ということを積極的に実践したのが特徴である。なお宿泊体験研修の生徒向けに配布されたしおりに書かれている目的は以下の3点である。

宿泊体験研修は特別活動の旅行・集団宿泊的行事に該当し、その目的は「平素と異なる生活環境にあって、見聞を広め、自然や文化などに親しむとともに、集団生活の在り方や公衆道徳などについての望ましい体験をつむことができるような活動を行うこと」と学習指導要領に明記されている。しかし、私たち担任団は、それに加え、生徒へ自己肯定感を育むような取り組みを付け加えたく、いくつかのプログラムを取り入れることにした。それは5年後の自分へ手紙を書くタイムカプセルと保護者への手紙である。以下の資料は、実施後に本校のPTA会誌に載せた文章であり、プログラムのねらいが書かれているので紹介したい。

4 宿泊体験研修の成果について

宿泊体験研修が終了し、2度にわたり、生徒に感想文を書かせ、その成果を検証した。その中の一部をここに紹介したい。

宿泊体験研修を通して、「仕事や働くということの意義についての学びがあった」と読みとることができる作文が、この生徒だけではなく多くの生徒から見ることができた。このことから、宿泊体験研修が非常に生徒の勤労観や社会性について有意義な活動であることが見て取れる。しかしながら、生徒の作文から、それ以上に大きな学びがあったことが読み取れるのでここに紹介したい。

以上の文章があらわれているように、「人とのつながりの大切さを学んだ作文」、「体験を通して、頭で考えていたことが体感として認識でき、次へのステップに踏み出せること作文」、「達成感や誉められたことで自分の心が動いた作文」などが多く見られ、当初の目的を超えた成果があることが伺うことができた。

さらに宿泊体験研修についてもう一つ、付け加えたいと思う。それは2年次に青森県の農家に再訪問した時である。クラス替えを行い、人間関係も変わっている中で、実施まで様々な問題はあったのだが、2年次にも1年次に宿泊した農家に同じメンバーで泊まるように設定した。このことは非常に大きな反対や多くの課題があったのだが、農家の方と再会したときの生徒の顔を見て、実施してよかったと実感したのを覚えている。それは「おかえり~」と声をかけてもらったときの生徒の顔が非常に印象的だったからである。毎日、何気なく過ごしている生徒たちは自分が成長しているという実感がもてない。しかし、農家の方に「大人になったね~」と声をかけてもらい、気付いていなくても、知らずに自分が成長していることに気付くことができたのである。また、自分が来たことに心から喜んでくれることを心で感じ、「自分」という存在価値を再発見した瞬間でもあった。

エンカレッジスクールの生徒は自分に自信がないなど自己肯定感が低いことはすでに述べた。また他者から必要とされることや、承認してもらったりされた経験が少ない生徒が多い。今回のこのプログラムが生徒にどの程度、自己肯定感を高めることにつながったかは定かではないが、様々な機会を与えることで、その芽を育てていくべきだと考える。

5 まとめとして

以上、エンカレッジスクールにおける宿泊体験研修について書かせて頂いた。宿泊体験研修は、生徒のキャリア形成や勤労観を育むことが主たる行事のねらいであるが、それ以上に生徒の自己肯定感や人と人との触れ合いから生まれる優しさなど、生徒の心の成長に非常に効果の高い行事であると言える。また5年後には桜の木の下に埋めた自分への手紙が届くことになっている。20歳になっている彼らが、過去からの自分の手紙を読んだとき、さらに自らの成長を実感できるであろう。点ではなく線を意識した宿泊体験研修の可能性に今後も期待したい。

6 実践者プロフィール

都立国際高等学校 主任教諭 宮崎三喜男
第16回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞

7 引用元

第16回「がんばれ先生!東京新聞教育賞」受賞論文『エンカレッジスクールにおける宿泊体験行事の可能性』(都立国際高等学校 主任教諭 宮崎三喜男)より引用
「がんばれ先生!東京新聞教育賞」

本論文は中日新聞東京本社と受賞者から許諾を得て転載しております。

8 東京新聞教育賞について

「がんばれ先生!東京新聞教育賞」は、東京都教育委員会の後援を受け、平成10年に東京新聞が制定したものです。

学校教育の現場で優れた活動を実践し、子どもたちの成長・発達に寄与している先生方の実像は、ともすれば教育に関わる様々な問題や事件の陰に隠れ、社会一般には充分に伝わっておりません。本賞は、子どもたちの教育に真摯に取り組む「がんばる」先生の実践を募集し、それを広く顕彰・発表することで、先生自身の更なる成長と、学校教育の発展に寄与することを目的としています。

募集は6月から10月中旬にかけて行われ、教育関係者らによる2段階の審査を経て、翌年3月に東京新聞紙面紙上にて受賞作品10点を発表します。受賞者には、賞状・副賞ならびに賞金(1件20万円)が贈られます。

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