教科を横断したスパイラルな学習で統計の力を身につける~竹内光悦先生インタビュー・前編~

1
目次

はじめに

 この記事は、2023年11月27日に行った実践女子大学の竹内光悦先生への取材を記事化したものです。統計教育についてお話を伺いました。

 この記事は前後編に分かれており、こちらは前編の記事です。前編では各教科での統計分野の扱い方についてご紹介します。後編では統計の学び方や教える側がとるべき姿勢について紹介しておりますので、そちらもぜひご一読ください。

あわせて読みたい
統計は生徒と共に学ぶもの~竹内光悦先生インタビュー・後編~ 【はじめに】  この記事は、2023年11月27日に行った実践女子大学の竹内光悦先生への取材を記事化したものです。統計教育についてお話を伺いました。  この記事は前後...
https://edupedia.jp/archives/35291

こんな人におすすめ!

  • 算数・数学科や情報科を担当する先生
  • 統計リテラシーのつけ方・活かし方を知りたい方

統計教育の課題

学習指導要領の変化により、統計教育の捉え方にはどのような変化がありましたか。

 平成10年の学習指導要領の変更では、総授業時数の削減が示されました。その結果、算数(数学)において削除された項目の中のひとつが統計分野です。この結果、この学習指導要領で学んだ児童・生徒が先生になったことで、現役の数学の先生でも統計分野を学校教育ではあまり習わなかった人がいます。そのため、学校現場からは「自分たちは習っていないから教えられない」という声も聞こえてきます。

 当時の学習指導要領の内容を見ますと、統計分野にかける授業時数の減少により、平均値は習うが中央値は習わないといったことが起こっています。その頃、海外では回帰分析や正規分布などの発展的な内容までを中学校、高校で扱うところもありました。しかし、日本での学習では大学でも学ばず、社会人になって初めて中央値を知るようになり、この状態でビジネスを行わなければなりませんでした。データを用いた現状把握や意思決定などを行う際に、基礎的な統計グラフと平均値だけで語ることになる状況は問題です。データを有効に活用するためには、統計的リテラシーの習得はもちろんのこと、統計的に問題を考えるプロセスをより理解することが重要です。

   1960年代の日本は科学技術が急激に発展し始めており、特に品質管理の技術が優れていました。例えば、ソニーの品質管理が非常に正確で、保障期間が切れたタイミングで故障するように作られているという意味の「ソニータイマー」という言葉も表れるぐらい、その品質の高さを評価されていました。しかし、今は他国のレベルも上がってきたためそのような話を聞かなくなりました。現在の日本は科学技術に関して、世界的企業が少なくなったと言われています。

 海外との差が顕著に表れたのはPISAというテストです。

PISAとは?

OECD生徒の学習到達度調査。15歳児を対象に読解リテラシー数学的リテラシー科学的リテラシーの三分野について、3年ごとに本調査を実施している。
(引用:国立教育政策研究所『OECD生徒の学習到達度調査(PISA)』https://www.nier.go.jp/kokusai/pisa/ 2023年12月21日

 このテストの結果から、日本人がデータに基づいた説明を苦手とすることが分かり、課題として認識されるようになりました。例えば、波線で省略された棒グラフを見て、実際には少ししか増加していないにもかかわらず「激増している」と表現された記事を見て、どう間違っているかを指摘するのが他国と比べてうまく説明できないといったものがありました。また、外れ値が存在するデータに関しても、なぜその扱いがダメなのかを説明するのも苦手と言われました。日本人は計算能力をはじめとする数学の基礎力は高いですが、社会的な問題に対して、それらを活用する力が弱いと言えそうです。試験に使う数学はできても、社会でその知識を使えない人が増えています。そういった現状を改善するため、当時の日本統計学会統計教育委員会をはじめとする関連団体が、統計教育に関する海外との比較した資料を、文部科学省など学習指導要領を検討している部署に提案しました。

 今、大学にデータサイエンス学部が開設されるなど統計教育を進める動きがありますが、このように統計・データサイエンスの分野を詳しく学んでいる世代が教える側になれば、統計教育に限らずデータサイエンス全体が発展していくでしょう。そうでなければ海外との差はさらに開いてしまうことが予想されます。

授業での効果的な扱い方

統計教育の3要素である「統計的リテラシー」、「統計的推論力」、「統計的思考力」はそれぞれどのようにして伸ばすことができますか。

統計教育の3要素・・・統計的リテラシー、統計的推論力、統計的思考力

統計的リテラシー

 まず、統計的リテラシー統計用語や統計概念の意味を理解する力です。私の授業では、この力をつけるためになぜこの統計用語や統計概念が必要なのかを教えるようにしています。用語だけでなく、その必要性、また求め方はもちろんのこと、実際のデータを用いた分析についても課題等で使う機会を与えることもあります。

統計的推論力

 統計的推論力は、それぞれの用語を関係づけて理論的に考える力です。今までは既にあるデータを統計グラフや平均値などの指標を用いて分析することが多かったですが、標本調査に見られるように、調査対象から外れたものも確率を用いて推定したり、未測定値を予測したりすることが大切になります。もちろん多面的に物事を見るためにも、複数の統計概念を組み合わせて考える力は必要となります。

統計的思考力

 統計的リテラシーと統計的推論力に加え、データで問題解決をしていく統計的思考力が最も重要と言われてます。統計的思考力では、先行調査や現実社会から問題に気づき、その問題を解決するべくデータ収集の計画を立て、その計画を実行してデータを集め、分析し、それらを他者に伝えるというプロセスを大切にしています。


 この3つには、「統計的リテラシー→統計的推論力→統計的思考力」という段階があり、データ(根拠)に基づいた他者への主張になることから、Evidence-based approach(根拠に基づくアプローチ)と呼ばれ、医学や経営学をはじめ、さまざまなビジネスシーンでとても大切です。最終的には習得した知識を実際に活用できるようになることが重要です。特に、ビジネスで根拠のある発言をするには、適切かつ必要なデータを見つけ、問題を発見し、データで解決し、それらを他者に適切に伝えられる統計的思考力が必要です。「どの学年で3つの力のうちのどの力をつけるべきか」という縦割り的な話ではなく、それぞれの学年で3つの力が全て必要になってきます。また、スパイラルという言葉が1つ前の学習指導要領から使われるようになりました。これは「この学年ではこれを習う」というよりも、「繰り返しながら理解を深めていく」と理解できます。このアプローチは、統計的な概念の学びにはとても大切だと考えています。

数学科、情報科などそれぞれの授業で、統計分野をどのように扱っていくべきだとお考えですか。

算数・数学

 算数・数学科では数理的なアプローチからの指導が期待できます。以前、小学校では、D 領域として「数量関係」の一部分でした。現在の学習指導要領では、D 領域が「データの活用」となり、全てがデータの分析に関する内容になりました。そのため、まずは学習指導要領で定められている内容、つまりそれらにあわせた検定済み教科書に基づいて授業を進めてほしいと思います。もちろん既に先生方は教科書に合わせて授業されていると思いますが、授業時間数の関係から軽く流されているという話も学会等報告で聞くこともあり、残念に思います。特に、数値が表す意味や、分布の状況を数理的にどう表現できるか、数量化でき、数理的な特徴をどう持っているか、などが重要だと思います。

情報科

 情報科は、算数・数学科で修得した統計的概念をふまえて実践的かつ具体的に行っていく教科だと思っています。算数・数学科では、基本的に手計算で行うため、あまり大きなデータサイズのデータを扱いませんが、情報科ではコンピュータを活用し、ビックデータなどと呼ばれる大規模データの分析も視野に入れて、これらのデータを使って分析する方法を学ぶことができます。ここで重要なのは、計算できる能力ではなく、計算のために適切な情報が何かの理解と、コンピュータを使った出力結果の情報をどう適切に読み取り、判断できるかの力となります。例えば、売上について考えたいときは朝の気温、前日の客数、湿度などの複数の指標と関連づけて考えることができます。コンピュータを使えば、同時に複数の指標間の関係も散布図行列や相関行列などで一瞬で求められます。そのためにもコンピュータなどのツールの使い方や結果の読み取り方法が重要になります。

 情報科と数学科が統計教育を譲り合っている話も聞きますが、それぞれの科目で教えるべき内容は、これまで紹介したように異なるため、それぞれで知識や技能の修得が大切となります。

その他の教科

 統計的な考え方はその他の教科にも関係します。例えば、国語では、「図表やグラフなどを用いるなどして、自分の考えが伝わるように書き表し方を工夫すること。」などが学習指導要領に書かれ、他者への統計的情報の伝え方を考えます。理科の実験は、結果をグラフで表すこともあります。その要因を考えるのにも統計的な考え方が使われます。英語でも、長文読解問題の中でグラフや表が使われることがあります。そのため、「データの分析」が入試問題に含まれる前は、数学だけがセンター試験で統計分野を扱っていないという研究発表もありました。


 数学は数理的に、情報科は実践的に扱います。それ以外の社会科・理科で社会問題や自然科学問題を扱い、国語ではそれを表現します。

 本来は、このようなものを「クロスカリキュラム」で行うのが望ましいとされています。授業時数が決まっているため実現することは難しいですが、それが実現すれば「社会科の問題を数学で習った統計の知識を使って解決していく」というように、それぞれの分野で習ったことを繋げて考えることができます。また、今の日本の英語教育重視は、世界での日本人の活躍を目指し、良いものと考えますが、海外のカリキュラムではデータで他者に伝える力を学んでいると思えば、単に会話だけの英語ではなく、データを使った英語でのプレゼンテーションができるような力の育成も重要に思います。

 今まであまり統計分野に触れてこなかった人がこれから知識をつけていくためには、日常生活でもデータに目を向けること、統計的センスを高めていくことが大切だと感じています。

先生のプロフィール

竹内光悦先生

鹿児島大学大学院理工学研究科を修了し、立教大学社会学部助手を経て、2004年から実践女子大学人間社会学部専任講師に就任。以降、同准教授、同教授として、現在に至る。

※プロフィールは2023年12月時点のものです。

編集後記

 「統計」と聞くと数字のイメージがあったので、数学科や情報科だけでなく全ての教科に通じるということに驚きました。数学だけでなく現代社会との繋がりや学びがどのように活かされるかということを教えることにより、統計を学ぶことで社会が見えるという楽しさを生徒さんに伝えていってもらいたいです。私自身もさらに統計を学びたいと思いました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 丸山和音、上楽乃愛)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

先生を目指す学生の方に向けた情報を中心に発信していきます。

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次