学習者中心の学びを〜現場と対話し続ける伴走型の教育行政〜【鎌倉市教育委員会 高橋洋平教育長インタビュー】

2
目次

はじめに

本記事は、神奈川県鎌倉市の高橋洋平教育長にインタビューした内容を記事化したものです。高橋教育長は、2023年8月に、41歳の若さで鎌倉市教育委員会教育長に就任されました。教育委員会としては異例の教育行政職の公募・採用、持続可能な教育支援の資金調達の枠組みである「鎌倉スクールコラボファンド」の実施などに尽力なさり、全国の教育現場から注目を集めています。また、今春開校した県内2校目の学びの多様化学校、由比ガ浜中学校の設立にも大きく貢献されました。

現場の課題やニーズに合った政策を

鎌倉市教育大綱について

全国どの自治体も、教育の振興に関する施策の目標や方針である教育大綱を策定する義務があります。

[参照:鎌倉市教育大綱(令和7年度〜令和11年度)https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/keiki/documents/kyouikutaikou20250402.pdf

鎌倉市の教育大綱では、ビジョンとコンセプトを掲げており、ビジョンを「炭火」と呼んでいます。炭火がじわっと長く燃えるように、内なる学びの火を大切にしようと考えています。テストや入試があるから、先生に怒られるかもしれないからといった外発的動機のみで学ぶのではなく、ワクワクしながら生涯にわたって学び続け、自ら幸せを掴んでいってほしいという願いを込めています。

そのために、学校教育だけではなく、生涯学習も含めたコンセプトとして、教育大綱を活用しています。小学館さんの「みんなの教育技術」にも見られるように、技術や手法はさまざまです。子どもたちもいろいろな背景を持っているため、最適な教育方法も地域や教室によって異なります。だからこそ、不断の探究が必要です。その試行錯誤のなかでも、迷ったときに戻って来られるコンパスのような存在。それが教育大綱を置く意義であり、コンセプトとして「学習者中心の学び」を掲げています。先生から一方的に教わるのではなく、学び手がハンドルを握って、自ら学びを掴み取っていく姿をつくっていきたいという思いが込められています。教育大綱トークとして、市内の小中学校26校をまわって先生方と対話し、学校現場と教育委員会の間で教育大綱のイメージや解釈を近づけられるように努めています。

学びの主体は誰なのか

我々教育委員会は、コンセプトやテーマをいかに現場に落とし込むかを考えがちです。

これは、子どもが先生に教えられる形と似ています。上から降ってくるというのは、常に先生の授業を聞いているのに近いです。教育委員会や文科省は、いかに周知するか・伝えるかを議論します。それだけでは受け手側には伝わりません。また新しいフレーズが降ってきたと捉えられてしまうのです。

鎌倉市では、これまでの取り組みに単に新しいものを追加するという発想ではなく、教育大綱を一つの仮説として、すでにある実践の中から見出す、あるいは問い直すことを目指しています。

キーワードは”学習者中心の学び”

問いを立てる力を育む

鎌倉市では、「学習者中心の学び」を掲げています。子どもたちが学習者中心で学んでいる場面は、先生方のこれまでの日々の実践の中にあります。教育長と先生方、先生同士、もしくは子どもたちとも対話しながら、それぞれの先生方が実践する学習者中心を見出していく取り組みを行っています。既にある実践の中で、子どもたちの姿を見取りながら、学習者中心になっているよね!これでいいのかな?のような感じで探していきます。この対話のプロセスが学習者中心の学びに限らず、正しいことを本当に正しいことにするやり方だと思っています。

これは、ある意味では先生方の探究と言えます。モヤモヤとした課題や問い、仮説が生まれてきて、同僚との対話や校内研究を通して、振り返り、実践していき、また新たな問いが生まれる。AIが圧倒的な速さで情報収集や分析をしてくれる中、特に人間に求められるのは課題を設定することだと思います。どんな問いを持つか、どのような問いを解きたいか、それが解くべき問いなのかを考える力が求められます。先生方も「学習者」として探究しています。

”正解”がない問いを考える

中学校の卒業式で最近子どもたちが歌っている、RADWIMPSの『正解』という曲を知っていますか。

「あぁ 答えがある問いばかりを教わってきたよ そのせいだろうか 僕たちが知りたかったのは いつも正解など大人も知らない」

これは問いや探究の本質を見抜く歌だと思います。子どもたちに探究の重要性を伝えるならば、大人も唯一の正解のない問いと向かい合う探究をする必要があるということです。

文科省や教育委員会が示すものを正解として受け止めるのではなく、仮説として受け止めるのが重要なように思われます。「学習者中心の学び」、「個別最適で協働的な学び」、「主体的で対話的で深い学び」、いずれもひとつの仮説だと考えてみます。文科省や教育委員会が立てているこれらの仮説を、実践や対話によって磨いていきます。これはまさに探究です。先生方がこうした健全で批判的な探究をすることが、学習観や子ども観を磨いていくことに通じると思います。

伴走型の教育行政として

現場の先生に近い指導主事の役割とは

教育委員会には指導主事がいます。ある意味では、先生の先生というイメージです。法律で名前が決まっている以上、指導することが宿命付けられている職ともいえます。しかし、指導主事と名乗ってスーツを着ていくと、先生方も授業を見られてさまざまな指摘を受けるのではないかと身構えてしまいます。指導主事も先生方の気づきになることを言ってあげなければというマインドセットになります。

指導主事には、指導のみならず、先生や子どもの取り組みを支え、助け、励まそうという「伴走者」ともいえる視点を持ってほしいと思っています。そのために、指導主事同士でも学び合って、先生方の力を引き出すような問いかけや、気づきの誘発、心理的安全性のある場づくりを探究しています。

例えば、鎌倉市では「かまプロ」というケース会議を行っています。月に1回、教育委員会・管理職・外部の伴走者などが集い、市内26校について個別に話し合うのです。学校ごとに個性や地域性、足りないリソースなど全然違うのです。鎌倉の中で隣り合う学校でも大きく異なります。学校を論評しあうのが趣旨ではなく、我々教育委員会がどのように学校のプロジェクトを支え、助け、励ませるかを考えるのが目的です。現場の先生方や学校のやりたいことを支えるというこの方法により、教育委員会の役割が明確になってきました。

学びをつくるプロとしての先生の姿〜由比ガ浜中学校の開校を経て〜

今年度(令和7年度)、由比ガ浜中学校という学びの多様化学校を開校しました。そこでは、先生方は悩みも多いですが明るい雰囲気で、楽しくもしんどそうな「楽しんどい」様子です。小学校時代から不登校だった子も多いですが、出席率は約8割で、頑張って通学してきています。1学期の後半には、自分を出せるようになってきたからこそ、先生方もどこまで指導・介入するか迷っている様子もみられました。私からは「焦らずスモールステップで。学校に来られているだけでも花まる。まずは生徒を深く理解して、学習環境を整え、じっくり待とうよ」と話しています。由比ガ浜中学校の先生(この学校ではスタッフという)も教えるプロから、学びをつくるプロへと、悩みながらもアンラーンされていて、感謝と尊敬の念を抱いています。

学校教育のファシリテーターとしての教育行政〜小坂小学校でおさか万博!?〜

鎌倉にはスクールコラボファンドという寄付を原資として、企業や地域とコラボして新たな学びをつくっていく仕組みがあります。この仕組みを活用して、⼩坂⼩学校6年生は、1年間にわたり総合的な学習の時間で様々な地域の事柄を探究してきました。

そのまとめの発表会として、⼤阪万博ならぬ⼩坂(おさか)万博を開催しました。スクールコラボファンドの発想は、学校から湧き上がってくる思いに伴走して、⽀え、助け、励まし、共に形にしていくことがポイントです。例えると、カーリングのスイーパーのような役割です。⼦どもや先⽣が投げたストーンを真ん中に持っていけるよう支えます。

構造と政策に向き合う教育行政

構造的な課題について

教育課題の背後には、福祉や経済、社会・文化など構造的な問題もあります。こうした問題にどのように向き合うかは、まさに教育⻑としての⼿腕が問われると考えています。

⼀般的に、教育⻑は、存在感が感じられにくい⽴場だと思います。校⻑経験者がその職に就くことが多く、一般に学校現場においては、所感を述べたり、挨拶を⾏ったり、⼈事に関与したりといった場⾯で⼒を発揮しています。

しかし、構造的な社会課題に対してどのようにアプローチするかという点においては、むしろ「政策担当者」としての側⾯が強く求められる⽴場でもあると考えています。私自身の文科省や民間企業、県教育委員会などでの経験のすべてを活かして行う仕事であり、やりがいを感じています。鎌倉市では、⺠間でコンサルタントとして活動していた教育次⻑や教育行政職など、各種政策を推進してくれています。

⼀⼈⼀台端末(iPad)の整備においては、第11世代のiPadセルラーモデルを独⾃に調達し、どこでも接続可能な環境を整備しようとしています。また、先⽣の採⽤については、県任せにするのではなく、「市費負担教職員」という独⾃枠を設けて、現在、募集に向けた準備を進⾏中です。ぜひ「いざ鎌倉」の精神で鎌倉に来てほしいという思いです。

さらに、学習者中⼼の学びに即した空間づくりも進めています。⼤規模な校舎の建て替えをせずとも、IKEAと連携しながら、従来の「学校らしさ」にとらわれず、⼦どもがリラックスしつつ多様な学びを展開できる空間の実現を⽬指しています。

[参照:イケア公式オンラインストア,教育・福祉施設デザイン事例集:鎌倉市教育委員会(神奈川県),https://www.ikea.com/jp/ja/ikea-business/gallery/ib-202412-kamakura-school-pub5ed7efc0/

先生は一人一人がポリシーメーカー

先⽣は⼀⼈⼀⼈が教育施策の企画をするポリシーメーカーでもあります。教育現場の先⽣は、個々に優れた専⾨性を持っており、教育施策についても⾒識を有しています。 先⽣方との対話を通じて政策を前進させることは、⾮常に貴重で、幸せなことです。教育委員会は、政策を前進させる機能と、現場の声を反映させる機能の両⽅を兼ね備えなければなりません。 国からの指⽰をそのまま実⾏するのではなく、政策的な検討や伴⾛⽀援を⾏い、存在意義を⾒出していく必要があります。

教育委員会が、先⽣と共に政策を議論し、前進させる役割を果たすことが、教育の質向上に繋がると考えます。 そのためには、教育委員会が政策的な視点と現場の視点を統合したリーダーシップを発揮していくことが求められると思います。

プロフィール

仙台育英学園高等学校卒。東北大学教育学部を卒業後、2005年に文部科学省に入省。初等中等教育行政を中心に経験。福島県教育総務課長やカリフォルニア大学バークレー校客員研究員、文部科学省教育改革推進室専門官、私学助成課課長補佐、学校デジタル化プロジェクトチームサブリーダーなどを経て退職。PwCコンサルティング合同会社教育チームマネージャーを経て、2023年8月より現職。

編集後記

今回の取材を通じて、「学習者中心の学び」を公教育の現場で持続的に実現するために、学びの主導権を子どもたちに戻し、子どもや先生方と伴走されている鎌倉市教育委員会および高橋教育長のお取り組みに、深く共感しました。「個別最適」や「主体的・協働的」といった言葉の本質を的確に捉え、その実現に向けて柔軟な手段を用いながら、環境整備にも尽力されているご姿勢に、心から感銘を受けました。

(取材・編集・文責 横井叶葉)

今回、高橋教育長の「正しいことを本当に正しいことに」というお言葉に深く共感し、取材を依頼させていただきました。実際にお話しするまでは、文科省の正しいことを教育委員会の力で本当に正しいことにするという意味で捉えていました。しかし、教育長自らが先生や子どもたちと対話したり、先生同士で議論を重ねたりしながら学習者中心の学びを実現することで達成されるものだとわかりました。これからも、現場主義に徹する高橋教育長、そして日々変わり続ける鎌倉市の教育を追っていきたいです。

(取材・編集・文責 知野皆弥)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次