「コロナ禍」を伝え、考え続けるために。『がっこうとコロナ』松下隼司先生取材

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目次

はじめに

本記事は、絵本『がっこうとコロナ』(文:松下隼司/絵:オクダサトシ)を制作された松下隼司先生への取材を記事化したものです。

『がっこうとコロナ』の制作背景やコロナ禍、そしてコロナ後の学校の様子をお伝えします。

(取材日:2026年3月4日)

書籍紹介 

絵本『がっこうとコロナ』(文:松下隼司/絵:オクダサトシ)

(リンクはこちら:https://www.amazon.co.jp/%E3%81%8C%E3%81%A3%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%A8%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A-%E6%9D%BE%E4%B8%8B-%E9%9A%BC%E5%8F%B8/dp/4991316065

新型コロナウイルス感染症対策として、2020年3月2日から始まった全国の小・中・高・特別支援学校の一斉臨時休校。

休校が明け、子どもたちが登校するようになっても、今まで当たり前にできていたことができなくなりました。コロナ禍の子どもたちは、学校の中でどのように制限と向き合ってきたのでしょうか。

絵本制作背景

コロナ禍の子どもたちが、学校でどのように過ごしたのか、制限を乗り越えたのかをより多くの人に伝え、残したいと思い、この絵本を制作しました。

コロナ禍1年目、私は小学校6年生の担任をしており、そのときの卒業文集の下書きを基に企画を進めていきました。

絵本という形にしたのは、幅広く子どもも大人も手に取りやすいだけでなく、「自分たちもこうだったな」「自分たちは違ったな」というように、読者の皆さんが思い出や想像を広げられると思ったからです。自分の思いが強すぎるとこうした想像を広げる幅を狭めてしまうと思い、基となった作文よりも淡々と、「この学校の、この先生のお話」とならないように意識して文章にしました。

絵を描いていただいたオクダサトシさんには、私から直接メッセージを送って制作を依頼したのですが、「ここをこういう風に描いてください」というような細かなお願いはしませんでした。オクダさんから、「社会科見学ってどのようなものですか?」というようなご質問をいただくことはありましたが、絵本にした短い文章を基に描いていただきました。

絵を頂いた際、自分が想像したそのままだ!と思う絵もあれば、自分が想像していないような絵もあって、とても面白かったです。例えば、体育の授業を描いた場面。コロナ前は手押し車をやっていましたが、コロナ禍では感染対策上足首を持つことができません。そこで、ほふく前進をすることにしました。この両方の場面を描いていただいて、私が持っていたイメージと違って面白いなと感じたのは、コロナ前の子どもたちも、コロナ対策下の子どもたちもどちらも苦しそうな表情をしているところです。ほふく前進で、やりやすい動きになっていたとしても、体育が楽しくない子どもたちにとっては、そういう表情になりうるなと、新たな発見になりました。

コロナ禍と子どもたち

コロナ禍における休み時間や給食時の子どもたちの過ごし方は大きく変化しました。

例えば、小学校では、班の形で向き合って給食を食べる形から、全員が前を向いて個別で食べる形になりました。これによって、給食の時間は、常に静まり返っており、苦しさを感じました。あまりにも子どもたちが可哀想だと感じ、その時間だけはNHK for schoolをテレビで流すことを認めました。

コロナが落ち着き、給食中の会話が許可されても、子どもたちはなかなか話しませんでした。一度ダメと言われたことを受け入れる子どもの素直さを感じると同時に、喋らない状態を定着させたことへの申し訳なさも感じました。マスクについても同様であり、体育の時間など外しても良い場面でも、自分からマスクを外すことが難しくなった子どもが多くいました。

また、絵本の中では語り切れなかったのですが、コロナ禍にオンライン授業の導入と一人一台端末の活用が始まりました。子どもたち以上に、私自身が「本当に自分にできるか」という大きな不安を感じていましたが、実施すると驚くことがありました。対面よりもオンラインの授業の方が集中していると感じる場面があったのです。その理由を子どもたちに尋ねると、「自分の顔が映るから」という答えが返ってきました。教室では自分の表情を客観的に見れない一方で、オンライン授業では自分の姿が画面に映ることで、自分がどう見えているかを意識して集中しながら授業を受けるようになったのです。

コロナウイルスが蔓延していた頃、毎日感染者数が報道され、そのたびに緊張が走ったものです。「自分の子どもの学年やクラスに何人感染者がいるのか」と心配される保護者の声も多くありました。こうした中でも、私が担任として関わっていた6年生は、クラスの子が休んでも騒ぎ立てることはなく、そっとしておける子どもたちでした。不安がなかったわけではないはずですが、誰かを責めることなく、静かに受け止めていました。相手の立場を思いやって優しく接する姿を見せてくれる子どもたちに、何度も心を打たれました。

コロナ禍の学校生活は、不安と戸惑いの連続でした。しかしその中で、子どもたちの優しさや日常の尊さをこれまで以上に強く感じる時間でもあったのではないかと思います。

コロナ禍後の学校生活とこどもたち

コロナが比較的落ち着いた現在、コロナ禍の影響を感じることがあるかと問われると、正直なところ、今はあまり感じません。

例えば、コロナ禍で時間の短縮や規模の縮小をした学校行事は、従来の形に戻ってきているように感じます。卒業式や入学式は、言葉や歌を交わす時間を十分に確保し、丁寧に実施されました。

給食に関しても、コロナ禍の黙食の影響は今はあまり感じません。ただし、現在の勤務校ではありませんが、コロナ禍の前を向いて食べる形を継続する学校もあると聞きます。飛沫感染への不安から始まった形ですが、コロナ収束後もあえて元に戻していないそうです。理由として、前向きで食べる方が子どもたちは早く食べ終わるため食べ残しが減る、インフルエンザなどの感染症予防にも繋がるといった点があるようです。

その話を聞くたびに、「どちらが良いのだろう」と考えさせられます。確かに「早く食べてほしい」と思い、急かすこともあります。しかし、友人と話しながら給食を食べる時間には子どもたちの笑顔があり、私はやはり向かい合って食べる形が良いと感じます。今では、その光景にむしろ幸せを感じています。

メッセージ 

コロナ禍に、苦しい思いをされた方も多いと思います。苦しいことを経験したということは、東日本大震災などの出来事とも共通しているのではないかと思うのですが、コロナ禍がそうした出来事と異なるのは、「コロナとどう向き合ってきたか?」という絵本がないことだと思います。コロナ禍のことも未来に残していきたい、とこの絵本を作りました。

読者の皆さんにとって、もし、次にコロナじゃなくても、違うウイルスや、何か困難があったときに、2020年から3年間乗り越えてきたということを思い出すきっかけとなる本になったらいいなと思います。そして、もし、また同じようなことが起こった時、「マスクをしなさい」「フェイスシールドをしなさい」「友達と手をつないではいけません」「喋ったらいけません」「前をむいて食べないといけません」というように、私たちは同じようなことをするか、それとも違うことをしていくのか、ということも考えてもらえたらと思います。

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編集後記

私にとって、コロナ禍は中学の卒業から高校生活の前半にかかるもので、大学生となった今、影をひそめたものでした。絵本や取材を通じて、もう一度コロナ禍に思いを馳せ、現在できる人との距離感や自由に移動ができることへの幸せを再認識しました。子どもたちに「○○してはいけません」ではなく、「○○していいよ」といえるような環境がずっと続いていけるように、私ができることを再度考えていきたいと思います。(EDUPEDIA編集部 下園)

コロナ禍を単なる過去の出来事として片づけるのではなく、その当時に何が起こったのかを将来に繋げようとする松下先生の姿勢に深く感銘を受けました。絵本や取材を通して、教育現場や日常生活における些細な会話や日常的な関わりが、心のゆとりや安心感を支える重要な要素であることを再認識し、効率だけを求めるのではなく、人と人との繋がりや対話の時間を大切することの重要性を改めて実感しました。(EDUPEDIA編集部 南)

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