中学歴史〜邪馬台国〜(自主学習用教材「こころの窓」第4回)

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作成者: EDUPEDIA編集部さん

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第4回「邪馬台国」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

こんにちは。今日も「こころの窓」を開けてくれてありがとう。

では、今日も夢に向かって一緒に勉強していきましょう!

今日のお題は「邪馬台国(やまたいこく)」です。

田んぼのまわりに家を建てたので、そこにむらができたといいましたね。

そのむら同士が、水の取り合いなどで争い始めたので、むら同士をまとめるリーダーが現れ、くにができたのです。このくにの中の奴国(なこく)というくには、中国の漢に使いを送って金印(右に絵です)をもらったということが、中国の漢の歴史の本に書かれています。

<金印>

また、下の図を見ればわかりますが、いくつかのむらがあつまって、くにができたのです。

しかし、このくに同士も争うようになったので、このくにをまとめるリーダーが出てきました。3世紀頃に、100あまりのくにをまとめたのが邪馬台国(やまたいこく)という連合国です。この邪馬台国のリーダーが、有名な卑弥呼(ひみこ)です。卑弥呼も中国の魏(ぎ)という国に使いを送ったということが、中国の魏志倭人伝(ぎしわじんでん)という歴史の本に書かれています。この頃はまだ日本に文字がなかったので、中国の本でわかったのです。日本の本は、奈良時代に書かれた「古事記(こじき)」や「日本書紀(にほんしょき)」というものが一番古い本です。

卑弥呼は、占いによって政治をしていたと書かれています。でも、巫女(みこ・・・神様に仕える女性のこと)であった彼女は、全国の巫女から情報を集めて、たいへん上手に政治をしていたようです。

しかし、この邪馬台国という国がどこにあったのかが、いまだにはっきりとわかっていません。九州にあったという説と、近畿地方のどこかにあったという説にわかれたままなのです。でも、邪馬台国の後に出てくるヤマト王権という大きな国は奈良につくられ、その後、奈良を中心に日本の国が発展していくので、近畿地方にあったという説が正しいのかもしれませんね。

この邪馬台国も、その後どのようになったのかは、中国の本にも書かれていないのでわかりません。それから、100年近く過ぎてから、日本に古墳がつくられるようになり、ヤマト王権が日本を統一する、古墳時代(こふんじだい)へと入っていくのです。

中国の魏志倭人伝とは……2世紀頃の中国の歴史の中に、三国という時代があります。三国とは魏呉蜀(ぎ、ご、しょく)で、その中の魏という国の歴史書に、倭人伝というものがあります。この倭人伝の倭とは日本のことです。つまり、魏という歴史書の中の日本人のことが書いている書物という意味なのです。

では、今日の「邪馬台国」はこれで終わります。お疲れ様!

それでは、いつものように、次の復習問題にチャレンジしてください。

復習問題

1.日本のむらやくには、どんなふうにできていったのでしょうか。あなたなりの言い方でよいので、説明してください。

田んぼの近くに家を建てはじめたので、むらができていきます。このむら同士が水などの取り合いで争いが起きたため、争いを治めるリーダーが登場しました。このリーダーによって、むら同士を一つにまとめたために、くにができていったのです。

2.邪馬台国とはどんなくにだったのでしょうか。いつ頃、誰がどんなふうに治めていたのか、自分の想像をふくらませながら書いてみてください。

くに同士の争いが繰り返されたため、この争いを治めるリーダーとして、卑弥呼が100あまりのくにをまとめました。このまとまった大きなくにを邪馬台国といいます。卑弥呼は占いによって邪馬台国を治めました。

日本にまだ文字がなかった時代の頃の日本の歴史を、私たちはなぜ知ることができたのでしょうか。その理由をまとめてください。

まず一つは、日本よりも歴史が古く、すでに文字を持っていた中国の歴史書の中に日本のことが書いてあったので、奴国や邪馬台国のことがわかっているのです。邪馬台国のことは魏志の倭人伝に書かれています。もう一つは、人々がいろいろなことを言い伝えてきたために昔のことが分かっているのです。日本で最も古い歴史書である「古事記」や「日本書紀」は、この言い伝えでつくられているのです。

3 ダウンロードはこちらから

こころの窓 第4回「邪馬台国」

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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