中学歴史〜武士の登場と院政〜(自主学習用教材「こころの窓」第11回)

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作成者: EDUPEDIA編集部さん

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第11回「武士の登場と院政」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将がどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

ようこそ「こころの窓」へ。

今日もそろそろ始めましょうか。

今日のお題は「武士の登場と院政(いんせい)」です。

奈良時代につくられた墾田永年私財法で、私有地が認められたため、平安時代の中頃になると、貴族や地方の豪族や力を持った農民は、たくさんの私有地(荘園・・しょうえんのことです)を持つようになります。しかし、この荘園からも国司(こくし・・地方の役人)たちが税を取ったので、この国司に対して、農民たちが武器を持って対抗し始めました。この武器を持った農民が武士のはじまりなのです。

下の図は、武士がグループをつくり、そのグループを一つにまとめたものを武士団といいます。この武士団の長を棟梁(とうりょう)といい、なかでも最も有名な武士団が源氏(げんじ)と平氏(へいし)です。後に、この源氏と平氏は、天皇を守る武士として活躍するのです。

次に、平安時代の後半ですが、藤原氏が実権を握って摂関政治をしていましたね。このことに不満を持っていた天皇(白河<しらかわ>天皇です)は、何とか政治の実権を藤原氏から取り返すために、まだ8歳であった自分の子どもの堀河さんに、天皇の位(くらい)を譲って、自分は上皇(じょうこう・・天皇より上の位)となって、院(いん・・上皇の住居)で政治を行いました。これを院政(いんせい)といいます。こうして、藤原氏から実権を取りもどしていくのです。白河さんは、すごいことをしたのですね。

しかし、院政により藤原氏からは実権を取り返したのですが、その後、天皇と上皇との間で権力争いが起こるのです。簡単に言えば、天皇家の中のうちわもめです。天皇側も上皇側も、それぞれ武士団を使って内乱(保元の乱・・ほうげんのらん)になります。この時、天皇側についたのが、平清盛(たいらのきよもり)と源義朝(みなもとのよしとも)です。最強の二人がついたので、当然天皇側が勝ちます。しかし、このままでは終わりません。今度は、平清盛と源義朝が内乱 (平治の乱・・へいじのらん)を起こし、平清盛が勝つのです。すると、平清盛は、太政大臣(だいじょうだいじん)にまでなって、天皇から政治の実権を奪い、清盛が政治を動かしていくのです。すごいことになってきました。右の絵が平清盛です。さらに清盛は、中国の宋(そう)と貿易(日宋貿易)を行い、たくさんお金儲けをし、完全に天皇を押さえて、自分の思うままに政治を行っていくのです。これが平安時代の終わり頃になります。

お疲れ様でした。平安の後半は権力争いがすごいですね。藤原氏の次に院政が始まり、そうかと思ったら、平清盛に奪われてしまうのです。ここが歴史のおもしろいところですネ。

では、復習問題にチャレンジしてください!

復習問題

1.どのようにして、武士という身分の人たちが、世の中に登場してきたのでしょうか。書いてみてください。

平安時代の中頃になると、貴族や地方の豪族や力を持った農民は、たくさんの私有地(荘園)を持つようになります。しかし、この荘園からも国司たちが税を取りに来たので、この国司に対して農民たちが武器を持って対抗しはじめました。この武器を持った農民が武士のはじまりです。

2.何のために、院政は始まったのですか。院政の意味とその目的について書いてみてください。

平安時代の後半は、藤原氏による摂関政治がはじまり実権を握られてしまりました。このことに不満を持っていた天皇(白河天皇です)は、何とか政治の実権を藤原氏から取り返すために、まだ8歳であった堀河天皇に位を譲って、自分は上皇となって、上皇が住んでいた院で政治を行いました。これを院政といいます。

平清盛は、どのようにして実権をつかんでいったのですか。自分の言葉で書いてみてください。

天皇家のうちわもめから内乱(保元の乱)が起こります。この時、天皇側についた平清盛と源義朝が活躍します。その後、清盛と義朝が内乱(平治の乱)を起こし清盛が勝ちます。さらに清盛は太政大臣まで成り上がり、天皇を押さえて政治の実権を握るのです。

飛鳥時代、奈良時代、平安時代と政治の実権は天皇が握ってきたのに、とうとう武士が実権を握っていくのですよ。世の中の大きな変化ですね。天皇が政治をするところを朝廷といい、武士が政治をするところを幕府(ばくふ)といいます。この幕府政治は、なんと明治まで続くのですよ。

3 ダウンロードはこちらから

こころの窓 第11回「武士の登場と院政」

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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