1 はじめに
「ぼくの教室は2つあるで」と思ってくれた時が、「本物の交流学級」になれた時ではないでしょうか。
もちろん運動会や音楽会や学習発表会などの取り組みも!です。
2 まだ本物じゃない交流学級では
5年生の「まだ本物じゃない交流学級」における、給食の時でした。
校内放送で、特別支援学級の先生とC君(5年生)から、特別支援学級で飼い始めたインコの名前を募集したら、全校で150人以上の子が応募してくれたことに対するお礼と、インコの名前が決まったことの報告がありました。
C君も決まった名前をがんばって発表していました。
5年生の担任の先生は、特別支援学級前廊下に貼り出してある一覧を見に行きました。応募した子をほめてあげようと思ったからです。ところが、交流学級である自分のクラスの子の名前を、1人も見つけることはできませんでした。がっかりすると同時に、それは自らの学級づくりのせいであることを痛感しました。子どもたちの様子を見守ることに・・
帰りの会になりました。今日の反省の時です。D男が手を挙げて、C君の方を向き、
「同じ組やのに、インコの名前を書かなくて、ごめんなさい」
と言いました。担任の先生も、
「D男君、よく気づいてくれたね。C君、ごめんな」
と言いました。
ぼくがわるかったこと (5年 E男)
C君の教室でかっているインコの名前を全校で紙に書くのを、5−2はC君がいるのに、だれも書かなかった。
ぼくはC君にゴメンと思ったから、きょう食がおわって昼休み、C君に
「インコの名前書かなくてゴメン」
と言った。
C君は
「いいって」
と言ってくれた。
ぼくは(ごめん)と思いながら遊びました。
E男は、その日にあやまりに行ってくれていたのです。帰りの会では、D男があやまってくれたのです。そして、その日の日記に書いていたのは12人でした(30人のうち)。この人数を多いと思いますか?それとも、少ないと思いますか?担任は、まだまだ少ないと思いました。「本物の交流学級」を目指す、息の長い取り組みが続くことになります。
3 本物の交流学級とは
5年生から組替えがなかった6年生の、おそらく「本物の交流学級」になったであろうと言える学級における、帰りの会でした。
F君 (6年 G子)
私の左にF君がいた。そして、次はおぼろ月夜の歌です。
「なのはーなばたけーに・・・」
と歌っていると、横のF君を見ると私の方を見て、私の口が動いているので、
F君も、 うまいこと動かしているのです。
だから、私はF君のために前よりもいっそう大きな口で歌った。
それがきいたのか、それに答えてくれたような気がした。
F君もそうやって、人のを見て覚えてきたのかなあと思いました。
F君のために、いっそう大きな口を開けて歌ったG子の心、純粋に美しいと思った担任はG子の了解をとって帰りの会で、この日記を読みました。みんなは、
「F君、すごいやん」
と、F君に大拍手です。F君はうれしそうでした。みんなは、もちろんG子にも拍手をしました。○○症のF君は、その頃から、みんなと歌が歌えるようになりました。
4 まとめ
あれこれ試行錯誤(他の投稿記事を参照)しながら、本物の交流学級をめざしましょう。そうすると、徐々にあったかい空気が教室に流れ始めます。
そして、イジメが起こりにくい雰囲気のクラスにもなっていきます。

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