【伊藤駿先生インタビュー】「特異な才能」と学校①~必要な支援とは?~

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目次

はじめに

この記事は、2023年5月26日に行った、広島文化学園大学専任講師である伊藤 駿さんへのインタビューを記事化したものです。

高い知的能力と困難さを併せ持つ「ギフテッド」。NPO法人ROJEが2022年度に立ち上げたギフテッドプロジェクト「sprinG」では、ギフテッド特性があり学校に馴染みづらい子ども、そしてその保護者の支援活動を実施しています。(ギフテッドの子どもについての詳しい情報はこちらの記事もご覧ください。)

sprinGでは、 2023年度より、文部科学省から「令和5年度特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」の委託を受け、特異な才能のある子どもと関わる教職員向けの勉強会と個別相談の受付を開始しました。

本記事では、勉強会登壇と個別相談受付を担当し、実際に現場の先生方に向けてアドバイスを行っている、広島文化学園大学専任講師の伊藤駿さんに、特異な才能のある子どもに必要な支援、そして学校に求められていることについてインタビューした内容をお伝えします。

◎こんな人におすすめ!
・特異な才能のある子どもの教育や支援について、不安を感じている先生
・特異な才能のある子どもの困難や、必要な配慮を知りたい先生
・特異な才能のある子どもの学校適応をサポートしたい支援者の方
・特異な才能のある子どもの支援について知りたい保護者の方

研究者として

Q.いつ頃からギフテッド研究を始めたのでしょうか。

A.現在30歳ですが、今の職場(広島文化学園大学)に就職したのは3年前(2020年4月)、大学院生の頃も含めると8年になります。ただギフテッドや特異な才能のある子どもの研究にずっと取り組んできたわけではありません。専門はインクルーシブ教育で、特にスコットランドにおける「付加的な支援のニーズ(Additional Support Needs)」のある子どもの教育と日本におけるインクルーシブ教育に注目してきました。その中で、「できないことを支援する」という日本の特別支援教育とは異なり、スコットランドではギフテッドとされる子どもも「付加的な支援のニーズ」のある子どもの中に含まれていると知ったことが、ギフテッドについて初めて考えるきっかけとなりました。インクルーシブ教育に焦点を当てる中で、自然とギフテッドの問題にも関わるようになったのです。

Q.学術的な理念と、現場の状況が対立することもあると思います。教育現場との関わりについて教えてください。

A.研究においては「参与観察」という調査方法を取っているので、現場の先生方とはよく話します。スコットランドで研究をしていたときも、学校の中で過ごしていました。教員免許も複数保持しています。

確かにパーフェクトなインクルーシブ教育は困難ですが、時に理想を示すことも私たちの仕事だと考えています。先生方からは「理念は分かるが、できることとできないことがある」と言われることがあります。そんな時に私がする提案は「○○をしてください」ではなく、「××をやめてみませんか」です。

というのも、学校の先生たちの多くは決して誰かを排除しようとしているのではなく、非常に多くの業務を担当する中で手の届かないところがある、ということが実情だと考えているからです。例えば、「宿題のやり方を指定することをやめてみませんか」といった提案が考えられます。何かを減らすことによっても、日本の教育を良くすることはできると考えています。

特異な才能のある子どもの支援

Q.特異な才能のある子どもの支援で大切にしたいことはどういったことでしょうか。また、支援をするうえで「超えてはいけない境界線」のようなものはありますか?

A.正直に言うと、大赤字を出さないことです。ただ、子ども支援の現場で資金が潤沢であるというケースは見たことがないと言っても過言ではありません。これは特異な才能のある子どもの支援に限らずですが、子ども支援活動を進めていく中で、活動に対してきちんと対価を支払えるような仕組みを作ることを目指しています。

活動の中では「学校を否定しない」ことを大切にしています。正確に言うと、不登校の子どもが学校に戻ることを否定しないこと、です。

私は私たちの活動を通して「学校に取って代わろう」とは考えていません。日本の学校教育の質は非常に高く、民間団体が同等の質を担保することは困難だと思います。今このような仕事をしているのも、学校の可能性を信じているからです。

もちろん、学校にも変えていくべき点は少なからずあります。団体の支援はギフテッド特性のある子どもに居場所を作ることですが、根本的な解決のためには戻る先の学校をより居心地の良い空間にしていく必要があるでしょう。だから、今回の教職員向けの事業(特異な才能のある子どもたちとかかわる先生方をサポートする事業)ができることはとても嬉しく思っています。

Q.学校を変えるとは、どのようなことを指すのでしょうか。

A.学校文化を変えることだと思っています。「『起立』と言われたら立つ」「学んだことは繰り返し書けば定着する」というように、学校には様々な「当たり前」が存在します。また、「みんな同じことをしなければならない」といった風潮もまだまだ強いです。

確かに、多くの子どもがこうした「当たり前」に対応できるからこそ学校が成り立っているのだとは思います。しかし、その「当たり前」に苦しめられる子もいるのではないでしょうか。そこには、特異な才能のある子どもも含まれるかもしれません。

「当たり前」ではうまくいかない人々の存在は、学校文化を見直すチャンスです。しかし、現状では彼らのニーズが無視されてしまっていたり、「特定の子どもだけに『特別な』配慮をする」という形でスティグマの助長に繋がっていたりします。こうした状況では、「当たり前」を問い直す機会が生かされているとは言い難いでしょう。だからこそ「一緒に考えてみませんか」と言いたいです。

Q.特異な才能のある子どもには、どのような力が必要だと思いますか?

A.大きく分けて2つあると思っています。1つは自分にとっての拠り所を見つけること、もう一つは自身と他者を知り、大切にすることです。ただこれは別に特異な才能のある子どもだけに限った話ではありません。

大学に勤めていると、教職員も学生も色々な人がいることに気がつきます。一人でいる学生もいれば、複数人でわいわいがやがやしている学生もいます。そんな多様な学生たちにとって、私の勤めている大学が「困ったときに安心して戻ってこられる」と思えるような場所になっているといいな、と考えています。そして、子どもにもそのような場所を見つけてほしいのです。もちろん、拠り所となる「場所」は物理的な空間だけではありません。オンラインのコミュニティでも、何らかの興味関心であっても、安心できればなんでもいいと思っています。

また、後者については自分にも他者にも敬意を持つということだと思います。急に大きな話になってしまいますが、人間は気づかないうちに誰かを、そして自分を排除してしまうことがあるのではないでしょうか。特異な才能というものを自他の排除に使うのではなく、包摂するために使える力を身につけてほしいと感じています。

Q.学校にネガティブな感情を持っている人たちもいると思います。支援をするうえで、どのようなことを心がけていますか?

A.私の所に相談に来る人たちは、学校で悲しい思いや辛い思いをした人が多いです。学校に対しネガティブな感情を持つだけの経緯があったということです。だから、学校のことを再び好きになってほしいとか、学校を許してほしいとは思いません。しかし、子どもが学校に戻りたくなったときに戻れなくなるような支援にはならないようにしています。

私自身は、子どもではなく環境を変えることで問題解決を図るタイプの人間です。無理して学校に行ったり行かせたりする必要はないと思っています。そもそも、支援の方法も「学校に行きたいのに行けない」のか「学校に行きたくないから行かない理由を探している」のかによって異なります。

教職員のみなさんとはぜひ、特異な才能のある子どもが通いやすいと思える学校像を考えていきたいです。

先生方に向けて

Q.先生方に伝えたいことはありますか。

A.「ぼくらは敵じゃない」ということです。子どもを支援するうえですべきこと、した方が良いことはケースバイケースです。先生と協力できる関係を作ることができれば、どんな支援が必要かを一緒に考えていくことができます。

学校と協力していく上での我々の役割や得意分野は、調整(コーディネート)作業だと思っています。調整作業とは、様々な立場の人を尊重し、協力を得るための方策を整えることです。合理的配慮をどう作っていくのか、周りの子どもとの違いをどう認め合うのかを先生方と一緒に考えることができます。特に「このような配慮をしたいが、どう学校教育に落としこんでいいかわからない」といったニーズへの対応は得意かもしれません。

プロフィール

伊藤 駿先生

所属:広島文化学園大学専任講師・東京学芸大学教育インキュベーション推進機構共同研究員・NPO法人ROJE理事
学歴・学位:大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了、博士(人間科学)
専門分野:特別支援教育、インクルーシブ教育、比較教育学
書籍:『インクルーシブ教育ハンドブック』北大路書房(共監訳)『未来をひらく子ども学』福村出版(共編著)
論文:「イギリスにおけるギフテッドの子どもたちに対する教育」『発達障害研究』44(4), pp.368-376. 
「通常学校への全員就学をインクルーシブ教育として志向することに伴う困難―スコットランドにおけるACEsを有する子どもたちの事例から―」『比較教育学研究』59, pp.2-22. 等
(本記事に掲載されている情報は、2023年5月26日時点のものです。)

NPO法人ROJE ギフテッドプロジェクトsprinG

ギフテッド特性があり、学校に馴染みづらいと感じている小・中学生やその保護者に向けた居場所づくりに取り組む。児童精神科医や特別支援教育を専門とする大学講師といった専門職と、教育に志のある大学生が中心となって運営している。

編集後記

「ギフテッド」「特異な才能のある子ども」に関する発信では、学校に適応することの難しさが主に強調されてきました。それゆえ、学校以外での居場所づくりが求められている現状があります。それは支援を必要としている子どもにとって重要なことです。しかし、彼らが過ごしやすい学校を作ることは、学校以外の居場所の充実と同じくらい必要な取り組みではないでしょうか。この記事を通して、どのような「配慮」が可能かを皆で考えるきっかけを作りたいと思っています。
(編集・文責:竹内遥、小池優希)

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