クラスの子どもに伝えたい「日本に【こんな温かい人たち】がいることを」①

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鳥取&福岡・福井&大阪・ハイチ・京都・岩手・滋賀より

目次

鳥取県:国道9号線沿いの人たちの「まごころ

2011年1月9日(日)朝日新聞1面「大雪ぬくもり国道 動けぬ車 手のひらいっぱいのもてなし」の記事を概略だけ紹介します。(  )は私なりの補足です。

元日の朝。鳥取県琴浦町(看板屋さん
大みそかから降り続いた雪は、もう腰の高さまで積もっていた。米子市では89cmの積雪。
トントントン。
女性が真っ青な顔で立っていた。
「すみませんが、トイレを貸してもらえませんか」
こらぁ大変だ
見たこともない車列に驚いた。仕事場のトイレを、みんなに使ってもらおう。そう決めた。
人口1万9千人の琴浦町の人たちにとって、いつもと違うお正月が始まった。

大みそか~元日、吹雪の国道9号線、約25kmで車1千台が立ち往生した
1m四方ほどの白いベニヤ板に赤いテープで「トイレ→」と書いた看板をつくり、
国道脇と自宅前に立てかけた。次々と人がやってきた。赤ちゃんを連れた若い女性は、ミルク用のお湯が欲しいと小さなポットを持ってやってきた。毛布を持ち出し、お湯と一緒に手渡した。女性は何度も頭を下げて車に戻った。

パン屋さん
ありったけの米を炊いてくれ
公民館から大きな釜を2つ借り、自宅にあった1俵半の米を全部炊いた近所の女性に役場に集まってもらっておにぎりをつくった。パンを運ぶトレーで、おにぎりを配り歩いた。 
目の前で困ってる人がいたら‥。お互い様じゃけね」日が落ちてからも、首に懐中電灯を下げ、「バナナいりませんか」と声を掛けて歩いた人がいた。
神戸から帰省中。16年前、阪神大震災にあった。‥「寒さ、空腹、不安を感じている人がいるのは、あの時と同じ。自分だけぬくぬくとはできへん

まんじゅう屋さん
1200個のまんじゅうを配りました
車列に向き合い続けた1日。「ああ、そういえば今日はおせちを食べなければならない日だった
夜になって思い出した


以上、概略です。

仕事場のトイレを使ってもらうため、看板を作って、2か所に立てる

赤ちゃんのために、家の毛布を手渡す

公民館の釜で、家の1俵半の米を全部炊く。

近所の女性が役場に集まり、おにぎりを握って配る

夜も、首に懐中電灯を下げ、バナナを配る

売り物1200個のまんじゅうを配る

そして、おせちも食べずに車列に向き合い続けた1日

すべて、大雪の寒い外での活動です

なかなかできることではありません。ニュースでは、ガソリンも配っておられたと聞きました。立ち往生した1000台の車の人たちを、どれほど勇気づけたことでしょう。鳥取県の人たちの懸命な活動、その「まごころ」に、ブログ記事を書きながら涙でパソコンの画面が見えにくかったのを覚えています。

それから2年後、私のブログ記事【「釜石小学校校歌」全国どの学校でも「朝の歌」として歌いたい・・】を読んでくださった鳥取県琴浦町の小学校の先生から「校歌の楽譜とCDRを送ってください」というEメールが届きました。Eメールのやりとりで、新聞に載っていた琴浦町の方々は、その先生の知り合いだとわかり、なんか不思議な、コンステレーションを感じながら、楽譜とCDRを郵送しました。

福岡市立石丸小学校4年2組と琴浦町の人々の交流

2011年1月30日(日)朝日新聞30面に「ボクらも助ける 福岡の小学生が手紙」という記事が載っていました。この年末年始、国道9号線で約1千台が立ち往生し、鳥取県琴浦町周辺のみなさんが手を差し伸べたことは、私たちの記憶にも新しいことです。その記事を読んだ先生が、担任する小学校4年生のクラスの子どもたち32人に紹介した取り組みの記事でした。名前など抜粋しながら紹介させてください。

3学期最初の国語の授業。鳥取県の場所や気候を学びながら記事を読んだ。
「すごい」
「優しい」
と子どもたち。先生は「その気持ちを手紙にしてみましょう」と話しかけた。
考えるだけでなく、行動に移す大切さを知ってほしい」からだ。
こまっている人を助ける人は、すごくかっこいい
今のご時世、不きょうや、こようの問題がある中、こんなニュースはいいな
率直な思いがつづられた。先生は
琴浦町の人たちの話を読み、社会とのつながりや、こんな大人になりたいという将来像を意識し始めたようです」と話す。
「人との助け合いができる日本にしたいです」
と書いた(男子)は
「自分がしてもらったらうれしいことをしたい」
(女子)は
「困っている人がいたら、何ができるか考えたい」
と記者に答えてくれた。
もし近所で琴浦町のような事故が起きたらどうする?
「お母さんに頼んで、千個は無理だけど100個くらいおにぎりを差し入れたい」
「毛布やカイロを配りたい」
子どもたちの手紙は記者に託され、琴浦町の住民に届けた。

こんなにかわいいお手紙を‥。こちらが泣いてしまいそうです
看板工房屋さん)は手紙を手にして、目を赤くした。 
手紙や電話も十数件届いた。 
他人のことなど知らんふりする最近の世の中‥頭が下がる思いです〉 
記事を読んで涙が止まりませんでした。・・記事には出てこなかったけど、手を差し伸べた大勢の琴浦町民の方々がおられたと察します
看板工房屋さん)は石丸小4年2組に返事を出した。  
困っている人がいたら自然に手を差し伸べられる人に育ってください
との思いを込めて。』
看板工房屋さん)の書いた手紙も載っていました。
その中で
国道に近い人はそれぞれ自分で出来ることで手助けしたようです。
だけどみんな、そんな立派なことをしたとは思っていません。
困っている人があれば、手をさしのべるのは、あたり前のことだと思います
そして、手紙の最後はこう結んでありました。
私たちは1人では生きていけません。・・助けられたり、助けたりしながら楽しく生きていきましょう

この福岡市立石丸小学校4年2組の取り組みは、国語・社会・道徳なども含めて、地域社会とつながるリアルタイムな「総合」の時間そのものではないでしょうか。担任の先生の言葉にある

こんな大人になりたいという将来像を意識し始めた

貴重な時間になると予測してなかったとしても、担任の先生の感動が、子どもたちの心に響いた結果であることは間違いありません。

福井県敦賀市や南越前町のみなさんの「ぬくもり

2011年は、鈴鹿山脈のふもとのわが家周辺でも30~40cmの積雪を除雪しました。でも、この1月末の北陸の大雪は、ハンパではありませんでした。新聞の1面には、「北陸で記録的な大雪」という記事が載っていました。

JR北陸線では30日夜から特急など9本が動けなくなり、うち福井県内で立ち往生した計3本の乗客約1150人が車中で2夜目を迎える事態に。
福井県内の北陸自動車道では最大950台、国道8号では同150台が立ち往生した。・・ 
福井県越前町今庄で242cmと観測史上最大を記録した。

これは、ただごとではありません。
30面には「ドカ雪 住民救いの手 福井」という記事も載っていました。

列車や車に閉じこめられた人も多数いたが、自治体や周辺住民が炊き出しなどで支援の手を差し伸べた。・・
昨夜ご飯を食べた後、何も口にしていない。ありがたい
敦賀市職員が差し入れたおにぎりをほおばった。敦賀市は31日午前、運転手らに炊き出しのおにぎり配布を決め、防災用の備蓄米で1200人分(2400個)のおにぎりを作った。支援の輪は民間にも広がった。
かまぼこ製造会社は、焼きちくわ900本を、昆布加工・卸売会社は、昆布を巻いたおにぎり60パックを運転手に配った。 
早朝に雪かきをしていた今庄駅付近の住民らは、列車内で一夜を明かした乗客から
食べるものがほしい
と頼まれた。近くに住む方(高齢者)は茶を沸かし、駅まで何度も運んだ。住民有志でおにぎりの炊き出しも始め、約800個を列車に届けた。差し入れを受け取った乗客は
気持ちがうれしい、ありがたい
と話した。

大雪の中、お茶を沸かしては駅まで何度も運んだおばあちゃんをはじめ、住民のみなさんや、敦賀市職員さんの温かい気持ちが私たちにも伝わってきました。

滋賀版23面を見ると、「湖北大雪 余呉249cm最深タイ 米原駅で車中泊」という記事もありました。

JR西日本では・・米原駅に到着した快速電車を「列車ホテル」として開放。
119人が車内で一夜を明かした
JRでは、31日朝になって新たに特急「しらさぎ」を休憩所として用意。正午ごろには車内で運行再開を待つ乗客らに駅員らが弁当を配り歩いた。乗客の一部はJRが彦根駅周辺に用意したホテルに移動した。県内有数の豪雪地帯でもある高島市マキノ町在原地区では240cmを記録。

長浜市余呉町柳々瀬の249cmは1984年(S59年)の観測史上最深記録と並んだとのことです。米原駅で弁当が配れたのは、同駅が新幹線・北陸線・東海道線のターミナル駅のため、駅弁がいつも売られている駅だからです。(どの駅でも駅弁が配られると勘違い・誤解しないでくださいね)

心配なのは柳ヶ瀬と在原です。雪崩が起きませんように。柳ヶ瀬と言えば、滋賀県一の豪雪地帯です。在原は、茅葺きの家々が点在する原風景(観光地化されていない)を今なお残す、山深い所です。
屋根の雪下ろし、どうか気をつけてください。除雪ボランティアが県内外から集結したそうです。今の若者たち、やるじゃないですか

福井県今庄の人たちへ、大阪の人から感謝の手紙が

2011年2月4日(金)の新聞34面に「あのおにぎり 忘れない」という記事が載っていました。紹介させてください。

北陸を襲った大雪で特急列車が25時間以上立ち往生したJR今庄駅(福井県南越前町)に3日、乗客だったという人から手紙が届いた。おにぎりや弁当を配ってくれた地元の人や駅員らに感謝の言葉をつづっている。

住民たちは、思わぬ便りに顔をほころばせている。手紙は大阪府藤井寺市の消印で、サンダーバード40号の「1乗客より」となっていた。
家も大変な時なのに我々のためにおにぎりを握ってくださり、あの味は一生忘れることのできないものとなりました
と地元の人たちに感謝していた。弁当や毛布を運んだJR関係者には、
「(列車が)動き出した時には皆様がホームに立ち、深々と頭を下げ、手を振ってくださっている姿に胸迫るものがありました
とお礼の言葉を書いていた。駅には他にも、お礼の電話や礼状の送り先を問い合わせる電話が数件かかっているという。

携帯電話の充電のため、コンセントを貸してもらった人もいたそうです。何の見返りも求めず懸命にしてあげた今庄の人たちにとって、大阪府藤井寺市周辺の人からの手紙は、
してあげて、ほんとによかった
という、うれしい便りだったことでしょう。鳥取県の話にも、福井県の話にも、共通しているのは、助けた人も、助けられた人も、お互いの「たいへんさ」を思いやっておられるところです。

ハイチで「ミスター・シェルター」と呼ばれる日本人

朝日新聞1月20日(木)2面の「ひと」で、次のような記事が載っていました。紹介します。

ハイチで仮設住宅の建設を引っ張る大野拓也さん(37)
ミスター・シェルター
1年前の大地震で推定23万人が犠牲になったハイチで、こう呼ばれている。仮設住宅を建てるエキスパートだ。発生後、電話が次々にかかってきた。
ハリケーンに耐える屋根の工法は
熱帯で木材の耐久性は
その時は、インド洋大津波の被災地スリランカにいた。災害や紛争で住居を失った人々を支える国際移住機関の職員として、5年間で2万戸の仮設を建てた経験が、似た気候のハイチでも求められた

ほどなくして現地入り。数千のテントがひしめく広場は生ゴミが散乱し、異臭が漂っていた。
まず、設計図を引く。地元業者が簡単に建てられるように現地の工法を採用。耐久性と費用のバランスから、壁は厚さ6ミリの合板、屋根は0,4ミリのトタンと決めた。
工事を始めると、子どもたちが集まってきた
柱が立つと笑顔に変わり、屋根ができると中に入りたがる
いま3千戸に1万5千人が暮らす。住民は喜んでくれた。建築学の博士号をもつ。大阪大3回生の冬に阪神大震災に遭い、住居の大切さを痛感した。

2005年に大学院を修了し、就職までの3ヶ月契約でスリランカへ。だが、仮設にうれし泣きし、踊って喜ぶ人々に出会い、正規の職員になった。復興2年目に入ったハイチでは、まだ数十万人がテントで生活する。年末年始を大阪で過ごし、とんぼ返りした。

絆の力 かたちに」 という生活面の記事が、朝日新聞2011年1月27日(木)25面にのっていました。紹介させてください。

市、ごみ出す「」見守る「」:京都府宇治市

京都府宇治市では、1人暮らしで体が不自由なお年寄りの自宅まで足を運び、ごみを回収する「ふれあい収集」と呼ばれる市のスタッフがいるという記事でした。必要なのは、日々の暮らしを支える「」ということで、2年前から始めたと書いてありました。ごみが出ていなかったり、声かけに反応がなかったら、緊急連絡先に連絡する安否確認サービスも兼ねているそうです。記事は、最後に次のように締めくくってありました。

見えてきたのは、
玄関に出てくるのが精いっぱいという1人暮らしのお年寄りが、こんなにたくさんいるのか
と収集スタッフも驚く現実だった。効率で割り切れぬ仕事だ。ときに、お礼の手紙も届く。
網の目のように地域を回るごみ収集スタッフが、家族代わりにお年寄りを見守る「」となる。担当課長は、
やりがいがあります
と言った。

これこそ、お役所仕事じゃない、公務員の「ほんまもんの心意気」です。

地域が「自ら」「共に」雪かき:岩手県八幡平市

おはようございまーす
1月半ばの日曜日。元気よくあいさつをした中学生4人が、大人がスコップでかき出す雪をソリで運ぶ。杖をついて玄関先に出てきたお年寄りが、
ありがてぇ、ありがてぇ
とつぶやく。
奥羽山脈の抱かれた豪雪地帯、岩手県八幡平市の安代地区。10人の除雪隊が1人暮らしの高齢者でボランティアの雪かきを始めた。大雪の今年、軒先まで雪に埋もれていた平屋の家が、15分で姿を現した。過疎化に悩む「地方」にこそ、再び絆を育むヒントがある

約15年前に地元の社会福祉協議会がつくったのが除雪隊「スノーバスターズ」だ。60代以上の住民が中心だが、中学生もクラブ単位で参加する。福祉教育の一環だ。絆は求めて結ぶもの—。抱く思いだ。
絆って、当たり前にあるものじゃないんだって気づいた
雪国の冬は大変よねー。」
何げない問いに、お年寄りが思わぬ言葉を返してきたという。
バスターズで元気な子どもたちが来るのが楽しみ3日前からわくわくして、3日余韻を楽しむだから1週間はあっという間気づいたら春がくる
この日、バスターズがそのまま通り過ぎた家があった。近所の人が率先して雪かきを済ませてくれたらしい。15年たって、そんな家が増えてきた。
私の目標はね、バスターズの解散なんです

以上です。
もう、よけいなコントは書きません。ぜひ、子どもたちに話してあげてください。こんな日本の人たちがいるということを
先日、福岡県の小学校の先生が書いておられた

社会とのつながりや、こんな大人になりたいという将来像

を、子どもたちが描くモデル(描く夢)のひとつになるのではないでしょうか。

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