北海道・東京文京区・大阪・東京杉並区・福島・滋賀より
人は支援されるだけでは元気にならない
支え合って、つながることが出発点
北海道釧路市から
1月3日2面の朝日新聞記事の紹介
北海道釧路市で芽生えている。
「ウチみたい」
「こんな家族だったらいいのに」
コミュニティーハウス「冬月荘」に集まる子どもたちが口をそろえる。2階建ての冬月荘は、民間企業の旧社員寮。同市のNPO法人「地域生活支援ネットワーク」が買い取り、07年に開いた。翌年、生活保護世帯の中学3年生を対象にした市の勉強会が始まった。ここには「○○してあげる」という発想はない。コーディネーターは、4年前まで板金塗装の仕事をしていた。教育や福祉と無縁の世界。世間が
「かわいそうな子どもたち」「がんばるNPO」
という先入観を持ってかかわることに違和感を抱いた。12月上旬の午後、20畳の和室に、制服やジャージ姿の生徒6人が集まった。アイドルの話をしながら、数学や英語に取り組む。ふざける生徒に
「ちゃんとしなよ~」
と優しくいなす声。誰も責めない。勉強会は口コミで広がり、今は生活保護世帯に参加者を限定していない。勉強を教える10~60代のチューター役は、地域の住民や大学生のほかに、アルバイトと生活保護で暮らす2階の住人たちも加わる。
今までなら「支援される側」と固定されていた人が、支援する役割も持っているのだ。
人を育む家族に、その境界線がないのと同じように。チューターの1人で元生活保護受給者の男性は、
「子どもたちに分かりやすく教えるために、どうすればいいか考える。
それが楽しい。存在価値をお互いに認めあえる」
「誰でも主役になれる場」だという。
あるべき姿を押しつけず、子どもと大人がどうしたいかを話し合い、築いた。
東京都文京区から
東京都文京区のビルにある「ひなたぼっこサロン」。児童擁護施設などで育った若者が立ち寄れる居場所だ。
子どもの時に大切にされた感覚がない分、人を信じるのが苦手だった。お金のやりくりから生きる目的までわからなかった。サロンに来る若者たちからも、「普通に育ちたかった」と相談される。
「子どもは親や育ちを選ぶことができない。悲しみや孤立感に思いをはせてほしい。子どもたちを独りぼっちにしないで」
大阪府西淀川区から
大阪市のNPO「西淀川子どもセンター」は市営住宅の1室を借り、学校になじめなかった若者に勉強を教える。‥
「大先生がいる必要はない。よっしゃよっしゃと言って認めるおばちゃん、おっちゃんでいい。地域におらなあかんのです」
人は支援されるだけでは元気にならない。支え合って、つながることが出発点。
崩れた家族の教育力を補う営みは、誰もが担うことができる。』
以上です。
支え合ってつながることを大事にする人たちがいてくれはる…考えさせられました。とても及びませんが、自分のまわりで、自分にできることをしたいと思います。今まで支えてくださった方々にはお返しできませんが、それを若い学生さんたちに伝えることで、少しずつ世の中に返していきたいと思います。
「地域に開かれた学校」から、さらに1歩前進し始めた学校
あれは「地域に開かれた学校」にしようとし始めた頃でした。「不審者対策」で校門を閉めざるを得なくなりました。どの学校にとっても頭の痛いことでした。確かに、わが子の通う3校以外で、堂々と門を開けて入れる学校は、ほとんどありません。先生方に知り合いの多い私でも、ためらいます。よい情報がある時、教えてあげようかなと気軽に行けるのは、1,2校だけです。たいていの人は、1歩引いてしまいます。
地域のみなさんも、あの閉ざされた門を見ると「入るのに勇気がいる」と言われます。門を閉ざすな、と言っているのではありません。必要不可欠な「不審者対策」は、望まぬ結果も、もたらしてしまったということで。敷居を低くしたい学校にとっても、地域の人々にとっても。
そんな中、1月6日(木)朝日新聞1面の「絆つくる『おらが学校』」は、うれしいニュースです。個人名を仮称にして紹介します。強豪大学ラグビー部の元監督さん(Nさん)の話です。
東京都杉並区から
(Nさん)は、小学校の「応援団長」をしている。東京の住宅地にある杉並区立三谷小学校が、その舞台だ。
三谷小は、地域が学校を支えるコミュニティ・スクール(CS)だ。
三谷小は「人が来ない学校だった。」と元校長は言う。住民や親が訪れて来ない。ランドセルを背負った子が校門を通りすぎ、別の学校に向かう。学校選択の際、学区の家庭から選ばれないからだ。 何とかしたいと2005年、CSになり、グラウンドが近くにある(Nさん)に会長を頼んだ。ラグビー界で有名な「荒ぶる魂」を率いる指導者の学校観は厳しかった。
「学校には目標も計画もない。健やかな子といった、ごくありふれた目標では人は動かない」初会合で黒板に大きく「ゴール」と書いた。掲げた目標は「自信と誇り」。1人ひとりが自信を持ち、学校や家庭、地域に誇りを抱く。そんな学校にしようというのだ。
12人のCS委員が心がけたのは自ら汗をかき、学校の実働部隊となることだった。保護者に自分や子どもがあいさつしているかアンケートした。子どもにおはやしを教えた。原っぱを広場として残した地元の人々を表彰した。薄暗い図書館も変えた。地域に呼びかけて本を集め、10畳の畳の間をつくると、休み時間、寝そべって本を開く子でいっぱいになった。
(Nさん)は会議で宣言した。
「先生を批判するマイナスの評価はしない。たたえるプラスの評価をしたい」
教師も1歩踏み出す。学校の現実を知らない委員たちに対し、「担任の1日、コッソリ教えます」「初任教員のナイショ話」ビデオやカード、日誌を使って説明した。
昨年9月の会議。
「給食で嫌いな物を、涙をぽろぽろ流しながら食べていた子がおかわりしだした」
「苦手な計算に取り組む子をほめると、周りの子も、よしっ、ぼくもと頑張り始めている」
そのたびに委員から拍手が起きる。そして夜11時まで校長室でおにぎりを食べながら、学校の運営方針を話し合った。(Nさん)は語る。
「目指すのは、CSの積極的な解散。制度がなくても地域や親がかかわり続ける形にならないとおかしい」。
四角い教室が丸く大きく、地域に広がっていってこそ本来の姿だ。
以上です。
どの学校にも、目標も計画も学校評議委員会があります。しかし、評論家や批評家だけだと、会議が増えるだけです。自ら汗をかき、学校の実働部隊となる応援団、心強いな!と思いました。
福島にとどまり就職した韓国人留学生
2012年3月19日(月)朝日新聞2面の「ひと」欄に、「福島にとどまり放送局に就職する韓国人留学生 朱 美善(ジュ ミソン)さん」という記事が載っていました。全文、紹介させてください。
福島に残るつもりはなかった。1年前の震災2日後、留学先の東日本国際大学があるいわき市を出て故国に避難した。5月末に再来日したのは、「卒業だけはして、早く韓国に引き揚げるためでした」。同じゼミの留学生仲間2人は戻ってこなかった。
だが気持ちは、徐々に変わる。日本人の友だちや先生、夏祭りで知り合った商店主。奨学金を出してくれた地元ロータリークラブの会員は自宅へ招き、娘のようにかわいがってくれる。放射線への不安を理由に福島を去れば、この人たちを裏切ることにならないか。震災以降、メディアが果たす役割の大きさに目を見開いてもいた。
福島放送の面接で「福島に縁もゆかりもない日本人より、縁もゆかりもある外国人の方が世界に伝えられることもある」と訴えた。「芯の通った熱意を感じた」と採用担当者。新卒採用は1人だけだ。ゼミの担当教授いわく、一段高い要求にも必ず食らいついていく粘り強さが身上だ。まずは営業局に配属予定。外国人の採用も、女性の営業担当も同社では初めてとなる。
「会社の利益を左右するんですよね。ドキドキします」
いわきが舞台の映画「フラガール」に憧れて大学を選んだ。
「私にはここの水と空気が合っているんです」。
幼い頃から悩まされてきたアトピーが治ってしまったというのだから説得力がある。
以上です。
朱美善(ジュ ミソン)さんが大学卒業後、たとえ帰国なさったとしても、福島の人たちは、誰も「裏切った」とは思わなかったことでしょう。それでも、あえて福島に残ることを選択した朱 美善(ジュ ミソン)さんが、世界に発信する活躍をされることを、心から応援したいと思いました。(新卒なので営業からのスタートだそうです)
彼女の、福島を思う気持ちを裏切らない、心の「美しい日本」でありたいと、願います。
大震災後、日本に永住すると決めたアメリカ人
それに先がけて2011年4月、アメリカの日本文学研究者ドナルド・キーンさん(88才:コロンビア大学名誉教授)が、日本国籍を取得して余生を日本で過ごすと発表されました。大学院生への最後の授業で
「余生を日本で過ごす。日本国民と共に何かをしようと、震災で決意した」
と述べられたキーンさんの心意気と合わせて、行動で福島と一緒に歩もうとしてくださるお2人には、頭が下がります。
荒れがおさまった中学校(滋賀県)の先生の印象的な言葉
子ども一人ひとりの切実な思いを受けとめながら、日々、子どもの問題行動に対応されている中学校の先生の印象的な言葉を、紹介したいと思います。
「この子がなぜ暴力や暴言などの問題行動に出てしまうのかを考えること、この子たちのサイン、メッセージを感じ取ろうとすること、これらを教師集団が共有していくことがどうしても必要でした。」
「どの子にも『共感してつながろうとする』努力もしないで、その子の心に届く指導なんか、入るわけありませんよ。それで、指導が入りにくいって、甘えたことを言う人もいます。また、力で言うことを聞かせるのは、指導とは言いません。ただの命令です。この勘違いは、周囲に悪影響を及ぼします。こういうタイプは、本校には転勤して来て欲しくないですね。」
「その子がくらしの中で何に喜び、何に怒り、何を考えているか交流すること、その子のくらしの現場、生の姿を交流していくこと、その子の痛ましさをキャッチすること、そして見えてきたこと、そのことをつかまずして発する言葉と、共感した中で発する言葉とでは、 同じ言葉でも、子どもにとっては全くちがって響いていたようです。」
人は支援されるだけでは元気にならない
支え合って、つながることが出発点
2013年5月18日、NPO法人障害者の就労と余暇を考える会メロディーの総会に出席しました(参加は1年ぶりです)。m(_ _)m いつも滋賀県立大学ボランティア・サークル:ハーモニーの学生さんが、子どもたちと関わってくださっています。そうしたら、この日は、宮城県南三陸町でのボランティアをきっかけに結成された全国ネットワーク「Circle Japan」繋人の若い女性が2人、福島県と茨城県から特別参加されていました。繋人は「つながりびと」と読むそうです。

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