1 はじめに
本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われたインタビューを記事化したものです。
「ドラえもん名作選」の監修者でもある、早稲田大学系属早稲田実業学校 初等部の岸圭介先生に、漫画を読みたいという意欲を活字の読書につなげようとする思いや、漫画教材で授業をする際のポイントなどを伺いました。
2 インタビュー
◆漫画と授業
——新刊「学年別ドラえもん名作選」では、『ドラえもん』を教材に使った授業実践をもとに、3年生版の解説を執筆されました。漫画『ドラえもん』の持つ、教育的な教材としての力はどこにありますか?
「ドラえもん名作選」シリーズでは、各教科の学習のきっかけになる楽しいお話をセレクトして、学年ごとにまとめました。
漫画には、物語の枠組みに共通する要素があります。例えば、物語は場面ごとのつながりを意識しますが、マンガはコマ同士の繋がりが分かると読めるようになっています。また、伏線が分かっているということは論理が分かっているということです。このような、前後の繋がりを意識した論理的な読み方もできます。
1年生版にはコマ番号がふってあり、漫画を初めて読む子や慣れていない子でも安心です。『ドラえもん』は、多くの話がひみつ道具を起点に進み、オチが「ひみつ道具がうまく機能するか、しないか」というわかりやすい展開になっているため、話の流れがつかみやすいのも特徴です。
一般的な学習漫画は、学習の意図やテーマが設定されていますが、「学年別ドラえもん名作選」シリーズの強みは、漫画の中に既習事項との関連や学習を、自由に見出せることです。学年別になっていますが、1年生の本でも、学習のねらいと合えば、高学年も使うことができるでしょう。
——漫画と、小説や動画との違いはありますか?
漫画の持つ表現技法も学べる読解力をつける教材だと思います。また、漫画は読みながら前のページに戻ることができるのが特徴だと思います。動画は一回性が強く、なかなか戻ることができません。本を読みながら前に戻ったり、授業中にノートを振り返ったり、立ち止まる時に人は考えています。その意味で漫画は、子どもが考えるためには効果的な教材だと思います。
もちろん、他のメディアにも、それぞれの特徴や良さがあるので、授業のねらいなどに応じて使い分ける必要はあるでしょう。
——先生が漫画と教育を考えるようになったきっかけはありますか?
学校で主に扱う教材は活字本であって、物語や説明文を用いて、主題について考えたり、文の構成について学んだりします。一方、学校の外では子どもは漫画を自由に読んでいます。同じ読むという行為でも、学校の中と外で2つの異なる読み方が存在しています。それをつなげたい、という思いがありました。
学校の国語科授業では、主に「読み方」を教えます。どれだけ量を読んでも、読み方を身に付けないと上手に読めるようにはなりません。だから、学校では物語の構造や論理展開などを学習します。
しかし、漫画は楽しく娯楽として読むもので、そのような読み方を意識することは少なく、誰からも教わらずに自然に読んでいます。
そこに、何かを読むときにはこういう手立てがあるんだ、という具体的な読書技能を学ぶと、学校の中の教材と外の読み物がつながるのではないかと考えました。
多くの子どもたちにとって漫画は親しみやすいメディアですが、そこに読みたいという本人の意欲があるのは間違いありません。漫画にも活字本にも「『同じ読み方』ができる」と感じた時に、活字を読む意欲が生まれると考えています。その往還関係に気づくと、活字本を手にとってみようとする意識も上向くのではないでしょうか。
◆実際の授業
——実際の授業で、『ドラえもん』をどのように使っていますか?
単元の間に、接続的な役割で漫画を使うと効果的です。例えば、「登場人物における心情の変化をつかむこと」がめあてであれば、物語教材の間に入れるのもよいでしょう。漫画は、主に絵やコマを用いた表現形式です。「物語」という大きな枠組みの中では、共通する要素も見られます。
普段学校であまり扱わないからこそ、授業でマンガを扱うと子どもたちの「読みたい」という気持ちが高まります。学校の活字文化を大事にしつつも、漫画を効果的に使うためには、単元の間に接続的な役割で使うと潤滑油になると思います。
——漫画教材と単元の学習を繋ぐ工夫はありますか?
人は必要感があれば学びます。例えば「さようなら、ドラえもん」を使った2年生の実践があります。年度末に行ったのですが、実際のクラスでも、あと少しで先生がいなくなる、クラスが解散する、という状況が漫画の内容と重なり、学習への必要感が生まれました。そのように、子どもの実態に合わせて授業をつくっています。
——『ドラえもん』を授業で使う際の教材研究のポイントは?
日々の単元との接点をいかに見出すかがポイントです。国語科では「物語の構成」、社会科では「歴史や政治」など、普段の授業と漫画のストーリーの中に接点を見つけられると、授業で使いやすくなるはずです。
——漫画を「読んで楽しかった」で終わらせないためには、どのように学習を作っていくのでしょうか?
ともすると子どもたちは、ただ内容を知りたいばかりに、漫画を「流し読み」しがちです。しかし、漫画にも作者が意図して盛り込んだ様々な表現が隠されています。そうした細部に気づく力こそ、活字読書にもつながる育成するべき力です。
例えば、コマの順番を入れ換えたり、切り離したりして、書き手がその場所にどのような意味をもたせたのかを問い、考えさせます。より深く読まざるを得ない状況をつくることで、今までの自分の読み方を変えることにつながるでしょう。
このような学習では、授業者のねらいが大切になります。ねらいが「『論理的思考力』を鍛えること」にあれば、「結末部のコマを隠してオチを当てる」という活動が想定できるでしょう。その際、オチに至る道筋を正確に説明することが求められます。コマに描かれた細やかな表現を根拠として、理由付けがしっかりとなされていることが理想的です。評価をする場合も、ねらいに沿っているかどうかを基準にするとよいでしょう。
——各話解説にルビが振られていますが、この部分も子どもに読んでもらいたいという思いがあったのでしょうか?
特に好奇心がある子や背伸びしたい子は、各話解説も読みたいだろうと思ったのでルビを振りました。この部分は、漫画の中の世界から大人の世界に変わるところで、読むと大人のものの見方を身に付けられるのではと思います。
『ドラえもん』は原作者の意図で学年別になっていますが、子ども自身も「なぜ学年で分かれているのだろう?」と疑問を持って、高学年の子が低学年の内容に戻ってくることもあると思います。
◆授業でのコミュニケーション
——岸先生が授業で大切にしていることはありますか?
児童理解です。子どもを一括りにするのではなく、丁寧に個を見るように心がけています。集団ではなく、個と関わっているのです。
また、子どもには、授業で立ち止まり、考える人になってほしいと思っています。例えば、友達に意見を伝えて、相手が大きくうなずいたり、表情がぱっと変わったりしたことが分かった時、少しオーバーですが、自分が他者の人生に関わっているという実感を得ることができるでしょう。自分の影響範囲を知ること、その感覚を子どもに身につけてほしいと思っています。机上の学習だけではなく、多くの学びを築いてほしいですね。
——授業中の話し合いで工夫していることはありますか?
教師には学習を導く役割があるので、子どもたちの話し合いを、ねらいに戻したり方向づけたりすることが重要です。グループでの話し合いは、教師がやりとりのすべてを把握することが困難であり、限られた時間の中で一人ひとりがしっかりと話をすることも難しいので、はじめのうちはペア学習で話し合いをさせます。慣れてきたら、だんだんとグループ学習もとり入れていきます。
——話し合いがうまくいったかどうか、どのようにして判断できますか?
「話し合いでは意見が合わない時も当然見られます。しかし、異なる意見であっても話し合いの後に「○○さんの考えは、自分とは違うけどおもしろい」のように、友達の意見を認めながら受け入れる姿勢が築けたかどうかが一つの観点になるかと思います。こうした受容は、自分の価値観を広げるきっかけになるからです。「みんなで学ぶこと」のよさですね。
——「教師は学習を導く人」という言葉がありましたが、先生の役割をどのように考えていますか?
教えつつ、子どもが主体的に考える場もつくります。本の読み方や教科特有の見方は教わらなければ分からないものです。教えるべきことは教師が教えて、子どもが考える場もしっかり確保する、というスタンスです。
——考える場をつくる、というのは?
大人は課題を見つければ、それを解決しようと動き出します。基本的には子どもも同じです。しかし、課題が何なのか明確に分からない場合は、思考が解決に向かわないのです。そのため、子どもに課題を自分事として捉えさせることがとても重要です。考える必然性や必要感を持たせることができればいいですね。
——先生は論文でも実践を発表されていますが、実践を一般化する際に心がけていることはありますか?
一つひとつの学級は、それぞれ実態が異なるははずです。そのため、少しでも自分の授業実践が役立つように、授業の状況等をできるかぎり詳しく記すように心がけています。他の人が読んで、「自分のクラスも似たような状況だ」と近しいことを感じて、実践の参考にしていただけたらと思い書き残しています。
◆読書について
——読書指導で工夫していることはありますか?
6年生の実践で、一冊の読書ノートを作りました。子どもが自分のおすすめの本を持ってきて、子どもたちがコメントを書き合います。そして、コメントが多い本を持ってきた子にポイントが付くというルールです。卒業前に、クラス全員分のおすすめ本を冊子にして、図書室に掲示しました。漫画も選んでよいことにしたので、みんなが読書という枠組みで楽しく参加できました。これも、活動に必要感があったからだと思います。
◆漫画とロールモデル
ーー漫画には憧れや想像を導く力があると思います。先生はそのような漫画の力を子どもの頃に感じましたか?
子どもの頃は、特定の作品より、とにかくいろいろな漫画を読みました。漫画の主人公は特別な存在であり、自分に近い存在でもあります。例えば、のび太くんのちょっとだめなところに共感しながらも、いざという時の行動力や優しい一面などを見て、自分もこうなりたいという想いも抱いていました。
——ロールモデルを持ちにくい子へのアプローチの工夫はありますか?
人とのつながりを持たせることです。誰かと関わりを増やすことで、日々考えることが増えていくと思います。それは大人も同じですよね。
「自分も憧れの人に近づけた」という想いが、「僕もあんな風になれるんだ」という確かな実感へとつながります。その積み重ねが大人に近づくということだと思います。高学年を受け持ったときには、お互いにロールモデルについて交流する場を作っていました。
学級で話し合うには、クラスの人間関係が大事です。以前クラスで実際にあったことですが、普段はもの静かなAくんが、話し合いの授業のあとに、「上手に話すBちゃんみたいになりたい」と言ったのです。その瞬間、彼は一歩自分の中の枠組みを越えたように思います。つまり、他人に対する意識と感覚を持ってそこに進もうと思った時に人は成長でき、その積み重ねが教育なのだと思います。
そのためには、子ども自身の目標設定が大事です。そのきっかけは身近な友達や漫画のキャラクターに憧れることからでも良いと思います。子どもはみんなヒーローになりたいと思いながら、漫画の中に癒されたり、希望を見出したりしていると思います。
◆教師としての学び
——先生の今までの学びについて教えていただけますか?
漫画教材を研究している大学の恩師からは、研究だけではなく国語教師としてのあり方をご指導いただきました。学校現場に入ってからは、尊敬する先輩から授業の奥深さを教えていただきました。信頼できる同僚からも、日々多くの刺激を受けています。そして、これまで受け持った子どもたちからもたくさんのことを教わっています。「自分もより成長したい」と思って学び続けています。あの人みたいになりたいという憧れは、子どもと同じようにあります。
もしモデルが身近にいなければ、学校の外に目を向けることが大事だと思います。教育以外のお仕事をしている人と話すことで、教育と社会を繋ぐためのヒントが見つかることもあります。例えば、社会の第一線で活躍をされている方に「これからの社会人に求められる力は何ですか?」という質問をすると、普段学校の中にいては気付かない答えを聞けることがあります。
——岸先生が子どものころの憧れの人物像はありましたか?
私は小学2年生の時に先生になりたいと思いました。担任の先生がすごく印象に残っていて、私はしっかりと話を聞けるタイプの子ではありませんでしたが、そんな私に話を聞かせる手立てとして「顔を見せてくださいね」と笑ってくれたのです。その時に、こんな大人になりたいと思いました。
お世話になった先生方とは今でもつながりを持っていて、これまで先生という存在にとても助けてもらった経験が、今の仕事につながっていると思います。
——最後に読者へメッセージをお願いします。
漫画は使い方によって効果的な学習教材になります。そして、学習漫画だけではなく、いわゆるストーリー漫画の『ドラえもん』を使うことにも意味があり、読み方を身につけることで学校の中と外の読書の架け橋となると思います。
3 編集後記
一見すると相反するものと捉えられがちな漫画と読書を同じ方向性で、学習に繋げようとされている。文章と文章の合間に漫画の授業を入れることにより、教科書の文章の良さを引き立てる効果を狙っている。このことが自然で、授業実践としての広がりを持たせるものになっていると思う。
私の終わりに雑談をする中で、大学の友人が、偶然にも岸先生が最初に教えた生徒だったと分かった。生徒の近況を聞き、嬉しそうにしている姿が印象的だった。
(編集・文責 EDUPEDIA編集部 福原英信、大和信治 )
4 実践者プロフィール
岸圭介先生
早稲田大学系属早稲田実業学校 初等部 教諭
『学校教育におけるマンガの可能性を探る』(学文社、2018.3.30)への執筆や『学年別ドラえもん名作選』(小学一年生〜六年生)の監修を務める等をされている。
(2019年6月6日時点)
5 書籍紹介
★岸圭介先生が解説を執筆した「ドラえもん三年生」の試し読みはこちらから
6 関連ページ
みんなの教育技術
小学館の「教育技術」や教育ウェブサイトにも、インタビューがございます。
【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー特集ページ
第1回からのコラボインタビューまとめページはコチラ
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