真に「社会に開かれた学校」とは何かー麹町中学校の取り組みから考えるー

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作成者:Rei Araki (Edupedia編集部)さん

1 はじめに

今の時代、いわゆる“進学校”といえば私立中高一貫校が思い浮かびますが、その中で昨今ユニークな教育施策を導入し、優れた実績をおさめて注目を集めている公立中学校があります。千代田区立麹町中学校です。(学校HP

この記事は麹町中学校の工藤勇一校長へのインタビューをもとに、本校がどのような教育理念に基づき、どのような教育をしているのかを紹介したものです。なお、記事中の工藤校長の発言には編集上の関係から一部記者が手を加えています。

2 麹町中学校の教育理念

工藤校長は就任直後から様々な学校改革に着手し、軌新な教育施策を導入しています。学校長に就任してから学校運営上の課題として挙げた項目は450項目に上り、その中の約350項目を既に解決・改善しています。そんな学校運営の一新を進める工藤校長の教育理念とは、どのようなものなのでしょうか。

工藤校長が大切にするのは「社会とのつながり」です。学びと社会のつながりについて、次のように言います。

「本来の学び(教育)とは人が人とつながり、社会とつながることができるようにするためにあるはずのもの。これを可能とするために学校という教育機関が存在し、学ぶべき事柄がカリキュラムとして体系化されているのです。子どもたちは学校という環境の中で様々な学びを経験しますが、それらはやがて自分たちが社会に出て、様々な人と関わり合うために必要な学びとなっていきます。つまり学校とは人材育成の場であり、社会人になるための準備期間なのです。
 だからこそ、学校で育てたい生徒像は社会で求められている人材像と一致させる必要があります。社会人になるための準備を学校で行っているはずなのに、そこで学ぶことが社会で求められている力とかけ離れてしまっていれば、その学びの意義は見えにくくなります。今文部科学省が唱えている『社会に開かれた教育課程』は、まさに麹町中学校が行っていることだと言えます。」

いかに社会で求められる力を学校で育てることができるか、そのための目標設定や手段が正しいか、これらを常に念頭において意識しながら教育活動を行っているそうです。

3 社会で求められている人材とは

それでは、社会で求められる人材とは具体的にはどのようなものなのでしょうか。工藤校長は大きく二つをあげています。「自律した学びができる人材」と「他者と協働することができる人材」です。刻々と変化する現代社会の中で、必要とされている能力も時代と共に変わってきています。そんなめまぐるしく変わる世の中で生き残りを図るために、今多くの企業や会社が重視しているのが「PDCAサイクルを回す力」です。どのような組織でも、Plan,Do,Check,Actの4つのサイクルをうまく回していくことができれば、必ず良い組織になると工藤校長は言います。このPDCAを回す力を育む原点として、自分なりの学習スタイルを身につけ、自分自身で工夫しながら学んでいくといった「自律的な学び」が必要になってくるのです。

そしてもう一つ注目すべきことは、インターネットが広く普及したいま、知識や技能といったものは以前に比べると少しずつその必要性が薄まっている点です。
「今重視されているのはそのような能力よりもむしろ、周囲を巻き込んでいく力異質な集団をまとめる力など、他者とうまく関わっていく能力です。科学技術の発展により、もはや人は知識量でコンピューターに勝ることは難しくなってきました。しかし、人と人が協働し、知識や技術を組み合わせ複雑化することは人間にしかない能力であり、今後さらに需要が高まっていく能力だ」と工藤校長は指摘します。

このように社会が求める「自律した学び」と「他者との協働」ができる人材像と照らし合わせながら、次に工藤校長は教育目標の改善に取り組みました。

4 目標の改善

教育目標を設定する際に大切なのは、それが社会で求められていることとマッチしている点はもちろんですが、同じぐらい重要なこととして工藤校長は「全ての人が理解できる目標であること」をあげています。

学校目標というと抽象的でイメージがつきにくく、ただの飾り文句になってしまっていることも多いのが現状です。しかし、組織を動かしていく際にメンバー間での目標の共有は必要不可欠です。自分たちが何をめざし、どのような目標に向かって進んでいくのかを明確にしなければ、そのための手段を導入しても求める効果は得られません。そのため工藤校長は学校に関わる全ての人、教職員はもちろん、保護者、生徒たちも含めて、全員が明確に理解できるために、「麹町中学校の目指す生徒像」を以下のようにわかりやすく提示しました。

非常にわかりやすく、イメージがつきやすい文言が並んでいます。工藤校長はこの目標共有を徹底するために、教育活動のあらゆる機会を通じて具体的に説明する場を設けています。

5 どのような教育をしているか

今まで麹町中学校がどのような教育理念に基づいているのかを紹介してきましたが、実際に行っている教育活動はどのようなものなのでしょうか。大きな特徴としては社会で求められる力を身につけるために、精神論ではなく確かなスキルを教えているという点です。

「自律した学び」や「他者と協働できる力」は、頭で理解したら身につくような能力ではなく、経験を通して徐々に身についていくものです。しかし、同時にぼんやりとしたイメージでしか捉えられずに精神論で片付けられてしまいがちな面もあります。そうならないように工藤校長は様々な教育活動において、抽象的な能力をなるべくわかりやすく言語化することや、目に見える形で提示することで「社会で再現できるスキル」を学ばせることを基本に置いています。
 以下に具体的な教育活動をいくつか紹介します。

 ①自律した学びを育てるために〜フレームワークを活用した学習〜

教育目標の一つ目の大きな柱である「自律した学びができる人材」を育てるために、麹町中学校では「フレームワークを活用した学習」を行っています。本校では「麹中ノート」として全教科で使えるノートのフレームを生徒達に提示していますが、このフレームは、ビジネス経営コンサルタントの専門家と工藤校長が一年かけて開発したものです。

生徒達が自らの思考を整理し、後から見返してもポイントがすぐにわかるような作りになっています。工藤校長はこのようなフレームを提示する目的として、「繰り返すモチベーションになる」ことをあげています。フレームの分類がしっかりと固まっていると、生徒達もどこに何を書けばいいのか迷うことなく、わかりやすくまとまったノートを作ることができます。そうするとテスト前の復習としてノートを活用することが増え、「使いやすい」と感じた生徒達はこのフレームを繰り返し用いるようになります。そして徐々にノートをとる際に「後で見直すときの自分」を意識して工夫を始め、与えられたフレームに自分なりのルールを追加していき、自分私用のフレームにどんどん改善していきます。

このサイクルは学びのPDCAサイクルでもあります。ノートの取り方を計画(Plan) して実行し(Do)、後で見返して(Check)さらに改善していく(Act)のです。このような自立的な学びを促進することを目的に、フレームワークを活用する力の育成に取り組んでいます。

 ②協働の学び〜社会とのつながりを意識した学び〜

二つ目の教育目標の柱である「他者と協働できる人材」を育てるために、麹町中学校では集団活動を積極的に取り入れています。授業でもグループワークの時間を多く割き、体育祭や文化祭といった学校行事の多くも生徒達に自治をさせ、異なる意見を尊重しながら集団をひとつにまとめて何か新しいものを創る、といった機会をたくさん提供し、生徒達に繰り返し経験させています。

このような活動で工藤校長が常に生徒達に伝えているメッセージは「みんな違っていい」というものです。日本では対立を恐れて他者と異なる意見を言おうとしない傾向がありますが、二人以上で何か作業を行えば、何らかの対立が起こるのは当たり前です。大事なのは、そのような対立が起こったときにどう対処するかです。感情をうまくコントロールすることや、異なる意見をすりあわせて目標を一致させることなど、対立を解決するには何らかのスキルが必要になります。どのようなスキルが必要なのかは「麹町中学校が目指す生徒像」などでヒントを与えながら、生徒達に考えさせます。そしてこのようなスキルは一朝一夕で身につくものではないため、対立を受け入れて解決していく経験を繰り返しさせ、徐々にそのスキルを自己認知させることで、少しずつ再現性のあるスキルとして生徒達に身についていくのです。

そしてもう一つ、協働の学びをより深い学びにしていくために工藤校長が大事にしているのが「他者意識」です。多くの学校行事は、自分たちが楽しむことだけを目的にしてしまうと単なる青春ドラマで終わってしまいます。もちろんそれでも一つの目標に向かって他者と協働することを学ぶことはできますが、“自分のために”という内向きの目的では、学びの深さに限界があると工藤校長は指摘します。そのため、学校行事では「生徒全員が楽しめること」や「観客のみんなを楽しませること」などのように校長から生徒達にミッションを与え、明確な外向きの目的を持たせるようにしています。

また、授業の中で行う集団活動として、企業への模擬インターンシップを行いグループで企業から与えられたミッションを解決する活動や、修学旅行を活用して班ごとに旅行会社にツアー企画を提案する活動など、ユニークな教育活動を導入していますが、これらも全て誰か他者を意識させた活動になっています。

「主体的・対話的で深い学び」を文部科学省は推進しており、主体的で対話的な学びは何らかの協働学習によって可能になります。しかし、それをさらに深い学びにしていくためには、「誰かのために」という他者意識を生徒に持たせられるかがポイントなのだと工藤校長は主張しています。

6 社会への期待感

ここまで学校を社会への準備期間として、いわば社会への架け橋としてとらえ、社会を意識した様々な取り組みを紹介してきました。しかし、そもそも自分たちがいずれ出て行く社会を魅力的なものに感じることができなければ、このような教育は体を成さず、子どもたちは自分から積極的に学ぼうとはしなくなります。だからこそ、工藤校長は生徒達に「社会への期待感」を感じさせることを重視しています。「早く社会に出て活躍するためにもっと学びたい」と子どもたちに思わせるような「やる気スイッチ」を押してあげることも学校がもつ大切な役割なのです。

そのために麹町中学校では、生徒達が自分の「ロールモデル」を見つけ出すことを目的として、社会で活躍している「その道のプロ」と言われる人を積極的に呼び、生徒と触れ合わせる機会を設けています。プロのアナウンサーを呼んだアナウンス塾の開講、世界的に有名なシェフを呼んだ調理実習指導、政界・経済界を初め様々な分野で活躍している卒業生による講演、というように年に何度も外部の人に学校訪問を依頼しています。

そしてこのような「本物」に触れた生徒達が、「こういうふうになりたいな」というように今後の自分の進路を示す一つの指針になるのはもちろん、そうでなくても「なんか素敵だな」「自分が出て行く社会はまんざらでもない」と社会に対する肯定感・期待感を持ってもらいたいと工藤校長は言います。社会の中での自らの生き方をイメージできると、それが学びのモチベーションとなり、自律した学習者、他者と協働する学びなどにつながっていくからです。

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