生徒が劇的に変わる生活指導と学校教育(北星学園余市高等学校)

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目次

1 はじめに

本記事は、2018年8月24日(金)に行った、北星学園余市高等学校の先生及び生徒へのインタビューの内容を記事化したものです。

北星学園余市高等学校(以下北星余市)は、不登校経験者や発達障害を持った生徒を全国から積極的に受け入れています。そのような生徒達をしっかりと育て上げる北星余市の教育は、教員志望の大学生や教育関係者からも注目を集めています。本記事では、その北星余市で行われている教育を紹介しています。

2 北星余市の教育とは

北星余市の先生方は「生徒にまともな大人になってもらいたい」という想いのもとで生活指導(北星余市では「生徒指導」ではなく「生活指導」という言葉を使っています)を重点的に行っています。その想いを生徒に伝えるためには、まず生徒に先生を受け入れてもらえるだけの信頼関係が必要です。生徒は常に、先生が「自分にとって本当に意味のある存在か。この人を信頼していいのか。」ということを考えています。ですから先生は常に生徒のことを考えているという姿勢をきちんと示すようにしているのです。

生徒と先生がそのようにして信頼関係を築くために、北星余市には一般的な高校とは少し異なる学校環境が存在します。

①異色の職員室

北星余市の特徴の1つは職員室です。一般的に、職員室は学校の中で先生が仕事をする場所であり、生徒は質問や連絡をするとき以外は入ってはいけない場所だと思います。しかし北星余市の職員室では、休み時間や放課後に生徒が先生と楽しく談笑している姿が頻繁に見られます。しかも、生徒は先生とタメ口で気軽に話しています。北星余市では、生徒と先生の距離がとても近いのです。

そのような職員室があるのは、単に先生と生徒の距離を近づけるためではありません。北星余市に来る生徒には、過去の経験もあって、学校や先生に対して不信感を持っている割合が高いです。生徒を教室に縛りつけるのは良いことではないと考え、北星余市の職員室は、仕事場というよりサロンのような環境を提供しているのです。このような環境で、教室では言えないような、生徒本人の考えや悩みを先生が共有することができます。お互いの意思疎通が図れていることが、万全な生活指導に繋がるのです。

生徒にとって、学校は仕事場ではありません。先生も仕事で学校には来ていますが、生徒と話すときに仕事としてだけで話していては、生徒と真っ向から交流を深めることはできません。人間的な成長を最優先するのであれば、学校の中で先生とも自由に関われるサロンのような場所は、教育現場において重要だと言えるでしょう。

②尊敬のサイクル

北星余市に来る生徒は、様々なバックグラウンドを抱えています。勉強が面倒くさくなったり、先生に裏切られたり、いじめを経験したり等です。一般的な学校では、成績や部活動の様子がそのまま生徒本人の評価基準になることが多いです。しかし北星余市ではそのような生徒の多様性があるからこそ、個々の性格や、やりたいことを自分の全力でやり遂げるという主体性を重要視しています。

①で紹介した職員室での交流は、ただ生徒と先生の交流を生むだけではなく、他の生徒との交流も生むようになります。新入生は先輩の姿を見て、自然と職員室に通い始めるようです。そこで先生や生徒とのコミュニケーションが増えることで、今まで学校や先生に不信感を抱き、自分にも自信を失っていた生徒が、自分の居場所ややりたいことを学校で見つけ、様々なことに挑戦するようになります。今までは人と話すことが苦手だった生徒が、部活動や生徒会活動を初めとした課外活動に意欲を持ち始めるのは、とても大きな変化です。

それが顕著に表れるのは校内行事です。他の高校でも同じことですが、校内行事は生徒が主体となって行われています。生徒が変わっていく時は、先生との交流だけではなく、行事等の場で目にする先輩の姿もそのきっかけとなり得ます。例えば、生徒会長が行事を仕切っているのを見て、自分もあんな風になりたいと憧れ、そのためには今の自分を変えることが必要だと考える生徒もいるそうです。

生徒が尊敬する先輩や先生を見つける
→生徒がその先輩や先生を手本として自分を変えようとする
→生徒が成長する
→後輩がその生徒を尊敬するようになる

上記のようなサイクルが北星余市では展開されています。その人自身を見て生徒が成長していく仕組みになっているのです。

③先生の負担にならない生活指導

生活指導は、時には先生にとって大きなストレスになることがあります。生徒の心の問題に直接関わることになり、慎重な判断が求められ、そのために長い時間を要するからです。近年は、それが負担になり、先生という仕事を辞めてしまう人も少なくありません。北星余市ではできるだけそうならないように、かつ生活指導の質を下げないために気をつけていることが3つあります。

1つ目は、生活指導を1人の先生に任せっきりにするのではなく、複数の先生が関わることです。例えば生徒の問題行動に対して指導するとき、クラス担任との話だけでは、生徒自身が心から納得できない気持ちが残ってしまうこともあります。クラス担任としても、生徒が納得していないと感じつつも自分のクラスの生徒だからということで他の先生に頼らずにいると、いつまでも生徒は納得できないままになり、クラス担任も悩み続けてしまいます。

しかし、生徒への指導に複数の先生が関わるとどうなるでしょう。生徒にとっては、自分の意見を聞いてくれる人が増えるとともにクラス担任とは違った視点での話を聞いたり、感情的になっていた部分が解消し心から納得することにつながります。クラス担任にとっても、生徒の問題を1人で抱える必要性がなくなり、心に余裕が生まれてきます。そもそも、1人の生徒が学校で出会う生徒はクラス担任の先生だけではありません。他の先生にしか分からないような生徒の心情や行動もあるかもしれません。複数の先生が関わって生活指導を行うことで、生徒と先生、両者にとって良い環境で生活指導が行われるのです。

2つ目は、生徒の本質的な問題を意識して生活指導を行うということです。生活指導の目的の1つは、生徒が本質的な自分の問題を解決し、卒業後に立派な大人になれるようにすることです。学校の中で態度を改めるだけでは意味はありません。多少時間がかかっても、うわべでは無く本質的に生徒を変えてゆく生活指導を目指すべきです。本質的な問題を解決できていなければ、その場で生活指導が完結したように見えても、また別の問題を起こす可能性があります。卒業した後にしっかりとした大人になれることを考えた生活指導が大事です。

3つ目は、単に叱るよりも、生徒自身になぜ自分がそうしてしまったのかを考えさせるということです。生徒は叱られるだけでは、自分がなぜそのようなことをしてしまったのかを考えることはありません。大切なのは生徒自身に、自分で自分の問題と向き合い、自分をどう変えるべきかの答えを自分で見つけさせることです。先生が一方的に答えを提示してしまうと、生徒は自分で考えることができなくなります。たとえ時間がかかっても生徒に考えさせることで、生徒は自分なりに答えを出すことができて成長につながります。

当たり前のことですが、生活指導は、先生がしっかりとしていることで効果を発揮します。生活指導の手法も大切ですが、先生が生徒のことを余裕をもって考えられるような制度や雰囲気づくりも同様に大切なのです。

3 北星余市で育った生徒達

北星余市の教育を受けた生徒達が実際にどう変わっていったのか、気になる方も多いのではないでしょうか。今回は、取材を主に担当してくださった、北星学園余市高等学校の平野校長が過去に受け持った生徒の話、そして現在北星余市に在学している生徒からの話を伺いました。

平野校長が過去に受け持った生徒A君の話

A君は5年前に卒業しました。北星余市に入る前から、非行傾向のあった生徒です。とりあえず高卒の資格が欲しかったとか、地元にいるのが嫌だったとか、そのような理由で北星余市に入学しました。

北星余市に入ってからも意欲的でなく、3年になるまでしっかりしませんでした。問題行動があった時は自分の問題と向き合い、改善しようとする姿勢も見られましたが、卒業まで心配が尽きない生徒でした。

しかし、彼は卒業したあと北星余市高校を訪問してくれて、資格を取るために専門学校に通って勉強していることや就職先も決まったことを私に教えてくれました。卒業できたことだけでも良かったと思っていたので、卒業後の頑張りを聞いてとても嬉しく思いました。

北星余市に在学中の3年生のBさんの話

北星余市に入るために、沖縄から引っ越してきました。中学生の時にいじめにあって、不登校になった時期があったのですが、母から北星余市の話を聞いて入学しようと決意しました。

最初は北星余市に馴染めるかどうか不安でしたが、どの生徒も別々の辛い経験を積んできていたため、既存のグループ等はなく、非常に接しやすかったです。先生達や他の生徒との交流によって、北星余市の中で自分の居場所を見つけることもできたのが良かったです。

居場所が見つかると、自分が強くなったように感じます。互いの違いを認め合うことの大切さや、友達とおしゃべりできることの楽しさを心から実感できるようになりました。将来は先生になるために大学への進学を考えています。そう思えるようになったのも北星余市のおかげです。

インタビューを通じて、生徒達の人間的な成長を感じることができました。複数の生徒にインタビューをさせていただいて分かったのは、表現は違うものの、「北星余市に来て自分を変えることができた」と強く思っている生徒がいるということです。不登校やいじめを経験しても、立ち直り、そして自分を成長させることができる環境が北星余市にはある、そのように感じました。

4 取材先情報

北星学園余市高等学校

校長 平野純生(2018年10月16日時点)

5 編集後記

生活指導でここまで人は変わるのか、と実感させられました。生徒の人間的な成長を目指し、学校全体でその雰囲気を作り上げています。ただ感情に訴えるわけでもなく、生徒のことをきちんと考えたシステムが北星余市の中には存在しているのです。教育の本質的な価値は、実は北星余市のようなところにこそあるのではないか、と私は思うようになりました。

(文責・編集 EDUPEDIA編集部 上島憲)

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