「熟議」で日本の教育を変える

現役文部科学副大臣の学校改革私論 「熟議」で日本の教育を変える(小学館)

鈴木 寛 (著);

熟議は2010年4月から文科省の主導で始められ、インターネット上での「ネット熟議http://jukugi.mext.go.jp/」と対面型の「リアル熟議」の2通りの方法で現在(2010年10月)も続けられています。文科省が設置した掲示板にテーマが掲げられ、一般市民が書き込みをするという従来は考えられなかった形で、国民的な議論が試みられています。本書の中で鈴木副大臣は熟議について、

「日本の政策形成史の1ページを切り拓きました」

と表現しています。「熟議」は文科省のみならず、日本の政治全体を眺めても、斬新な試みであると言えるでしょう。古くは徳川吉宗の目安箱があり、現代においてもネット上その他でのアンケートによる市民・国民の提言の受け入れはあったものの、“mext”(文科省を示す)や“go”(政府機関を示す)が含まれたドメイン上で議論が行われる掲示版が設置されるというのは、前例のない状況です。

著者は“通産省官僚→中央大学・慶応大学等での教員→参議院当選”といった経歴の持ち主であり、教育・ITCの分野に明るい新人類世代の政治家と言えるでしょう。ちなみに著者はちょうど「新人類」が流行語大賞を受賞した年の新卒の年代です。

政治家の役職としては、文科省のポストは「たらいまわし」にされてしまっていた感もありますが、著者は豊富な知識と経験を生かして論理的にわかりやすく議論を展開する事ができます。昨年度より著者が副大臣に就任し、即座にネットで熟議を展開し始めたこと(公式HPでは、早くから動画情報を多数発信していましたhttp://suzukan.net/)、そして様々な教育施策に関する提言をあちらこちらで発信していることは、学校改革が大きく展開する予兆であるかもしれません。

著者はインターネットに関する自らの考え方を、本書に詳しく著しています。第3章「熟議とマスメディア」のくだりでは、

「熟議はイコールフィッティング」

であり、

「インターネットを議論の道具として使うことの意義は、時間空間を超えての参加はもとより、記録を残しながら熟議を積み重ねることによって、議論の途中からでも気軽に参加する事が出来るのです」

「上だ下だ、先だ後だ、プロだアマだということでなく、いつでも誰でも対話に参加できる」

と述べています。ここまでネット利用に理解があり、かつ、積極的な政治家は今までに存在しなかったのではないかと思います。

本書は熟議のことのみが書かれているのではなく、著者がどのような意図を持って今後の教育施策を打ち出していくつもりであるのか、貴重な学校改革の情報源としても成り立っています。とりわけ「コミュニティースクール」「ICT活用」に関する記述に多くのページが割かれています。

「30年前から据え置かれている学級の生徒数上限40人を35人に引き下げる法案が国会に提出される予定」

であることなど、今後の教育行政の展開を示唆し、熟議の議題を本書で提示しているという読み取り方もできるでしょう。日本が「教育立国」「情報産業立国」であることを考えると、本格的に教育・ITCを議論する事ができる「文科省副大臣」の言動には注目すべきものがあります。

「2ちゃんねるのような匿名性を持ったメディアは、現場に関わらない傍観者が発言をするので、議論が崩壊してしまうことがあります。テレビメディアも同じで、テレビを見ている人はだいたい傍観者なわけで、人ごとでいいわけですから、人ごとの連鎖のようになりがちです。」

と述べられているように、メディアのあり方については、インターネットを含め、留意すべき点があることでしょう。実際に文科省の「熟議サイト」の掲示板を覗いてみても、荒れ模様になっているケースが散見されます。民主主義における議論のあり方については、幾多の課題があることは承知の上で、

「不毛なイデオロギーから、教育政策を解法し、本当に教育学習現場が求める政策について議論を深め実現を目指していきたいと思います」

という著者の呼びかけが実を結び、日本の教育が少しでも改善の方向へと向かう事を期待したいと思います。

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