丸つけで子どもを変える~硬筆書写指導から~(岡篤先生)

1 はじめに

この実践記事は、神戸市立小学校教諭の岡篤先生が運営されているメールマガジン
(http://www.mag2.com/w/0001346435.html)を基に、加筆・修正を加えています。
(詳しくは岡先生のメルマガ 508号~516号をご覧ください)
 岡先生が取り組んでこられた、「硬筆書写」を通し、”丸つけで、荒れた子どもが変わった“例について紹介します。

実践への苦しい道のり

ある年の高学年を担当していたとき、とてもしんどい思いをしてきました。硬筆書写でいえば、「字をていねいに」と言っても全く聞く耳をもたなかったり、プリントに落書きをしてくしゃくしゃに丸めて捨てられたりといったことが毎回のようにありました。
指示をすると、「うるせえ」「きしょいんじゃ」と返ってきます。ある男の子は、決して私を「先生」と呼ぶことがありませんでした。「岡」と呼び捨てか「おい、そこのやつ」などと言っていました。
1カ月もしないうちに、これまで担任してきた子ども達のように、丁寧に教えたり、ふつうにほめたり叱ったりしても、指導を受け入れるようにはならないだろうということを悟りました。

1人をターゲットにした目標

そんな中で、私のことを呼び捨てにする子を対象に目標を決めました。
その男の子に、
・先生と呼ばせる
・硬筆書写のプリントを最後までていねいな字で書かせる
という、2つです。
これを一年間の目標にしました。なんとレベルの低い目標かと自分でも思いました。聞いたことも見たこともない目標です。
しかし、1年間必死で取り組んでも達成するかどうかわからない、この年の私にとっては高い目標でもありました。

1文字ずつ丸をつける

硬筆書写のプリントをていねいに書かせる手立てとして、「丸をつける」、という地道な方法に取り組むことにしました。もちろん、これまでもプリントに丸をつけていました。
それをなぞり文字まで含めて、1文字ずつ丸をつけることにしたのです。それまで、なんとなく、“なぞりはできて当たり前”で、自分の力で書く字だけを見ればいいのだと思いこんでいました。
しかし、このときのクラスの態度がよくない子どもたちの字はひどいものでした。とても丸をつけられるようなものはありません。
 それでも、1文字ずつ、特になぞりまで見るとそうでもないことに気づきました。

諦めないことならできる

学級経営をテーマにした話では、「まず子どもとの関係をつくること」「関係づくりが最初」とよくいわれます。これは正しいと思います。
ただ、よい関係を作ることを第1歩目とすると、このときの私のように、よい関係ができないと1歩目が踏み出ないことになってしまいます。
そんなときは、どうしたらいいのでしょうか。担任にできることは何か。それは、

「諦めないこと」です。
 
 諦めなければ、手立ても思いつき、きっかけも見つかる可能性があります。もし、私が諦めていたら、一文字ずつの丸つけも思いつかず、仮に思いついたとしてもそれをやり続ける気力は失っていたでしょう。

1文字ずつなら丸がつく

丸をつけられる字がほとんどない、いわゆる“ちゃら書き”の子でも、1文字ずつならなんとか丸をつけられる字があります。なぞりも含めるとほとんどの子にいくつかの丸をつけることができました。このとき、「なぞりにも丸をつける」ということの意義を実感しました。

プリントを返却

まじめな子や普段から丁寧に書く子は、当然、丸がたくさんつくことになります。ちゃら書きだらけの子は、圧倒的に少ないということになります。自分が悪いとはいえ、これはこれでキレるきっかけになるかもしれません。初めて、一文字ずつ丸つけをしたプリントを返すときには、正直ためらいがありました。
しかし、うまくいかないことには、もう慣れました。手間暇をかけたことが無駄になることを覚悟で、次の日、プリントを返しました。

「丸が多いぞ!」

一人の子が声を出しました。 「おっ、丸が多いぞ」。これまで、私の荷物の入っている段ボールに押しピンを刺したり、バレ−ボールをしていて負けてくると怒ってボールを蹴って暴言を吐いたりするような、典型的なキレやすい子です。
 その子がプリントを手に取りなおして、丸を数えだしたのです。
 いつもは反抗的な態度を取っているにもかかわらず、いつになく多い丸を見て、思わずプリントの“○”を数えてしまったのです。その子のプリントは、ほとんどが殴り書きだったので、いくらなぞり書きをゆるめに丸つけしたといっても、せいぜい5、6個しか丸はなかったはずです。それでも、
「お~、けっこう丸がついてる!」
と喜んでいます。

子どもによって、反応はさまざま

なぞりの分も含めて、1文字ずつ丸をつけるというやり方が少しは効果があったようです。その子は、隣りに「お前、何個だった?」と尋ねていました。
聞かれた方の子は、もっとやりにくい子でした。私のことを決して「先生」と呼ばない男の子です。厳しい家庭環境で育ち、私がいくら叱って怒鳴っても、平然とせせら笑っていました。授業中の態度も、クラス全体での活動のときも、勝手な行動をとっていました。
 
 私は、その尋ねられた子がどう答えるか、興味を持ちました。最初の子は、いわば単純な面があります。さんざん悪態をついてきた私が採点したプリントでも、丸が増えていれば素直に喜ぶ子です。
しかし、尋ねられたほうの子はそうではありませんでした。丸の数を聞かれても、返されたプリントを見ることもなく、「どうでもええ」と無視しました。
 「あんな奴のすることにいちいち反応してたまるか」というところでしょう。まあ、そうだろうなと思いながら、私はその場面を見ていました。素直に喜んで丸の数を数えた子がいるだけでよしとするべきでしょう。

「おれは23個」

この取り組みを続けることにしました。数回続けると、子ども達は硬筆書写のプリントが返されることを待ちわびるようになりました。
 最初から反応がよかった(キレやすい)子も、なぐり書きが少しずつ減っていきました。時には、書く文字数が多いプリントもありました。4月の頃なら、「こんなもんやってられるか」「だるい」となっていたはずです。
 しかし、そのとき彼は、プリントを見て、「おっ、字が多いぞ」と声を上げました。そして、「やった、丸がたくさんもらえる!」と言ったのです。そして、真剣に書き始めました。
 このプリントを返すときは、受け取る前から、にこにこしていました。プリントをもらうとすぐに数えだし、「やった、20個や」と大声をあげました。
 このときも隣には、私を呼び捨てにする男の子(まだこのときも呼び捨てのままでした)がいました。「おい、丸何個やった?」と聞かれ、「そんなもん、どうでもええ」と返しました。しかし、その後、「俺、20個やったで」に対して、ぼそっと「俺は、23個や」と答えたのです。
(いつの間に、丸を数えていたのか)とびっくりしました。態度には出していかなかったものの、丸の数に関心があったというわけです。

 2学期の終わりには、その子も私を「先生」と呼ぶようになりました。

編集後記

単純作業の“丸付け”も児童全員のプリントに書かれた、すべての文字となりますと、気の遠くなるような根気と時間が必要です。 “丸をつける”ことで、これほど子どもが変わるというのは意外でした。1ページに大きな花丸が付いているのではなくて、なぞり書きも含め、1つ1つの文字に丸がついている、という細やかな先生の目配りには子どもも素直に感じ取れるものがあったのだなと思いました。
(文責・編集 EDUPEDIA編集部 丸山明美)

実践者プロフィール

岡篤(おかあつし)先生

神戸市立有野台小学校教諭。
漢字と俳句の実践に力を入れている。学力研という研究会に所属。
2013年11月、新しい指導法や特色ある教材で漢字教育を実践している全国の教員を表彰する「白川静漢字教育賞」最優秀賞を受賞。
●主な著書
『読み書き計算を豊かな学力へ』(明治図書 2000年) 
『書きの力を確実につける』(明治図書 2002年)
『これならできる!漢字指導法』(高文研 2002年)
『字源・さかのぼりくり返しの漢字指導』(ひまわり社 2008年)
『教室俳句で言語活動を活性化する』(明治図書 2010年)
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