三ケ島アートプロジェクトVol.2 旅するムサビプロジェクトが提案する美術教育の可能性

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目次

1 はじめに

2019年2月1日(金) 所沢市立三ケ島中学校で"三ケ島アートプロジェクトⅢ「所沢市学び創造アクティブプラン学校クリエイト研究委託校発表会」"が行われました。

「対話型鑑賞」という対話を通して美術作品の理解を深めていく鑑賞方法があります。今回の発表会は、毎週金曜日の朝の時間に、対話型鑑賞を旅するムサビプロジェクトと連携しながら継続的に行ってきた三ケ島中学校の研究発表です。本記事はその内容を元に作成したものです。

発表会全体に関してはこちらをご確認ください。

また、同発表会にて行われた国語科との連携授業三ケ島アートプロジェクトVol.3 「君は「最後の晩餐」を知っているか 〜美術鑑賞を活かした、新しい国語のカタチ〜」もおすすめです。

2 記事内容

 
■旅するムサビプロジェクトとは?
■対話型鑑賞
■対話型鑑賞in三ケ島中学校
■特別授業「美大生、生き様を語る」
■対話の効果
■まとめ
■関連HP

3 旅するムサビプロジェクトとは?

公式HP:活動案内より

旅するムサビプロジェクト(以降:旅ムサ)は、武蔵野美術大学の学生が全国各地の小中学校を訪れて授業を実施する取り組みです。2008年から行われています。

代表的な活動は以下のようになります。

対話型鑑賞

学生の作品を小中学校に持っていき学生がファシリテーター・作者という立場で作品を対話的に鑑賞する活動

黒板ジャック

子どもたちに内緒で学生が制作した黒板の絵が登校してくる生徒に刺激を与える活動
 
どの活動でも美術教育の新たな可能性を提案しており、現在も「美術を通して社会を変えていく」という精神で成長を続けています。

4 対話型鑑賞

作品を理解するとき「作者がどのような経験や意図からその表現に至ったのか」ということが重要になります。したがって、鑑賞授業ではふつう作者の生い立ちや作品の背景である国の情勢・文化などの情報を直接的に知識として受け取ることで作品を理解していきます。しかし、対話型鑑賞においては「この絵が自分にはどう見えるのか」「共に鑑賞する仲間にはどう映るのか」というところから始まり、作者が何をしようとしているのか「考える」ことに重点を置きます。最終的に受け取る作者のプロフィールや作品の情報が同じものだとしても、何を表しているのかを想像して興味を持ってから得た情報の方がはるかに身につくはずです。

また、自分以外の鑑賞者にどのように見えたのか伝えるために「ポイントに青色を使っているから」「この形が鳥のように見えたから」など造形的な根拠を言葉にして発信していくことも特徴の一つです。

対話型鑑賞は、生徒が能動的に考えて学ぶ練習をする一つの仕掛けになりうるものといえます。

5 対話型鑑賞in三ケ島中学校

三ケ島中学校では、対話を「異なる立場の人たちが意見を交換し合い自分の価値観を広げていくこと」と定義し、旅ムサと連携して対話型鑑賞をベースにした朝鑑賞の実践を継続的に行っています。今回の記事では三ケ島アートプロジェクトⅢ「所沢市学び創造アクティブプラン学校クリエイト研究委託校発表会」での公開授業で行われた対話型鑑賞の活動を取り上げました。普段の鑑賞はファシリテーターと作者は別なのですが、今回は1人2役で流れも変更して行っているようです。

<鑑賞の流れ>
①作者の自己紹介
②作品を見せてどう見えるか等感想を引き出す
③絵の説明
④生徒から作者に向けての質問タイム
※複数の作品を鑑賞するために全体で約20分鑑賞し、終わると次の作品のもとに向かいます

まず、クラスを3グループほどに分けて作品のある場所へ向かいます。集まると最初に作者の学生が自己紹介をし、作品を見せていました。大きな作品を壁に立掛けたり作品を中心に生徒が輪になったりと、その作品に合わせた隊形で作品を見ています。今回見学したところは、作品を床に置きそれを囲むように生徒が円になって立っていました。

やや抽象的な絵と作者からの「どう見える?」という質問から「これ、魚じゃない?」「わかる!」「何かの耳?」などと活発に意見が飛び交います。

少しして、作者から「実はこれ、人が寝てる絵だよ」と種明かし。するとまた「えー!どこがー?」「あ!わかった!」「こっちから見ると確かに!」と弾んだ声がしました。

向きを変えて改めて見ると多くの生徒が「なるほど」と言う中「どうしてもそう見えない」と納得しない様子の生徒がいました。どのように見えるか聞くと「こういう向きで……これが豚の……」と新たな見え方の解説を生き生きとしていました。自分と異なる見え方に対し、作者自身も周りの生徒も興味深く聞いていたのが印象的です。

ある程度作品について深められたところで、再び円になって座り作者への質問が始まりました。

「どれくらいの時間をかけて制作しましたか?」という質問に対しては「3週間」との答え。「3週間って短いのかなぁ」「受験まであと3週間だよ」「それは短い!」というように作者や担任の先生、生徒同士みんなで知識を体感に変えていくやりとりが和やかにされていました。作品に至るまでの作者の考えや目の付け所、画材に絵具ではなく石を使用していることから石を入手する経緯やそこで関わった人とのお話、自然の石の持つ多様な色彩のことなど、授業だけでは伝えきれない美術や作り出すこと・行動することの魅力を肌で感じられる時間になっていました。

また、作品の話をする上で作者はパーソナリティをさらす必要が出てくるときがあります。実際に大学生として生活している人の歩みや悩み、生の声、それにつられて自然と出てくる先生方の普段聞けない中学生のときの気持ちなどが聞けることもあるようです。

6 特別授業「美大生、生き様を語る」

「聞く」ということに関して、今回の発表会ではもう1つの面白い試みがなされていました。

その名も「美大生、生き様を語る」。最初に作品を鑑賞し、その後作者の話を聞きました。内容は、武蔵野美術大学の映像学科に通う学生が学科の中でも唯一の研究対象であるフィルムカメラと出会い、それを用いて映像作品を作ってきた現在までの自身のこと。自分がどのような考えで今まで生きてきたのか、最新の技術が学べる環境にいながらなぜあえて自分の教わる教授よりも上の世代の機械であるフィルムカメラを扱ったのかなど、学校でどころか、大人もなかなか聞くことのできないものでした。

作品についても、現在ではなかなか見ることのできないものです。暗い部屋の中フィルムを手で回すカチカチとした音と共に流れる、淡い色調のどこか懐かしいような映像。見終わった後には電気をつけ、実際に使ったフィルムに触らせてもらっていました。その後1本のフィルムで2~3000円することを聞き、生徒たちはさっきまで触っていた物の価値に驚いていました。

作者同伴の対話型鑑賞でも同じことが言えますが、作品に至るまでの経緯や作者の葛藤を素の言葉で聞ける機会はとても貴重なものです。

7 対話の効果

三ケ島中学校では、対話型鑑賞を導入してから生徒たちの物事へ向き合う姿勢が変わってきたと言います。授業中にきちんと聞こうとする姿勢が以前よりも身に付き、できないから絶対に分からないのではなく、分かろうとするようになったそうです。

これは、作品を鑑賞するときに他の人の発想に触れたり、きちんと人の話を聞くことはもちろん、共に鑑賞している仲間に向けて自分の感じたことを発信する経験がそうさせたのではないでしょうか。

普段の授業では「不正解は失敗」「間違えたら恥ずかしい」という気持ちがぬぐい切れない現状がありますが、対話型鑑賞においては不正解や突飛な意見は「面白い見方」になるのです。授業ではないため先生も評価を気にせずに意見を促すことができます。生徒がさらに発言しやすくなるためにも、突飛な意見に教師が「面白いね」などとよく反応したり「あの意見があったから次の発言がしやすかった」などと発言したこと自体を認めていく工夫は必要です。

8 まとめ

対話型鑑賞とは、美術の作品鑑賞の手法の一つで、鑑賞者の主体的な体験に重点を置いたものです。作品を見た感想や何を表現していると考えたのか等を造形的な根拠と共に発言し、複数名の鑑賞者によって作品の内容を深めていきます。

作品を媒介にして根拠をもって話したり人の意見を聞いたりする中で、価値観を広げていくことができます。

9 編集後記

対話型鑑賞では、鑑賞者の素直な発言を引き出すために場合によってファシリテーターや作者側から自己開示をすることがあります。「自分」と向き合い始める中学生にとって大人の「一人の人間」としての生の声を聞けることも貴重な時間だと感じました。

考えたり人の話を聞いたりするという今後生きていく上で必要な力を実践的に練習できる手法の一つとして、今後美術に限らず活用されていくことを期待しています。(取材・編集 EDUPEDIA編集部 藤井和恵・横田和也)

10 関連HP

外部ページ

旅するムサビプロジェクト
武蔵野美術大学の学生が全国各地の小中学校を訪れて授業を実施する取り組みです。

旅するムサビプロジェクト ブログ
旅するムサビプロジェクトのブログ形式のHPです。実践例が見たい方はこちら。

EDUPEDIA内部ページ

三ケ島アートプロジェクトVol.1 生きる力を育てる〜対話型鑑賞の実践
三ヶ島中学校における取り組みの全体像、取り組みに込められた思い、そして取り組みによって得られた効果についてご紹介しています。

三ケ島アートプロジェクトVol.3 君は「最後の晩餐」を知っているか 〜美術鑑賞を活かした、新しい国語のカタチ〜
三ヶ島中学校の取り組みの次なる形として、クロスカリキュラムがあげられています。こちらの記事では国語科との連携授業の様子をご紹介しています。

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