校則をなくした中学校 改革のポイントは(【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー第31回 西郷孝彦先生)

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目次

1 はじめに

本記事は2019年11月11日に小学館から発売の、『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』の著者、西郷孝彦先生へのインタビューを記事化したものです。

校長として桜丘中学校の改革にあたった西郷先生に、校則をなくすなどして行った革新的な学校改革についてお話を伺いました。

(2019年10月17日取材)

2 インタビュー

校長という仕事

——桜丘中学校の改革を一言で表すとどのようになるのでしょうか。

全国で学校改革が行われていますが、子どもを中心に考えると桜丘中のような学校が生まれ、組織やシステムを重視すると麹町中学校のような学校が生まれます。

——新著『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』で「観察」を大事にされていますが、西郷校長が担任時代と今の校長時代とで人の見方は異なりますか?

子どもの見方自体は変わりませんが、校長になった今は自分なりの子どもの見方を、他の先生方にも広げなければならないのと同時に、根底にある考え方も指導していることが教員時代とは違います。

——自分のやり方や考え方を他の先生に広げるためにどのような工夫をされていますか?

1つ目は、やってみせること、2つ目は、直接指導することです。桜丘中学校では、私が直接その先生のところに行って「こうしなさい」「これはダメだよ」と指導します。
多くの学校では、校長の次に副校長へ、副校長の次に主幹へ、その下の主任へ、という順に意見を降ろしていくことが重要だと考えられています。しかし、桜丘中学校では、校長の私が直接その先生のところに行って、指導するという方式をとっています。

——その方式では校長先生が大変ではないですか?

いえ、その方が効率がよいのです。例えば、その途中の主幹の先生と意見の伝達がうまくいかないと、そこで止まってしまいます。その主幹の先生を育てるとなったら長い時間がかかってしまいます。だから直接若い先生のもとへ指導に行きます

このやり方はNTTコミュニケーションの研修にならいました。NTTの研修担当の方が、「私は部下に直接指導します」と言っていてなるほどと思いました。中学校のような小さな規模の環境では、直接指導する方が効率がよいのです。

学校改革の苦労

——学校改革において大変なことは何でしたか?

大変なことばかりで話し出したらキリがありません。改革には通して9年かかりました。

——改革のポイントはありますか?

外部からの評判を気にしないことです。先ほど述べた通り、桜丘中学校は子どもを中心に考えているので、子どものことを一番大切にするのであれば、外部で色々と批判をする人がいたとしても基本スルーすることにしています。外部からの評判を気にしていたら子ども中心ではなく、外部中心になってしまいます。外部から何を言われようが、先生自身が子どもをしっかりと見て子どもが楽しければ評判が悪くてもよいと考えています。

もちろん、桜丘中学校の評判は必ずしもよいとは限りません。例えば、桜丘中学校の1年生は荒れているのではありませんかと指摘されることがあります。そのような外部からの評判を受けて、「きちんと先生の指示に従いなさい」と生徒を指導したら、生徒を中心に置くことをやめることになってしまいます。生徒を中心に据えた自分の指導に自信を持つことが大切だと考えています。

——先生自身がくじけそうな時、自分を奮い立たせるものは何かありますか?

怒りです。今日も生徒総会を見ていて、もっとはっきりと自分の意見を言えるようにと生徒に向かって、過激な発言をしてしまいました。日本人に欠けているものは、海外のデモにみられるような怒りだと思っています。一般的な日本人というのは意気地がないと思います。

多くの学校では、先生に「ダメです」と言われると、子どもにやりたいことがあっても、「ああそうですか」と引き下がってしまいます。しかし私はそうあるべきではないと思っています。

社会が個人の発言に耳を傾けないということは当然あります。そんな中でも桜丘中学校の子どもたちをはじめとする日本人には、「だったら私だって社会の言うことを聞かないよ。世の中の流れなんか気にしないで、私は私で行くから。」というくらいの気概を持ってもらいたいです。

——西郷先生の教育方針についてお聞かせいただけませんか。

特別な信条や教育方針はありません。私は、目の前の生徒を見て、子どものためになるにはどうするのがよいのだろうかと考えます。「桜丘中学校での改革内容を他の中学校でも行いますか」と聞かれたら、全然違うことをするかもしれません。新しい学校に赴任して最初の1〜2年というのは、「どうすれば子どもたちのためになるのだろうか」と考える時期です。各学校の教育方針は、時代や地域、子どもの状況などで、変わっていくものです。学校が荒れていた場合、子どもたちのためにはどうすればよいのかと考えることが大切です。

先生の発想力を育む関わり

——桜丘中学校には若手の先生が多くいらっしゃる印象を受けました。

桜丘中学校に勤める先生の平均年齢は私を入れても36歳です。先生の半分以上が20代です。教務主任は31歳の先生が、生活指導主任は29歳の先生が勤めています。多くの学校で、このような立場の主任はベテランの先生が勤めていると思います。来年度は教務主任は4年目の女性の先生が勤めます。若くても主任が務まるのですかと聞かれますが、私はできると考えています。そのような職務に必要なのは才能だと思うので勤続年数を重視する必要はないのではないでしょうか

確かに経験がないと務まらないこともあるかと思いますが、やはり生まれ持った才能というものがあると思っています。いくら経験を積んだとしても不器用な人は不器用なままが多いです。桜丘中学校は生徒に才能教育をやっていますが、生徒にどんな才能があるかを見抜くことと同様に教員の才能を見抜く力が校長には必要です。

多くの人が、経験を積んだ年上の先生の方が能力が高いと思うのではないでしょうか。私はそんなことはないと考えています。むしろ、若い先生の発想力の方が優れていると実感しています。私なんか一番ダメです。確かに私には経験はあるので、保護者対応などは若い先生よりうまい自信があります。しかし、発想力の点では、もう若い先生に負けてしまっています。私は、若い先生が面白いアイディアを提案すると大絶賛します。その影で「悔しいな」と思っていますが。

——若手の先生の発想力が先生方のやりがいにつながるような工夫はありますか?

チャレンジによる失敗は叱らないことです。新しいことにチャレンジすると、多くの場合、失敗してしまうと思います。チャレンジによる失敗を叱ってしまうと、誰も新しいことにチャレンジしなくなってしまいます。失敗したとき、「よくやったね」と挑戦した姿勢を褒めます。ただ、やらなくてはいけないことをやらなかった時には叱ります。日本には失敗したら叱る文化があると思います。その中でも特に、学校には「失敗してはいけない」という文化が蔓延しているのではないでしょうか。

学校は先生も成長する場

——若手の先生にはどのような声かけをしていらっしゃるのでしょうか。

若手の先生には、「最初の5年間は死に物狂いで働きなさい」と言っています。民間の会社と同じだと思います。根性論のようになってしまいますが、若くて、体力も気力もあるうちに精一杯やって経験を積まないと後々後ろ指を刺されるような先生になってしまいます。

また、若手の先生には転職を勧めることもあります。学校の教員という職の中で、獲得できるスキルを身につけて、異業種で活かしてほしいです。転職という発想がないとダラダラと先生という職を続け、成長する絶好の機会を逃してしまいます。

転職先はそれぞれの先生次第で、他の学校、民間企業、海外の教育施設など多岐に渡っています。転職を視野に入れていないと、自分の得意なところ、今の職で何を伸ばそうか、何をスキルとして身に付けようか、といったことを考えなくなってしまいます。先生というのは忙しい職で、目の前に仕事がたくさんあり、目の前の仕事にだけ向き合っているとすぐに10年も20年も経ってしまいます。本校の若手の先生たちは皆自分の将来について考えているので生き生きしています。

中学1年生の課題

——中学1年生は、どういった難しさを抱えているのですか?

多くの子どもたちが、小学校で「みんなと同じようにしなさい、みんなと同じようにできない子は悪い子です、先生の言うことを聞かない子は悪い子です、先生の言うことはちゃんと「はい」と聞きなさい」という教育を6年間受けてきています。小学校では一人の担任の先生が全教科を見るため、そのクラスの責任は全てその担任が負うことになります。だから、仕方ない面もあります。小学校の先生は、外部から自分のクラスがどう見られているかばかり気にしてしまいます。

そのような環境で小学校という6年間を過ごした子どもたちは、素の自分を取り戻すのに1年以上かかってしまいます。

——困っている生徒への対応には何が大切なのでしょうか?

一人ひとりを見ることが重要です。どうしたらよいかを生徒全体や学校組織として考えるのではなく、目の前の子どもに当てはめて考えます。桜丘中学校には、学年やクラスより「あの子をどうしようか」という個人に視点を置いた話をする先生が多くいます。私は、子どもには何が必要なのかという問いからアイディアを生み出し実行に移します。今行われている取り組みの倍くらい途中でやめたことがあります。そんなにうまくいくものではありません。

——校長先生のそのような姿勢を見ると、若い先生もチャレンジしてよいのだなと思えます。

昔は、私のアイディアに他の先生は「えーっ、そんなことをするんですか」と言っていましたが、今は私のアイディアに賛同してくれます。

桜丘中学校では定期テストを廃止し、積み重ねテストという10点や20点ずつの小さなテストを、細かく分けて実施しています。積み重ねテストには再チャレンジという仕組みがあり、テストを受けて、結果が振るわなかった生徒は、もう一回同じ範囲で別のテスト受けることになっています。再チャレンジの仕組みは、他の先生からの強い要望でできました。

——先生がやったことが正しいかどうかはどのようにしてわかるのでしょうか?

先生も生徒も両方が楽しかったら、その試みは正しい道だと判断しています。どちらかが無理をしていると思ったらやめます。これは結構当たります。

——子どもの「うれしい」を感じ取る力も大事なのですね。

なぜ校則がないのか

——「校則をなくした」というのが本校のキーワードになると思います。校則をなくしたことによる子どもたちの成長や姿について、お伺いできますか。

不合理な校則は少しずつ廃止していきました。また、発達障害の子どもたちの中には、校則が厳しいと息苦しさを覚え、不登校になってしまう子もいます。例えば、「制服を着なくてはいけない」という校則があると、制服を着られない子どもや着るのを億劫に感じてしまう子どもは、不登校になるしかありません。それで、「制服を着なくてはいけない」という校則は廃止しました。

また、友達とトラブルがあり不登校になった子どもの話もあります。その子は優等生だったのですが、友達から「真面目」と言われることがとても嫌だったのです。校則がなくなり、その子は髪の毛を染めて登校するようになりました。彼女にとって、髪の毛を染めることは、友達に対する「私は真面目な子ではない」「あなたたちから独立したよ」という意思表明だったのです。

——校則をなくして不具合はありませんでしたか。

全くありません。校則は多くの学校にあるかと思います。校則をきちんと守ることができたら荒れないと思いますが、校則があっても、守らないと荒れてしまいます。桜丘中学校に校則はありませんが、荒れていません。校則に意味はないと思っています。

——茶髪だったり、持ち物だったり、周りから見て荒れてる学校とは思われませんか?

それが、面白いのです。子どもたちは、活発で、見た目が元気で生き生きしている、といった評判をいただきます。校則がなくなって、「最近そういえば子どもが変わった」と言われることが増えました。雰囲気が昔と変わったんです。

——集団行動をするには、共通の規則として校則が必要だという考えについてはどのようにお考えになりますか。

確かに、桜丘中学校の生徒の多くは集団で行動することに価値を置いていません。でも集団行動をする力というのは今の学校で身につける必要が本当にあるのでしょうか。現代において、多くの仕事はリモートで取り組むことができます。そのような状況を鑑みると、集団行動をする力は必ずしも必要とされていないと思っています。

共通の目標があってこその集団行動だと思いますが、そもそも、共通の目標は要らないと思っています。「みんなで頑張ろう」「運動会頑張ろう」などのスローガン、学級目標といった共通の目標というのは、必要ないと思っています。人それぞれが、やりたいことに取り組めばよいのではないでしょうか。

——最後に、本にも出てきた「子どもと生きる」「世界を変える」という言葉について先生の思いを教えてください。

中学校という3年間で、僕の3年間と子どもたちの3年間がたまたま一緒になったのです。これを奇跡と捉え、先生と子どもではなく、一人の人として偶然一緒になったという感覚を大事にしたいです。

「世界を変える」という言葉には、「自分は、お金のためではなくて世界や社会を変えるために生まれてきたのではないか」ということを子どもたちに考えてほしいという願いが込められています。生きる目標や生まれてきた理由というのが、子どもたちが抱くべき究極の目標だと思います。世界を変える、と考えたら、社会貢献や留学といった色々な発想が出てきます。日本だけでなく世界を見てほしいです。

3 プロフィール

西郷孝彦(さいごう たかひこ)先生

1954年横浜生まれ。上智大学理工学部を卒業後、1979年より都立の養護学校(現:特別支援学校)をはじめ、大田区や品川区、世田谷区で数学と理科の教員、教頭を歴任。2010年、世田谷区立桜丘中学校長に就任し、生徒の発達特性に応じたインクルーシブ教育を取り入れ、校則や定期テスト等の廃止、個性を伸ばす教育を推進している。

(肩書きは2019年10月7日時点のものです)

4 著書紹介

5 編集後記

校則をなくすという取り組みが子どもたちにどのような影響をもたらしたかを知ることができ、今までの価値観を揺さぶられました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 大和信治、椎名愛、杷野真弓)

6 関連ページ

荒れる生徒、校則あえて全廃…「常識」破った桜丘中校長:朝日新聞デジタル

子どもの声が社会を変えた(1)校則なし、授業に出なくてもOK 世田谷区の桜丘中学校 | 子育て世代がつながる | 東京すくすく — 東京新聞

「授業中寝てもいい」桜丘中学の“正解のない”教育 (1/5) :日経DUAL

校則がないからこそ、教師と生徒は対等に話し合うことができる——西郷孝彦校長インタビュー | 文春オンライン

みんなの教育技術

『教育技術』2019年1月号にもインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。

みんなの教育技術

【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー特集ページ

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