「未来の教室」プロジェクトを推進する経済産業省・浅野大介さんへインタビュー! 未来の学校現場に必要な要素へ迫る

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目次

1 はじめに

この記事は、2021年6月27日に行った、経済産業省 商務・サービスグループ サービス政策課長で教育産業室長も兼任する浅野大介さんへのインタビューを編集したものです。

浅野さんは2001年入省し、資源エネルギー、物流、危機管理、知的財産、地域経済、マクロ経済分析等の業務を経て、2016年7月より大臣官房政策企画委員としてサービス政策と産業保安政策の部局再編を担当し、その際に教育産業室の発足を企画しました。そして、2018年から「未来の教室」実証事業を進めてきました。未来の教室のホームページでは、事業の取り組み状況や成果に留まらず、教育とテクノロジーを組み合わせたEdTechやSTEAM教育等の学びの最新動向を発信しています。また、文部科学省と連携を図りながら学校教育の課題に取り組んでいます。

今回のインタビューでは、そのような取り組みを最前線で進めている浅野さんへ、未来の教室をはじめとする活動の経緯や学校現場に対して感じること、教育と産業との関わりを中心にお話を伺いました。

2 活動(プロジェクト)の経緯とは

目の前の前提に疑問をもつ意識を

ーー経済産業省として教育に関わろうと思ったきっかけを教えてください。

経済政策や産業政策を進めていくうえで、日本の企業や行政など様々な場面で「子どもの頃から受けてきた教育」に大きな課題を感じる場面に多く出会ってきました。たとえば、課題設定や判断をする力に弱さがあります。私たちは、相当の時間を学校の空間で勉強することに使っています。その時間のなかで、自己肯定感や自己効力感を感じている人よりも「無力感」を感じて積み重ねてきた人の方が実は多いのではないでしょうか。一方で、自ら「それなりに勉強はできた」と思う人でも、(私もそうでしたが)ただ与えられた問いに対して答えることが得意なだけの場合が多いように感じます。自分でテーマを作ったり、自らしたいことに取り組んだり、目の前の前提に対して疑問をもって質問したりする人が少ないことは、この社会の未来に向けて結構大きな問題だと感じています。

また、学校だけではありません。様々な会社組織や行政組織と関わるなかで、みんな疑問に思っているようなことでも口に出さない、出さないことによって考えない、そしてそれによりアクションに繋げられない場面にも出会ってきました。そのような状況になると、目の前で起こっていることの矛盾に気づけず、課題は放置されるので、誰も幸せにならないと思います。学校教育において学力で評価されて自分は優秀だと感じた人が、これから先はテストで評価されていたことだけでは立ち向かえないことを知らずに組織に入り、従うようになります。そうすると、組織をこのように変えていきたいという思いを行動に移せなくなります。

そういったこともあって経済政策や産業政策など、何の政策を考えても虚しさが募りました。やはり、その意識を変えていくには、根幹の学校を変えていかなくてはと思ったことがきっかけです。

学校現場は高信頼性組織になれているか

ーー現在の学校現場についてどのように感じますか?

学校は「先生の心理的安全性」に大きな課題を抱えている職場だと感じています。職場の雰囲気や働き方、外部との関係を見ていても先生たちの心理的な安全性があまりにも担保されていません。きちんと学校現場にリソースをつぎ込んでいく必要があります。具体的には、まず現場に関わる人数を増やすため、人員の確保や予算の設定などがあります。そして、それらがきちんとマネージされているのか見直す必要があります。

産業構造審議会教育イノベーション小委員会での議論では、「学校は高信頼性組織になっているか」も一つの検討材料です。ここでいう「高信頼性組織」とは、失敗が許されない条件下で、ハイリスクハイハザードな業務を遂行しながらも、日々トラブルはあれど、重大事故を起こさないで安定操業できるような組織を指します。例えば、原子力発電所や救急病院、宇宙ステーションなどで重大事故を起こさず運営できている組織などが例に挙げられます。普段からちょこちょことトラブルはあっても、重大事故につながらないだけの工夫ができている組織には、3つの条件があるのではないかという仮説があります。一つ目は、「謙虚なリーダーシップ」つまりリーダーが目的達成に向けたメンバーの創意工夫を促したり受け止められたりすること。もう一つは、一人ひとりの「心理的安全性」が保たれ、最後に結果として組織のなかで様々な「知識の共有」つまり情報交換が盛んに行われていることが鍵なのではないかと言われています。しかし、現在の多くの学校はこのような高信頼性組織になっているでしょうか。私はそうは思いません。一方で、面白いことに「未来の教室」プロジェクトで面白い成果を残している学校現場は、まず例外なく、この条件を満たしている気がします。多くの学校がそうなれば、自ずと学校現場で働くことを目指す人が増えたり、新たな取り組みが進んだりしていくのではないのでしょうか。

また、教育に関わる人にとっては非常に厳しいメッセージになるかもしれませんが、教育業界は「日本の学校教育」に対して「自画自賛」をする関係者が非常に多い業界だなと思いました。学校教育関係者と話すと、日本の教育は「素晴らしい」という話をされることが多いのですが、それはあくまで「供給側」の論理です。学習者は本当にそう思っているのか、という評価がないんでしょうね。こんなに自画自賛の強い業界って、あまり見たことがなかったため、私はそこでも危機感を感じましたね。

ーーむしろ周りでは日本の教育に対して批判的な視点で考えたり、話したりする人が多いように感じられます。このままじゃいけない、と。これは働いている場所で差があるものなのでしょうか?

「批判する」だけでは何も変わらないのもまた事実です。結局は、先ほどものべた「高信頼性組織」にしていく努力をみんなで行うことでしか、変化は起こらないでしょうね。ただ、その前に「なぜそれが必要なのか」をみんなで共有するところから始まるので、本当に、声を出すことが必要なのだろうと思います。

3 プロジェクトで取り組んでいること

それぞれのメリットを活かして世界への興味の入り口を

ーー取り組まれているプロジェクトが目指しているものは何ですか?

「知識を覚えてテストで吐き出す」お勉強も重要ですが、「何かを創り出すために情報を仕入れて編集してアウトプットする」過程と一体で行わないと学習が楽しくはならないですよね。「未来の教室」ではさまざまな実証事業を行っていますが、企業など外部の組織と学校が協働していくことで、時間の浪費のような消化試合となっている授業時間が、学ぶ側の自己効力感を高めるような時間になればと思います。「分からない」から「なんとかできた」と変化する経験をもつことが、社会に出てきてからとても重要になると思います。「自分は何とかなる」と思えるような「自分なりの乗り切り方」を覚えて、社会に出てこれるようにしてほしいですよね。それだけでなく、世界への興味の入り口はどのように作ったらよいだろうかと考えることや、自分たちで環境をデザインしていくプロジェクトをつくって学びに繋げていくことは可能ではないかと思っています。

私は、今後の学校の「生まれ変わり」に向けては、すでに文部科学省の特例的制度がヒントを与えていると思います。「未来のフツー」を映し出していると思っています。以下例を挙げたいと思います。

1つは、不登校特例校であり、小学校の廃校施設をリノベーションして今年(2021年)4月に開校された岐阜市立草潤中学校です。特色として、

①家庭での学習を基本とするスタイル
  ②家庭で学習して週に数日登校するスタイル
  ③毎日登校するスタイルの3種類の登校スタイル

があります。この学校には、みんなで議論するスペースや楽しくリラックスして何かするスペース、個別に集中することができるスペースなどがあり、居場所の選択という自由を与えられています。

他にも、京都芸術大学附属高等学校が挙げられます。こちらは、通信制ですが、通学するスタイルをとる人が多いです。通信制のメリットを活かして時間割を組み替えたり、EdTechを使って教室で先生と直接対面して授業を受ける時間を減らしたりされています。このような学校が広がってくると、従来の高校の意味が変わってくると思います。というのも、不登校特例校、通信制高校、特別支援学校、これら3つの要素をうまく抽出すると未来の学校が創れると考えているからです。「特例を特例にとどめず、一般化する」ことが重要だと思います。特例から生まれたよさは何なのかを一度「抽象化」してみて、普通教室にも取り入れていくことが必要です。

ーー浅野さんのインタビュー記事を拝見するなかで、企業がなかなか教育業界に入ってこれない、または限定的なものになってしまうと話されていました。この問題についてどのようにお考えでしょうか?

企業がCSR(企業の社会的責任)として事業に取り組んでいる限り、教育業界への介入を実現させることは難しいです。可能性として企業の学校現場への介入を活発にするためには、生徒さんに「君面白いね、うちの会社にきてみないか」というリクルーティングに関わる話がでてくることが重要だと思います。そこから発展して、企業側から奨学金を提供し、大学に進学を推奨することもあり得るのではないのでしょうか。例えば、高校野球やサッカーを考えてみてください。球団やクラブは、若い才能を全国で血眼になって探しています。学校現場から将来企業で活躍する人財を探すことも本当は同じではないのかと思います。「面白い人だな」「うちの会社で将来一緒に取り組みたい」「うちの会社きてみない」という話がでてくることが重要だと思います。そこから発展して、企業側から奨学金を提供し、大学に進学を推奨することもあり得るのではないのでしょうか。

しかし、それは高卒就職の「1人1社制」があるため現実的には不可能です。基本的に、高校を卒業した生徒が就職するときには、学校の先生たちの斡旋で就職活動します。そこでは、各都道府県の労働局と教育委員会との協定で内定は「1人につき1社」にしか貰えない仕組みになっています。厚生労働省と文部科学省の間でそのような協定を廃止していく方向性が研究会では成立しましたが、依然として外される気配はありません。ハローワークから学校へ求人票が送られ、それをもとに先生たちが振り分けていきます。なかには、マッチングがうまくいかず生徒も困るうえ、企業も生徒を受け入れなければいけないという互いに損な事態が起こることもあります。そうならないためにも、私は卒業して働く人たちの就職の選択がより広がっている就職市場を望んでいます。地域の大人も参画していかないと真剣に企業が参画することはおそらく起こらないと考えています。

声をあげる仕組み どのようにつくれるか

ーーこれまでのインタビューのなかで、先生になったら取り組んでみたい、面白いと感じた実践がいくつも挙げられていました。一方で、先生方は日々忙しいかと思います。どのような優先順位が必要か気になりました。

基本的には、「学校以外の職種の人と話す」機会を増やすことでしょうね。私の職場のチームには、自治体教育委員会から出向という形で一緒に働いている3人の中高の先生がいます。その先生たちは、私や「未来の教室」プロジェクトを一緒にやっている企業人たちと話をしていると、「これって、学校教育にとって大事なことだと思ってきたんですが、実はいらないことでしたね」とハッとすることがあるみたいです。しかし、彼らも学校という同質的な集団のなかでずっと過ごしているうちに気づきづらくなったり、気づいても口に出せないようになっていたりしたのかもしれません。ちょっと違う世界に出て、「他にも方法がある」ことに気づく場面が必要なんでしょうね。

「未来の教室」では、EdTechを用いたさまざまな改革実践を発信・展開していますが、特別新しいことをあれこれしてほしいとは思っていません。探究学習は150年も前の大正自由教育の時代から取り組まれていますし、オンラインを交えて取り組むことも、コロナを経験した今の社会では特別なことでもありません。そしてEdTechを活用することで、今まで行ってきたことを効率的にできる部分もあれば、認定NPO法人カタリバと共同で行っているルールメイキングの話など外部の人との活動に繋げることができる部分もあると思います。あくまでも、実現するためのITなのです。真新しいことでありません。加えて、英語やプログラミングを必修するなら専任の先生を付けるべきだと思います。そのような動きがないのに、取り組んでくれとお願いするのは難しいと思います。そのようなことに対して、業務の優先順位についての意見や先生たちがサポートを必要とする声あげる仕組みをどのようにつくれるか今後も続けて模索していきます。

4 現場の先生方に向けて

ーー最後に現場の先生方へメッセージをいただけたらと思います。

学校現場を回すのは先生たちです。その先生たちが、心理的安全性のある環境に身をおきながら、校内外問わずさまざまな情報に触れられ、知識の交換を盛んに行うことができるかが今後の学習環境が「主体的・対話的で深い学び」を提供できるか否かの鍵だと思っています。そのためのGIGAスクール構想ですし、そのためのEdTechです。また、「二項対立」をやめていった方がよいと思います。「デジタル機器か、人間か」などの問いで時間を浪費するのはバカバカしい。デジタル機器は人間が使うものなのですから、そもそも問いとして成立していません。他にも、学習において「個別か、集合か」という問いも同じですね。個別も集合も組み合わせたらよいだけの話です。個別でやる意味があることは個別で行うべきだし、集団で行う方がよいものは継続していけばよいのです。「対面か、オンラインか」という問いも非常に無意味な場面の方が多くなってきました。目的に合わせて柔軟に「組み合わせ」ればよいことですし、それが子どもたちがこれから出ていく社会の未来です。

教育現場の改革は、主役である学校の先生が立ち上がってくれないことには始まりません。学校の職員室をより心理的安全性が保たれたのびのびと働ける環境にするために、先生同士の横の繋がりや外部の協力者、社会との繋がりを強めてほしいです。私たちも、子どもたちの未来のために、先生方のコミュニティをつくることやSTEAMライブラリーを中心にさまざまなことを発信しているので、どんどん繋がっていきましょう。私もできる限り先生方の勉強会でお話させていただくなど、時間の許す限りお受けしています。一緒に協力して進めていきましょう。

5 プロフィール

浅野大介さん

経済産業省商務・サービスグループ サービス政策課長(兼)教育産業室長

2001 年に経済産業省に入省。資源エネルギー・地域経済など様々な政策分野の業務を経て、2016 年に教育産業室を立ち上げ。文部科学省との協業によって、初等中等教育においての1人1台端末環境の早期実現を進める GIGA スクール構想の推進や、EdTech(エドテック)を活用した新しい学び方を実証する「未来の教室」プロジェクトを推進し、全国の学校で実証事例を展開している。

(2021年8月現在)

書籍紹介

『教育DXで「未来の教室」をつくろう—GIGAスクール構想で「学校」は生まれ変われるか』(2021年11月1日発売開始)

6 編集後記

今回のインタビューでは、学校が外部機関と協働していくことの重要性を改めて強く感じました。目の前の前提に疑問をもてるか、私たち自身もハッとしました。

そして、経済産業省が未来の教室プロジェクトとして教育に関わることで新たな視点から学校現場にアプローチしていることも理解することができました。私たち学生も含めて、それぞれの立場だからこそできる学校現場や教育へのアプローチを考えていきたいです。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 伊山峻・徳田美妃)

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