“なぜ”その道を選んだのかー教員×教育企業の分岐点ー【第20回EDUCAREERイベント「教員になる? ならない? キャリアの軸を見つけよう」前編】

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目次

はじめに

この記事は、2024年9月8日にNPO法人ROJE EDUCAREER(旧:教育と仕事フェス)が主催した第20回EDUCAREERイベント「教員になる? ならない? キャリアの軸を見つけよう」でのインタビュー内容を記事化したものです。

教員を志望する学生の多くは、教育実習を通して教職への思いを固めていきます。学生のうちにインターンシップなどで学校現場以外の教育の形に触れることは、将来教員になることを決めている学生にとっても貴重な機会となるはずです。本記事は、教育キャリアを考える学生が将来教育に関わっていく多様な方法を知り、自分の価値観に合った進路を見つけるきっかけとなることを目指しています。

イベントの登壇者には、株式会社クジラボ池田 孔俊さん、津田 迪加さんをお招きしました。株式会社クジラボは、「働くをひらく。」をミッションに、学校や行政、医療など社会を支える人のキャリアの支援を行っている企業です。特に、教員の方の相談が多く、現在2,000件以上の相談を受けているそうです。

この記事は前後編に分かれています。前編(本記事)では、おふたりのキャリア選択についてご紹介します。後編では学校現場や教育系企業のリアルについて紹介しておりますので、ぜひあわせてご覧ください。

株式会社クジラボについて

クジラボとは?

クジラボでは、教員特化型キャリア支援事業を行っています。しかし、それは単に「異業種への転職」を促すものではありません。転職を考える前段階には、「そもそも教員を続けるかどうか」という大きな選択があります。さらに手前には、「教員を一生続けられる自信がない」「他の仕事にも興味が出てきたが何からすればいいかわからない」「漠然と将来が不安だ」といったように、仕事に対するさまざまな悩みがあるわけです。こういった悩みの一から百まで相談に乗って一緒に解決の手段を見つけていきたいという思いでやっています。

その背景には、教育現場が閉鎖的であることへの課題感があります。多様性が大切であることや変化の激しい時代であるということを言われて久しく、教員が子どもたちにそのようなことを話す機会が増えているでしょう。ところが、教員自身に多様なキャリアの可能性が開けているかというと、それはまだ不足していると感じます。SNSやニュースでは教員の労働環境などについてのネガティブな情報も増えて、昨今教員になりたい人が減少しているという全国的な課題もあります。

ファーストキャリアで教員を選んでもその後のキャリアには多様性があると伝えることで、中長期的に見たら新卒では教員になりたいという人がもっと増えたらいいなという思いで教員向けのイベントも行っています。

学生のうちからキャリアを考える大切さ

教員の方のお話を聞いていると、「もともと教員になるのが目標だった」「中高生の頃から教員を目指して教育学部に進学して、就職活動をせずに教員採用試験を受けて教員になった」といった話をよく耳にします。つまり、自分のキャリアは教員になること。これが目標でありゴールだから、就職活動はしないしキャリアを考える必要がない、と考えがちだということです。しかし、それと同時に「学生のうちに就職活動をしておけば良かった」という話もよく聞きます。教員になったことに後悔はないものの、30歳を超えて初めてキャリアに悩んだときに何をすればよいかわからなくなってしまう方が多いのです。

そういった教員の話を聞いていて、学生のうちに自分のキャリアについて考えることが、自分らしい豊かな人生を歩むことに直結すると感じています。これは教員になるかどうかは関係ありません。教員になろうと決めている人も、迷っている人も、教員にはならないと決めている人も、どんな人生にしていきたいかを考えるという営みに大きな価値があると思っています。

進路選択の葛藤と決断

民間企業を選んだきっかけ

池田:大きな転機になったのは、大学3年生の9月に行った、大学の附属小学校への3週間の教育実習です。それまでは民間企業に就職するとは全く思っていなかったです。就職活動をするつもりもなかったので、就活サイトの登録すらしていませんでした。しかし、教育実習をした3週間で考えが大きく変わりました。

私が教育実習で配属されたクラスは学級崩壊をしていて、授業中には、児童が消しゴムでキャッチボールをしていたり、掃除の時間に誰も机すら運ばず小さいほうきと丸めた紙で野球をしていたりと、今振り返ってもなかなかすごい有り様でした。担任の先生にそれとなく聞いても「私は私なりに考えているから」の一点張りで意図や狙いは出てこず……。そこで、「怒られたらそれまでだ」と開き直って担任がいない掃除の時間を少し仕切ってみたんですね。子どもたちに楽しく掃除をしてもらえるように声をかけたりゲームチックにしてみたり、色々工夫してみたら月曜日にはしぶしぶやって、火曜日にはスムーズするようになって、水曜日からは私が言わなくても自分たちで掃除するようになりました。

そしたら実習最終日に、ひとりの児童が寄せ書きを渡してくれながらこっそり私に「実は私は掃除がしたかった。でも、みんなしてくれなくて、だから掃除できるってすごく今嬉しくて。(池田)先生、(担任の)先生より先生っぽかったよ」と言ってくれたんです。この瞬間に、教師にならないことを決めました。教育には正解がなく、だからこそクリエイティブで素晴らしい仕事である側面もある一方、他の先生を巻き込んでの「もっとこうしたい」は通りづらいし、そもそも自分の正当性を証明したり建設的な議論をしたりすることが難しい環境なのかなと。

学校によるし、一概にそんなこともないというのは最近多くの先生方の話を聞いてわかり、今は考えを改めましたが、当時の私はそんな経緯で民間就職に大きく舵を切りました。

教員になったキャリア

「池田さんとは違い教員になった津田さんは、教員以外の道を考えたことはありましたか。」

津田:私はもともと世の中について議論することが好きで、世の中を変えたい、社会を良くしたいという思いが強かったです。そのために何ができるんだろうと考えたとき、教育が大事なのではないかと思いました。中でも、小学生の時期はその人の価値観が形成される大切な時期だと感じたため、小学校の教員を志し、東京学芸大学に入りました。ただ、周りにも教員志望が多い環境で、「本当にこのままでいいのかな?」と不安になる部分もあって、民間企業の説明会に参加したり、教育関係の企業にOGOB訪問に行ったりしたこともありました。また、行政の面から教育に関わるのも素敵だと思って、文部科学省のインターンシップにも参加しました。

そのような経験をしたうえで、やはり子どもたちと向き合って成長を感じられる喜びは教員でしか得られないと思い、最終的に教員の道を選びました。

「おふたりは、教育実習やインターンシップなどでさまざまなことを感じ、キャリアを選んでいったのですね。その過程は、その職業にならないとしても大切だと思いました。」

進路選択の決定打

「おふたりの進路選択で決定打になったものは何でしたか。」

池田:決定打になったのは偶然参加した不動産業界特化の合同説明会ですね。教育実習が終わってから進路を変えて就職活動を始めたので、はじめは志望する業界も業種もピンとこず、とにかくまずは空き時間に参加できる説明会やイベントに片っ端から参加していて、その中で偶然参加したイベントでした。そこで、不動産という「お客様の一生に一度の大きな意思決定が伴う商材」を、営業という「自分の貢献や正当性を数字で評価してもらえる」立場で扱うという仕事を知り、とても魅力を感じました。そもそも私が民間企業への就職に切り替えたのは、正解がなく建設的な議論が難しそうな学校の世界に違和感をもったからなので、頑張って数字を出すことができれば若手のうちから自分の意見を言えるし、数字という定量的な指標をベースに議論ができる」という営業の仕事がより魅力的に感じたのかもしれません。

「キャリア選択の一例として、数的な成果を出すことにやりがいを感じたら民間企業が向いていて、子どもの近くで成長を見守りたいという考えだったら、教員が向いているのですね。」

津田:私は、教育関係の企業でのOGOB訪問や、文部科学省でのインターンシップといった経験が進路選択を決める材料になりました。OGOB訪問では、売上向上のための施策をテーマにしたグループワークに参加しました。数字や成果に基づいて考えることの重要性を学びつつも、私自身は「社会をどう良くしていくか」「子どもの成長にどう寄与できるか」といった、明確な正解のない問いについて考えることによりやりがいを感じると気づきました。

また、文部科学省のインターンシップでは、政策に関わる現場を体感できた一方で、日々の業務が間接的な支援であることを実感し、自分がより現場に近いところで子どもと関わりたいという思いが強まりました。

「おふたりの話を聞いて、決断するにあたって経験をする中で自分の価値観を探すことが大事だと思いました。」

民間企業と教員の違い

「では次に、職場での経験と学びについて、池田さんが民間企業で実際に働いてみて、学校現場との違いを感じた瞬間はありますか?」

池田:私が感じたのは、「民間企業では、教員のように相手に寄り添うだけではビジネスが成り立たないことがある」ということです。

私は20代を人材系のベンチャー企業で過ごし、学生の就職支援や企業の採用支援などを行いました。人材の仕事には、困っている企業や学生さんの悩みを聞いて解決するというイメージがあると思います。しかし、実際は「ロマンとそろばん」です。

人材の仕事は、顧客に寄り添って顧客に最も合う企業を見つけることで、ロマンある仕事にできます。しかし、人材業界のビジネスモデルは、「顧客が自分の紹介した企業に入社すると企業から紹介料をもらう」というものです。そのため、顧客に寄り添った結果、別の企業を選んだ場合、利益は得られません。とはいっても、機械的に自社の求人だけに入社してもらうことはできません。この、「数字(そろばん)」「ロマン(寄り添い)」のバランスが問われるビジネスだと言われたことを今でも覚えています。

「企業側の考えと顧客の気持ちの両方を考えることが必要になる業界なのですね。」

池田:民間企業は売上や利益が重視されることが多いです。そのため、どちらかというと短期の数字や成果を求められてしまう性質があると思います。

一方で、教員という仕事は、成果がすぐに数字で見えるものではありません。自分の教育がいつ実を結ぶか、子どもの才能の花がいつ咲くかはわからないなかで、毎日一生懸命に水をあげ続ける仕事なので、そこに成果や生産性の概念はないのです。

また、教員という仕事は1年目から裁量を任せられる仕事でもあります。初めて担任をもったときから、自分のクラスの児童生徒に対して自由に指導することができます。これは、民間にはない教員特有の性質だと思います。

津田:それは私も強く感じています。ビジネスの現場では、コストや効率性を意識した判断が求められたり、チーム内での合意形成や説明責任がつきものです。一方で、小学校の教員、特に学級担任は、ある程度自分の裁量でクラス運営を工夫する余地があります。もちろん、学年や学校全体の方針とのすり合わせも必要ですが、それでも日々の子どもたちの様子に合わせて、比較的柔軟に判断・実行できる場面が多いと感じます。

池田:民間企業では、ひとつのアクションを起こすにも、上司、部長、社長などとさまざまな人の許可が必要になります。そのうえ、その途中で許可が下りず、断念することもあります。また、民間企業の方が裁量をもてるようになるのは遅いかもしれません。

津田:特に大企業の場合、やらなければいけないことが専門化されている感覚があります。そのため、全体が見えていないと、「この仕事が何のための仕事なのか」「誰の役に立っているのか」が実感しづらいという話を聞きます。

池田:私は新卒で財閥系不動産会社のグループに就職しましたが、たしかにその時、「会社の歯車」であることを強く求められているような感覚がありました。楽しい仕事ももちろんたくさんありましたが、「仕事のための仕事」のようなものが存在していて、実際の営業では使わない「上司が親会社に言い訳するための資料」を作成するなど、意義が感じられないような仕事もありました。

「なるほど。教員と民間の働き方にはそれぞれ特徴がありますね。どちらが良い・悪いということではなく、それぞれの違いを知ることで、自分の価値観や働き方に合った道を考えるヒントになると思いました。」

プロフィール

会社プロフィール

(株)クジラボは、教員一人ひとりが「自分らしいキャリア」を描けるよう支援する「教員特化型キャリア支援事業」を展開しています。私たちが提供するプログラムは、転職を前提としたものではなく、教育現場に残る・異動する・新たな挑戦をする――どんな選択でも、自ら納得して決められる力を育む「キャリアの自律支援」です。教員ならではの悩みに寄り添い、自己理解や価値観の整理を通じて、多様な働き方や生き方の可能性に気づくきっかけを提供しています。

▼各種アカウント
HP:https://kujilabo.jp/
X:https://x.com/kuji_labo
Instagram:https://www.instagram.com/kujilabo/

登壇者プロフィール

(株)クジラボ

池田 孔俊 さん

東京学芸大学A類保健体育科を卒業後、財閥系大手不動産会社を経て人材系企業にて新卒領域のキャリア支援に従事。法人営業も兼務し、ありとあらゆる業界、職種、規模の顧客を担当。在籍中にトータルで1200名以上の学生と500社以上の企業を支援。
第二子の誕生をきっかけに東京から地元への地方移住、フルリモートワークでIT企業に勤めつつ複業で採用コンサルティングやコーチングの仕事も請け負うパラレルワーカーに。
2023年に株式会社クジラボに執行役員として参画。先生のキャリア支援事業の責任者として立ち上げから従事し、これまで500名以上の先生方のキャリアに向き合っている。

(株)クジラボ

津田 迪加 さん

東京学芸大学A類国語科を卒業後、公立小学校教員を11年経験。半年の休職期間を経て退職し、現在はライターや編集業を中心に活動中。教育の現場で培ってきた傾聴スキルや言語化スキルを生かして、顧客の想いを最大化する企画・編集を行う。書籍の企画・編集や企業メディア編集に関わるほか、(株)クジラボで教員向けのイベント企画・運営を担当している。

主催団体

NPO法人ROJE EDUCAREERプロジェクト(旧:教育と仕事フェスプロジェクト)

「一人一人が納得して自身のキャリアを決められる」ことを目標に、大学生向けイベントの企画・運営を行っている、大学生によるプロジェクトです。私たちは教育業界のキャリアの面白さを広く発信し、多様な教育キャリアと出会う機会を創出することで、教育業界でのキャリアを歩みたいと思う学生を増やし、納得のいくファーストキャリアを選択してもらうことを理念に掲げています。

詳細はこちら▷EDUCAREER(旧:教育と仕事フェス) | NPO法人日本教育再興連盟(ROJE) (kyouikusaikou.jp)

編集後記

経験をして自分の価値観を知ることがキャリア選択をする中で大切なのだと思いました。私もさまざまな選択肢がある中で自分に合う将来を選択できるよう、経験と自己理解を大切にしたいです。この記事がキャリア選択に悩む方の考え方の参考になれば嬉しいです。(濱田)

実際、お話を聞くことができて良かったです。教育に関わらずかもしれませんが、キャリアを選択していく過程で「価値観」という言葉は重要であることを知ることができて良かったです。(馬渕)

教員や教育系の民間就職を考えていない学生にとってもためになるお話を伺うことができました。何より、自分に合った仕事を見つけて活躍しておられるおふたりの姿に背中を押されました。一学生として、今の自分にはあまり関心がない分野にも目を向けて、後悔のない進路選択をしたいと思いました。(丸山)

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 濱田愛実、馬渕空、丸山和音)

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この記事を書いた人

先生を目指す学生の方に向けた情報を中心に発信していきます。

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