はじめに
本記事は、Project Based Learning(PBL)の先進校ともいえるHigh Tech High(ハイテックハイ)の教育大学院に留学され、教師教育の観点から探究学習のプロジェクトを進めている、平岡慎也さんへのインタビュー記事です。
前編では、High Tech High の教育や、日本とアメリカの教育の違いについての平岡さんの考えを伺いました。
本記事は、2024年9月28日に行った取材を記事化したものです。
★後編記事も合わせてお読みください。
後編では、平岡さんがHigh Tech Highの教育大学院で学んだ背景、平岡さんご自身の探究的な学びの経験について伺っています。

High Tech High(以下HTH)とは
アメリカのカリフォルニア州サンディエゴに設立された公立チャータースクールで、そこでは主にProject Based Learning(以下PBL)と呼ばれる課題解決型の学習が行われています。この学校はサンディエゴのエリア内で4つのキャンパスに分かれており、小学校から高校まで16校存在します。生徒の主体的な学びと自らの体験を積み重ねる過程を重視していて、探究学習の最先端を行く学校です。生徒だけでなく先生も日々学びを得ながら新たなチャレンジをし続けています。そんなHTHには、4つの原則(Design Principles)があります。
・Equity(平等)
・Personalization(個別最適化)
・Authentic Work(本物の体験)
・Collaborative design(協働的な設計)
HTHに興味を持った方は、HTHを舞台にしたドキュメンタリー映画『Most Likely To Succeed』もぜひ併せてご覧ください。
チャータースクールとは?
保護者、地域住民、教師、市民活動家などが、その地域で新しいタイプの学校の設立を希望し、その運営のための教員やスタッフを集め、その学校の特徴や設立数年後の到達目標を定めて設立の申請を行う。認可された場合、公的な資金の援助を受けて学校が設立される。運営は設立申請を行った民間のグループが担当する。その意味では、公設民間運営校である。(Wikipedia参照)
HTHでの具体的な「Equity(平等)」の実現方法
まず、「Equity」の基本的な概念として、資源は常に足りないことが前提です。お金も、人も、場所も、資源は無限ではなく、ほとんどの状況において常に不足しています。お金も人も足りない学校は典型的な例です。
HTHも例外ではなく、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などさまざまな団体が出資していますが、それでも資金は不足しています。良い教育を目指したい中で資源が不足しているのです。そのうえで、限られた資源をどのように配分すれば一番困っている人のもとに届くかを判断することが、資源配分の最適化において重要です。資源の分配方法は様々ありますが、HTHにおいて特に重視している視点が2つあります。
経済格差の影響を最小限に
まず、経済格差が学びの機会の不平等につながらないようにすることはとても重視されています。当校は公立チャータースクールなので学費は無料ですが、やはり学校に通うには学費以外にもお金がかかります。例えば、朝食や昼食を食べたくても、家計に余裕がない家庭もあります。HTHでは、対策として、昼食は無料で提供されており、朝食も廊下にバナナやパンを置いておくことで、子どもたちが自由に利用できるようにしています。
家計の状況によらず、生徒が学ぶために必要なエネルギーを補給できる工夫も含め、HTHでは経済格差によって学習が妨げられることがない学校を目指していることが分かります。
他に経済格差に関するEquityの事例をもう1つ取り上げます。HTHには先生と生徒とその保護者の3人で面談をする機会があり、そこで出席率の低い保護者がいました。それを「態度が悪い」「やる気がない」という考えで終わらせるのではなく、原因を深掘りしていきました。その結果、地理的な通学距離だけでなく、交通費の負担が大きいという問題が発覚しました。このようなケースでは、コミュニケーションをとることが一番重要なので、Zoomを活用するなど、交通費がかからない方法を考えました。このように、HTHのEquityの考え方として、「お金の格差が学びの格差につながらないように」することはとても重視されています。
言語によって差が生まれないように
もう1つには、マイノリティへの配慮を重視しています。最近注目が高まっているLGBTQの方々や人種に関することです。HTHのあるサンディエゴは白人が多い街ではありますが、メキシコの国境沿いなのでヒスパニックの方々もかなり多いです。メキシコにルーツがある方々は、家庭ではスペイン語を話すことが多いです。「サンディエゴに住む小学生の20%ほどは母国語が英語ではない。」と言われており、ここではスペイン語を第一言語とする子どもがマイノリティとなります。授業は英語で行うため、「英語を母国語としない人に配慮できているか」をHTHではとても重視しています。
HTHでは、特に小学校で「英語は苦手」という児童は多く、高校にもいます。9年生(高校1年生)は「高校から初めて英語の環境に来た」という生徒がいる場合があります。「すごく英語ができるわけではない」という人がサンディエゴという土地に多くいることも、HTHでPBLが実施される大きな背景の1つです。
教科書を先生が読み、板書して、覚えて、知識をペーパーテストで問うという一連の伝統的な教育は、言語を理解できることを前提としています。そのため、その言語に慣れていない子どもはついていくことが難しくなります。
一方、PBLは絵を描いたり、演劇をしたり、木工作品を作ったりと、ノンバーバルなコミュニケーションを多く用います。100%言語を介して評価されるよりも、物作りや芸術なども含めて総合的に評価されるPBLのほうが、多様な言語背景を持っている人が輝きやすく、学びやすいです。このようなマイノリティーへの配慮という観点も、HTHでPBLが行われる大きな要因の1つです。
私のメンターであるジョン・サントス先生は、「HTHにとってPBLは目的ではなく、Equityを実現するための道具である。」という話をよくします。もちろん英語は話せたほうが良いというスタンスではありますが、英語を話せるようになるには移行期間が必要です。英語は日々学び続けていますが、英語が得意になるまでの間も学びが止まるわけにはいきません。
HTHでの先生が担う責任の範囲
HTHと日本の学校を比較すると、日本は学校の責任の範囲が少し広すぎます。学校にもよりますが、例えば、クラスの生徒が万引きしてしまったら、休みの日であっても担任の先生が対応しなければならない雰囲気になります。これは世界水準で見るとかなり特殊です。「先生の勤務時間外は家庭で対応する」というスタンスがイギリスやアメリカでは一般的で、学校の先生が生徒の学校外の生活にも強く関与することはほとんどありません。
一方で、HTHでは、学校の中での学びに関してはとても強い責任感を持っている先生が多くいます。
そして、HTHがアメリカの中でも特徴的だと感じる部分は、受験対策に特に力を入れている点です。アメリカという国において、「大学に進学できるのか」「そこそこ良い大学に行けるのか」「トップ大学に入れるか」などはキャリアに大きく影響します。このため、「いくら楽しいPBLの授業を行なっても、大学に合格できないと生徒のためにならない」と考えている先生がかなり多く、HTHは大学受験対策に力を入れています。
日本とアメリカの、学校での受験支援の違い
それは試験内容の違いに反映されています。
日本では、共通テストや二次試験という伝統的なテストと総合型選抜に大まかに分かれていますが、アメリカでは、総合型選抜寄りの入試がかなり多いです。一般的なアメリカの試験は、まず「SAT」という共通テストのようなものがあります。それに加えて、「高校までに何をしてきたのか」を見せるためにエッセイや面接、ポートフォリオなどが基本的に課されます。アメリカでは、後者のほうが重視されています。もちろんSATには難しい問題もありますが、日本の感覚からすると比較的簡単です。例えば、SATの数学では、微積やベクトルなどは範囲に含まれておらず、日本の共通試験における数学I・Aの基本的な問題が解ければ大部分の問題を解くことができます。
このように、アメリカでは、東アジア(特に日本、中国、韓国、シンガポールなど)ほどペーパーテストが難しいわけではないので、エッセイや面接で差がつきます。したがって、HTHでは面接対策やエッセイ対策に特に力を入れています。
面接やエッセイなどでは、自己分析がとても大事です。日本の学生が就活の時にするような自己分析(「私は何者で、何が好きで、その背景にはどのような原体験があって、人生をかけてこういうことにチャレンジしていきたいです。こういう社会貢献をしていきたいです。」のようなもの)を、アメリカでは大学に入るタイミングで話せるようにならなければなりません。このような自分を見つめる作業は、受験で使うからというより、「あなたは何者で、何がしたいのか」を大切にするアメリカの根本的な文化によるものだと感じます。
日本では「集団の中で協調すること」が最も大切にされているのに対し、アメリカでは協調性よりも個人が自立することが重視されます。小学生の頃から自分の意見を大事にされるため、それに答えることができないと”生きづらい社会”だと感じることがあります。
その例として、アメリカの高校や大学の成績のつけ方を紹介します。アメリカの学校は、大人数での講義ならまだしも、少人数のクラスでの講義は、そもそも発言することが前提になっています。先生によっては、発言していない人は出席していないと見なすほど厳しい先生もいます。つまり、自分の意見を話せるかどうかが成績に反映され、評価されるということです。
日本とHTHの先生の動きやすさの違い
アメリカでも、校種によって異なります。一般的には、公立の先生が一番制限が多く、使える予算も限られていますが、HTHなどは割と制約が少ないほうです。先生の裁量が良くも悪くもとても大きいです。
例えば、HTHではPBLを毎年しますが、先生が使える予算は年間1,000ドルくらい(日本円で15万円ほど)という話を聞きました。たまにPBLをするなら十分な予算かもしれませんが、1年間ほぼPBLしかしない、加えて、アメリカでは物価が高いことを考えると、1,000ドルでは全然足りません。そのため、例えば私のメンターの先生は、木工作品を作るプロジェクトに取り組むとき、日本の2、3倍も値段が高い木材を手に入れるために、NPO法人と提携して材料を無償で提供してもらっていました。その代わりに、作った作品を近所の小学校に寄付するという方法をとっていました。
木材を無料で教育機関に渡すNPO法人と提携して材料費を削減したり、生徒が作った作品を“エキシビジョン”という最後の発表会の場で販売して、その売上を翌年度のプロジェクトの予算に回したりと、先生が独自で工夫して資金を集めています。HTHの先生は、教師としてもプロですが、個人事業主などでも生きていけそうな、バイタリティ溢れる先生が多いという印象を持っています。
平岡さんが考える「日本の教育での理想の教師像」
学校の多様化
まず根本的な話で、一先生が対応するのは難しいですが、学校そのものがより多様化していくことが大切だと私は考えています。HTHはアメリカの中でもかなり特殊な学校で、小規模です。そして「隣の州からでもHTHに行きたい」という人が来ているほど、特色のある学校です。日本でもこういうところが大事なのではないかと思います。
例えば、日本にもテクノロジーを学びたい人やビジネスを学びたい人を集める高等専門学校があります。子どもたちは持っている興味関心がそれぞれ違うので、そのバラバラなニーズを一先生が完璧に満たすことは現実的に難しすぎると思います。したがって、高校のような、興味関心がはっきりと色濃く出てくる年代からは、特色のある学校がどんどん増えることがとても大事だと思っています。
学校の方針を体現する教師
そして、特色のある学校なら、その学校が目指す教育や「こういう子どもを育てたい」というメッセージを出しているので、その方針を実現できる先生が重要になるのだと思います。
上で述べたEquityも、先生だけでなく生徒にも大事にしてほしいので、先生がEquityを体現でき、それをしっかり伝えられることを重要視しています。
また、HTHなら探究学習のような、自分の興味関心をどんどん広げて深掘りしていくことが重要になるので、先生にもその素養は必要です。好奇心溢れる人で、未知のことをどんどん探求するようなマインドの人でないと、HTHでは先生をやっていけません。
学校に応じてその学校が目指す教育理念を体現できる先生が増えていくことが私は大事だと思っています。
プロフィール

平岡慎也
株式会社Stapia 代表取締役
1993年、京都市生まれ。立命館大学情報理工学部卒。
中高の数学教師を経て、High Tech High教育大学院で教育学の修士号を取得。
教育をテーマにした探究型留学プログラム「Global Teacher Program」の運営代表として、フィリピンとフィンランドの公立小学校、サンディエゴのHigh Tech Highと提携し、日本から延べ400名以上の参加者を引率している。
趣味は海外旅行。旅の経歴は、世界4周53カ国。
参考文献
Awesome Ars Academia.”アメリカの公立校ハイテックハイとは。PBLについても詳しくご紹介”.https://awesome-ars-academia.net/high-tech-high/(参照 2025.2.8)
High Tech High公式ページhttps://www.hightechhigh.org

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