不登校児童生徒との向き合い方 〜不安を抱える現場の教員、保護者に向けて〜(伊藤美奈子先生インタビュー)

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目次

はじめに

 本記事は2024年10月26日、不登校やいじめといった教育臨床学をご専門とし、理論研究や政策立案など、多くの場面でご活躍されている伊藤美奈子先生に、不登校の考え方や教員、保護者に求められる不登校児童生徒との向き合い方について取材した内容を記事化したものです。

不登校の子どもへ〜教員に求められる向き合い方とは〜

ーーインターネットに掲載されている伊藤先生の記事の中で、 「教員は子どもを見放さないことが大切」とおっしゃっていたのを拝見しました。不登校の最中において、児童生徒が学校に復帰しようかな、という気持ちを抱いた際、教員側がどのようなアプローチをとることができるのかお伺いしたいです。

 子どものペースに沿いながらサポートしていくということが大切だと思っています。

 例えばですが、最初から学級に完全復帰というのは非常にハードルが高いので、保健室や相談室といった別室から登校し始めるというのもありでしょう。あるいは1日の時間割全てではなく、その子が得意な科目や好きな科目から週に1時間ペースで復帰していくというのもありだと思います。他にも放課後登校という形で、放課後だけ通う子どもや校内教育支援センターから復帰する子どももいます。

 子どもによっては、中途半端に戻るのが嫌で、戻るなら完璧に戻りたいという子どももいますので、やはり総じて子どもの気持ちを尊重した形でサポートするのがよいと思います。

ーー不登校が問題として取り上げられる一連の原因として「学習の遅れ」が挙げられると思います。これを防ぐために学校の教員に何ができるとお考えなのか、ご教授いただきたいです。

 「勉強がわからない」「勉強についていけない」といったことが不登校の一因になるパターンは多くあります。その一方で、「とても勉強がつまらない」と思う子どもや「本当はもっともっと先々やりたいのに一斉授業で自分の思うようにできない」と感じる子どももいます。

 勉強が苦手、もしくは遅れている子どもたちの場合、勉強の話題を出すだけで嫌気が指したり、しんどくなったりします。したがって、「勉強は二の次だよ」という姿勢が求められると思います。

 「遅れをなくさないと復帰できない」となると復帰そのもののハードルが上がります。例えば、英語や数学などの継続的に基礎を積み上げないと次に進めない科目に関しては、一度学校を離れると付いていくのが困難になりやすいです。

 一方、国語や社会などの単元ごとで学ぶ内容が変わる科目に関しては、「前の単元はわからないけれど、ここからはいけるかな」といった融通が利きやすいです。そのため、「最初から完璧に学力をつけてからでないと戻れない」と考える必要はないと思います。


 逆に、「わからなくても学校へ通っているうちに追いつけるよ」などの安心させてあげる姿勢を周りが持つことが大事だと思っています。どのようなアプローチが適切かは一般化が難しいのですが、子どもの勉強に対する不安が何に対するどのような不安なのかに応じて、サポートが決まると考えています。

不登校に対する柔軟な考え方へのシフト

ーー近年の教育機会確保法をはじめとしたフリースクール等に対する認識の変化に伴い、「学校に復帰することだけが目標ではない」といった意見を多く耳にします。こうした近年の動向に対して、伊藤先生の見解をお聞きしたいです。

 法律ができた時私は文部科学省の委員会に入っていましたので、法律ができたプロセスはある程度は把握しているつもりです。この法律で「学校復帰だけが目標ではない」とされたのは、いじめの事例があったことが背景のひとつにあります。

 例えば、いじめの被害に遭って学校に行くことがとてもしんどい子どもに対して、「復帰する必要がある」と言うのは無理があるでしょう。こうした理由から、どうしても学校へ行けない子どもに対しては学校復帰だけが目標ではなく、フリースクールや学びの多様化学校といった環境でまずは元気になるという選択肢を設けるべきだという議論になりました。

 しかし、誤解されやすいのですが、ここでは決して学校へ復帰してはいけないとしているわけではありません。先ほど述べたように、本人がもし復帰したいと思ったらそれをなるべくサポートした方がよいと思います。したがって、復帰してはいけないとしているのではなく、「死ぬほど辛い思いをしてまで登校しなくていいよ」という解釈をしていただきたいです。不登校を問題と見なしてはいけないという理念がはっきり出ていますので、学校以外の居場所で他人とつながることもよいと思います。この法律は、そんな柔軟な姿勢をとるものと私は考えています。

保護者が抱える葛藤〜自由と制限〜

ーー不登校の児童生徒を抱える保護者の姿勢についてご質問させていただきたいです。家でずっとゲームやテレビ鑑賞をする子どもや、時として自傷行為に走ってしまう子どもに対して、どこまで保護者は介入できるとお考えでしょうか? 子どもを刺激しない、尊重するという見解と、子どもを危険から守るという見解の葛藤に関して、伊藤先生のお考えを伺いたいです。

 これは難しい質問だと思うのですが、何よりもまず危険から守らなくてはならないと思っています。例えば、自傷や自殺など子どもの命に関わるような状況であれば、親だったら黙って見守ることはできないでしょう。

 しかし、自傷という行為への介入はなかなか難しいと考えます。自傷行為は叱って止めたらやめるという単純な行為ではありません。また、叱ることで親子の関係が悪くなるのはなるべく避けたいです。怒鳴り散らして止めるのではなく、自傷行為に走ってしまった時の気持ちや複雑な背景を、落ち着いて冷静に話を聞いてあげてほしいです。

 ゲームやテレビの悩みは、親御さんの相談を受けている中でとても多いです。具体的には「不登校になったらゲームばかりしています」「ゲームをしているから昼夜逆転して、 ますます学校に行けないんです」という相談です。

 ゲームを取り上げる親御さんもいらっしゃいますが、私が出会ってきたケースにおいて、取り上げてうまくいったパターンはあまりありません。というのも、取り上げてしまうと子どもがパニックに陥ってしまうことがあるからです。

 ゲームは不登校の原因ではなく、 むしろ不登校になったからこそ仲間とつながることができる唯一の交流の場、居場所であるゲームに頼らざるを得ないのです。そのため、親が一方的にこれはダメだ、と言うのではなく、先ほどの自傷行為の事例と同様に「何時間はさせてほしい」や「課金はやめてほしい」など、親子での対話を大切してほしいと思います。

 しかし、中にはゲーム依存症というくらい長い時間没頭して、生活に影響を及ぼす場合があります。そのような状況に関しては健康管理の点で問題があるかもしれないので、一緒に支援機関や病院等で相談した方がよいと思います。

最後に〜保護者に求められる向き合い方とは〜

 子どもが不登校になると、親も孤立してしまう傾向があります。子どもが学校に行っていないから授業参観に行かないであったり、「お宅のお子さんどうしたんですか?」のように聞かれることが嫌だから人前に出たくないであったりなどが挙げられます。

 そういった孤立を防ぐために、不登校の親同士が集まるような会や学校のスクールカウンセラー、養護教諭の先生などに相談するという手段がありだと思います。親御さんがホッとすると、必ず子どもにもよい影響を及ぼします。

 担任の先生も、自分一人で抱え込んで悩むパターンが多いですが、同僚に相談したり、スクールカウンセラーに一緒に考えてもらったりなどをする必要があると思います。今は「チーム学校」とよく言われますので、そういった学校の中の仲間やチームの中でやっていけるとよいと思います。

 これから教員になる人たちには、不登校をあまり難しく考えすぎないでほしいです。今もなるべく一般化できるようにと思って話しましたけれども、やはり本当に一人一人で抱える悩みが違います。この子は不登校だ、と見るのではなく、この子はどんな子かな、と見ることが大切ですその子を理解しよう、という姿勢で出会っていただけるとよいと思います。

プロフィール

伊藤 美奈子(いとう みなこ)先生
奈良女子大学教授、臨床心理相談センター長(取材当時)
(2025年4月~ 神戸女子大学教授/臨床心理センター長・奈良女子大学名誉教授)

教育臨床、特に学校現場での心理臨床、不登校、いじめ、教員のメンタルヘルスに関するテーマを専門とする。
各都道府県の教育委員会や文科省やこども家庭庁の政策会議の委員も歴任。不登校やいじめという事象に対して、理論と実践の双方からアプローチし、ご活躍されている。

編集後記

 今回は、スクールカウンセラーという立場で不登校の子どもたちと保護者に寄り添いながら、奈良女子大学で教育臨床や発達臨床等の研究を行う伊藤美奈子先生にお話を伺いました。

 近年、不登校は全く珍しくありません。子どもが学校に行けなくなる理由は様々であり、はっきりとした原因が分からない場合も多くあります。そのような場合において、教員や保護者が「なぜ学校に行けないのか」「どうしたら行けるようになるのか」と、無闇に不登校の原因を究明し、学校復帰を急かすと、子どもの心が壊れてしまう恐れがあります。

 過去に私も、身近にいた不登校の子どもを無神経に傷つけてしまったことがありました。その子を助けようとした言動が、逆にその子を傷つけてしまったり、追い詰めてしまったりしました。当時の私は、不登校によって生じる問題は勉強の遅れのみだと考えていましたが、伊藤先生のお話をお聴きし、教員や保護者の役割は子どもが受けてきた傷に長期的に寄り添い、不登校に対する理解や考え方を深めることだと学びました。加えて、「学校に行かないことが悪ではない」という考え方のもと、子ども、そして自分自身を安心させることが大切だと学びました。

 将来、教員を目指す私にとって、伊藤先生からお話を伺えたことは非常に貴重な経験でした。児童一人ひとりと真摯に向き合うことができる教員になりたいと強く思いました。

(取材・編集:EDUPEDIA編集部 井上龍太・加藤朱紗)

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