中澤渉著『日本の公教育』から考える学校教育の効果【Review as Student】

GOOD!
397
回閲覧
2
GOOD

作成者:Satoshi Arai (Edupedia編集部)さん

1 はじめに

本記事は、教育をめぐる様々なテーマについて、興味を持ち学んでいる学生の目線で論じる企画【Review as Student】の第3弾です。第3回となる今回取り上げるテーマは「学校教育の効果」です。

社会問題が論じられる時に、その原因が学校教育のあり方にあるという議論は頻繁に立てられます。学校教育は誰でも当事者として経験するものだからこそ問題意識を持ちやすいものです。しかし、今回題材とする中澤渉著『日本の公教育』によれば、学校教育のあり方を論じるには様々な前提を踏まえる必要があります。その前提とは何なのか、学校教育の効果という側面に焦点を絞りながら考えていきます。

シリーズ【Review as Student】とは

シリーズ【Review as Student】とは、教育に関わる様々なテーマについて、専門にしている学生や興味を持って学んでいる学生が、書籍や資料の内容を土台に論じる企画です。ベースにする書籍や資料の論点をとりあげながら、それに対して学生の目線で評論を加えていく形になっています。理論的な議論に終始するのではなく、教育現場で働く方々や、これから教育に携わっていく方々が、それぞれのテーマについて具体的に何ができるか、という点にも踏み込んで議論していきます。

本企画の関連記事はこちら

2 学校教育をめぐる政策的状況

学校教育に対する3つの政策目標

学校教育の効果を論じるうえでは、そもそも学校教育の目標に目を向け、「どのような目標に対する効果」が重要なのかについて考える必要があるでしょう。この点については本書も言及しているアメリカの教育社会学者デイビッド・ラバレーの提唱した、学校教育に対する3つの政策的目標がひとつの参考になります。

  • 平等  :民主主義を成り立たせるために等しく市民性を育むこと
  • 効率性 :労働生産性の向上に寄与して国の財政をも豊かにすること
  • 社会移動:どんな生まれでも威信の高い学校や仕事に参入できること

子どもの学力向上や人格形成という子ども側の視点はもちろん必要ですが、それに加えて学校が社会的にどのような意義を持つ制度であるべきなのか、ということに目を向けることも大切になります。

教育政策を取り巻く政治的状況

1970年代以降、日本をはじめ先進国の多くが社会保障費の増大や経済成長の鈍化によって財政が逼迫し、公共サービスを充実していくことが難しくなっていきました。そこで、公共政策部門に民間の経営手法を導入し効率化しようとする動きが見られるようになり、教育政策においても学業成績を効率的に向上させることを目指した教育改革が進行しています。改革の内容の詳細には触れませんが、日本の教育改革においては、上記の3つの目標のなかでは「効率性」が重視される一方、「平等」の側面が軽視されていることが本書でも指摘されています。

教育政策の日本的特質

日本の学校教育に対する支出においては、私的支出の割合が非常に高いことが指摘されています。OECDの報告書「図表でみる教育2020年版」(Education at a Glance 2020)によれば、2017年の初等教育から高等教育に対する公的支出がGDPに占める割合は、日本が2.9%(OECD平均は4.1%)と、OECD38か国中37位で、特に幼児教育と高等教育においてその割合の低さが顕著になっています。これらの領域は私費負担に依存することでかろうじて先進国平均レベルのコストをかけることが可能になっています。

3 本書が言及する、学校教育の効果を論じる視点

ここまでの記述から分かるように、学校教育に対する政策においては、学校教育の効果を問い直し、支出を削りながら学校教育の効果を最大化しようとする強い力学が働いています。では、学校教育の効果について適切に議論を構築するには、どのようなことが必要なのでしょうか。以下では本書にて言及されている2つの視点を紹介します。

1、教育効果の測定における留意点

教育の効果について議論する際には、何らかの学力テストの点数に議論が焦点化されることが多いでしょう。もちろん学力テストの成績は教育の効果を測定できる一つの明確な指標ではありますが、その考察には考慮すべき注意点が存在します。本書の指摘をいくつか紹介します。

まず、テストの得点の変化が学校教育以外の要因の影響により引き起こされている可能性を考慮する必要があります。家庭による教育や塾での教育、学校外での人間関係など、様々な要因が考えられます。厳密な分析にはこれらの要素も含めた調査を基にする必要があります。また、たとえある教育行為によるテストの得点の上昇がみられない場合でも、もともと他の要因により生じていたテストの得点への負の影響がその教育行為によって相殺されている可能性もあるため、その教育行為が無意味だと断じるわけにもいきません。

加えて、想定している因果の向きが逆である可能性も考慮に入れる必要があります。例えば、ある指導をしている学校の方がしていない学校よりも学力テストの点数が高いというケースがあった場合、この指導が学力を高める効果があったように見えますが、その指導が成り立つ前提に学力の高さがある場合も想定できます。

2、経済的側面を例に考える学校教育の効果

前項では学力テストに注目した議論を紹介しましたが、もちろん学校教育の効果は学力の向上だけではありません。そこで異なった教育の効果の切り取り方として、教育の経済効果について取り上げた議論を紹介します。

教育の経済効果を考える標準的な方法は、収益率に注目することです。収益率とは、教育への経済的な投資に対して、どの程度の経済的なリターンが得られるかを示す指標です。教育を受ける個人を一単位とする私的収益率、社会全体を一単位とする社会的収益率、政府を一単位とする財政的収益率の3つが存在します。大学教育の私的収益率を例に取ると、大学の学費を投資額として、大卒の生涯賃金から高卒の生涯賃金を引いた額が便益として計算するイメージです。(細かい指標の性質や計算の仕方の解説は本書をご参照ください。)

日本の収益率の特徴として、私的収益率が低い一方、財政的収益率は高いことが挙げられます。これは個人の視点から見れば、大学の学費が高いこともあり、率の高い収入増という大きなリターンは期待できないが、政府の視点から見れば、わずかの教育投資から十分すぎるほどの税収というリターンが期待できる状況にある、ということです。これは、大学の教育費用の公的負担割合を増やす一つの根拠として提出できるものでしょう。

4 本書を読んでの感想

本書は、冒頭に目的として「公教育の社会的意義や公教育の今後を考える素材や視点を提供する」ということを掲げています。まさにその通り、公教育のあり方を論じるうえで必要になる知識や論点がこれでもかというほど盛りたくさんにちりばめらた設計になっています。この設計に込められた、「議論するにはまず前提知識という土台を充実させるべき」という思想と、それを形にする内容構成に感じ入りました。

教育効果に関する部分については、学校教育が目指す価値も学校教育がもたらす影響も複合的なのにも関わらず、制度としての実態を捉えるための定量的なデータ分析において対象にできるのはごく一部であることを改めて感じました。しかし、データを基にせず制度を考えるわけにもいきません。学校教育に対する調査の充実が進むことを願いつつ、いま入手できるデータを基に、どのような要素が当該データから抜け落ちているかを意識しながら、制度についての議論を組み上げていく必要を感じました。

5 教育に携わる者に何ができるか

学校制度の議論の基にされる定量的な調査から抜け落ちがちな要素にはどのようなものがあるか、その答えに一番近い場所にいるのは教育行為を行っている教育者でしょう。定量調査では主に学校や地域の「平均値」に注目が集まり、個々の教育現場ごとに存在する細かな差異はすくいとるのが難しいものです。ここでいう細かな差異とは、教育現場で教育実践によって児童生徒に日々どのような変化が起こっているのか・その変化にはどのような要因が絡んでいると思われるのか、といった、まさに教育者が現場で実践を作っていくうえで受け取っている情報に他なりません。

教育制度や教育改革に関する議論が空虚で単純なものにならないようにする一つの手立ては、教育現場から立ち上がってくる密度の濃い情報にあるのではないでしょうか。だからこそ、教育者が普段のコミュニティの中において、またそこから少し外に出て、教育現場でどのようなことが起こっているのかを少しずつ伝えていくことが、より多くの人が教育制度について妥当な議論を展開できるようになる一歩目かもしれません。

6 より学びたい方はこちら

人々の持つ教育政策に対する意識について興味がある方へ

矢野眞和, 濱中淳子, 小川和孝著(2016)『教育劣位社会——教育費をめぐる世論の社会学』
教育政策に対する人々の意識を、他の社会政策分野に対する人々の意識と比較しながら捉えた点で、他の研究と一線を画した画期的な学術書です。教育政策に関する研究に興味がある学部生や、世の人々が教育政策にどんな意識を持っているかが気になる方におすすめです。

日本の公教育費について深く学びたい方へ

中澤渉著(2014)『なぜ日本の公教育費は少ないのか: 教育の公的役割を問いなおす』
本書の作者である中澤渉先生の代表的な著作です。表題の通り、日本の公教育費に対する公的支出の少なさを、歴史的政策的な側面を中心に細かく解きほぐしている学術書です。特に教育費に関する議論を行うにあたっての必読書です。

7 本書の著者紹介

中澤 渉
1973年埼玉県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。東洋大学社会学部准教授、大阪大学大学院人間科学研究科准教授、大阪大学大学院人間科学研究科教授などを経て、2020年4月より立教大学社会学部社会学科教授。
(2020年12月現在)

8 ライター紹介

新井理志
EDUPEDIA編集部編集委員。東京大学教育学研究科修士課程所属。専門は教育社会学、高等教育論。
(2020年12月現在)

コメント

コメントはまだありません

    より良い実践のためには、あなたの励ましや建設的な対案が欠かせません。
    ログインして、ぜひコメント欄をご活用ください。