「折れない心を育てる いのちの授業」〜ホスピスの現場から生まれた人生の授業〜

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目次

1 はじめに

本記事は、2020年1月14日に行われた、一般社団法人 エンドオブライフ・ケア協会の千田恵子様へのインタビューをまとめたものです。

同協会が様々な学校で行っている「折れない心を育てる いのちの授業」についてお話を伺いました。

2 「折れない心を育てる いのちの授業」とは

皆さんは、「自分なんていなくてもいい」と思ったことがあるでしょうか。
学校に伺っていろいろお話をしてみると、多くの子どもたちが誰にも言えない悩みを抱えていると感じます。特に、「自分を認められない」とか「自分が生きていていいのか分からない」といった悩みは非常に苦しいものだと思います。そのような悩みが、不登校・いじめ・自殺などの問題につながることもあるでしょう。

「折れない心を育てる いのちの授業」では、そういった様々な悩み・苦しみがある中でも折れずに生きていくための方法を学びます。具体的には、以下のような3つのレッスンを、45分×2コマで行います。

まず、レッスン1では、子どもたちが日頃持っているであろう「なんだかもやもやするなあ」という苦しみの感覚を言語化し、その正体を一緒に捉えます。そして、そうした苦しみがあったとしても、支えがあればプラスの感情を持つことができるということを伝えます。

レッスン2では、もし自分ではない、誰か他の人が苦しんでいるとき、自分には何ができるかを考えます。相手の苦しみは相手にしか分からないということを踏まえ、相手が「分かってくれた! 」と思えるような、話を「聴く」方法を伝えます。

レッスン3では、自分自身が自分のことを認めてあげられなくても、一人でもありのままの自分を認めてくれる存在があれば、こんな自分でもよいと思える可能性があることを伝えます。

3 「折れない心を育てる いのちの授業」の流れ

それでは、簡単に「折れない心を育てる いのちの授業」の流れを見てみましょう。

レッスン1:苦しみとは何か、それに対して何ができるか

人を傷つける原因としての苦しみ

誰しも頭では「命は大切」「人を傷つけてはいけない」と分かっていても、他人を傷つけてしまうことがあります。スポーツ選手が他者にけがをさせてしまった事件を例にとり、「なぜけがをさせてしまったのか」を考え、「人は苦しくて苦しくて仕方がないとき、他者を傷つけてしまう」ということを伝えます。そして、「苦しくても他者を傷つけず、穏やかにいられる方法を学ぶ」というこの授業の目的を提示します。

苦しみの定義

「朝起きること」や「長距離を走ること」といった、子どもたちに身近な苦しみを聞き、そこから帰納的に「『こうなったらいいな』という希望と、実際の現実との開き」という苦しみの捉え方を提示します。そして、一つの同じ状況(=現実)であっても、それを経験する人によって希望が違うので、苦しみの感じ方も違うということを説明します。

解決できない苦しみと支えの存在

苦しみには、解決することができるものと、どうしても解決することのできないものの二つがあることを説明します。後者は「なんで自分だけ・・・?」など、他人が答えられないような問題です。そして、解決できない苦しみであっても、支えがあればがんばれる可能性があるということを紹介します。支えとは、応援してくれる友人や家族など、人だけとは限らず、亡くなった誰かや、自然や、言葉ということもあります。子どもたちにとって支えとなるものは何か聞いた上で、こうした支えの存在に気づくことができるという、苦しみの正の側面にも言及します。

レッスン2:他者の苦しみに向き合うために

理解し得ない他者の苦しみ

レッスン1の振り返りとして、同じ状況でも苦しみの感じ方が人によって異なることを説明し、それゆえ他者の苦しみを真に理解することは不可能であるということを伝えます。そして、安易な「大丈夫だよ! 」「(あなたの苦しさが)わかるよ。」といった声かけが苦しんでいる当事者にとって好ましくないことを体感します。

話を「聴く」こと:反復の重要性

相手の苦しみを理解することができなくても、相手が「この人は自分のことをわかってくれている」と思うことで、理解者となることができると伝えます。そして、そのための具体的な方法として、相手の言うことを受け止めて、それをそのまま相手に返すことを勧めます。そうした反復を子どもたち同士で練習してもらいます。

例えば、「昨日の夜眠れなかったんだよ」という苦しみの相談に対しては、「だって昨日たくさん寝てたでしょ」とか、「じゃあ今日はたくさん眠れるね」とか、原因を探したり励ましたりするのではなく、相手の言いたいことをそのまま言葉にして「昨日の夜眠れなかったんだね」と返します。そうすることで、相手は自分を認めてくれた、わかってくれたと感じ、「そうなの。」「そうそう。」という言葉が出て、その後さらに「実は今日のテストが不安で……」といった形で自分の本当に言いたかったことを打ち明けるかもしれません。

レッスン3:自分を認めるためには

他者の役に立つことによる自己肯定

誰かの役に立つことが、自分のことを「よくできました」と肯定することにつながると伝え、子どもたちに「自分がいることで誰かが喜んでくれた」という経験を思い出してもらいます。しかし、逆に、誰かの役に立てないとき、「自分が必要とされていない」と感じてしまうことがあります。そのように感じた経験についても尋ね、そうした苦しみは誰もが持ちうるものだと伝えます。

他者に認められることによる自尊感情の醸成

ホスピスでの事例を通して、他者の役に立てなくても、自分のことを認めてくれる他者が一人でもいれば、自分を大切に思えると伝えます。そうした他者は、目に見えるものだけではなく、目に見えないもの、たとえば、なくなった祖父母ということもあるでしょう。他者の役に立つことによる「よくできました」という自己肯定ではなく、自分を認めてくれる存在がいるから、こんな自分でも「これでよい」と思えて、自分を大切に思えることは、一つの可能性です。だから、苦しいときにはひとりで悩まずに、声をあげていこうと投げかけます。

4 「折れない心を育てる いのちの授業」に至った経緯

この活動を始めたのは、命が限られた方々とホスピスという形で関わってきた、弊協会代表で、医師の小澤でした。彼が子どもたちの苦しみと全く同じ構造を、人生の最終段階にある方々に見出したのが、この授業が生まれたきっかけです。

命が限られたとき、人は、物理的な体の痛みで苦しむに限らず、自分の存在意義が分からなくなることで苦しむことがあります。前者の苦しみは医学的な手段で取り除けることも多いですが、後者については、苦しみそのものは残り続けることもあります。そうした苦しみに対して、周りの人は関わり方が分からず、触れないようにしてしまいがちです。しかし、小澤は医療活動を通してその苦しみに関わり続けて、「この人だけは自分のことを分かってくれる」と思ってもらえる関わりを作ることや、解決できない苦しみを通して自身の支えに気づき、その支えを強める応援をすることこそが、その苦しみに対処する唯一の可能性だと考えました。

そして、自分のことを認められないとか、苦しんでいる友達がいても見て見ぬふりをしてしまう、あるいはどうしていいかわからないとか、そういった悩みを持つ子どもたちにも、ホスピスで学んだ知見を伝えていきたいと考え、この授業を始めました。

一般社団法人 エンドオブライフ・ケア協会では、ご紹介した「折れない心を育てる いのちの授業」を、様々な学校で提供しています。ご興味のある方は、こちらのHPをご覧ください。

5 プロフィール紹介

千田恵子(ちだ けいこ)

一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会 業務執行理事。上智大学在学中、第二言語教育を通して自己肯定感の課題に触れた後、日系・外資企業にて、人と組織の成長支援として、人材育成・新規事業開発・海外進出支援に従事。父親が難病ALSに罹患したことを機に、働きながら家族として介護に携わり、本人の意思に基づき最期を見送る。3か月後の母親他界と前後して、活動のきっかけとなる在宅医の小澤と出会い、人生のミッションとして事業立ち上げから法人運営に関わるようになる。
※プロフィールは2020年1月14日現在のものです。

6 編集後記

学校現場ではなかなか得ることができない知見を基にした授業であるとともに、子どもたちを引きつけるような工夫が詰まった、良い意味で学校ナイズされた授業だと感じました。先生に限らず、様々な主体が携わる拓かれた学びの好例だと思います。
(取材・編集:EDUPEDIA編集部 横田)

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