とらわれの心からの開放

1.はじめに

 学級経営に悩まれている先生はいらっしゃらないだろうか。

[[” * 以前と同じ手法を講じても、以前と同じ結果にならない。”]][[” * 子どもが変質してしまったかのように感じる。”]][[” * 子どもの心がつかめなくなってしまったと思う。”]]

 そのような思いでいらしゃる先生もいらっしゃるだろうと思う。

 もし、[[” * 子どもとはこうあるべきだ。”]][[” * 授業とはこうあるべきだ。”]]

と思っていて、それが、[[“『自分自身のとらわれの心』”]]に過ぎないのだったら、目の前の現実の子どもとの乖離に悩まされ続けるだろう。

 逆に言わせていただこう。

[[” * どうもうまくいかない。”]]

[[” * 子どもがちっともついてこない。”]]

 そう感じたら、『自分自身のとらわれの心』をみつめてみようではないか。 とらわれの心を捨て、目の前の子どもたちの現実を直視する。 そして、そこに、指導の足場をおこうではないか。そこから学ぼうではないか。

 指導する側が、そういう姿勢をもたない限り、目の前の子どもたちの変容は望むべくもない。

2.我が実践から、

 そこで、本記事では、わたしがかつて経験したことを書かせていただく。わたしにとっての教員修業の時代。

 それは、30代後半だった。 そのころ、5年くらい間隔をあけて、わたしの学級で、同じようなことが二度起きた。

 しかし、双方で、わたしの対応はまったく違うものとなった。 ちなみに、どちらも、3年生の事例である。

○途中までは同じ経過なので、一つにまとめてみる。 お楽しみ会の計画をたてる学級会を開いた。毎度のことだが、司会とか、プログラムとか、係を決めようということになった。 問題となったのはオルガン係だ。お楽しみ会では歌も歌うことになったが、子どもたちは、その伴奏をする係がいると言った。 ところが、係が必要ということでは衆議一決したものの、肝心の誰がやるかという段になると、まったく希望者がでなかった。 議長役の子どもはこまってしまったようだ。時間はいたずらにたっていった。

○さて、この続きだが、最初は、わたしが30代前半のときのことだ。 わたしも議長同様、いらいらしていた。 議長がわたしに聞きにきた。「先生。誰もやってくれる人がいないみたいなんですけど、どうしたらいいですか。」 わたしは無言でその言葉をやり過ごした。もう少し様子を見ようと思ったのだ。おそらく、そのときのわたしの表情は、不機嫌そのものだったと思う。 議長はそんなわたしに恐れをなし(?)、再度みんなに、「誰かオルガン係をやってくれる人はいませんか。」と呼びかけた。子ども同士でささやき合う声が聞こえる。「Aちゃんが、やればいいでしょう。ピアノ習っているんだから。」「いやだ。わたし、そん なにうまくないもん。」次に名指しされたBは、「わたし、この前のお楽しみ会でオルガン係やったよ。今度は他の係をやりたいんだ。」 そうしたら、ふだんから言いたいことを言うくせのあるCが、「誰もやる人がいないのなら、toshi先生がやればいいじゃん。」 その言葉に、きれたわたし。「何言っているんだ。みんなは無責任だ。『オルガン係がいる。』って決めたのは、みんなでは ないか。それなのに、やる子がいないなんて。まして、先生がやればいいだなんて。 音楽の授業じゃないんだぞ。お楽しみ会なんだぞ。そんなことなら、お楽しみ会はできないじゃないか。やめるしかないな。」最後はおどしをかけるかのようになってしまった。 そして、無理やりオルガン係をやらされる羽目になったBは、泣き出してしまった。教室中に、しらけた雰囲気がただよった。

○次は、それから5年ほどたった30代後半のことである。 議長がわたしに聞きにきた。「先生。誰もやってくれる人がいないみたいなんですけど、どうしたらいいですか。」 わたしは、このときはもう、いらいらしていなかった。多分、『子どもたちはこの問題をどう解決するだろう。』と、子どもたちを見守る気持ちで、笑みさえ浮かべていたと思う。「いいんじゃないの。さっきは、『オルガン係がいる。』ってみんなで決めたけれど、誰もやる人がいないのなら、オルガン係はなくったっていいよ。オルガンなしだって、みんなは歌が上手だから歌えると思うよ。」 議長はみんなに問いかけた。「じゃあ、希望者がいないので、オルガン係は、なしにしていいですか。」すると、口々に、「それじゃあ、つまんないな。」「オルガンがないと歌いにくいよ。」「Aちゃん。お願い。やって。」などと、言い始めた。 しばらく無言のAだったが、やがて、グッと唇をかんで、「じゃあ、わたし、やる。」と言って、手を上げてくれた。その上げた手のすばらしかったこと。よく腕が伸びて、とてもきれいに感じた。期せずして、みんなから、拍手が起きた。「Aちゃん。ありがとう。」の声もあちこちからわき上がった。 わたしは、学級会が終わったあと、Aちゃんに感謝した。「さっき、『Aちゃん。ありがとう。』って言っている子が大勢いたけれど、わたしからも、お礼を言おう。ほんとうにありがとうね。 Aちゃんは、他にやりたい係があったのではないかな。」「うん。司会をやりたかったの。だって。この前のお楽しみ会でもやりたかったんだけれど、Bちゃんに譲ったからね。」 でも、その表情はとても明るく、満ち足りたような笑顔だった。 「そうか。それは悪かったなあ。でも、わたしはうれしい。誰だって自分のやりたい係をやりたいと思うのだが、Aちゃんはそれよりも、学級全体のことを考えてくれたんだよね。それがうれしいんだ。」またまた拍手が起きる。学級全体が、温かなムードに包まれた。

 わたしは、5年ほど前とまったく同じことが起きたのに、百八十度違う結末になったことに対し、感動に包まれた。そして、あまりにも違う結末に、衝撃を受けたといってもいい。目頭がグッと熱くなった。

3.振り返ってみて、

 ただし、今になって思うことがある。 係のなり手がいないとき、何も、一人一役に、ここまでこだわらなくてもいいではないか。 指導者は、公平ということから、できるだけ多くの子に役、係をやってほしいと思うわけだが、誰もなり手がいないときは、一人が二つの仕事をしても、なんら差し支えないだろう。子どもだってそれを認めるはず。そう思うのだ。

 30代後半ではうまくいったように書いたけれど、でも、そこにも、やはり、『こだわる自分』がいたのだなと、今、あらためて、穴があったら入りたくなる。 

4.とらわれの心からの開放 まとめにかえて

 自我から開放されると、『自分は、かつて、こんな簡単なことが、なぜできなかったのか。』と、不思議な思いになる。

 しかしね。自我にとらわれているときは、ぜったい簡単ではないのだよね。自我というのは、高くて頑丈な垣根なのである。

[[“ 子どものせいにしているうちは、この垣根は、高くて頑丈なままだろう。”]] 自分で自分を変えていく。 まずは、そこにしか垣根を取り払うすべはないと思う。 しかし、そこに気づいても、取り払うのは決して簡単ではない。

  まずは、[[” * 無理することなく・・・、無理はストレスがたまる。”]][[” * ゆっくりゆっくり・・・、あせってもストレスがたまる。”]][[” * 試行錯誤を繰り返しながら・・・、失敗はつきもの。いちいち後悔しないで、『ようし、今日は失敗しちゃったけれど、明日からまた、がんばろう。』くらいの気持ちで、”]]

[[” * うまくいくことだってあるよ・・・、うまくいったら、それを喜びとする心の柔軟さをもつ。かつての自分と比較すれば、喜びも倍化しよう。それが、変容を定着へと導く。自信がつく。”]][[” * セルフマインドコントロールを・・・。自分の心を自分で制御する。それができるようになれば、ストレスはたまらない。”]][[” * よき先輩をもとう・・・。本を読むのもいい。研究会に参加するのもいい。”]]

 さらに、身近によき先輩がいて、その先輩から学ぶことができれば、最高だ。なにしろ、手近なところに、お手本があるのだからね。 [[“まずは、ぬすもう。”]]そして、どんどん聞こう。学級をみていただいて指導をあおごう。

 そして、自信をもつようになれば、セルフマインドコントロールもしやすくなるというものだ。

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