トラブル対処法 ~喧嘩への対処、具体例

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目次

子供の放置はダメ

編成替え直後の3年生の学級である。2学級しかない学年だ。

年度当初は、みんななかよく、楽しそうに生活していた。けんかなどは見たこともなかった。特に、『よそいき』な雰囲気といったふうもなかったから、『ほんとうに仲がよいクラスだな。』と思った。そんなことを、初任のA先生に言ったこともあった。

しかし、5月も終わりごろになると、子どもたちは、だんだん荒々しさを見せるようになった。野卑な言葉がとび出したり、いさかいが起きたりした。けんかもみられるようになった。子ども本来の姿を見せるようになったと言えよう。A先生にとっては、学級経営上、最初の正念場を迎えたことになる。

そのようなときの出来事だった。ある空き時間のことだ。その時間は、初任者指導にかかわってA先生に話をする時間だったから、職員室でA先生の来るのを待っていた。A先生は、少し遅れてきた。かなり、緊張気味である。

「toshi先生(わたしのこと=初任者研修担当)。今、BちゃんとCちゃんが大げんかして、Bちゃんが泣いてしまったので、事情を聞いていました。それで遅れてしまったのですけれど、申し訳ありません。」
「いや。それはかまわないよ。気にしないでね。子ども優先だから。・・・。それで、けんかのわけは何だったの。」
「・・・。ええ。それが、・・・。」

何とも歯切れが悪い。『どうしたの。』と聞くと、
「今、音楽の時間なのですが、怒ったBちゃんは、『頭にきたから、音楽なんかいかない。』と言って、一人で教室にいるのです。このままにしておいていいでしょうか。」
「ええっ。なんだい。それはダメだ。・・・。じゃあ、すぐ、教室に行こう。」

鉄則1 授業を抜けたままの状態で放置してはいけない。努力しても結果的にそうなるのなら仕方ないとも言えるが、ベストは尽くさないといけない。

この場合、教室に一人でいるBちゃんのことを承知しながら、のんびりと職員室で初任者と話し合っているというのは、到底やっていいことではない。教室へ向かいながら、どうしてこうなったかのあらましを聞いた。ただし、本記事では、あらましではなく、後で分かったこと、A先生に指導したことも含め、記述していくことにする。

双方の言い分を聞く

Bが、休み時間、持ってきてはいけないゴムボールを持って、校庭に行こうとした。 それを、Cがとがめた。ただし、口調がきつかったらしい。それで、頭にきたBが、言い訳をした。「だって、お母さんが持っていっていいって言ったんだもん。」「そんなこと言ったって、休み時間は、ボールで遊んじゃいけないんじゃん。」
言い合いからののしり合いになったようだ。それで、A先生は、仲裁に入った。

Bに対しては、『ボールで休み時間は遊べない。』という学校の決まりがあることを知りながら持ってきたこと、また、ボールで遊ぼうとしたことについて、非をとがめ、反省を迫ったようだ。また、Cに対しては、言い方がきつかったことについて、反省を迫った。

鉄則2 双方の言い分をしっかり聞く。基本的な態度として、これは大事。A先生は、それができていた。その点はよかった。

喧嘩両成敗?

しかし、すぐ裁定に入ってしまったのはよくない。この場合、売り言葉に買い言葉というやり取りになってしまった方が問題で、ボールは単なるきっかけに過ぎない。日ごろの二人の友人関係のこじれなど、別な要因がからんでいる可能性が強いのだから、もっと二人の気持ち、感情に寄り添う必要があった。それが、感情の冷却までの時間をかせぐことにもなる。

鉄則3 簡単にけんか両成敗にしてしまうのはいけない。双方の言い分を聞けば、両成敗というケースの方が少ないはずだ。

この場合、わたしは、『これは、Bが悪い。もう3年生なのだから、ボールで休み時間は遊べないという学校の決まりを知らないわけはないのだから。』そう思った。

しかし、A先生がすぐ裁定してしまったためか、Bは、納得しない。『お母さんが、お母さんが。』と繰り返したようだ。それを聞いていたCが、「お母さん、お母さんって、うるさいんだよ。」

A先生は、たった今、『言い方のきついこと』を注意したばかりだったから、この後は、Cちゃんを叱ることが中心となってしまった。ことの本質は、前述の通り、Bの方に問題があるはずだったから、Cはますます感情の高ぶりを見せたようだ。「どうせ、ぼくが悪いって、言いたいんだろう。」そう言って、教室を跳び出してしまった。以上がトラブルの経過のあらましである。

子供が納得しない

教室に入る。やっぱり、Bは一人教室にいて、顔を伏せ泣き続けていた。

わたし、隣に腰を下ろし、話しかけた。

「Cちゃんと、けんかしたのだってな。A先生から聞いたよ。・・・。持ってきてはいけないボールを持ってきちゃったのだって。」
「だって、お母さんが持って行っていいって言ったのだもの。」
「そうだってな。それも聞いた。・・・。でも、お母さんは、学校の決まりを知らないのではないかな。」
「・・・。」

「知らないのだから、『休み時間、ゴムボールで遊べば、楽しいだろう。』と思ったのだよ。まさか、こんなけんかになるとは思ってもいなかっただろうな。」
「・・・。」

「お母さんに、『いいよ。学校へはボールを持って行ってはいけない決まりがあるから。』って言えればよかったのだけれど、それは言えなかったのだな。・・・。まあ、仕方ないだろう。 それで、持ってきちゃったのだけれど、・・・、決まりがあることを、Bちゃんは知っていたのだろうから、どうすればよかったと思う。」
「・・・。」

「そうか。分からないか。わたしは、ボールをロッカーに入れたままにしておけばよかったと思うよ。」
「だって、ぼくは、ロッカーのところで、ボールにちょっとさわっただけなのに、Cが、いきなり、怒ったように、『ボールはいけないんだよ。』『何でボールを持ってきたんだよ。』って、強く言うから、頭にきたんだもん。」
「そうか。そんなに強く言ったか。」
「言ったよ。『ボールはいけないんだよ。』って。」
口調をまねするかのように言う。

「分かった。それは確かに言い過ぎだな。・・・。じゃあ、それはさ。Cちゃんに後で言っておくから、どうだ。音楽の授業に出ないというのは、よくない。やはり、授業は出るべきだと思うよ。どうだ。行くか。」
「行かない。だって、こんなに泣いていて、歌なんか歌えるわけないもん。」
なるほど。これは確かに理屈だ。わたしは、おかしくなってしまった。

「それはそうだな。歌えるわけがないということは分かる。・・・。それなら、こうしよう。音楽の見学をしにいこうよ。体育だって身体の具合が悪いときは見学するだろう。音楽だって、身体の具合が悪くて歌えなければ、見学だ。わたしが一緒に行って、音楽の先生に、そう話してやる。」
「・・・。」

鉄則4 『自分が悪い。』と分かっていると思われるときは、お説教は極力しないようにする。逆に、『君のくやしかった気持ちは分かるよ。』というように、受容的、共感的な対応を心がける。その方が、反省する心を豊かにすることができる。

尾を引かないように

それでも、無言のまま、動こうとはしなかった。わたしは、これは、『お母さん』がポイントだなと感じた。
「そうか。音楽室で見学するのもいやか。・・・。それなら、こうしよう。音楽室へ行かなくていいことにする代わりに、授業を受けなかったことは、お母さんに連絡する。それでいいな。たぶん、一人、教室で自習をすることになるだろうから、しっかり勉強していたら、そのこともちゃんとお母さんに報告しよう。そうしようね。」
あとは、もうBちゃんの判断にゆだねることにし、一緒にいたA先生に目配せをして、席を立つことにした。

鉄則5 『もう手は尽くした。やるべきことはやった。』そう思ったら、できるだけ早く切り上げる。あとに尾を引かないように気をつける。

それで、こう言った。
「よし。じゃあ、一人でがんばれ。あとでどのくらいがんばったか、ノートを見に来よう。『しっかりがんばっていました。』って、それもお母さんに報告するためにな。」

鉄則6 親に言うことが、懲罰ではないという、そういうふうによそおうことも大切だ。

すると、やおら立ち上がったBちゃん。ゆっくり音楽の教科書と笛を取り出しにかかった。
「おっ。そうか。行くか。音楽室へ。」
「・・・。」
「よし。見学する気になったのだな。・・・。えらいぞ。・・・。見学なのに、教科書だけでなく、笛まで持っていくのか。それはすごい。えらいじゃないか。・・・。ようし。音楽の先生に、『見学だ。』って言うために、一緒に行くことにしよう。」
授業中の教室へ入る。そして、ことさら大きな声で、専科の先生にお願いをした。特に、『えらい。』を強調しながら言った。音楽の先生も、もう事情を子どもたちから聞いていたとみえて、にこにこしながらうなずいてくれた。なお、これは、学級の子全員に聞かせる目的もあった。

ほめる

A先生と職員室へ戻りながら話す。

「いいか。あんなこと言ったって歌うに違いないから、教室に戻ってきたら、みんなに聞くのだぞ。『Bちゃん、どうだった。ちゃんと歌ったの。』そうしたら、『歌ったよう。』って答えるだろうから、うんとほめてやりなさい。『気持ちをさっと切り替えられる子はえらい。』って。ほんとうはすぐ切り替えられてはいないのだけれどな。」
「はい。分かりました。そうします。・・・。toshi先生。ほんとうにありがとうございました。」
「うん。やるだけのことはやらないとな。・・・。いつも今のようにうまくいくとは限らないが、やるだけやるのと、たいしてやらないのとでは、・・・、こういうのは積み重ねだから、結果的にはものすごい違いとなってあらわれる。」
わたしの勤務時間は短い。それで、この日は、ここまでで帰った。

アフターケア

次に出勤した日。朝のあいさつ早々に、A先生から報告を受けた。
「あの後、何事もなかったかのように、にこにこしながら、教室に戻ってきました。そして、toshi先生がおっしゃったように、歌ったとのことでしたので、うんとほめてやりました。そうしたら、Cちゃんが、『ぼく、強く言い過ぎちゃってごめんなさい。』って言ったのです。わたし、うれしくなってしまいました。それで、これも、うんとほめてやりました。そうしたら、Bちゃんも、『決まりを忘れちゃってごめんなさい。』って、言ったのです。」
「そうか。それはよかった。実は、わたしは、気になっていたことがあったのだ。それは、あの日、Bちゃんに言った言葉、『それは確かに言い過ぎだよな。・・・。じゃあ、それはさ。Cちゃんに後で言っておくから、』って言っただろう。それなのに、何もCちゃんに言わずに帰ってしまったからね。・・・。でも、よかった。それなら、今さら、何も言う必要はないな。」
「はい。もう、2人とも仲良しですから、何も言う必要はないと思います。」

それからというもの。Bちゃんは簡単にきれることがなくなった。わたしは言った。
「折にふれてほめなさい。『我慢強くなったのはすてき。』ってね。」
また、Cちゃんの言い方も、きつい言い方がずいぶん減ったとのこと。こちらは、わたしが何も言わなくても、A先生は、ちょくちょくほめている。たまに、きつい言い方をしても、
「すごい。Cちゃんがきつく言うの。久しぶりに聞いた。今は、ちょっときつい言い方だったけれど、たまには仕方ないね。いいよう。いつもがんばっているのだから、たまには失敗しちゃうよね。」
そうすると、Cちゃんはすまなさそうな顔をする。
「今の調子でいいよ。学級はどんどん温かな雰囲気になってきている。」
わたしは、そう言ってA先生をほめた。

鉄則7 叱ればその直後はよい態度になるだろう。また、本記事のように、変容が見られることもあるだろう。そういうときは、アフターケアを忘れない。それが、変容を定着に導く。

鉄則8 やったことはいけないとしながらも、「頻度の減少」はほめる。

話の本筋を外さない

そう。そう。一つ、忘れていることがある。A先生と音楽室から戻る際、A先生は言った。
「さっきのBちゃんの話にはうそがあったのです。」
「ああ。それは、わたしも分かったよ。」
「『ロッカーのところで、ボールにちょっとさわっただけ。』って言っていましたが、そうではないのです。ボールを持って廊下まで出たのです。」
「そうだよな。確かそのように先生から聞いた。でも、もう、この場合は、うそをつかせてしまったら、そのうそに付き合ってやることだ。話の本筋には関係のないことだしな。」

鉄則9 話の本筋に関係ないなら、うそに付き合うことも大切。そうでないと、叱る材料をふやしてしまう。ここでは、なんとか、音楽室へ行かせて授業を受けさせたかったわけだから、そのことにしぼって対応することが大切だ。

7月になる。担任の努力で、トラブルのたぐいは、ずいぶん減った。今、また、みんな仲良しだ。でも、4月のころの『仲良し』と、今のそれでは大きな違いがある。4月のころは、子どもたちは、新しいクラス、新しい先生に不慣れだった。遠慮気味のこともあっただろう。自分のあるがままを出せないでいる子もいただろう。だから、本心が出にくい状況だった。今はそうではない。今の『仲良し』は本物だ。でも、そうなればなったで新たな問題が生まれる。

学級経営していて、何の問題もないということはないはずだ。しかし、学級がきたえられれば、おのずと、問題の質が変わってくる。より高次の問題となる。それが学級の成長を示していることになる。

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