学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと④ 『靴箱の前で』

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目次

1 第4回 靴箱の前で

A君のお母さんと教室に向かう。廊下にずらりと並んで下がった体育着の袋の1つを手に取って、お母さんが「洗わないと…」と呟いて紙袋に入れる。

がらんとした放課後の教室、窓側の前から4番目がA君の席だ。机の中の道具箱とロッカーの国語辞典、社会の資料集。お母さんが袋に入れて、椅子をカタンと元に戻した。

教室の後方黒板の上に緑色の台紙に貼った毛筆書写、33人分の「友情」という文字が並ぶ。A君の台紙だけが違う作品だ。A君はこの書写の時にはもう入院していた。

お母さんが見上げる。

「友情…皆さん、お上手ですね。」

「あの、先ほどお渡しした風吹先生宛ての封筒に、書写の指導計画も入っています。あおば学級でもお習字の授業があると聞きました。作品ができたら是非こちらにも掲示させていただきたいとお伝えください。あっ、私からもメールでお願いしておきます。」

「いろいろと本当にありがとうございます。」

お母さんからもらったあおば学級のパンフレットに連絡先のアドレスが印刷されていた。そうだ、教室の掲示物の画像を添付で送ろう。歴史新聞もA君の記事が届いたので、全部の班が完成する。これも写そう。

友という漢字の成り立ちは、右手と右手を取り合う象形からだという。

(そう、6年2組は、A君の手を握っているよ!)

階段を下りて靴箱に向かう。お母さんがA君の上履きに手を掛けた時、思い切ってお願いした。

「あの…上履きは、もう少しこのままにしてもらえませんか?ちょっとお借りしてやりたいことがあるんです。」

「先生がそうおっしゃるんでしたら…分かりました。ありがとうございます。」

「すみません。わがまま言って。」

週末に上履きを持ち帰ることになっているが、普段はこの棚に子どもたちの外履きか上履きが並ぶ。今、A君の名前の棚が空になってしまうのがどうしても嫌だった。

(それに…足が…足が必ず良くなって、これを履きに戻ってきて欲しい。)

その思いを込めて私にはやりたいことがあった。

涙が込み上げそうになった時、玄関先に自転車が走り込んで、キーっと音を立てて止まった。ジャージ姿の大熊先生だった。

「あ~、間に合った!すみません!第二小学校で研究会の打ち合わせがあって、それがまた長引いてしまって~あっ、すみません!ちょっと、自転車を置いてきますんで。」

よほど急いで自転車をこいできたようで、顔が紅潮している。

大熊先生は、A君の妹、3年生のマイちゃんの担任だ。今日、A君のお母さんが来校することは伝えてあったが、隣の小学校への出張が入っていたのだ。首にかけたタオルで汗を拭き拭き、大熊先生が戻って来た。

「いつもマイがお世話になっております。」

「いえいえ。お兄ちゃんのA君のことを春野先生から聞いて、僕もマイさんのことを気にしていたんですが…大好きなお兄ちゃんが入院して、やはりちょっと元気がないですね。」

「そうですか…この1週間、マイには随分寂しい思いをさせてしまいました。おばあちゃんに家に来てもらったりはしたんですが、私が病院から帰宅するのがかなり遅くなった日もあって…あの子も不安だったと思います。」

「そうでしたかぁ。マイさんはお兄ちゃんのお見舞いには?」

「それが、大学病院の小児科は、15歳未満の子どもは兄弟でも面会できないんです。マイを病院に連れて行ってもAに会えないので、留守番させることになってしまって…。」

お母さんはそれから5分ほど大熊先生と話をして、学校を後にした。

玄関に立ったまま、大熊先生に先ほどの校長室でのことを報告する。そうかぁ、そうだったんだぁ。大熊先生がしきりに頷く。

マイちゃんはもともとおとなしい方ではあるが、この1週間はうつむいていることが多かったそうだ。それに、昨日は友だちとのとても些細なことで泣き出してしまったとのこと。

A君の発病と入院に伴い、妹のマイちゃんの生活も大きく変わる。大熊先生が大きく息を吸って言う。

「よし、A君がひな三にもどってくるまで、僕は妹のマイさんをしっかり見守ってあげなきゃ。」

「大熊先生、よろしくお願いします。私もA君の全力応援!」

「きょうだい」に眼差しを

入院した子どもにきょうだい(兄弟姉妹)がいる場合、その子たちに実際的な生活面で、また、心理的に多大な影響が及ぶことを心に止めましょう。きょうだいが在籍している場合は、まず担任同士が情報を共有して、きょうだいのサポート体制を築きましょう。

2 投稿者プロフィール

赫多 久美子 (かくた くみこ)
元都立特別支援学校病院内分教室・訪問学級担任。
現在は大学非常勤講師として教員養成に従事。

全10回のシリーズ

本記事は、赫多久美子(かくたくみこ)さんによる全10回のシリーズです。

第1回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと『A君の入院』 | EDUPEDIA
第2回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと②『保健室で』 | EDUPEDIA
第3回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと③『校長室で』 | EDUPEDIA
第4回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと④ 『靴箱の前で』| EDUPEDIA
第5回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと⑤ 『教室で』| EDUPEDIA
第6回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと⑥『メール』 | EDUPEDIA
第7回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと⑦ 『お見舞い』| EDUPEDIA
第8回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと『学級だより』 | EDUPEDIA
第9回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと⑨『復学支援会議』 | EDUPEDIA
第10回
学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと⑩ 『エピローグ』| EDUPEDIA

学校の先生方へ ~知ってほしい病気の子どもたちのこと(まとめ記事) | EDUPEDIA

この連載で扱われるケースは全て赫多さんのご経験などを基にした架空のお話です。

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