学校の先生方へ「知ってほしい…病気の子どもたちのこと」⑩

本記事は、赫多久美子(かくたくみこ)さんによる全10回連載の第10回目(最終話)となります。
 第1回『A君の入院』  https://edupedia.jp/entries/show/1415
 第2回『保健室で』  https://edupedia.jp/entries/show/1480
 第3回『校長室で』  https://edupedia.jp/entries/show/1518
 第4回『靴箱の前で』 https://edupedia.jp/entries/show/1548
 第5回『教室で』   https://edupedia.jp/entries/show/1568
 第6回『メール』   https://edupedia.jp/entries/show/1682
 第7回『お見舞い』  https://edupedia.jp/entries/show/1734
 第8回『学級だより』 https://edupedia.jp/entries/show/1799
 第9回『復学支援会議』https://edupedia.jp/entries/show/1843

この連載で扱われるケースは全て赫多さんのご経験などを基にした架空のお話です。

1 第10回 エピローグ

「春野先生、A君が到着しましたよ。」と、桜木さんが教室に知らせに来てくれた。
子どもたちが歓声をあげる。

「準備はいい?」「もっちろん!!」「なんたって、おかえりサプライズ!」

私が階下に降りて行くと、駐車場にでお父さんが自動車のトランクからたたまれた車椅子を取り出して、広げているところだった。松葉杖を右わきに挟んで立っているA君とお母さん。大山校長と熱井教頭が迎えに出ていた。

「あっ、春野先生!」

「すごーい!A君、松葉杖が1本でももう大丈夫なのね!」

キャップを被ってマスクをしたA君が照れ臭そうに左手でVサインをする。

「よし、じゃ、A、こっちに座って。ベルトを忘れるなよ。」

「分かってるって!」

A君は慣れた動作で、松葉杖を車椅子の背の裏に固定してから座り、
ベルトをカチリと装着すると、その場でクルクルと回って見せた。

「いやはや、軽やかな動きだね。A君は運動神経が抜群だからね。」熱井教頭が感心する。

「調子にのるなよ。廊下で1年生とか小さい子にぶつからないように気をつけて
運転するんだぞ。止まったらブレーキを…」

「分かってるって!まったく、もう、父さんは母さんより心配性なんだからぁ。」

その場に幸せな笑い声が起こる。

A君は下駄箱へのスロープをスイスイと上って行く。

「このスロープが問題ないなら、他も大丈夫ね。」と、大山校長。

「いろいろ、ご配慮いただいてありがとうございました。」

「いえ、いえ、当然です。それに今後、車椅子のお子さんが入学することになるかもしれません。もちろん、そのお子さんに必要な対策をさらに考えなければなりませんが、A君のおかげで教員の意識はかなり高まったと思います。」

A君が上履きを靴箱から取り出す。

「久しぶりだなぁ。」

「A、この上履き、春野先生がきれいに洗ってくださったんだって。」

「えーっ?…先生、ありがとう。」

「あれぇ?…母さん、この上履き…きつい…。」

「あらっ、もう小さくなっちゃったの?…ほんとねぇ。」

「あっ、あのぉ、私が洗いすぎちゃったのかも!」

「えっ?」

また笑い声が起こる。

「 しょうがないわねぇ…今日、上のサイズのを買いに行かなくちゃね。」

しゃがんで上履きを手にした、お母さんの目に涙が光る。
その光景がぼやけて見えなくなった。

…おっと、いけない!
子どもたちがサプライズを準備して、A君を待っている。

「じゃあ、今日はかかと踏んでていいから教室に行こうか。」

「うん!」

「給食用のエレベーターにGO!今日のカレーの匂いが残ってるかもね。」

「えーっ?今日カレーだったの?食べたかったなぁ。…病院のカレーも美味しかったけど、やっぱり、ひな三のカレーは最高!今度のカレーの時は、リョウマやツバサと早食い競争だな。」

「おーっ、A君が帰ってきて、6の2男子の給食おかわり競争、更なる激化!」

保健室のドアが開く。

「その声は、A君、…おかえり!!」

「深見先生、ただいま!また、お世話になります!」

「はい、了解。でも、A君、骨折のお世話だけは勘弁してね。」

A君は、車椅子のホイールから手を離し、力強く右手でVサインをした。

卒業文集

入院と将来の夢

ぼくは6年生の半分、病院に入院しました。
最初、右足が痛くなってなかなか治らなかったので、近所の医院に行きました。
X線を撮ったら、すぐ大学病院に行きなさいと言われて、そのまま入院になりました。大学病院で精密検査をしたら、骨に悪玉細胞ができていることが分かりました。そして「悪玉細胞を全部退治するためには、最低半年入院しなければならない」と言われました。ぼくは悔しくて、涙が出てどうしようもなくなりました。でも、説明を聞いて治療をしなければ大変なことになると分かりました。主治医の先生から
「僕たちは医者として一生懸命治療するけど、治す手伝いしかできないんだよ。A君、この病気を治すことができるのは、君自身なんだ。君ならきっとそれができる。」と言われて、ぼくは決心しました。早く足を治して ひな三に行きたい、サッカーをやりたいと思ったからです。

病院では隣のベッドにいる5年生の子とすぐ友だちになりました。他にも中学生のお兄さんや1年生の子もいて、みんな兄弟みたいになりました。入院してすぐに、あおば学級に通うようになりました。あおば学級にはiPadが何台もあって、歴史クイズや漢字パズルで勉強したり、ネットで月の観察をしました。担任の風吹先生はギャグを連発しますが、まじめな時もあって、ぼくが教室に行けない時は、ベッドの横で本を読んでくれたり、手品を見せてくれたりしました。
6の2のみんなから色紙をもらってすごくうれしかったです。CDも何度も聞きました。音クイズはあおば学級の友だちや看護師さんにも大受けでした。画像付きのメールニュースも楽しかったです。
テレビ会議システムで6の2のみんなと話せたのも楽しかったです。テレビ会議で発表するのは緊張しましたが、本番はうまくできたし、みんなが質問をたくさんしてくれて手応えがありました。
あと、春野先生が千羽鶴を届けてくれて、学校のみんなで作ってくれたと聞いてびっくりしました。もっとびっくりしたのは、1学期の終業式のテレビ会議の後、校長先生が6の2や先生方のサイン入り応援フラッグ「ファイトだ!A君」を持ってきてくれたことです。その3日後が手術で、整形外科の先生がフラッグを見て
「A君のサポーターは熱いなぁ!オレも最高のパフォーマンスしなきゃな。」と言って、その通りに手術は成功しました。

傷が良くなって、リハビリを頑張って、両松葉から片松葉になりました。外泊で家に帰る途中、久しぶりにひな三に行きました。車椅子で行くのは初めてなので少し心配でしたが、スロープがついていて、エレベーターも使えてだいじょうぶでした。
4階で降りると、廊下に6年のみんなが両側に立って人間トンネルを作ってくれていて、ぼくはその中を通りました。みんなから「おかえり!」と言われて、うれしくて泣きそうになりました。
教室に入ると、金色のくす玉がつるしてあって、玉入れの紅白玉が入ったカゴをもらいました。ねらいを定めて玉を投げました。みんなが応援してくれて、3個目を思いっきり投げたらやっと割れて、紙ふぶきとたれ幕が出てきました。
「A君、出張からお帰りなさい!」と書いてありました。
ほんとうにうれしかったです。みんな、ありがとう。やっぱり、ひな三は最高の学校だと思いました。

その後、予定通り退院して、みんなといっしょに修学旅行にも行けたし、今は松葉杖で学校に来られるようになりました。
最後にぼくの夢を書きます。
まずもっと筋トレをして、走れるようになって、またサッカーをしたいです。Jリーガーの夢はあきらめていませんが、将来、小児科の医師かPTになるのもいいなと思います。入院した時に病院で働く人を見て、すごくかっこいいと思いました。ぼくは大勢の人にサポートしてもらって病気と闘えたので、大人になったら、他の人のサポートができる人になりたいです。

2 投稿者プロフィール

赫多 久美子 (かくた くみこ)
元都立特別支援学校病院内分教室・訪問学級担任。
現在は大学非常勤講師として教員養成に従事。

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