難聴生徒のためのインテグレーション環境 〜聞こえないハンデをハンデとしない環境づくり〜

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目次

1 はじめに

台東区立柏葉中学校には、聴覚障害を持つ生徒のために難聴学級というものがあります。この学級は通級型で、国、数、英の 3教科だけを難聴教室で学びます。それ以外の教科と普段の生活は、難聴の障害を持つ生徒も健常者と共に、同じ環境の下で学校生活を送る統合教育が行われています。(インテグレーション環境)
 この統合教育を行うには数多くの問題点があります。聴覚障害を持つ生徒達は、何のフォローもない中で不適応を起こしてしまいやすいのです。難聴学級の生徒達の情報保障、孤立化を防ぐためには、周囲の人々の障害への理解が培われてこそ実現します。聴覚障害は、軽・中・重度とありますが、それぞれの障害の重さによってフォローの仕方は変わります。柏葉中学校では、どの生徒にも情報保障が行えるように、文字情報と手話の二本立てで取り組みを行っています。この統合教育の集大成となる活動は、卒業式や文化祭などの式典で見ることができます。今回は、台東区立柏葉中学校 卒業式の様子を取材してきました。

2 視覚から情報を伝える方法

<事前に準備するもの>

  • 舞台右に大きなスクリーン、
  • 文字やイラストなどの情報を映し出すプロジェクター
  • 要約筆記を行うパソコン4台

上記3項目の他に、手話部の協力があります。

手話部の生徒達は事前に、来賓や校長先生の挨拶、送辞、答辞、卒業証書授与で読み上げられる卒業生全員の名前、司会進行、校歌などのあらゆる原稿を集め、本番に向けて手話の練習を開始します。原稿を手に入れる時期は、それぞれバラバラなため、練習は3ヶ月前から行うものもあれば、式本番3〜4日前になる場合もあります。
 パソコンで行う要約筆記は、2人1組が1セットになり、4人でチームを組みます。1人が主部を打ち込むと、もう1人が述部を打つという方法です。スクリーンを設置すると、全ての生徒が文字情報によって確認ができるため集中力が増すという効果も見られるそうです。

<卒業式での行程>

卒業式のパソコン要約筆記は、通訳作業専門のプロの方々を外注しています。しかし、手話担当は卒業生、在校生の手話部の生徒達が中心になって行われました。
 卒業式の間、舞台右手には手話部の生徒が交代で1人ずつ立ち、スクリーンに映し出される文字情報の伝達と同じ内容を手話や指文字で伝えていました。

卒業式に手話を行う生徒は、卒業生代表の答辞は手話部の3年生(卒業生)。他は全て下級生の1、2年生が取り仕切りました。2時間に渡る卒業式は、感動いっぱいの雰囲気の中幕を閉じました。

<卒業式を終えて>

手話部の生徒達には、なぜ手話部に入部したのか事前に質問してみました。
「難聴のある子と話してみたかったから。」
「なんとなく興味があったから。」
「指文字が使えるようになりたかったから。」

アンケートを取った際、これまでに何度か柏葉中学校難聴学級へ足を運ぶ私の顔を覚えてくれたのか、式終了後に手話部の生徒達は、私の顔を見るとニコリと笑い返してくれました。その表情は、2日前のリハーサルの時と違い、やり遂げた達成感と、式が無事に終わったことで安堵感に包まれたような笑顔でした。

3 インテグレーション環境からインクルージョンへ

この手話部の生徒達は、なぜ難聴を持つ生徒と手話や指文字を使うなどで、話がしたいと思うのでしょうか。それは、入学してすぐに行われる難聴理解の授業にヒントがあると思われます。

この授業で新1年生は難聴という障害を理解します。理解するだけでなく手話などに興味を持つようになる生徒も出てきます。そして、手話部に入ったり指文字を覚えていきます。中には、難聴児が所属するクラスの全員の生徒達が指文字を使える時もあったとのことです。

聴覚障害は、様々な障害の中でも理解されにくい障害であると言われています。私自身、難聴は補聴器をつければ音声が聞こえるものだと思っていました。けれども、補聴器から聞こえる音は、頭が痛くなり目を開けて入られない程、強烈な騒音の嵐でした。人の声はガチャガチャ騒がしい音の中から細く奥の方から聞こえる程度で、何を言っているのか聞き取ることは私にはできませんでした。難聴の障害を持つ人達は、常にこの環境の中で会話を聞き取っているのかと思うと心がキリキリしました。

人の耳は自分の聞きたい音を選んで聞き取る能力が優れています。テープレコーダーなどで音を録ってみると、聞き取りたい内容以外の余分な音もテープには入ってきます。補聴器をつけて聞く音というのは、この余分な音も自分の聞きたい音も全て入ってくるのです。

では、なぜ難聴と言う障害がある子どもを持つ親達は、それでもインテグレーション環境の学校に通わせようと考えるのでしょうか。聞こえる生徒達と、同様の学力をつけさせたいからです。将来的に社会に出て自立することを考えると、やはり学力は切っても切れない項目の一つです。

但し、難聴を持つ生徒達が、普通学級で学校生活を送るいうことは、常に「聞こえない」ということを思い知らされます。皆が笑っていてもなぜだかわからない。授業の内容が全くわからない。難聴を持つ生徒達はいつもひとりぼっちになりやすい環境に置かれているのです。

インテグレーション環境内の難聴の生徒達には、たくさんのバリアがあります。聴覚障害は情報が社会的障壁となります。そのバリアを大幅に軽減させるために、手話通訳とパソコン要約筆記通訳があります。パソコン要約筆記通訳では1人の通訳者は、100文字〜200文字。2人の連携打ちでは200〜400文字程度の情報保障が可能になります。400文字とは、ほぼ話された文と同様の早さで情報を保障することができます。卒業式などの式典ではパソコン要約筆記通訳は専門の人達にお願いしましたが、普段の活動や文化祭では手話部の生徒達が中心となって行います。

 これら生徒が中心となって活動するメリットは

  • 通訳する立場の生徒の能力が向上する
  • 将来のバリアフリーの担い手の育成につながる
  • セルフエスティーム(Self esteem :自己尊重)による自己肯定感が高まる
  • 難聴の生徒達の孤立を防げる

などの多くの利点が上げられます。
 「インテグレーション」という統合教育は、難聴という障害を持つ障害者と、健常者である生徒達を同じ環境の下に置き、授業、生活を共にすることで、それぞれを巻き込みながら切磋琢磨し合い成長することにより、「インクルージョン」という包括教育になり、互いに大きなメリットを生むのです。

4 まとめ

台東区立柏葉中学校でのこれらの行いは、難聴学級の生徒達の自立活動を目標としています。このような難聴者へのフォローアップ教育は、高校に進学するとほとんど期待ができません。よって、小学校、中学校で聴覚障害を持つ生徒が、勉強や学校生活についていけても、高校進学すると途端についていけなくなり、不登校を起こしてしまう場合もあります。中には、そのままドロップアウトしてしまうケースもないとは限りません。
 その時に周囲を巻き込み、自分の情報保障を進んで行えるようになって欲しいと願いを込めて、難聴学級の先生達は日々努力しています。卒業する前に先生は3年生に向けて忠告をするそうです。「高校に進学すれば今までのようなフォローは期待できない。自分の今までやって来た経験をもとに、頑張って道を切り開いて行くように」と・・・。
 社会に出れば、出会う人全てが手話や指文字ができるとは限りません。その中で、どのように自分たちが生きていくために情報を手に入れるかを考えた時、中学時代に経験したひとつひとつを思い出してくれれば嬉しいのだと、先生は話されていました。

5 編集後記

台東区立柏葉中学校は私の母校です。まだ中学校が台東区立下谷中学校という名前で、私が中学生だった頃より、ずっと以前から難聴学級はあります。難聴学級の他にも何らかの障害を持つ生徒が通う障害学級もありました。
 私は障害を持つ生徒も同じ学校に通うことに何の抵抗もなく育ってきたことを、今になって大切な経験だったと思えるようになりました。社会人となり、子どもを産み育て、親の立場になってからは一層、ハンデ持っている者もそうでない者も平等に生きられる世の中を作るべきだと強く思うようになりました。TVや新聞などのメディアからは、日々障害を持つ人の自殺や社会への不適応に関するニュースが流れています。
「同じ人間なのに。同じ日本人なのに。」と思い、心が痛くなります。
 偏見や差別をなくすためには、まずは幼い頃からの障害への理解が必要だと考えます。
 指文字を生徒達が覚えると、先生にとっては授業中の弊害もあるそうです。授業中に、生徒達は話声を出さずに指文字で余計なおしゃべりが出来てしまうからだそうです。しかし、生徒達にとっては、とても楽しいエピソードとして、心にいつまでも残るものでしょう。こうした楽しい記憶が残ると社会に出た時、障害を持つ人への差別しなくなるのではないでしょうか。学校での勉強はとても大切です。人と人とのコミュニケーション教育は、勉強と同じくらい大切なこと。グローバル化に向かうための英語教育と一緒にぜひ障害理解教育も行ってほしいと私は考えます。

(文責・編集 EDUPEDIA編集部 肥後 京子)

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この記事を書いた人

コメント

コメント一覧 (1件)

  • ずうっと14万前後の不登校が存在する。それを解消するための「ゆとり教育」は何の解決にも貢献しなかった。欧米では当時スペシャルニーズエデュケーション、SEN教育が主流であった。教師は院卒以上、個別指導のリソースルームだった。
    不適応の子どもにはかなりの部分、障害を抱えているからだ。
    私の難聴学級にも引きこもりの生徒が来た。この子達は引きこもりから脱出できた。インクルーシブ教育には未だ程遠いのが現状だ。

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