【先生インタビュー】自然体の自分にできることを、ただひたすらに

教員経験2年の小学校の先生に、学生時代とのギャップや先生とし大切にしていることなど、お話を伺いました。(H28,3月)
教師として、気負わず、あるがままを受け入れる自然体の教育観が伝わってきます。

学生時代に思っていた現場と実際のギャップはありますか?

学校現場のイメージは、教育実習と自分の子ども時代のものでしたが、特に「学校はこういう場所」というイメージが固まっていたわけではありませんでした。そのため、赴任した学校の雰囲気や子どもたちの様子が、自分がこれから過ごす学校なんだ、と思ったので、現場に入ってみて「こんなはずじゃなかった」というのは少なかったです。

ただ、ギャップか分かりませんが、本当にいろんな考え方の人がいるなと思いました。子どもだけでなく大人も。こんなにいろんな人に関われる職業はあまりないかもしれません。

クラスづくりで大切にしていることはありますか?

軸としては「子どもに自分で考える力をつけたい」と思っています。例えば、けんか。けんかが起こると、先生がお互いの言い分を聞いて、どうすればけんかが起こらないようになるのか、お互いに言葉で言わせて解決する、という方法があります。

ここで気をつけているのは、それ以降けんかがなければOK、またけんかをしてしまえば指導が足りなかった、というように単に子どもの行動だけに注目するのではなく、けんかを通して子どもが何を考えたか、を大事にすることです。単に「けんかが起こらないように指導する」のではなく、「けんかが起こったことを、子どもはどう捉え、その出来事をきっかけに何を考えることができたか」ということを先生が丁寧に受け取り、考えたことがその子の成長にどう繋がっているのか、ということに意識してクラス作りをしています。

似たような例だと、集会などで話を聞く態度です。子どもたちが行儀よく聞いている姿を見ると、「良いクラスだ。先生の指導が良いんだな」と思われますが、大切なのは目に見える姿ではなく、その子たちはなぜ行儀よく聞いているのか、を考えることだと思います。

「先生に怒られると怖いからちゃんと聞いている」という理由であれば、怖くない先生のクラスでは聞く姿勢が変わってしまうでしょう。そうではなく、「なぜその話を聞くのか」「私語や周りにちょっかいを出すことは、自分や周りにどういう影響を与えるのか」を考えさせて、自分の行動を選択させるようにしています。先生や周りに拠るのではなく、自分で考え判断して行動をしてほしいです。

ただし、ある程度の強制力で規律を保つことは必要でしょうし、子どもに任せると言うだけで、好き放題させるだけでは集団が成り立ちません。子どものわがままにならないように、深く考えさせる質問や対話の力が必要だと感じています。

また、考えるというのは目に見えないことですし、子どもの成長には時間がかかります。目に見える成果をすぐに求めるのではなく、根気強く子どもと関わるということも大切だと思います。

先生自身は、どうやって学んでいますか?

「何かを学ぼう」と思ってやっていることはありません。不勉強と言われると思いますが、自分がしたいことをしています。例えば、私は楽器が好きなので、地域の吹奏楽サークルで演奏活動をしていたり、趣味で哲学書を読んだりしています。学生時代は少林寺拳法をしていました。そのような経験を通して、また、他の先生方の実践を見聞きした時に、「これは子どもに伝えたいな」という思いが自然と湧いてきます。それを授業や子どもとの会話に取り入れながらやっていますので、自分から何かを学んでいるという感覚はありません。自分にできることを気負わずにやり、それを子どもに伝えたり授業に生かす、これが私の学びなのかなと思います。

先生として、大切にしていることはありますか?

チーム学校という言葉がありますが、学校全体で子どもを育むということが大切だと思います。担任は、自分のクラスが良くなることが最終目標ではありません。それが目標になると、例えば、他のクラスの子が廊下を走っていても知らんふりをします。そうではなく、みんなで学校をつくっていくという意識を持つことが大切だと私は思います。

小学校は多くの場合1人でクラスを任されますが、決して1人で子どもを育てているのではありません。学年団はもちろん、特別教室の設備を整える先生や登下校を見守ってくれる地域の方々など、多くの人の見えない力に支えられて学校生活を送っています。

また、言葉で「協力」といっても人それぞれ捉え方が違います。協力という意味で仕事を分担したとします。しかし、その時の状況により任された仕事をこなすことが難しい場合が出てきます。その時に、「あなたの分担なんだから責任を持ってやって下さい」と思うのか、「いま自分は少し余裕があるから手伝えることがあったら言って下さい」と言うのか、これは心の持ちようだと思います。分担という名の押し付けになってしまうと協力とは言えないでしょう。

もちろん、任された仕事に対して責任を持って取り組むことは大切ですし、初めから「きっと困ったら誰かがやってくれるだろう」と考えて仕事を適当にこなすことはあってはならないと思います。ここのバランスは難しいと思いますが、最終的にはそれが学校や子ども全体の成長や学びに繋がっているのか、という軸があれば自分のやるべきことが見えてきます。

これから先生を目指す方へメッセージをお願いします

「学生時代にこれをやっていたら役に立つ」というものはないと思います。『「こういう時には、こうすれば良い」という方法を知っていれば役に立つのでは?』と思われるかもしれませんが、その方法が効果的だった状況と、現場での状況が全く同じということはありません。その状況に至るまでの子どもの思考、先生や友だちとの関わりなど、様々なものが異なりますので、何かを知っていることが、そのまま役に立つわけではないでしょう。

大事なのは、自分の知っていることをどう役に立てられるか、を考えることだと思います。先ほども言いましたが、私は楽器が好きなので、誕生日会などで演奏したり、学期始めに少林寺拳法の演武をして見せたりします。極端な話、寝ることが好きな人がいれば、自分の好きな枕の話をしても良いと思います。それで、子どもが睡眠の大切さを感じて生活習慣が変わったならば、それはすごい教育です。

もちろん教科の専門性や指導技術は身に付ける必要があり、知らないと困ることもたくさんあります。しかし、「これを知っていれば役に立つんだ」といって知識を貯めこみ頭でっかちになるのではなく、「目の前の子どもたちに何を伝えたいのか」「自分の知識や経験をどう生かせるだろう」と考える。そのような視点も大事にしてほしいなと思います。

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