子供たち全員が参加できる学級経営~インクルーシブ教育を学ぼう~(後半)

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目次

1 はじめに

この講義録は、2016年11月5日に行われた第7回JEES(全国初等教育研究会)セミナーでの森山 徹先生の講義内容をもとに作成したものです。障害児教育を取り巻く環境、インクルーシブ教育や学級経営などについて、ワークショップを交えながら詳しくお話しくださいました。
こちらの記事は講義録後半になります。講義録前半・質疑応答については以下の記事をご覧ください。

子供たち全員が参加できる学級経営~インクルーシブ教育を学ぼう~(前半)

子供たち全員が参加できる学級経営~インクルーシブ教育を学ぼう~(質疑応答)

2 森山 徹先生 講義(後半)

■支援が必要な子とは…

いろんな先生方に「クラスに支援が必要な子ってどれくらいいますか?」って聞くと、「これくらいかな」と答える平均が2割なんです。ところが、実際の発達障害の子たちはクラスに大体5~6%しかいません。では、2割のうち、あとの4分の3はどういう子たちなのでしょうか。

発達障害の子たちに関しては、これまで「特別支援教育」を推進してくる中で、きちんと構造化すれば参加できることがある程度見えてきました。しかし、発達障害ではないけれど、脳と身体の発達が遅れていて、考える力がつかずに学びが滞っている子供たちが増えています。

〇脳の発達は2つの方向性で見る

私たちは小さな頃からいろんな体験や学びを通して脳を発達させていくんですが、実は2つの方向性で脳は育ちます。

1つは、「中から外へ」(脳幹→大脳辺縁系→大脳新皮質)

・脳幹 (魚類)
大きな音がすると瞬時に身構えるといったような「反射」の機能を担っています。
・大脳辺縁系 (爬虫類、両生類、最初の哺乳類への進化)
爬虫類が日に当たって活動を始めるように、環境の中で自分を良い状態にするための「反応」の機能を担っています。”嫌いだからやらない”といった感情で動くのも「反応」の脳です。
・大脳新皮質 (チンパンジーやゴリラのような高等霊長類への進化)
悩んだり考えたりする「対応」の機能を担っています。”嫌いだけどがんばる”というように、楽な方を選ばない、2つのことをまとめる力が「対応」です。

人間の赤ちゃんはお腹の中にいる時に既にこれらの構造を整えて表に出てきます。だけど、それぞれの担っている機能は成長と共に育っていきます。だから、学びを通して、脳の一番外側の大脳新皮質「対応」という機能をしっかりと使えるように育てていかないといけないんです。これは、いわゆる『9・10歳の壁』(具体から抽象に思考のパターンが切り替わる時期)を乗り越える元になっている力です。

もう1つは、「左と右の連携」

私たちは左右で別々の脳を持っています。

  • 左脳=思考・論理 分析的、合理的、理性、低速処理、直列処理
  • 右脳=知覚・感性 直感的、創造的、感情、高速処理、並列処理

この両方の脳がきちんと共同作業をしていないと簡単な問題で躓いてしまいます。一番わかりやすいのは給食の時間です。左手でお茶碗を持つ指令は脳の右が、右手でお箸を持つ指令は脳の左が出しているので、ご飯を口に運ぶという1つのまとまった運動になるためには、左と右が上手に連携してないといけないんです。

〇運動・行動の成長を支える感覚の力

この「中から外へ」「左右の連携」の発達を育てるためには、私たちの感覚、つまり身体を通して外の世界を頭の中に作り上げるという作業が必要になります。

  • 触覚 ⇒温度、痛み、形や大きさ。
  • 前庭覚⇒揺れや傾き、重力、スピード。
  • 固有覚⇒位置や動き、力の加減・制御。

小さな頃から移動は車だとか、ずっとテレビやタブレットを見て育った子供たちは受動的ですので、これが本当に弱い。こういった感覚や動きは、自分の身体を使って能動的に環境とアクセスすることでしか育たないんです。ただ、これは発達障害とは違います。経験が足りていないがために、脳や体が成熟できていないんです。ここは個別の対応として、きちんと見極めていく必要があります。みんな最初から違うのだから違うように、ということも大事だけど、まだ成長の過程ですから、やっぱり躓いている子には躓いているところにアプローチしてあげなきゃいけない。学校でいろんな学習を積み上げていくために、その基盤となる脳や体を作っていこうということなんです。

■多様性を活かす学級の文化

このように個別支援もしつつ多様性を活かすには、”仲良しグループ”ではなく、”チーム”を作っていくことが重要になります。そして、自分の強みを発揮できる機会を保障してあげること。これからは、ほぼ全員が同じ時間に同じことを同じやり方で学ぶ教育から、仲間と交流しながら自分のやり方を模索し、自分の強みを発見して伸ばしていける教育環境を整えましょうというものに変わっていく。個別のニーズに対応するというより、個を活かすという発想で対応していく必要があるんですね。

個を活かすという視点で学級の景色を変えると、空気が変わります。授業では、時間割や評価の工夫、体験の質の見直しを考えていきます。例えば、作文が書けないのはどういうことかっていうと、感動していないからです。書き方が分からないからじゃない。心が動かされる経験をすれば誰かに伝えたくなるはずです。ノウハウではなくて、子供が伝えたいと思うような体験を保障しているかどうかが今問われています。宿題だったら、一人ずつ違った内容のものを出して、みんなで発表しあう(ジグソー学習)。係やクラブや委員会が出来合いのものに合わないなら、その子が合うものを新しく作ればいい。それくらいの発想がないと多様性というものはうまくいかないんです。ゆくゆくは参加の方法がフレキシブルになり、不登校の子が自宅からICT経由で授業に参加する等の方法も検討されていくでしょう。多様性を活かすには、全員が参加できるための思い切った発想の転換が必要になるんです。

そのためには、キーワードは“面白がる”なんです。
  発達障害の子たちは面白い。多様性は面白い。厄介じゃないんです。

■子供たち全員が参加できる場を作るために

  1. 人と違う事に×をつけない。different[異なる]とwrong[正しくない]は違う!
  2. 全ての人に価値があることを人と人とのつながりの形で示す。
  3. 自分の限界を子供たちの成長の限界にしない。自分の不安を鎮めるために子供を管理しない。

この3つを自分の中で自己計算して、ステップアップしていくことでしか全員が参加できる風土は作れません。先生方一人ひとりが多様性を面白がる、多様性の中に自分がいるということを自覚していくことがすごく重要なポイントになってくる。要は、先生方一人ひとりが自分の人生を楽しむということが必要なんです。

発達障害の子たちの様々な不思議な姿を理解できないと敬遠するのではなく、”面白い”という視点でもう一度捉え直してみてください。こういうタイプの子たちは特殊車両ですから、一般車に変える努力は一切しないでください。特殊車両はその車が活躍する場所があります。特殊車両は特殊車両のまま大きくしていくのが「特別支援教育」なんです。この発想をしっかりと持っていったときに、どのようにすれば特殊車両が一般公道を走っていけるのか、ここを整えるのが「インクルーシブ教育」なんです。

質疑応答へ

3 講師紹介

 森山 徹(もりやま とおる)先生

むさしの発達支援センター 所長
 東京都市大学人間科学部講師
 杉並区済美教育センター学校経営アドバイザー
 杉並区特別支援教育課専門家チーム心理士

略歴)
大学卒業後、大手のスポーツクラブ運営会社へ入社管理本部勤務を経て、幼児教育事業担当マネージャーとして、幼児教室の運営、プログラム開発などに従事。退職後、横浜市教育委員会・養護教育総合センター心理判定員として就学相談・教育相談に関わる判定業務に携わる。杉並区内で八幡こども発達相談センターを開設、同代表。2004年からは、荻窪小児発達クリニック・心理教育部長。2006年から、むさしの発達支援センター所長(現職)。杉並区で障害をもつ子供たちの支援をはじめて20年以上、「障害のある人たちの自立とはどうあればいいのか」を常に問いながら支援を考え実践。

4 編集後記

脳や身体は最初から出来上がっているのではなく、成長するにつれて発達させていかなければならないということ。一見当たり前のように感じますが、子供たちにとって育っていく環境や経験、そのための教育がいかに大切であるかということを改めて考えさせられました。

(編集・文責 EDUPEDIA編集部 嶋田千尋)

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