21世紀のコンピテンシーを育成する指導・学習のあり方~OECD:Education2030から探る~ (白井俊 東京学芸大学 NGE シンポジウム)

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目次

1 はじめに

本記事は、2017年3月11日に開催された「東京学芸大学 次世代教育研究推進機構シンポジウム」での白井俊氏の講演をEDUPEDIAが編集したものです。
 講演では、OECDの「Education 2030」の取組やその背景、日本の教育をリードする学芸大学への期待が述べられました。

*次世代教育研究推進機構(NGE:Next-Generation Education project)の「日本における次世代対応型教育モデルの研究開発」プロジェクトについて

「日本・OECD共同イニシアチブ・プロジェクト『新たな教育モデル2030』」の一環として,平成27年度から平成29年度までの3年間の事業を通して,東京学芸大学,OECD,文部科学省,東京大学が連携をし,今後必要となる資質・能力を子どもたちに育むための新たな教育モデルの開発を目指して実施されている研究プロジェックトです。

詳しくはコチラ

講演者 白井俊
・OECD(経済協力開発機構)教育スキル局 アナリスト(講演当時)
※現在、文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室 室長(2017年4月~)

2 Education2030の背景

キーコンピテンシー

教育の国際事情として、1990年代から2000年にかけて大きな変化が起こりました。その要因の一つとなったのがOECDのPISA調査です。これは、1997年から先行的に始まり、異なる教育制度のもとで学んでいる子どもを対象に、単に知識を持っているだけではなく、知識をどう活用するのかといった力を測ろうとするものです。その際、調査に一定の理論的な根拠が必要ということで、DeSeCoプロジェクトを発足させ、「キーコンピテンシー」を定義しました。
*DeSeCo(Definition and Selection of Competencies:コンピテンシーの定義と選択)

それまでは知識を獲得することこそが教育の主流とみなされる傾向がありましたが、このPISA調査の影響を受けて、2000年代より世界の教育の流れが変わってきました。ニュージーランドやオーストラリア、シンガポールなどの国において、コンピテンシー育成のためにどのような教育内容、教育方法が必要なのかが考え始められたのです。

(国立教育政策研究所 「キー・コンピテンシーの生涯学習政策指標としての活用可能性に関する調査研究」より編集部が挿入 )

例えば、オーストラリアをみてみましょう。写真は同国のカリキュラムの概念図です。中心にあるのは教育のビジョンで、このような人を育成するために周りに7つのキー・コンピテンシー(同国ではGeneral Capabilitiesと呼んでいます)があります。


(ACARA:Australian Curriculum, Assessment and Reporting Authority より)

しかし、このようなスキルやコンピテンシーを重視する動きには反動もありました。というのは、スキルやコンピテンシーを重視するがあまり、知識(Knowledge)や学校で学ぶべきコンテンツが軽視される傾向が一部に生まれたことです。

スキルやコンピテンシーが大切だからと言って、例えばクリティカルシンキングの力を育もうとしても、その力をどう育てるのかコンテンツがなかったのです。知識を軽視したために、結局のところ、知識もスキルもどちらも身に付けられないという結果が一部で生まれてくるようになりました。知識とスキルは相互にあいまって高まっていくものですが、「Knowledge or Skills」と二項対立的に捉えられてしまったのです。

シンガポール:Core Values

また、知識やスキルだけでなく、「バリュー・価値」といったものがカリキュラムに明示されるようになってきました。例として、シンガポールのカリキュラムの概念図をみてみましょう。


(Ministry of Education, Singapore より)

オーストラリアで中心にあった教育のビジョン(目指す生徒像)は一番外側の白色の部分になります。内側のピンク、オレンジの部分がコンピテンシー。そして、中心にあるのが「コア・バリュー」です。
 これは、コンピテンシーをどういった価値のもとに活用するのか、という視点での概念図です。身に付けたコンピテンシーを、デモクラシーや他者への敬意や責任といった価値観に照らして活用するというのが、同国のカリキュラムの考え方です。

3 Education2030

3つの目標

① DeSeCoの再検討

AIの登場や変化の激しい現在の社会において、キーコンピテンシーの内容を見直す動きが始まっています。また、キーコンピテンシーの考え方はしっかり整理されたものですが、研究者中心に策定された理論的な性格が強いものであるため、カリキュラムなどの教育政策や先生方が行う日々の授業の中でどう活用するのかという問題があります。したがって、これから新しく作るEducation2030のフレームワークは、政策や学校現場で実際に活用されるものにしようというのが目標です。

② 共通言語をつくる

21世紀型スキルあるいは21世紀型コンピテンシーと呼ばれるものについては、EUやUNESCO、民間シンクタンクなど様々な立場からの提言があり、それぞれが似たようで異なる内容になっています。そんな中、それぞれの「スキル」「コンピテンシー」の定義はどう違うのか、またどこが同じなのか。研究者や現場など、それぞれの立場から見たらどうなのか。これまでのフレームを活かしつつ、OECDにおいて、共通言語をつくるための架け橋をかけたいと考えています。

③ バランスアプローチ

既にお話ししたとおり、知識かスキルかの二項対立で捉えるのではなく、しっかりしたコンテンツを基にしたスキルの育成が大切です。また、知的側面だけでなく価値や態度といった要素も大事にしていこう、というアプローチを取っています。

「WHAT Question」と「HOW Question」

Education 2030プロジェクトには、2つのフェーズがあります。
 フェーズ1が「WHAT Question」つまり、生徒にどのようなコンピテンシーをつければ良いのか、また、そうしたコンピテンシーを育成するためのカリキュラム開発の段階です。(2015-2018)
 フェーズ2は「HOW Question」つまり、どのような指導法や教育システムが有効なのか、といった研究です。(2019~)
 現在(2017年3月)は、フェーズ1の3年目になります。

「知識」「スキル」「態度・価値」

Education2030では、学習の枠組みを「知識」「スキル」「態度・価値」の3つの領域で考えています。これらはお互いに関連し合い高まっていくものと考えられます。また、それぞれのドメインについても、例えば、スキルにも、認知的スキルや社会的スキルなど、様々な要素が含まれているように、さらに細かく分類していく必要があります。

(OECD「Global competency for an inclusive world」より)

現在は、これらのコンピテンシーがどのような構成要素で成り立っているのかを探っている段階であり、そうした要素を特定していくための基準が、以下の4つです。

  1. Relevant:2030年の社会でも価値のあるものか。
  2. Impactful:本当に重要なのか。生徒の将来に有益なのか。
  3. Malleable:教育によって変えられるものなのか。
  4. Measurable:測定可能なのか(数量的あるいは非数量的に)。

カリキュラム・オーバーロード

カリキュラムの問題については、教育に対して社会的な需要が非常に多いことが言えます。これは日本に限らず、世界でも同じような問題を抱えています。このような状況では、先生方は授業で教える内容を消化するので精一杯です。また、生徒は内容を十分に理解しないままに教育を修了してしまう傾向があります。

そこで、カリキュラム内容を厳選して中身の深みを増やしていくというのが国際的な課題になっています。例えば、アメリカの研究者の提言ですが、教科内容において本当に理解するべきエッセンスを取り出すことの重要性が言われています。表面的・断片的な知識をただ獲得することよりも、例えば生物だと「細胞とは?」、物理だと「重力とは?」という本質的な物事に関する概念的な理解を促すということです。表面的なことより、本質的な部分を深く理解することが大切なのです。

カリキュラム・コンテンツ・マッピング

それぞれの教科、さらには学習ユニットが、スキルや態度・価値の育成という面で、異なる機能を持っているはずです。例えば、クリティカルシンキングの力を伸ばしたいと計画します。そのためには、国語、数学、理科など様々な教科が関連しているはずですが、教科あるいは学習ユニットごとの関係性の強さの違いがあるはずです。
 OECDでは、カリキュラム策定者がカリキュラムをデザインしたり、あるいは学校がカリキュラムをデザインする際に役立つように、どの教科がどのスキルあるいは態度・価値の育成に強いあるいは弱いのかということについての分析を進めています。

学習の順序

どのような順番で教えるか、というSequencingも大きな課題です。ひょっとしたら、現在のカリキュラムは最善のSequencingではないかもしれません。将来的にコンピューターで個人の学習記録が蓄積されると、どういった順番で教えるのが効果的か分かってくるでしょう。
 また、それは学習者個々人のスタイルによって個々で異なるかもしれません。将来的には、より個人化された(Personalised)カリキュラムになっていくことも考えられます。

4 学芸大学への期待と提案

目標と指導のギャップを探る

現在の学芸大学の研究は、教科横断的なスキルや態度・価値 (Attitudes and Values) の育成について、アクティブ・ラーニングの観点から体系化し、それらが教科指導を通じてどのように実践されていくのかを明らかにしようとしています。実際の授業では、カリキュラムに示された教科や目標と、実際に先生方が行った授業の効果の間にはギャップがあるかもしれません。そのギャップを探っていけば、より良いカリキュラムができるでしょう。

また、学芸大学は、日本の授業活動を体系化・モデル化し、それらをOECDを通じて国際的に発信していくことも目標にしています。その際には、研究成果を他の国の社会的・文化的コンテクストにおいても生かすことができるのか、という視点を含めて研究を進めて頂きたいと期待しています。

日本の教育の良さの国際発信

これまでにご紹介した、国際的に注目を集めているシンガポールやオーストラリアの教育の概念図を見ると、そのような考え方は日本でも前から言われているのでは、と思った方もいるかもしれません。
 日本のPISAパフォーマンスが良いのに、その教育が国際的にあまり注目されないのは、どうしてなのでしょうか。これを改善するには、3つの課題が考えられます。

3つの戦略

① 適切な訳

例えば、「Special Activities」は特別活動ですが、何がスペシャルなのでしょうか。「Integrated Study」は、総合的な学習の時間ですが、何が統合されているでしょうのか。日本の文脈では分かりますが、内容をよく知らない人にとってはこの訳では良さや特徴が伝わりません。
 例えば、総合的な学習の時間について、「Cross-Curricular Study」と訳せば、教科横断的な学習としての総合的な学習の特徴がより伝わりやすいかも知れません。

② 日本の文脈で説明する

掃除、給食、部活動など、日本の教育において重要な教育的意義を持つ活動があります。しかしながら、海外では掃除は業者に任せて生徒が掃除しない国もあります。当然、同じ掃除でも、意味合いが大きく変わってきます。

また、部活動についてもこれを単に「Extra Curricular Activities」、直訳すると「教育課程課外活動」ですが、としてしまっては、部活動への先生方や保護者の関与度、生徒への影響を考えると、とても十分に意味が伝わらないように思います。世界へ向けて発信するには、日本の文脈を踏まえて丁寧に説明する必要があります。

③ 日本の強みと弱みを認識する

日本でプログラミング教育が導入されることになったと聞きました。国内では新しい取り組みで注目されているようですが、エストニアはじめ、既に行っている国も少なくありません。日本の教育のどの部分が強みなのか、あるいは弱みなのかを再検討することで、より良い形で、世界に対して日本の教育をアピールできるでしょう。

5 最後に

震災の後にOECDとして教育面で日本にサポートできないかということで始まった「東北スクールプロジェクト」があります。この取組を通して、これからの不確定な時代を生き抜く力の重要性が高まりました。実は、Education2030は、東日本大震災に由来するものです。
 震災から6年が経った今日という日に、そのことをお伝えして講演を終わらせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 大和信治)

6 参考資料など

日本の教育の概念図


(平成27年度 文部科学白書 第4章 初等中等教育の充実より)


(教育課程企画特別部会における論点整理について(報告)の補足資料(4)より)

日本では、「思考力・表現力・判断力」が「スキル」、「学びに向かう力、人間性」が「態度・価値」に該当すると考えられます。

東京学芸大学 次世代教育研究推進機構(NGE)

NGE 平成27年度研究活動報告書

OECD 日本イノベーション教育ネットワーク

OECD:「Global competency for an inclusive world」PDF

PISA 2018 Global Competence

2030年に向けた教育の在り方に関する第2回日本・OECD政策対話(報告).pdf

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