1 はじめに
2017年11月26日(日)、東洋大学白山キャンパスにて、「エデュコレ~多様な教育の博覧会~」(一般社団法人コアプラス主催)が催されました。その特別企画として、さまざまなフィールドで活躍する、今注目の豪華ゲストによるトークセッションが二回行われました。本記事は、1回目のトークセッション「社会・世界とつながるための教育」について編集したものです。
2 登壇者紹介
【パネラー】
●林大介さん(東洋大学非常勤講師/立教大学兼任講師/シティズンシップ教育研究者)
「子どもの権利条約」との出会いから、子どもの社会参加に関する研究に携わってきた。問題意識は、「社会の担い手としての主権者を育てること」。民主主義の精神は子どものころから育む必要があるという視点から研究を続けている。
若者の政治関心を高めるために、主権者教育や政治教育を充実させようと、アメリカやスウェーデン、ドイツの模擬選挙の取り組みに学びながら、実際の選挙日に合わせた「模擬投票」の実践を行っている。また、総務省と文部科学省が共同で出版した『私たちが拓く日本の未来』という副教材の作成にも携わっている。
●坪谷ニュウエル郁子さん(東京インターナショナルスクール理事長/国際バカロレア日本大使)
重篤な障害を持つ子どもとの出会いから、「誰しもが輝くものを持っている」「それを社会のために活用できる子どもを育てるのが教育の役目だ」と感じ、教育に関わるようになった。
現在、理事長を務める東京インターナショナルスクールに通う子どもたちは、95%が日本国籍以外の国籍を持っている。そのため、どの国に在住していても継続して学ぶことができる「国際バカロレア」のプログラムを採用している。
また、「日本語で」「無償で」国際バカロレアのプログラムを受講できるようにしていくという運動を展開している。その一つに、「一般財団法人 世界で生きる教育推進支援財団」の設立がある。DPプログラム(高等学校レベル)の卒業試験には一人850ドルの費用がかかるため、この財団では、年収の厳しい家庭の個人負担額を援助する取り組みを行っている。
●鬼沢真之さん(自由の森学園理事長)
自由の森学園の理事長職を務めるかたわら、学園の位置する埼玉県飯能市の環境を活かした「林業」という選択授業で、高校生たちと共に人工林の間伐や炭焼きなどを行っている。
自由の森学園は1985年創立。現在660名ほどの生徒が在籍している。
点数序列と競争原理を排した学園の教育の特徴は、以下の三つにまとめられる。
授業を変える:暗記注入型ではなく、思考と表現の重視へ。
評価を変える:序列型評価ではなく、個々に対しての文章による評価へ。
作品主義:定期試験はなく、認識系の教科はレポート、表現型の教科は作品を提出する。
【司会進行】
●武田緑さん(一般社団法人コアプラス代表理事)
3 パネルディスカッション
(発言者 敬称略)
社会参加のカギ 本気で話せる空間づくりに向けて
武田
今回のテーマは「社会・世界とつながるための教育」ですが、そもそも、社会や世界はどういうもので、どうやってつながっていくものだとお考えでしょうか?
鬼沢
この社会に生きている以上、どのような形であれ、社会参加をしながら過ごしていると思います。
自由の森学園には生徒会がないので、自分の主張を誰かが「代弁してくれる」ことがありません。言いたいことは、自分で伝えるという環境になっています。ですから、何かおかしいと思ったら、実際に行動します。その事例を2つ紹介したいと思います。
まず、社会科でブラックバイトや労働基準法についての授業があったときのことです。自分がバイトをしているところと同じ状況だと感じた生徒が、いきなり会社を訴えてニュースになりました。普通の高校生は声を上げることはしないと思います。いい意味で世間を知らないというか、怖さを知らないというか……フッと動いてしまう行動力がありますね。
それから、生徒たちが安保法制に反対する「sing for peace」という有志団体を作り、堂々と学校名を掲げて国会前へ出かけてしまったこともあります。それに対しては、「sing for peace」と同じ意見じゃないのに勝手に活動されるのは困るという声など、内部からの批判もありました。それでも、有志という形で実際に行動に移したのは、大したものだなと思っています。
林
なぜ自由の森学園の生徒たちは、言いたいことが言えるのでしょうか。その秘訣を聞きたいです。というのは、大学生も、その多くが意見を言わないんです。間違いを言ってはいけないという空気があるみたいなのですが……。
鬼沢
自由の森学園には、異質な意見を尊重する校風と、本気なことが話せる空間があるということでしょう。いま、大学や高校の中で、政治の話を本気で話せる友達はどれくらいいるでしょうか。本校の生徒たちの中には、政治の話を本気で呼びかける層と、それに本気で応えようという層がいたため、本気なことが話せる空間ができたのだと思います。
林
鬼沢さんの話から、「本気なことを話せる空間」というのが、社会や世界とつながるためには大事なことだと思いました。例えば選挙で争点になっている話題を自由に話せる場を提供することで、「彼は北方領土について詳しいんだ」とか、友達の意外な一面が知れる機会になりますよね。
海外の模擬選挙などの現場を視察すると気づくのは、海外の子どもたちが特別、社会や世の中の動きに詳しいわけではないということです。ただ違うのは、挙手せずにどんどん、自分の意見を言うことができ、それを認め合える空間があるということ。日本の場合は、「顔色をうかがいながら発言する」「正解しか言ってはいけない空気」などがあります。うまくその空気を払拭していく必要があると思います。
武田
たしかに、ポイントは「自分」だと感じます。「自分」のことも分かっていないのに、手触りのない「社会」を自分事として捉えるのは難しいですよね。私は何が好きなのかとか、私はこれが好き・これが嫌など、自分のニーズをキャッチしたり、キャッチしたものを人に伝えるということが基盤として必要だと思います。
自由の森学園では、先生方は自分たちの裁量が大きく、授業のスタイルや扱っている内容はさまざまですよね。教師の人たちが大事にしていることは何ですか?
鬼沢
生徒たちが議論をする授業空間を、実際にプロデュースしているのは教師です。教師がどのような視点を持ち、言葉がけをしているかが、学校文化を作る上できわめて重要です。教師のありよう・価値観がカギだと思っています。教師が、「こういう教育をしたい!」という思いを持って教壇に立っているかですね。「教科書に書かれているから教えている」といった受動的な発想ではなく、これこそが社会に生きていく上で必要なのだと感じたものを提供できているか。生徒たちが自分の意見を発表するときに、「相手の意見を否定する発言をしていないか」などを考えながらサポートできているかどうか。これが大事だと思います。
社会・世界とつながる第一歩 トピックとコンセプトの理解
坪谷
私たちは、さまざまな社会に属しています。一番小さな単位では、家族という社会から始まりますね。みなさんが住んでいる「町」という社会もあれば、「日本」「世界」という大きな社会もあります。
課題解決は、単位の大きな社会で行うほど素晴らしく見えます。しかし、大きな社会での課題の解決方法は、家族という小さな社会の中の問題を解決する方法と同じなのです。課題解決をするためには、まず自分ができることを誠実に、一つずつこなしていけることが大切だろうと思います。
社会の単位の大小にかかわらず、課題の解決方法は同じであるということを、「コンセプト」と「トピック」という言葉を用いて説明していきたいと思います。
「トピック」は、プロジェクト学習でよく使われます。「自分の学校の魅力を世界に発信しよう」といったトピックについて、子どもたちが一年間学習していくのがプロジェクト学習です。
では、「コンセプト(概念)」とはいったい何なのでしょうか。コンセプトは、時間軸・地理軸を超えた普遍的な真理のことです。具体的にどういうものがコンセプトなのか、一つ例を挙げます。
「絶滅動物について探究しよう」—これはトピックです。
この上に位置する概念は何でしょうか。例えば、「すべての事象には、対立したニーズがある」などがそれにあたります。
密猟者には彼らなりのニーズがあり、動物愛護団体には彼らなりのニーズがあります。この概念は、「絶滅動物」に関するもの以外にも通底しています。例えば「なぜディスカッションできないのか」というトピックには、「積極的に意見を言いたい子のニーズ」と、「意見を言いたくない子のニーズ」の対立があります。
全てのものには、対立した側面があると考えられるのです。
例えば「自分の学校の魅力を世界に発信する」というプロジェクト学習はトピックです。その上に存在するコンセプトは、「広告は、人々の選択肢に影響を与える」などが考えられます。どのような広告でも地理軸、時間軸に関わらず人々の選択肢に影響を与えると言えますね。他にも「宣伝は、伝える対象によって形式が異なる」など、いろいろ考えられます。
普遍の真理である概念を打ち立てた上で、下のトピックを立てることが大切です。そして、子どもたちがコンセプトの理解まで学習を深めることができるかどうかが重要だと思います。
武田
概念を先に打ち立ててから、トピックの選択をするという認識で合っていますか?
坪谷
そうです。トピックは一つでなくても構いません。先ほど例に挙げたような「広告は人々の選択肢に影響を与える」というコンセプトの下に、トピックを作ります。そのトピックは「自分の学校を世界に発信する」でも、「効果的な広告の要素を考える」でも良いのです。
武田
いま坪谷さんがおっしゃったことは、「社会や世界とつながる」ことと、どのようにつながるお話なのか、もう少し端的に教えていただいてもいいですか?
坪谷
先ほど申し上げましたように、私たちはさまざまな社会に属し、さまざまな世界とつながっています。社会の大小はあれども、家族でも日本でも世界でも、課題発見や課題解決の方法は同じということをお伝えしたと思います。私たちはいろいろな社会に属していて、そこに通底するコンセプトは同じなので、コンセプトを理解することは、「社会や世界とつながる」ことと直結しているのです。
社会・世界とつながる教育のために~最後に一言~
武田
最後に一人ずつ、伝え切れなかったことをお話いただければと思います。
林
子どもが参加する条例づくりのイベントがあるのですが、そこには別々の学校に通う子どもたちが集まって来ていて、いろいろな意見を言える環境があります。子どもたちからは、「自分の意見を言えてすごく楽だった」「そういう意見もあるのかと新鮮だった」といった感想が出ていました。条例ができたことよりも、「自分の意見を言える」「異なる意見に出会えた」ということが、子どもたちの学び・成長になっているようでした。
個性が大事だと言われながらも、ちゃんと受け止めてもらえなかったり、否定されてしまう環境が、すごく嫌だなと感じる子どもが多いです。そのような環境を改善するために、子どもたちが「自分は自分なんだ」という自信を持つことと、「みんな違う」ことを認め合うことからスタートすることが大切ですよね。そういう場を、学校・家庭・地域で保障し、安心して生きていける場を作っていきたいと私は思っています。
坪谷
32年間、子どもたちを見てきたなかで、確実に言えることが1つだけあります。子どもたちは、私たち全員の未来です。教育には、子どもたちを変える力があります。つまり教育には、未来を変える力があるということです。そんな教育にかかわることができるというのは、たいへん嬉しいことです。ですから、私たち教育にかかわる人が、同じ志をもって、一緒に手を組んで歩んでいく。今日この場に呼んでいただき、たくさんの方々とつながることができました。「よりよい未来をつくっていきたい」という気持ちが10倍にも100倍にも広がっていくことを願っております。
鬼沢
意見の異なる人と一緒に過ごすのは怖いですよね。批判されるのは嫌だなと思うのが普通です。しかしこれからの日本は、同じ価値観を持つ人たちだけでは生きていけない社会になっていきます。だからこそ、多様な人たちと子どもたちを出会わせて、自信をつけさせてあげることが大事で、学校はそういう役割を持っているんだろうと思います。
また、日本の子どもたちは自己肯定感が低いという事実は、どのデータを見ても明らかで、自信がないというのがこれほど際立っている国は少ないです。その改善のためには、子どもたちの自己評価を高めていくことが必要です。自由の森学園では、数値的な評価のような競争的序列をなるべく排除しているのですが、一方で授業に対する自己評価を書かせています。もちろんはじめは独りよがりであることもありますが、他者からの評価の前に、あなた自身はどのように考えたのか?どのような手ごたえ・やりがいを感じているのか?ということを聞くのが大事だと思います。
武田
みなさんありがとうございました。「社会」や「世界」は大げさで遠いものという感じがしますが、まずは自分がどうありたいのか、どう生きたいのか、どう表現したいのか、どういう関係を人と結びたいのか、という「わたし」からスタートすることで、社会や世界が自分事になっていくのではないかと思いました。
4 編集後記
「自分」について深く考え、目の前の課題をひとつずつ解決していく、というアタリマエのことが、実は社会・世界を自分事として捉える第一歩であることが掴めたトークセッションでした。しかし、私自身のこれまでを振り返ってみると、自分と向き合い・目の前の課題を解決していくよりも、他者のことを気にかけ・より大きな課題をクリアしていこうと躍起になっていたように思いました。子どもたちに、「自分と向き合い」「本気で意見を言い合い」「目の前の課題を解決していく」空間を提供できるよう、まずはわたしたち大人が実践していかなければなりません。
(文責:EDUPEDIA編集部 山田駿亮)
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