『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』辞書はこわくない!~辞書編集の現場から~

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目次

1 はじめに

本記事は、2018年11月に小学館から改訂発売の『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』の担当編集者、大野美和さんへのインタビューを記事化したものです。

辞書への向き合い方や、語彙学習の考え方など、普段あまり知ることができない、編集者ならではの視点からお話しいただきました。

『小一教育技術』~『小六教育技術』12月号にもインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。
教育技術.net

(2018年9月26日取材)

2 インタビュー

○『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』について

——幼児でも使える辞書として工夫したことはありますか?

簡単そうで、親しみやすい顔を作れるかどうか、ということに注力しました。今回の『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』は、『はじめての国語辞典 学習国語新辞典』を元にしています。『はじめての国語辞典 学習国語新辞典』も十分しっかりと作ってありますが、少し古いという問題点がありました。ページは二色刷りで、書体は、例えば「こ」という文字は、上と下のパーツがつながっている「くっつきの書体」と言われるものを使用しているのです。昔は良く使われていたものも、今は変わってきていることが多いので、『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』では、今の時代に則したものに変えたいというのがありました。


(↑「くっつきの書体」の例)

例えば、近年のお子さんが使用している教科書は、四色刷りになってきているので、辞書も四色刷りにしています。また見出しの書体は、ドラえもんとの相性や、この辞書の対象年齢を考え選びました。
 丸ツデイのウルトラという、今ある書体の中で最も太く、やさしい印象がするものを選んでいます。「き」「こ」「さ」などは独自でくっついている部分を分けた文字を作り、見やすくしています。その下の漢字表記は教科書体でとめはねがしっかりと分かるようにしました。また、説明の書体を細くして、より見出しの文字が浮き上がるようにデザインしてあります。青い色を見出しに使っているのも浮き上がりつつ、探しやすくするためです。

明朝かゴシック体以外は辞書に使われていなかったのですが、丸みを帯びたこの書体は「簡単そう」という印象に見えるので、心理的な負担を減らしたいと思い選びました。

その他、小さいお子さんが初めて辞書を使うときに特有の問題にも対応できるようにしました。子どもは絵本を読んで育ってきているため、辞書を買い与えても、いきなり文字が多いものに対応できないまま、言葉をうまく調べられず、しまい込んでしまっている、という問題がありました。そこで、「調べたいものにたどり着けなくても良いのではないか」、という発想のもと、お子さんが辞書を開いたときに、調べたいものにたどり着けなくても、「何か楽しいな」と目を止め、その記憶が残るものになるように編集しました。


(↑「九九」のページ)

——この辞書ならではの特徴は?

1つ目に、タイトルや奥付まで、すべての漢字にふりがなを振ってある点です。子どもは読めない文字があると、その文字は記号としか認識できず、読まなくなってしまうので、できるだけ全ての文字を読めるように、ルビを振りました。

2つ目に、ページに空間を多く作っている点です。辞書は、情報量を増やすため、空間を作らないようにするのが一般的ですが、逆にページに空間が少なく文字で埋め尽くされた状態だと、文字が子どもにとって負担になってしまい、辞書自体を拒絶してしまうと考えたからです。

3つ目は、イラストを多く入れている点です。最初は調べるところのあいうえお索引のところに大きなイラストを入れることに、各方面から批判もあったのですが、実際に子どもたちにアンケートを取ったところ、大多数の子どもが、イラストが小さいデザインではなく、大きなものを選びました。場合によっては、大人が与えたいものと子どもがほしいものは違うようです。そのため最終的には、初めは勉強に対して気が散るものでもいいから、子どもの興味を引くということ、ハードルを低くして辞書って楽しいと刷り込みをしてあげることが大事だと思い、あえてごちゃごちゃしたデザインにしました。

○辞書の使い方について

——辞書の切り替えの時期の目安は?

この辞書は本来、小学校2年生くらいまでを対象にしています。しかし、辞書の切り替えのタイミングは子どもごとに違います。そこで今回、利用している子ども自身が辞書を切り替える目安としやすいように、辞書に、「調べたときに辞書に掲載されていなかった言葉を書くリスト」を付けました。このリストがいっぱいになったときに、この辞書よりも収録語数が多い辞書を見に行き、その言葉があるか、説明がわかりやすいか、知りたいことがあったか、つまりその辞書がその子にあっているか確認をした上で、この辞書を卒業していけば丁度良いと考えています。

親は何度も買い替えることを嫌がるので、6年間使えるものを買い揃えがちです。もちろんそれで合う子もいるのですが、1年生と6年生にする説明の仕方や内容の深さには、やはり違いがあります。その子に適したものを適したタイミングで与えると、その子は使いやすいと思ってくれるはずです。辞書が合っているかという判断はとても難しいので、その目安を可視化してあげることがこのようなリストで可能になると考えています。

(↑「なかったことば一覧」のページ)

——辞書を使用する際には使い方を学ぶ必要があると思うのですが、この辞書ではどのように学ぶのでしょうか?

辞書の使い方は、学ばなくても良いと思っています。辞書を開いてくれたらそれでいい。机の上に置いて、暇な時に、「辞書には面白いものがいっぱい書いてあるんだ」と思って眺めて欲しいです。そうしているうちに、「あお」という言葉は「あいうえお」のここにある、というように意識してなくても言葉の場所を覚えていきやすいように作っています。そのため、一般的な辞書では、辞書の使い方は何ページも細かく書いていますが、『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』では見開きだけです。親御さんも、子どもと一緒に辞書をひく時間がないのが現状ですので、使い方を知らなくても使えることを目指しました。


(↑「この辞典の使い方」のページ)

具体的には、『はじめての国語辞典 学習国語新辞典』などで言葉の説明のために使っている「筆順」「熟語」という表記は使わず、色や“「」”や“→”などのデザインに変えて、認識しやすいようにしています。「筆順」「熟語」という難しい言葉を、子どもは読めません。子どもが読めないということは、子どもにとってはその知識が存在しないということです。大人の目線で、大人にとって分かりやすいもの作るのではなく、駅のトイレの地面を赤色と青色で分けるデザインのように、誰もが視覚的に分かりやすいデザインを考えました。子育てに悩める一親の発想ですね(笑)。

——学校だと「わからないから調べる」という一問一答の使い方が多いですが、この辞書は「言葉が広がる」という使い方があるように思います。

そうですね。トップダウンではなくボトムアップの辞書です。パラパラってみて、なるほどなるほどって楽しめる。

例えば、月のページに「夕月夜」「おぼろ月夜」「星月夜」とかまとめてのせると見るじゃないですか。「誕生石」も生きていく上で必要はないけれど、カラフルで見ていて楽しいですよね。「電話」のページには、110番など困ったときの番号がまとめてあります。熱中症の時にどうすれば良いかについても、環境庁に聞いて載せてあります。「醤油さし」という言葉もありますが、これはアンケートから、辞書を使う場所はリビングが多いと分かったので、リビングにあるような身の回りのものを辞書で調べられるように、言葉を選びました。また、「犯人と容疑者、被告人の違いは?」といったことも載せています。これはお客様が、「容疑者」という言葉を調べていたことが分かったからです。テレビを観ることで知った言葉なのでしょう。

このように、生活から生まれる疑問にも、辞書を通じて答えられるような工夫もしています。


(↑「誕生石」のページ)


(↑「月」のページ)


(↑「熱中症」のページ)


(↑「犯人」「容疑者」「被告人」の違い)

——学校では辞書は小学3年生から習いますが、幼児から使うメリットはありますか?

「知ることは楽しい」と感じてくれると思います。勉強とは、押し付けられるものではなく、過去の色々な人たちの発見の喜びや知る楽しさにふれることだと思っています。辞書を通じて知る楽しさを体感してもらいたいです。


(↑「すし」のページ)

○辞書を編集するにあたって

——収録語を決める際に意識、参考にしていることは?

1点目に、国語の教科書をチェックして入れています。2点目に、お客様が調べたけれど掲載されていなかった言葉、一番初めに調べた言葉リストをアンケートでいただいたものを参考にしています。このアンケートによって、お客様がどういったタイミングで、どういう言葉を調べているのかが分かるので、それに関連した言葉を補強するようにしています。例えば、「柴刈り」という言葉であったら、昔話を読んでいて出てきたのだな、といった具合です。3点目にパソコン用語などの新しい言葉です。しかし実際は、子ども用の辞書には新しい言葉をあまり入れません。大人には流行語が次から次へ出てくる傾向にありますが、子どもが使う言葉には流行語があまりないからです。ベーシックな言語が中心で、新語があまり出てこない傾向にあります。

『はじめての国語辞典 学習国語新辞典』を参考に『ドラえもん はじめての国語辞典 第2版』を作る際には、子どもが使わない難しい熟語や調べなさそうな言葉を、今の時代に必要な言葉と2000語程度入れ替えました。お客様が調べたい、調べそうなタイミングなどのニーズを汲み取り、言葉を入れ替えていることは大きな特徴です。子どもに目線を合わせて、図鑑を見るときのように、発見をする楽しさを知ってほしいと考えています。

——語彙教育について課題を感じることはありますか?

母親の目線として、学校や先生に全部任せることは申し訳なく思います。言葉や生まれた環境に違いがある多様な子どもを、先生だけが面倒を見ることはとても大変ですよね。親自身の姿勢が大切なんでしょうね。子どもは親の姿を良く見ているので、親が学ぶ楽しさを知っていることが一番だと思います。

ただ、親が子どもと一緒に辞書を引く必要はなく、親自身が辞書を進んで使ったり、図鑑をみていたり、知ることを楽しんでいる姿を子どもに見せること。その姿を見て、子どもが「知るって楽しい」「辞書は楽しいものなんだ」と思うのではないでしょうか。

3 著書紹介

[ドラえもん はじめての国語辞典 第2版 | 小学館]
小学館 書籍紹介ページ

〈 編集者からのおすすめ情報 〉

「うまれてはじめて辞典を使う」ことを念頭に、たくさんの工夫を盛り込みました。
●「つかいかた」を見なくても使えるよう、「例」「対語」などの表示を取り払い、見れば理解できる簡単な記号にしました。
●視認性が良い書体を採用しています。
●五十音を全ページに掲載。
●ページに文字を詰め込みすぎないようにしています。
●ちょうどいい厚さと大きさで、小さな手でめくりやすい紙を採用するなど、細部にも徹底的にこだわりました。

4 編集後記

辞書は引き方を学んではじめて使えるようになるものだ、と考えていた私にとって、「眺めているうちに使い方を覚える」という発想は衝撃的でした。早い段階で辞書に親しみを感じ、そこから学ぶ楽しさを知ることは、様々な分野における知的好奇心も刺激するきっかけになるだろうと感じました。

5 関連ページ

教育技術.net

『小一教育技術』~『小六教育技術』12月号に掲載のインタビュー記事も合わせてご覧ください。

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【教育技術×EDUPEDIAコラボ】スペシャルインタビュー

第1回からのインタビューまとめページはコチラ

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