1 はじめに
本記事は、2020年9月5日に行った弘前大学教育学部専任講師の蒔田純先生へのオンラインインタビューを編集、記事化したものです。蒔田先生は昨年から小学生などを対象に主権者教育の出前授業を行っていらっしゃいます。数々のメディアでも取り上げられているアニメ動画を使った授業や現在の公民科教育についてお話ししていただきました。
2 小学校から主権者教育を始める意義
なぜ小学生を対象に出前授業を行おうとお考えになったのですか?
2015年に公職選挙法が改正され、選挙権年齢が18歳に引き下げられました。そのことを受け、主権者教育という政治との関わり方を教える教育は浸透してきています。しかし、そのような教育が行われる場は中高、特に高校が中心です。例えば「議院内閣制とは何か」「小選挙区制はどのようなものか」といった知識を教えるだけであれば、18歳間際である高校生になってからでも問題ないと思います。一方、まず自分の意見を明確に主張し、相手の意見をしっかりと聞いて、対立するところや矛盾するところがあれば上手く落としどころをつけるという議論をする習慣は、一朝一夕に身につくものではありません。高校生になってから身につけようとするのでは遅いのです。したがって、物心がつき他者とのコミュニケーションの仕方が確立してくる小学生という段階から、そういった訓練を徐々にしていくべきなのではないかと思ったのが、小学生対象の出前授業を始めたきっかけです。
3 小学校での出前授業
授業で行う模擬選挙の流れを教えてください。
まずは選挙のお話
学習指導要領が変わったことで、6年生の社会科では、公民が一番はじめに扱われることになりました。よって、6年生の授業であれば、ある程度選挙や政治が分かっている前提で行います。一方、3〜4年生の授業では、「そもそも政治とは何か?」「選挙とは何か?」を説明することから始めます。選挙というと偉い人を選ぶことだと思っている子どもが多いですが、そうとは限らないことを教えます。例えば「明日給食でなんでも好きなものが食べられるとしたらなにがいい?」と子どもたちに聞いていくと皆違うわけです。そこで「話し合いで決まればいいけど、決まらなかったときどうする? そういうときも実は選挙って使えるんだよ」と言って、投票で一位になったものが皆の意見が集約されたものになるということ、選挙とは私たちの生活の身近にあるものであることを強調します。このように分かりやすい例を使って選挙について説明していきます。
動画前半を見てみよう
次に、アニメの前半部分を見てもらいます。ポリポリ村という村のお金の使い方をめぐって住民たちの間で意見の対立が起こるという内容です。橋を作るべきか、あるいはポリポリ祭りという皆が楽しみにしているお祭りをやるべきか、住民たちが意見を言い合いますが、決まらないので村長選挙で決めようとなり、橋を作るべきというキャンディさんとお祭りを残すべきというデイトさんの二人が候補者として手を挙げます。
醍醐味である議論の時間
そこで動画を止めて子どもたちにどちらの候補者に投票するかを話し合ってもらいます。この議論の時間をかなり多くとります。私のいる青森県では「ねぶた祭り」という地域を代表するお祭りに、日本中から人が集まります。県内の小学校であれば「ねぶた祭りがなくなったらどう思う? 地域にどんな影響がある?」といった具体的な投げかけをしてみると盛り上がりますし、お祭りは人々を楽しませるだけでなく、地域の経済のために必要なものでもあると教えることで、ますます議論が深まっていきます。ある程度話し合いをしたところで何人かに意見を発表してもらい、「あっちの人はこう言っているけど君はどう思う?」とさらに質問して全体での議論を繰り返していきます。
いざ投票、そして動画後半
その後「いよいよ皆さん自身の意見を決めてもらわなければいけません」と投票に移ります。投票用紙に候補者の名前を書き、教室の前に設置した投票箱に入れてもらうようにしています。よりリアルな選挙に近づけるために、自治体の選挙管理委員会から記載台、投票箱、投票用紙を借りてきて本当の選挙のように行ったこともあります。そして、その場で開票して勝った方に対応するアニメ後半部分(キャンディさんが勝った場合とデイトさんが勝った場合の2パターンが用意されている)を見せます。選挙結果どおり、村の予算は橋の建設またはお祭りの開催に使われますが、選挙に行かなかった村人、アブどんは後々そのことを後悔し次の村長選挙には自分が立候補すると決意してアニメは終わります。
発言が苦手な子どももいるかと思いますが、どのようにして発言しやすい雰囲気を作っていますか?
特に小学校だと弁が立つ子どもや元気のよい子どもがいて、その子の発言によって全体の雰囲気がそちらに流れてしまうということは往々にしてあります。そこで少し議論が偏りがちになっていたら、反対の意見を投げかけるなど私が議論のバランスをとります。一方で、議論のコーディネーター役が深入りしすぎるのも問題だと感じています。そのさじ加減は自分自身の中でもまだ答えが見つかっていないので、これからもブラッシュアップが必要だと思っています。
周りに合わせるのではなく、自ら考えて投票する重要性をどのように伝えていますか?
青森の子どもたちに対してねぶた祭りの話を引き合いに出すのもそうですが、議論の時点で自分自身の生活と結び付けて考えてもらうようにしています。また、子どもは発言することによって自分の意見に責任を感じますし、他の意見を取り入れようと思えたり、自らの意見により自信をもったりすることもあります。そのため模擬投票をする前段階の議論を大切にしています。そして投票の際は、他の人の意見を大いに参考にしてほしいけれど、最終的には意見を決めるのは自分自身であること、自分がどう思うかが大切であることを伝えます。また、投票用紙に記入する際は、なるべく他の人には見せず、用紙を二つに折って投票するように、またどちらを書いたのか声に出して言わないようにと指示します。
投票した候補者が落選してしまった子どもたちに対してはどのような声かけをしていますか?
たとえばキャンディさんが勝ったとすると、デイトさんに投票した人には、悔しいけれど選挙の結果は受け入れなければならないということを伝えます。なぜなら、選挙で村長を決めるということ自体は最初に皆で合意して決めたことだからです。しかし、負けた方もこれで終わりではなくて、その後キャンディさんが村の運営をしていく中で、デイトさん側の意見をどのように反映させていくかを考えることができます。むしろ、この選挙を皆で村を作る始まりと捉えてほしいと毎回伝えています。
4 中高大での取組み
中学生や高校生、大学生にはどのような授業を行っていますか?
中学生や高校生を対象に授業を行うときは、グループごとに政党を作ります。お金の上限を示した上で、どのような政策を作るか議論し発表してもらうのです。どの政党のどの政策がよいかを実際に教室で投票し、当選政党を決めます。
大学の授業では、投票率を上げる方法について考えてもらいます。まず「なぜ、若者は投票に行かないのか?」を考え、それを踏まえて「どうすれば若者に投票に行ってもらえるようになるのか?」という具体的な政策を出します。ここでも、それぞれが考えた政策を発表し、投票を行います。そして、最も票を集めた政策を立ち会っていただいた選挙管理委員会の方に提言します。
授業の中で何か気を付けていることありますか?
政治は手が届かないものと思われがちですが、参加者の年齢にかかわらず、政治がいかに日常生活と密接しているかということに気づいてもらうことを大切にしています。そのために、生徒が興味をもちそうな海外の少し変わった政策を授業で紹介することもあります。例えば、ハンガリーのポテトチップス税や、フランスの死んだ人と結婚することができる制度など、このような政策は一見変わっていますが、その裏には政策立案者の意図するものがあり、さらにその裏には社会のニーズというものが存在することを教えます。人々が何に困り、何を求めているのか、またそれに対してどのような政策を打ち出すことができるのかということを伝えた上で、実際に自分たちで考えてもらいます。
投票率向上のための政策を考える授業でも、既存の政策を紹介してみたり、日本では考えられないような海外の政策を紹介してみたりします。例えば、ベルギーでは投票を義務化したり、イギリスではお洒落なカフェで投票所を設置してみたり、EU選挙ではコンサートホールのステージ上に投票所があったり……。分かりやすい例をはじめに紹介することで、政治に親近感をもってもらうことを重視しています。
5 公民科教育の問題点
主権者教育の視点から、現在の社会科教育や公民科教育にはどのような問題点がありますか?
既存の公民教育は、現実に目を向けない知識ベースの座学となっている点が問題だと考えます。もちろん、公民教育では最低限の知識を教える必要があります。しかし、教え方として、いかに現実の政治に即した形で行うかが重要です。例えば、日本の政党が具体的にどのように離合集散してきたか、現在の政党がどのような政策を出しているかを知識として教えるべきです。けれども、現在の公民科教育では、政治的に中立を保つためにこれらを教えることを避けています。客観性を担保する工夫をしながら、現在の政党の理念や政策も教える努力をする必要があると私は考えています。そのような現実に即した知識をベースにした上で、主権者教育と既存の公民教育との連携が必要となってきます。
客観性を担保するためにはできることは何でしょうか?
全ての政党について言及することが基本です。報道でも政権政党(2020年現在でいう自民党)ばかりが注目されがちですが、一つの政党に偏らず満遍なく情報を伝えていく必要があると思います。また、先生が全てを教えるのではなく、子どもに調べさせる作業も大切だと思います。例えば、具体的な政策が掲載されているサイトを子どもに伝え、自分たちで調べてもらうということもできるでしょう。一次資料である各政党、各候補者のホームページにアクセスしてもらうことを基本とすることで、偏りなく各政党の政策について学ぶことができます。自分で調べるとなると、一次資料ではなくまとめサイトから情報を取得してしまう子どもも多いと思います。メディアリテラシー、ネットリテラシーを高める教育を徹底させることも大切です。
6 現場の先生方へ
小中高の現場の先生方へひとことお願いします。
政治というと、子どもたちだけでなく現場の先生にとっても、手の届かないものと思われていることが多いかもしれませんが、先生自身が身近なものであるということを理解し、子どもたちに伝えてほしいと思います。そして、子どもたちが社会に出てから実際にするであろうことを授業の中で体験できると良いです。例えば、小さい頃に親に連れられて投票に行った子どもは、大人になってからも自ら投票する確率が上がるという統計があります。このように、学校が何となくでも実際に体験できる場を提供することが大切だと思っています。普段の何気ない生活、何気ない気づきが政治の出発点となっています。政治に対して声を届けることは、私たち自身の社会を変えることになるのです。このことを現場の先生自身が認識することによって、主権者教育のあり方も変わってくるのではないかと思います。
7 プロフィール
1977年、石川県生まれ。弘前大学教育学部専任講師。政策研究大学院大学博士課程政策プロフェッショナル・プログラム修了。博士(政策研究)。衆議院議員政策担当秘書、総務大臣秘書官、新経済連盟スタッフ等を経て、2018年4月より現職。著書に『政治をいかに教えるか 知識と行動をつなぐ主権者教育』、『立法補佐機関の制度と機能 各国比較と日本の実証分析』
出前授業のお申込み、お問い合わせは、下記までお願いします。全国どこでも対応可能です。
メール: jun.makita.jun@gmail.com
電話: 0172-39-3350(不在の場合、まずはメールにてご一報ください)
(2020年9月5日時点のものです)
8 著書紹介
〇政治をいかに教えるか—知識と行動をつなぐ主権者教育(弘前大学出版会, 2019年)
9 編集後記
子どもたちに政治をいかに身近に感じてもらうか、学校現場でも様々な工夫ができるのだということを実感しました。また、投票自体よりも議論に重きをおく授業こそが、主権者教育として模擬投票のあるべき姿なのではないかと考えさせられました。現在(2020年9月)、新型コロナウイルスの影響で、蒔田先生は対面での出前授業ができていないとのことですが、7月にはオンラインで実施したそうです。ご興味をお持ちの学校関係者様は上記の連絡先からぜひお問い合わせください。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 永井)
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