教育現場で戦争を伝える難しさ ~風化する太平洋戦争

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風化する太平洋戦争

太平洋戦争終戦80年に向かっています(これは2022年8月12日現在の記事です)。ロシアのウクライナ侵攻や台湾をめぐる米中の緊張など、第3次世界大戦の引き金になりかねない事態が持ち上がってきており、悪い予感が当たらないことを祈るばかりです。

そんな気持ちと裏腹に、街もテレビものんきです。職場も毎日あわただしいというものの、教員にはまだ笑える余力があります。教室では子供たちが自由な日々を謳歌しています。笑い声が響いています。帰りには遊びのお約束(どうやらネットゲームをするみたい)。全体として、私の周囲は平和な雰囲気です。

終戦の日が近づいてきても、戦争について思いをはせるという機会は減ってきているように思います。毎日が死と隣り合わせであった戦時下の緊迫感を思い描くことは、子供たちにもの親の世代にとっても、どんどん難しくなってきていることでしょう。

終戦の日が何月何日であるのか、答えられない人が増えているという報道もよく見かけます。TV情報からネット情報に情報源が移り変わってゆき、「うちは新聞取ってない」という子供も年々増えてゆきます。見たい情報しか見ないで育ってゆく子供たちは、どこで戦争に関連する情報に触れる機会があるのでしょうか。

Wikipediaによると映画「火垂の墓」が1989年以来、終戦の日前後にほぼ2年間隔でTV放映されていたのが、2018年以降は放送されていません。

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小学生世代の祖父母は既に団塊の世代以降が中心になっており、戦争の話を戦中派に聞いてみさせるという課題を出すのも難しくなってきています。

教育現場にもミレニアム世代(2000年生まれ)の教員が赴任するようになってきており、今後、さらに伝承は難しくなっていくことと思われます。

大人がそんなであるから、子供はなおさら戦争を知る由がありません。3年生(2021年度)に「昔、外国と戦争をしていたのだけれど、どこと戦ったと思う?」「どっちが勝ったと思う?」「原子爆弾はどこに落ちたの?」と聞いてみても、きょとんとして誰も答えられませんでした。

誰かが教えなければ

小学校では3年生社会で市の歴史を学習する機会があり、そこで太平洋戦争について学ぶ機会があります。6年生の社会で歴史を学ぶ機会があります。また、国語の光村図書教科書には、3年「ちいちゃんのかげおくり」4年「一つの花」6年「平和のとりでを築く」で戦争関連教材が組み込まれています。また、総合的な学習の時間に戦争に関する学びを取り入れたり、平和教育や国際教育を行ったりすることも可能です。

いずれにせよ、学校・教師の裁量によって教え方や時間の取り方は随分違ってきます。「戦争に関することをちゃんと教えないといけない」と思っている教員は多いと思います。しかし、教員によって掲げているテーマ、抱えているテーマが違います。みんながみんな、戦争関連の授業や平和教育を中心テーマにして取り組んでいるわけではありません。○○教育が多すぎ、どれもこれもを全力でやりきる時間はとてもありません。
教員の多忙については下記リンクをご参照ください。

「学校の多忙化」の改善(業務改善)1 ~「残業の見える化」から始める

多忙な業務の中でそれぞれが優先順位をつけて業務に当たるという姿勢にならざるを得ないのです。

また、太平洋戦争も第二次世界大戦も、規模が大きすぎて、教員レベルの知識ではその全体像をつかむのが難しいです。6年生で歴史を教える際にも、自分の知識が浅いことを痛感します。

平成生まれの後輩教員に「太平洋戦争と第二次世界大戦って何が違うのですか」と、質問されたことがあります。「わかってないなぁ」と思いながら、「1941年の真珠湾攻撃で始まるのが太平洋戦争で、第二次世界大戦はその前にドイツがポーランドを侵攻してはじまったもの。太平洋戦争は第二次世界大戦の一部。」と答えました。・・・「1939年」というポーランド侵攻の年号に確信が持てず、省いてごまかしました。自分もわかっていません。「50歩100歩」です。

また、第二次世界大戦の全体の死者数・日本人の死者数(戦死も餓死も空襲による死も・・・)・原爆投下による死者数等をざっくりでも言えるのかというと、記憶が怪しく、「とてもたくさん」「●万人ぐらいかなあ」という答え方になってしまいます。自分に対してとても残念な気分です。

他にも、小学校教員は、子供たちが卒業以降にどのような歴史教育を受けるのかというところまでは、関知できません。2022年から高等学校で「歴史総合」とやらが始まるそうなのですが、正直なところごくうっすらとしかその成立の経緯も内容も知りません。おそらく、「太平洋戦争の伝承」というマターに対して、教育現場で大局的な構想を持って実践している人はごく少数であると思います。誰かがしっかり考えて、構造的に教えてゆかないと、風化は加速するばかりです。

次世代への「伝わらなさ」に関しては、

ちいちゃんのかげおくり ~継承が難しくなってきている戦争の記憶・記録 | EDUPEDIA

「一つの花」~題名とコスモスに込められた意味 | EDUPEDIA

戦争関連のビデオ ~子供が「戦争とは何なのか」を考えるきっかけに | EDUPEDIA

等でも記述しているので、ご参照ください。

せめて、小道具でも・・・

戦争に関する授業をする上で

「教材研究や授業準備の時間がない」「教師自身の基礎的な知識の補充が難しい」「教育課程の上で授業時間の確保が難しい」「自信がない」

という状況が確実に進行しています。私も同じで、取り組めてはいません。教育課程で割り当てられている時間を普通にこなすだけでも大変です。(「こなす」などといいう表現はよくないですが、本当にこなすことすら難しいです。)

「戦争について、子供たちになるべく多くの情報を伝えることができ、なるべく多く考えさせることができるようにどうすればよいのか」といったことについて、方策は考えていかねばなりません。小手先と言われるかも知れませんが、せめて小道具ぐらいは用いなくてはならないのではと考えています。

大人が太平洋戦争について語ることが難しくなっている今、【映像の活用】【漫画の活用】【並行読書】は小道具として有効であるように思います。

映像の活用

映像の活用は情報量の多さという点では圧倒的です。リアリティがあり、大雑把に学ぶために活用しない手はないと思います。

NHKのアーカイブ化が進んでいて、下記のサイトに上がっている映像は、小学生が見てもそこそこ分かるレベルのものを集めてくれています。時間が短くまとめられているものもあります。

NHK戦争証言アーカイブスに「教育活用」のページが加わっています。

NHK戦争証言アーカイブス「教育活用」

また、NHKforSCHOOLにも

戦争について考えてみよう

のページが設置されています。この中の

戦争と国民生活  ~日中戦争・太平洋戦争~

だけでも、概略が分かるように作られていて、子供に見せる価値があると思います。

NHKでアーカイブされてきている動画全てを全員で見る時間は到底できません。

一人一人が違った動画を見て→→→ 心に残った場面の静止画をGIGA端末でスクショ→→→ スクショ画面にキーワードを一言添えてGIGA端末で共有→→→ 「何が心に残ったか」「疑問に思う点」「みんなに聞いてみたい点」などを口頭で交流する

といった学習の流れもありかもしれないです。

戦争関連のビデオ ~子供が「戦争とは何なのか」を考えるきっかけに | EDUPEDIA

には、いくつかのビデオを紹介していますのでご参照ください。小学生であれば「火垂るの墓」がスタンダードでしょう。ただし、映画は2時間近い時間の確保が必要になるという点とリアルすぎる点はマイナスかも知れません。

漫画の活用

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漫画の活用もまた、映像に引けを取らない情報量があります。漫画は子供を対象にすることを前提に作られている場合が多いです。手軽だし、子供により近い視点で、わかりやすい表現方法がとられていると思います。大戦当時の空気感も伝わりやすいでしょう。「NHKその時歴史が動いた」は小学生にも適しているかと思います。ただ、出版年が古いものは、在庫がなくなりつつあるようです。版を重ねるのは難しいのでしょうか。

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今年(2022)出版された「漫画で知る「戦争と日本」ー敗走篇ー」(「壮絶! 特攻篇」もあります)は、ゲゲゲの鬼太郎で知られる水木しげるさんの実体験をもとに、分かりやすくまとめらえています。ルビもふっていて、広く読んでもらおうという意図を感じます。この本は既に出版された作品を再編成したもののようです。このように、何度でもリニューアル、アップデートを重ねながら、つなげていく努力が必要なのだと思います。
ただし、こうした漫画の中には、小学生に読ませるには性的な表現がひっかかったり、残酷すぎる、思想に偏りがあると指摘される場合もあります。発達段階に応じて適切にピックアップをする作業は必要だと思います。

並行読書

映像や漫画に比べて情報量は少ないかもしれませんが、想像や探索の余地を残しているところが書物のいい所だと思います。その年代に合わせた様々なレベルの書物があり、ネット情報や大人向けの本も含めれば膨大な量の文書に触れることができます。

漫画と共に図書館に戦争関連コーナーを作って様々な関連本を揃え、各学級にも何冊かの戦争関連本を置いておくといいと思います。教科書で扱っている教材と同じ作者の本や関係が深い本は、一時的に学級文庫に加えて、並行読書ができる環境を整えてあげたいですね。

公教育でどこまでやるのか

前述したように教育課程をこなすことが精一杯になっている状況で、戦争関連の授業をどこまで時間を取り、深く追求的にできるのかという問題があります。

子どもたちと平和を考える〈前編〉~平和教育はなぜ必要か~(東京女子大・竹内久顕先生) | EDUPEDIA

子どもたちと平和を考える〈後編〉~教室で戦争をどう扱うか~(東京女子大・竹内久顕先生) | EDUPEDIA

で、言及されているように、子供たちにトラウマを残したり、政治的中立性を失うようではまずい気もします。だからと言って腰が引けているようでもまずいように思います。

トラウマに関しては、何をやってもトラウマを負うことはあり、それも含めて人生だというのが、私の個人的な考えです。私は小学3年生で漫画「はだしのゲン」(広島での原爆投下を描いた作品)を見ましたが、お父さんが亡くなる場面等、けっこうトラウマを負ったと思います。衝撃でした。だからと言って人生が不幸になったとは思っていません。もちろん、上記リンク先の記事にあるように発達段階を考慮する必要はあると思います。程度の問題だろうと思います。

また、その漫画「はだしのゲン」も2013年には公立施設において禁書に近い扱いになっています。2023年には広島でさえ、教材として不適切との指摘を受けて平和教育から排除されました。私は私費で購入した「はだしのゲン」全巻を教室に置いていましたが、撤去せざるを得ない雰囲気です。だからと言って、全否定してしまうには惜しい作品ではないでしょうか。中立であろうとし過ぎて結果的に何もせず傍観ばかりしているのもまずいと思います。

学び続ける姿勢

私は高校時代、授業が近代まで進まぬうちに終了したため、明治維新以降の歴史は中学時代の授業しか受けていません。私は理系だし、教師としてのライフワーク(テーマ)もあくまでICTです。社会科や平和教育に関与する時間は極めて少なく、「これではいかんな」と、時々思うことがあります。

半ば義務感にかられてできるだけ戦争に関する映像や書籍には触れるようにはしています。正直なところ暗い情報に触れるのは気が重いです。特に極端に右あるいは左に傾いている情報に触れるのはしんどいです。右(左)だと言われれば右(左)かなと思ってしまいます。情報の真偽をどう判断してよいのか分からないことが多いです。しかし、やらなくては。学ばなくては。2000年間、いやもっと昔から延々続く戦いや諍いの果てに、今の平和や豊かさがあるのは事実です。戦記・従軍記・手記の類を読めば、知らないふりはできないなと思ってしまいます。

知識を取り入れ、自分なりの考えを持つことは難しく、課題は果てません。

加害者責任についてもどこでどのように教えるのかという課題もたいへん難しいです。書物でも映像でも、戦争は圧倒的に被害者側の視点で語られているものが多いように感じます。

「やってしまった戦争犯罪」の数々は、戦争裁判による追求を恐れたり、戦後の社会復帰の障害になることを恐れたりするあまり、表に出ていない真実は数多あるようです。東京裁判・BC級裁判がかなり不条理であったという側面と、十分に裁き切れていなかったという側面の両方を考えなくてはなりません。「隠蔽」「陰謀」「個人・組織・国家の思惑」・・・戦中・戦後の混乱で、裁判記録をはじめとした加害者情報(戦勝国・敗戦国共に)は錯綜しています。どう受け止めればよいのでしょうか。

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大人も、子供も、多様な情報にバランスよく触れる機会が必要でしょう。教える側も教えられる側も物の見方・考え方を・・・共感的かつ批判的、中立的、俯瞰的あるいは複眼的・・・に情報に触れなければなりません。そしてそれは、とても難しいことです。教師として戦争に対してどういう態度をとるか、どのような学びを供給できるか・・・。たとえ答は出せなくても、戦争について学び続けるという姿勢を大切にしていくことは、忘れてはならないでしょう。

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