1 はじめに
本記事は、同志社女子大学英語英文学科で応用言語学・英語教育について研究されている若本夏美先生へのインタビュー取材を編集したものです。(取材は2020年9月9日(水)に実施)
この取材では、中学校で英語の先生として授業をされていた若本先生のご経験をもとに、英語の歌を授業で活用する方法・目的についてお話しいただきました。授業の導入の方法や生徒のモチベーションアップ方法について悩んでいる方は、ぜひご一読ください。
2 「おもしろくない」教科書
日本では現在小学校3年生から「外国語活動」としての英語教育が始まっています。しかし当然ですが、教室の中の全員が英語好きというわけではありません。私は1983年から1993年まで中学校の英語の先生として働いていたのですが、赴任したのは英語好きな子どもが少ない公立の中学校で、学力もそれほど高くありませんでしたので苦労をしました。
教科書の作成にも携わっていたのですが、教科書はおもしろいものになりにくいという難点があります。例えば、教科書には現在人気のある人物よりも歴史上の人物が載せられることが多いです。話題の人物が掲載されていたら子どもたちも興味を持ちやすいですが、存命の人物を教科書に載せるとスキャンダルなどのリスクがあるため、評価の定まった人物を用いるしかないのです。
そんな中でおもしろい授業を作ろうと奮闘しましたが、1年目の初めのうちはあまり上手くいきませんでした。どうしたらおもしろい授業になるのか悩んでいたところ、夏休み中に参加した、先生の集まる研究会で、歌を用いるとよいと教えてもらったのです。早速、夏休み明けの授業から英語の歌を導入しました。
3 授業内での使い方①
ウォームアップとして一緒に歌う
毎回、授業の初めに “Stand up please, let’s sing this month song.” と声をかけ、曲を流し、ウォームアップとして一緒に歌います。人によって英語に対するモチベーションは異なりますが、誰一人として英語の歌が嫌いな子どもはいませんでした。
大切なのは「ときどき」歌を使うのではなく、1年間一貫して英語の歌を用いることです。私の場合は、1ヵ月に1曲のペースでじっくりと歌いました。使用した曲の例として、5月は 「Sing」、6月は「Yesterday」、7月は「Never Ending Story」、9月は 「Country Road」があります。
1ヶ月間同じ曲を使うことで、子どもたちはその曲を覚えられます。また、同じ曲を使用することで先生の手間を減らせるのです。
よくないパターンは、英語の歌を導入してみたものの、子どもの反応が悪いとやめてしまうことです。生徒によっては「子どもっぽい」と言い、歌ってくれない子もいます。また、学年が上がるにつれ、恥ずかしがって歌ってくれなくなる場合もあります。しかし、諦めずに歌っていると、子どもたちもその曲に乗ってくれるようになります。
また、教室では恥ずかしがって歌ってくれなくても、子どもたちの心には届いている場合があります。お風呂の中で子どもが歌っていたという話を保護者の方から聞いたことがありますし、部活の帰りに歌ってくれている子どももいました。
こうして、諦めずに1~2年生の授業で粘り強く英語の歌を使っていると、3年生になった頃には子どもの方から「こんな曲を歌ってみたい」と言われることもありました。
「絶対外れない英語の歌88個」
授業内で一貫して英語の歌を使用していると、研究会を通じて私と同じように英語の歌を使っている先生と出会いました。そこで「絶対外れない英語の歌88個」という一覧を作ったのです。文法を習う順番と同じ配列になっているため、英語の歌を歌いながら同時に文法を学べます。
例えば「ABC Song」「Twinkle Twinkle Little Star」といったアルファベットの覚え歌から始まり、「The Sound Of Music」で現在完了を学び、「That’s What Friends Are For」で「as far as」の表現を学ぶ……といったように使えます。
ただし、ここで挙げている曲に共感してもらえるとは限りませんし、授業で使う際には先生・子どもたちそれぞれに響く曲を探していただくのが一番です。その際、あまりに暴力的だったり、教材として聞き取りにくかったりするものはやめておいた方がよいと思います。
曲の選び方
「今月の歌」は、そのとき習っている文法事項に合わせたり、季節に合わせたり、CMや映画の曲を使ったりしました。例えば「3単元のS」を学んでいるときはBeatlesの 「She loves you」を使う、という具合です。クリスマスが近くなると 「Happy Christmas」を歌って盛り上がりました。映画の公開に合わせて「Never Ending Story」を歌ったこともあります。
選ぶコツとしては、発音がはっきりしている歌手の曲がよいです。CarpentersやABBAの歌が分かりやすいと思います。
曲選びの注意点
ただ注意点として、小学校の授業ではCarpentersやBeatlesのようなポピュラーソングは使わない方がよいと考えています。というのも、小学校で使ってしまうと中学校や高等学校で用いることができなくなるからです。
英語学習は小学校で4年、中学校で3年、高校で3年と長期にわたるものです。そのため先を見据える必要があり、よい曲を早くから使いすぎてはいけないと思います。小学校のうちは「London Bridge」のような古典的な曲や、「ABC Song」のような覚え歌が適していると思います。「Are you sleeping?」も輪唱すると楽しいのでおすすめです。
4 授業内での使い方②
穴埋めリスニング
英語の歌の一番簡単な活用法として、リスニングしながら穴埋めをするという方法があります。
~取材中、実際に授業の様子を再現していただきました~
Good morning everyone ! So, Let's get started. Let's start with English songs. The song for this month would be “Don't Stop Believin’”. I put 15 brackets to fill in. So, I put some hints for that. So, I am referring to these hints. Please try to fill in these blanks. So, Let's get started.
皆さん、おはようございます! さあ、授業を始めます。まずは英語の歌を歌いましょう。今月の歌は「Don’t Stop Believin’」です。15個の単語が空白になっています。そこで、そのためのヒント与えています。この空白を埋めてみてください。 では、早速始めてみましょう。
~曲を流す(1回目)~
The second time, please have a pencil and please write and fill in the blanks. This is a kind of listening practice, and it is not difficult to understand some parts of this song. So, let's listen again from the beginning. And I’ll ask your answers.
2回目は、鉛筆を持って空白を埋めてみてください。これはリスニングの練習のようなものですが、歌詞のいくつかの部分は理解できるかと思います。では、もう一度最初から聞いてみましょう。その後、答えを聞きます。
~曲を流す(2回目)~
If you know the answer, please raise your hands. Are you okay ? So, is there anyone who knows the answer for the number 1 ? Don't be shy, please raise your hand.
答えが分かった人は、手を挙げてください。いいですか? では、1番の答えが分かる人はいますか? 恥ずかしがらずに手を挙げて!
Ms.A ? Please answer the number 1.
ではAさん、1番の答えを教えてください。
“world” !
“World” ! That's right ! Very good ! Can anybody answer number 2,3 and 4 ?
“World” 正解です! いいですね! では、2番、3番、4番の答えが分かる人はいますか?
Ms.B? Please answer the number 2 and 3 and 4.
Bさん、では答えを教えてください。
”born” and “raised” and “Detroit” !
Yes ! you are very smart ! That's wonderful ! And finally, it might be difficult for junior high school students, is anybody who knows number 5 ? You are prohibited to bring this one, or prohibited to wear this one…… a “perfume”.
そうですね! すばらしい! そして最後に……これは中学生にとっては難しい単語かもしれませんが、5番の答えが分かる人はいますか? 持ってくることや、身につけることが禁止されているもの……そう、答えは「香水」です。
ロールプレイングを受けて
普段はこのように授業の導入をしています。ただ、実際の授業ではクラスサイズが大きいので、先生が一人ひとりの子どもを当てるのではなく、ペアを組んでおこなっています。
2番、3番で出てきたborn and raisedという表現は自己紹介でも使えます。”perfume”のように教科書では扱われないような単語が出てくることもありますが、英語圏で買い物をする際には使うことがあるかもしれません。このように、歌のリスニングをしながらディクテーション(英語の書き取り)の練習をすると、教科書を用いるよりもはるかに楽しく学べると思います。
中学校の場合、週に4回英語の授業があるとして、1ヶ月におよそ16回英語の授業があることになります。最初の数回はリスニングクイズを出してみて、それが終わったら内容に踏み込んでみて……といったように、段階を踏んで1ヶ月で1つの教材と向き合っていくのがよいと思います。
今用いた「Don't stop believin'」で具体例を言うと、「Stop believin'」という題になればどのように訳が変わってくるのかを考えながら、命令文や動名詞の範囲を教えることができると思います。その後歌詞の内容を考察していくことで、英語の歌を通じて子どもたちに先生の考えを伝えることもできます。
5 英語の歌を通して伝えられること
「Don't stop believin'」の場合だと、「夢を諦めるな」という先生の気持ちを伝えることができます。「人生には暗い時期もあるけれど、希望を捨ててはいけない」という話を突然始めたとしても、子どもたちには響きません。しかし英語の歌を素材として持ってくることで、「なぜ先生になったのか?」といった話を歌に絡めて展開することができます。
また、先生はホームルームの担当でもありますから、よいクラス・よい集団をつくるためにも効果的だと思います。私がずっと主張してきたのは、友達の大切さです。Simon & Garfunkelの”Bridge over Troubled Water”を用いて授業内で説きました。「友達はかけがえのない財産である」と道徳の授業で言っても、正直なところあまり伝わらないと思います。そういった意味でも英語の歌はよい教材、詩なのではないでしょうか。
6 Motivational Strategyとしての英語の歌
中学校の先生をしていて、おもしろかった発見があります。どんなに英語が嫌いな子どもでも、好きなことが2つだけあるのです。それは、英語の歌と筆記体です。授業中に逃げ出してしまう子どもに「筆記体、書いてみたいと思わない?」と声をかけたことがありました。すると「書きたい」と言って、一心不乱に練習し始めました。皆、英語は嫌いだと言っていても、何か英語ができるようになってみたい気持ちはあるのだということを実感しました。
学習指導要領では筆記体は教えても教えなくてもよいということになっていますが、私は教えた方がよいと思います。筆記体で名前を書いてみたいというのは、素朴な願いではないでしょうか。英語の歌も同様に、英語が嫌いな子へのMotivational Strategy(動機づけ方略)として用いることができると思います。クラス全体のモチベーションアップができれば、4技能を向上するための高度な授業・質の高い授業に繋がるのではないでしょうか。
さらに言えば、「高度な授業」として子どもたちのコミュニケーションスキルをアップすることも大事ですが、それだけではないと思います。それに加えて、コミュニケーションを通じて人々が仲良くできることが肝要です。英語を話してみて、それが通じたときの喜びは大きいですよね。そうした経験から、皆が仲のよい平和な社会を作るためにも英語の歌は一翼を担っているのではないかと考えています。
7 後から効いてくる英語の歌
先ほど88個の英語の歌リストをご紹介しましたが、もちろん子どもからの評判がよい曲ばかりではありませんでした。「We shall overcome」は特に評判が悪かったです。暗い曲だ、とたくさん言われました。ですが、たとえ評判が悪くとも先生の伝えたいことが詰まった曲を選ぶのは大事だと思います。
実際、学校生活が終わってから「あの曲はよかった」「後から口ずさんでしまう」「その後映画で聞きました」といった声を聞くこともありました。
当時の生徒が40代を過ぎてから「先生と一緒に英語の歌を歌ったことはいまだに覚えています」「歌を聴くことで中学校当時のことを思い出したり、先生を思い出したりできる」と言ってくれることもあります。
こうした声を聞いて、子どもたちにとって「英語を学んでよかった」と思えるものを何か残せるよう、先生が英語の教材を上手く活用することが大切なのではないかと感じました。
8 最後に
コロナ禍でマスク着用が必須となり相手の顔が見づらかったり、対面でのコミュニケーションが制限されたりと厳しい状況ではありますが、どんな形であれ、英語の歌を導入することでクラスが明るくなると思います。歌を聞いているだけでも、気分が盛り上がります。
音読や単語テストから授業に入るのもよいですが、英語の歌を授業の導入に持ってくることで「コミュニケーションをしよう」という雰囲気づくりができると思います。アイスブレイクとしても、メインの教材としても、ひいては自分の生き方を考える手段としても使える英語の歌をぜひ活用してほしいです。
9 若本夏美先生のプロフィール
若本 夏美(わかもと・なつみ)
同志社女子大学英語英文学科教授、教育開発支援センター長
京都府綾部市生まれ、京都大学卒業後、公立中学教員、兵庫教育大学修士・トロント大学博士課程修了、専門分野は応用言語学(学習個人差、方略、スタイル)
個人HPリンク
(2020年9月時点のものです)
10 関連書籍
「国際語としての英語 進化する英語科教育法」
212ページに「英語の授業に役立つ英語の歌一覧」が掲載されています。
11 編集後記
取材の際、若本先生が実際に中学校の先生をされていたときの資料を多数見せていただきました。なかでも、子どもが制作に関わって「今月の歌」を3年分まとめた文集は読み応えがありました。授業の初めのたった5分だとしても、先生が楽しみつつ3年間継続することで、生涯にわたり子どもたちの心に残るのではないかと思います。
英語の歌を用いて授業をしてみたいという先生方に、当記事で取り上げた実践例・曲の選び方が少しでもお役に立てば幸いです。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 甲斐・金田・清川・籾山)
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