ろう者の文化・言語に満ちた学校空間のなかで(明晴学園インタビュー第3弾:学園紹介)【みんなの教育技術×EDUPEDIAコラボ】

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目次

1 はじめに

 本記事は、小学館から出版されている『日本手話へのパスポート:日本語を飛び出して日本手話の世界に行こう』(2023年)に関連したインタビュー記事の第3弾です。

 第3弾のこの記事では、本書の主な舞台である明晴学園をご紹介します。この記事は、学園の玉田理事のご説明による学校紹介と、聴者であるEDUPEDIAのインタビュアーによる体験記録の2本立てです。
(この取材は2024年6月7日に行いました。)

 ▼第1弾、第2弾の記事はこちらから▼

2 教室の風景と、ろう者の生活様式

 明晴学園には、幼稚部、小学部、中学部の3つの学部があります。1階には幼稚部と小学部の教室が、2階に中学部の教室と職員室があります。幼稚部の子どもたちが散歩から帰ってきたときは、教室を暗くして休みます。

 この机の配置は「馬蹄形(ばていけい)」です。 子ども全員に先生と友達の手話が見えるようにこのような形になっています。幼稚部・小学部の教室には、廊下と教室の境がありません。これは、教室や廊下の様子が見えるようにするためです。ろう者は全ての情報を視覚で取り込むので、見えることがとても大切なのです。そして、必要に応じてロールスクリーンなどで隠せるようにしています。

 廊下の手洗い場の鏡も、鏡に映り込んだ人と手話で話をしたり、教室にいる先生が子どもの様子を確認したりと視界を意識したものです。教室にいる先生が手を洗っている子どもを手話で呼ぶと、それに気づいた子どもが振り向いて先生と会話をし、呼ばれている子どもに「先生が呼んでるよ」と伝言したりもします。ろう者の文化や生活様式は、私たち聴者の生活様式とは違うところがいくつもあるのです。

——幼稚部の教室を暗くしていたのもその「生活様式」の一つなのでしょうか?

 あれは外で思いっきり遊んで教室に戻ってきたので、子どもたちが落ち着くように照明を少し暗くしていたようです。また、照明の明滅は、活動の開始・終了などの合図としても使います。

各教室に備え付けられているフラッシュライト。緑・青・赤など用途に応じて使われる。赤は災害などの危険を知らせる色だという。

3 子どもたちの“リアル”な世界

 幼稚部の子どもたちは、毎月決まったテーマについて、1ヶ月かけて遊びを深めていきます。今月のテーマは「動物」なので、動物がどんなものを食べるのか、馬の目と自分の目がどのように違うのかなどを、自分で調べて、友達や先生に話したり工作に活かしたりしています。

 ろうの子どもたちが作るものは非常にリアルです。私たち聴者が見逃してしまうようなことも、きちんとその通りに作るのです。ろう者は聴者よりも目から多くの情報を取り込むので、すごく視覚的に“リアル”な人たちなのです。私たち聴者は、“察する文化”を強くもっていますが、ろう者は、見えているままのリアルな情報の中で思考しています。例えば、工作で果物を作っていたときに、バナナの端っこを黄色ではなく茶色にしている子どもがいました。どうしてその色にしたのか私が聞いたら「だってここは茶色だよ」と言われました。確かに、茶色に見えるものは茶色なのであって、バナナだからどこも黄色というわけではありませんよね。

 このように、ろうの子どもは私たち聴者と少し異なる感覚をもっています。それを尊重してあげないと、その感覚は消えてしまいます。ろうの子どもは、周囲の大人が目で育つ機会を保障することによって、見る力や価値観、感性も伸ばしていくことができるのです

 聴者の方から「耳が聞こえないと、道を歩いていて、後ろから車が来てもわからなくて危ないのでは」と言われることがあります。ですが、ろうの子どもは、聴者とは全く違う目の力を持っているため、その心配はありません。例えば、お店や車のガラスに光や影がよぎると、そこに何があるのか確認をします。また、すれ違う人の目線が動いたり、会話をしている相手の眼鏡に何かが映ったりすると、誰か・何かが自分の後ろにあることを察知します。ろう者は、私たち聴者が見逃してしまう情報をしっかりと見て「何があるか、何が動いているか」などを確認します。それが自分自身の命を守ることにもつながるのです。

4 考え、議論するための日本手話という言語

 明晴学園には二院制の「子ども議会」があります。「子ども院」で議論をして決まったことが「大人院」にあげられて、「大人院」では、教師が子どもたちの前で議論をします。子ども議会が成り立つ理由の一つは、子どもたち全員が日本手話という共通言語を持っていることです。日本手話を使うからこそ、相手の考えをきちんと汲み取って自分の意見を伝えることができるのです。逆に音声言語や日本語対応手話を使おうとすると、議論における情報量が限定されてしまいます。

「市民科」の授業、縦割り班での話し合いの様子

 この部屋では「市民科」の授業が行われており、小学部の子ども全員がここに集まっています。去年から始まった「明晴アカデミー」という通年の取り組みで、異年齢の子どもが混ざった班での映画作成などを行います。この活動を通して、編集技術などと一緒に手話表現(例えば、人に見られているときの話し方や、まとめて簡潔に話す方法など)を学ぶことを目指しています。

 日本語話者は日本で暮らしていると、言語のことにあまり関心をもたず鈍感になってしまいがちですが、ろう者にとっては自分の言語をしっかり身につけて使うということが切実な問題なのです。

5 明晴学園を訪れて(インタビュアー体験記)

EDUPEDIA編集部 片岡 祐

 明晴学園の空間や雰囲気がとても興味深く感じました。廊下との仕切りのない教室、手洗い場の鏡、幼稚部の皆さんが作ったリアルな作品など、ろう者の皆さんが普段どのような世界で生活しているのかが垣間見えるものが随所にあり、私自身の学校生活の経験が相対化されるような思いでした。

 本書に登場するアヤ、セナ、ユイのモデルとなった中学部3年の生徒さんたちとの、筆談と手話通訳を交えたインタビューは、私にとって非常に貴重な時間でした。皆さんが、日本手話を用いて生き生きと自分の考えや将来の夢などを答えてくださっていた姿がとても印象に残っています(詳しくは関連記事をご覧ください!)。また他方では、インタビュー中に私自身戸惑ってしまった場面も多く、ろう者と聴者のコミュニケーションのあり方や認識の違いを強く感じる時間でもありました。

 インタビュー後に玉田理事から「ろうのコミュニケーションは対話ベースであるため、相手の返答を求めて質問をするのではなく意見を一方的に述べて会話を止めてしまうと、ろう者の方は戸惑ってしまうことがある」と伺いました。私たちが普段当たり前と思っている世界の見え方が、ある人々にとっては当たり前ではないことを実感し、私自身とそうした人々の間にある差異を、こうした経験を通して見つめることの大切さも改めて痛感しました。

EDUPEDIA編集部 宮部 柚月

 明晴学園は子どもが自主的に学ぶ教育を大事にされているという印象を強く受けました。本記事でも出てきた「子ども議会」のように、子どもたち自身で学校の仕組みづくりをするようになっており、好きにさせるのではなく、それを実行するうえで問題になりそうなことは何なのかをきちんと考えさせるようにされているのだと思いました。少人数という特徴を生かし、勉強以外の面の教育も充実していて、明晴学園に通われている皆さんが社会に出て活躍することを見据えた教育をされているなと思い、とても魅力的に感じました。また、校内は過ごしやすいように整備されていて、仕切られているスペースが少なかったことから校内に自然の光がたくさん差し込んでおり、学校全体の雰囲気も相まって暖かい学校だという印象を受けました。

 アヤ、セナ、ユイのモデルとなった生徒さんたちとの筆談、手話通訳の方を交えたインタビューは、楽しませていただいたのと同時に考えることも多かったです。まず、3名ともしっかりとした自分の考えを持って、伝えることを明確にして回答してくれたところがとても印象的でした。思い出深い学校行事、将来の夢を伝えてくれる姿はとてもきらめていて、前向きなパワーをもらうことができました。また、会話、インタビューを通して、聴者とろう者のコミュニケーション方法の違いや、その背景にある日本手話が持つ文化に気づくことができました。

 また、学校見学や子どもたちへのインタビューを通し、「日本手話は言語の一つである」という意識がより高まりました。私も海外に行けば、そこでは日本語は通じず、困ってしまうと思います。手話もそうした言語のひとつであると強く意識しました。今回の取材を通じて、日本手話にとても興味がわきました。

6 書籍紹介

『日本手話へのパスポート:日本語を飛び出して日本手話の世界に行こう』(2023年)

本書は、ろう者の言語である「日本手話」の基礎表現や文法、ろうの文化など、手話を学ぶ上で知っておきたい基礎知識を、小中学生向けにやさしく解説する本です。
アヤ・セナ・ユイの3人のろう学校の子どもたちが、会話と写真で楽しく手話について紹介。二次元コードで手話動画を何度でも見られるので、手や顔、体の動きもよくわかります。
「そこが知りたい手話Q&A」、手話を使ったゲーム、コラム、50音や数字の指文字など、手話についての情報も満載。
初めて手話を学ぶ大人の方にもぜひ読んでいただきたい1冊です。
(小学館HPより)

7 プロフィール

玉田さとみ 明晴学園理事

 1962年東京都生まれ。日本女子体育大学卒。TBS情報キャスターを経て放送作家。1999年に次男がろう児と診断されたことをきっかけに日本のろう学校の現状を知り「全国ろう児をもつ親の会」を設立。2003年にデフ・フリースクール「龍の子学園」のNPO法人化を支援。70年以上、手話が禁じられてきた日本のろう教育界で数々の壁を乗り越え2008年4月、東京都の教育特区として「日本発!ろう児を日本手話で教育する」学校法人明晴学園を創設。

8 関連ページ

小学校教員のための教育情報メディア「みんなの教育技術」by小学館 でのコラボ記事はこちらからご覧になれます。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 片岡祐・宮部柚月)

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