はじめに
探究学習と聞くと、生徒が自ら社会課題を発見し解決を試みる「総合的な探究(学習)の時間」を思い浮かべる方も多いと思います。一方で、いきなり社会問題を解決する大掛かりな探究学習は生徒にとっても先生にとってもハードルの高いものです。そこで、近年、国語や数学など通常の教科学習をより探究的な形で展開する、教科の探究化も重要視されています。
今回EDUPEDIAでは、先生方への調査をもとに、教科授業における探究をより広めるために、教員の抱えている探究授業を進める上での課題を分析しました。
その中でも特に問題意識の強かった探究の資料不足と時間不足を解決するために、教科の探究化に積極的に取り組んでおられる3名の先生方による探究授業実践例を記事化しました。
本記事では、英語科の布村奈緒子先生に、英語授業の探究化について伺いました。生徒の思考力や判断力を伸ばす効果的な授業方法と、教師の負担を軽減するツールを紹介します。
この記事をおすすめしたい方
- 授業時数の関係で教科授業を探究化することに難しさを感じている方
- 教科授業の探究化の実践例、ノウハウを知りたい方
- 探究授業に活用できるツールを知りたい方
- 時間がないため、授業を改善したくても他校の授業見学に行けない方
記事一覧
【布村奈緒子先生インタビュー】探究的な教科授業の実践例紹介―中高の英語教育において探究化を楽にするAIツールとは?―
【戸川貴之先生インタビュー】探究的な教科授業の実践例紹介―教えない国語の授業―
【酒井淳平先生インタビュー】探究的な教科授業の実践例紹介―数学を探究的な学びにつなげる少しの工夫―
英語科における、探究的な学びの障害
考え、言語化する力「ライティング」を伸ばせない日本の英語教育
文部科学省が4技能(リーディング、リスニング、ライティング、スピーキング)の向上を推進しているものの、日本の英語の授業では、より生徒の考える力が必要となるライティングを練習する時間がものすごく少ないです。ライティング能力は何度も書くことで伸びるにもかかわらず、たくさん書く練習を行う授業を実践している学校はごくわずかです。その理由は、採点・添削の大変さだと思います。ライティングは、リーディングやリスニングと違い、機械的に採点することが難しいです。また、生徒が書いたものを教員が添削し、それを踏まえてリライトするというプロセスを何度も繰り返すことには途方もない時間がかかります。これらに加え、1人の教員が抱える生徒の人数が多く、生徒全員の内容を細かく確認する時間がないことを踏まえると、現実的に生徒の言語力や思考力を育てる探究的な授業を実現することは非常に難しいです。このような教育現場にこそ生成AIを活用することが大きな助けになると思っています。
布村先生が実践している探究的な学びの授業
探究学習に欠かせない力を育てる英語授業とは
探究学習には、思考力・判断力・表現力が欠かせません。生徒には、学んだ表現方法を用いて「明確な論理展開に基づく」1つの段落を多様な観点から書いてほしいと思っています。そのために、扱うトピックについて、一般的にどのような意見があるのか知識をインプットする時間も設けています。授業で使うテーマは、基本的に、検定教科書に書かれている内容から選んでいます。
テーマを選定する際に私が特に意識していることは、生徒に「why」を考えさせることです。例えば、Compare Contrast essayという、2つ以上の対象(人、アイデアなど)を比較し、それらの類似点と相違点を探究する形式のエッセイにおいて、ただ比較するのではなく、それを踏まえて生徒自身がどう考えるのかを言語化し、そして発言することを授業の目標としています。
授業の流れ
1. ブレスト「ブレインストーミング」
一見難しそうな社会課題でも、ブレストを通して一度、身近な本当に起こっていることと結びつけて自分ごととして考えてもらいます。
2.知識のインプット
テーマを提示しても、どのように考えるのかというヒントがないと深い議論に繋がりません。そのため、英語の記事を読み、議論の論点となるような知識のインプットを行っています。
3.アウトプット+多様な視点から考える
2の知識インプットの際に読んだ記事の内容を友達と話すことで、アウトプットの練習も行います。このように言語化を試みることで思考が整理され、いろんな視点で物事を考えることができるようになります。このアウトプットの授業は、テーマに対する自分の考えをまとめるというより、異なる視点を持った人と話すことで、思考をより広げる時間としてつくっています。
4.言語化の練習
最後に、3でアウトプットした内容を踏まえて、自分の考えを英語で論理的に文章化します。
この授業は、生徒が個人で深く考える時間と、全体で意見を共有する時間の両方があります。そうすることで、多様な意見を踏まえた上で生徒自身の考えを問うという流れをライティングの授業では設けています。
探究的な学びにおいて教員が使えるツール
授業にAIを活用することのメリットと注意点―教員が心がけること―
ライティングのAI添削 <Chat GPT>
AIを活用する一番の利点は、すぐに添削できるというところです。特に文法のミスや語彙についてはほぼ完璧に添削することが可能です。唯一の欠点として、論理構成の指摘がまだ甘いところが挙げられますが、この問題も近年改善傾向にあります。ライティングの授業において何よりも大切なのは、指摘されたところを直してまた添削してもらうというプロセスを繰り返すことです。教員がやろうと思うと途方もなく時間と労力のかかるライティング添削の作業を、AIに任せることで、十分探究的な英語の授業を進める助けになると思います。
一方で、AIが100%教員の代わりになるかというと、そういう訳ではありません。AIは的確に採点することはできますが、具体的な改善のアドバイスや勉強方法を提案できるのは生徒のことをよく知っている教員だけです。AIが出した点数を基に、教員が生徒の足りていない部分を把握し、どこを改善すべきかフィードバックをするというサイクルを何度も繰り返すことで生徒のライティング能力はどんどん成長します。このように、AIの良さと教員の良さを上手に掛け合わせることが、生徒が前向きに学べる環境をつくることにつながると思います。
生成AIを用いてインプット用の記事を作成 <Gemini>
生徒が知識をインプットする際に提示する記事も、生成AIを使って用意しています。
これまでは、扱うテーマに関連する記事をネットで検索して探していたのですが、最近はGeminiを使うとより容易に生徒たちにあった記事を見つけることができると知ったのでそちらを活用しています。
例えば、「私は英語の教員です。こういうテーマでディスカッションをしたいため、賛成と反対の意見で生徒が参考になるニュース記事のリソースを紹介してください。また、紹介する記事はBBC、CNNなど信頼性の高い記事に限定してください」と入力すると、信憑性の高い記事のURLを教えてくれます。
また、生徒のレベルに合わせて、記事の英語を書き換えてもらうことも可能です。その際に、例えば「CEFRB1レベルにして」と入力するより「単語のレベルをCEFRB1」にする方がより生徒のレベルにあった記事にしてもらうことができます。
生成AIを恐れるのではなく、上手に活用することで教員の負担も大きく削減できると思います。
※Gemini:Googleが開発した次世代AI言語モデル。高度な対話や文章生成、データ解析、言語翻訳、クリエイティブライティングなどを自然に行う。多言語対応や専門知識の提供も可能。
読者へのメッセージ
「学習指導要領に沿った授業」=「教科書の内容を全て終わらせる」ではない
「学習指導要領に従うこと」と「教科書を最後まで終わらせること」とは混同されることが多いですが、これは誤解です。指導要領には、検定教科書の単元を全て終わらせる必要があるとは一切書かれていません。特に、英語に関する指導要領は、スキルに重点が置かれており、生徒が能動的に4技能(読む・聞く・話す・書く)を言語活動を通じて統合的に学ぶことが求められています。例えば「読むこと」については、読んだ内容を話したり書いたりすることで技能統合を行い、それを授業で展開するように書かれています。つまり、講義型の授業による文法指導ではなく生徒が探究的に学ぶことの方が指導要領に沿っている場合もあるのです。
従来の授業方式とは違う探究を恐れず、思い切って挑戦してほしいと思います。必ずしも大掛かりなプロジェクトベースの学習(PBL)を導入する必要はなく、授業の中で考えを深められるよう導くことが大切なのです。小さな工夫で「考える場」を作り出すことはできます。例えば、隣の人と話し合う時間を設けるなどの取り組みが、授業の中で生徒同士の意見交換を促進し、結果として考えを深める場を提供することにつながります。
生徒が主体的に学びに参加できるような授業展開を意識することで、生徒の探究心を育む教育が実現できるでしょう。
プロフィール
布村 奈緒子先生
ドルトン東京学園中等部・高等部 副校長・英語科教諭・ドルトンコーディネーター
The University of Queensland応用言語学修士。都立高校・附属中学勤務を経て、2020年より現職。英語で思考をしながらコミュニケーションを伸ばす授業実践事例多数。高等学校学習指導要領(平成 30 年告示)解説外国語編・英語編執筆協力者。検定教科書や問題集等の執筆を行う他TOKYO GLOBAL GATEWAY運営指導委員も務める。著書に『テキスト不要の英語勉強法「使える英語」を身につけた人がやっていること』 (KADOKAWA)。
編集後記
生徒が自ら学びを見つける探究授業ももちろん大切ですが、生徒が何かに興味を持ち自ら思考するきっかけをつくる授業も質の高い探究授業を行ううえで不可欠であると感じました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 韓璃穂)
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