【酒井淳平先生インタビュー】探究的な教科授業の実践例紹介―数学を探究的な学びにつなげる少しの工夫―

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目次

はじめに

 探究学習と聞くと、生徒が自ら社会課題を発見し解決を試みる「総合的な探究(学習)の時間」を思い浮かべる方も多いと思います。一方で、いきなり社会問題を解決する大掛かりな探究学習は生徒にとっても先生にとってもハードルの高いものです。そこで、近年、国語や数学など通常の教科学習をより探究的な形で展開する、教科の探究化も重要視されています。

  今回EDUPAEDIAでは、先生方への調査をもとに、教科授業における探究をより広めるために、教員の抱えている探究授業を進める上での課題を分析しました。

 その中でも特に問題意識の強かった探究の資料不足と時間不足を解決するために、教科の探究化に積極的に取り組んでおられる3名の先生方による探究授業実践例を記事化しました。

 高校数学科の酒井淳平先生に、特別なツールを使わない探究的な授業作りについて伺いました。普段の授業を探究的にする発問の方法を紹介します。

この記事をおすすめしたい方

  • 授業時数の関係で教科授業を探究化することに難しさを感じている方
  • 教科授業の探究化の実践例、ノウハウを知りたい方
  • 探究授業に活用できるツールを知りたい方
  • 時間がないため、授業を改善したくても他校の授業見学に行けない方

記事一覧

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探究とは何か?

 探究的な学びとは、生徒自身が課題を設定し、主体的に学びを深めていくプロセスであると思います。私は、自分の授業をとりわけ探究的な時間だとは考えていませんが、常に意識しているのは「生徒がどうすれば疑問を持ち、学びに対して積極的になれるか」という点です。私の数学の授業では、生徒が自分の力で教科書を読み解き、自ら何かを発見する喜びを感じられるような環境をつくることを大切にしています。

 そのために授業では、生徒自身が問題に取り組み、解法や概念を自分で見つけ出すことに重点を置いています。これにより、生徒は自ら考える力を養い、学びの主体者として成長することができます。生徒の主体的な学びを引き出し、生徒が自分で発見する楽しさを感じられるよう工夫することが、探究的な学びを進める第一歩となると思います。

酒井先生が実践している探究的な学びの授業

探究的な学びを進める上で大切な二つのこと

 「生徒の頭に疑問が浮かぶか」「生徒が考えようと思うか」私は、この2つを特に大事にしています。

 通常の高校の数学の授業は、教科書通りに進めることがほとんどです。教員が説明して、生徒が板書をして問いに答える従来の授業で、問題は解けるようになるかもしれません。

 ですが、これでは生徒が何かを発見する場面はなく、疑問を持つこともありません。数学が嫌いで証明や計算などしたくない子にとっては、よりつまらない科目になってしまいます。

 苦手な人の多い数学だからこそ、私は生徒が興味を持って取り組める探究要素を取り入れたいと思っています。そのために授業では、初めから解き方を教えるのではなく、生徒に答えを考えてもらうという形式をとっています。

 例えば、「a+b+c=0のときa^3+b^3+c^3=3abcの等式が成り立つ」という証明を扱うとします。このとき、私は最初から証明の解説を行いません。

 証明をする前に、まずは適当でも良いから、どんな数字を入れたらどうなるのか、生徒に自分で考え、試すことを促します。

 ここでは、「a,b,cそれぞれにどんな数字を代入すればa^3+b^3+c^3=3abcという等式が成り立つか」という発問になります。

 まず、a,b,cがそれぞれ1,1,1だとabcの両辺が3になるため等式が成り立つことを多くの生徒が発見します。次に同じようにa,b,cが全て2の場合も当てはまることを見つけます。この式はa=b=cである場合は必ず成り立つことがわかってきます。このことに生徒たちが気づき始めたところで、次の発問です。

 「a=b=c以外で成り立つときはないか」という問いかけをすると、1,2,-3や2,2,-4のように、同じ数字以外で、式が成り立つ形を見つける生徒が出てきます。

 ついに、a+b+c=0であるときは常にa^3+b^3+c^3=3abcの等式が成り立つことを一部の生徒が見つけます。

 このように、予想まで生徒が立てた上で、やっと通常の教科書にあるような「〇〇を証明しなさい」という問いを生徒に解いてもらっています。

 この授業は、教科書と扱っている内容は変わっていません。ただ、生徒が「なんでだろう」という思いと「証明したい」という気持ちを持てるように工夫をしているだけです。このように、少し授業の中での発問を意識するだけで、最新のAIやICTを使わずとも探究的な学びを展開することができます

生徒の「なぜ?」を引き出す授業とは

 生徒に疑問を持たせるために大切なことは、生徒の学んでいる様子をよくみるということです。同じ問題を提示しても、学校によって生徒の感じる難しさは異なります。ある学校だと単純作業になるかもしれない数学の問題が、他の学校だと手の届かない難しい問いかもしれません。このように、全ての生徒が疑問をもつ発問の方法は存在しません。だからこそ、教員が各生徒の様子をよく理解し、生徒に合った発問をすることが大事だと思います。

より具体的な探究授業のツール紹介

 今回は、教員の探究的な授業に対する向き合い方を中心にご紹介しました。より具体的に数学の授業の探究化を実践したい方は、指導案の作り方を含めた細かい実践方法が示されている以下のツールキットをぜひご活用ください。

東京学芸大学 高校探究プロジェク...
数学科ツールキット 数学科ツールキット使い方探究的な数学の授業を組み立てるために必要な視点をツールキットとして提供しています。最初から順番に使っても、一部のみ使うこともできます。お...

読者へのメッセージ

 最新のAIやICTを使わずとも、授業内での発問を少し工夫するだけで、探究的な学びに近づくことができます。探究サイクルは、課題設定から始まり、情報収集、分析、まとめという一連のプロセスで構成されます。これを教員が全てお膳立てするのではなく、生徒が自分の力で進められるようにすることが重要です。

プロフィール

酒井 淳平先生

1999年度から立命館中学校・高等学校数学科教諭
2008年度から立命館宇治中学校・高等学校でキャリア教育部の立ち上げを行う。2018年度から文科省研究開発学校、2019年度から文科省WWLの指定を受けながら、探究×キャリア教育を大切にした総合的な探究の時間のカリキュラム開発に挑戦。

著書に「 探究的な学びデザイン 高等学校 総合的な探究の時間から教科横断まで 」「高等学校新学習指導要領数学の授業づくり」など。

編集後記

 探究学習と聞くと、従来の授業とは大きく異なり、授業準備や授業設計が難しいと感じるかもしれません。さらに、生成AIやICTなど、これまで使ったことのない新しいツールを活用する必要があるように思い、挑戦しづらい先生も多いでしょう。

 酒井先生の探究授業は、授業方法を180度変えるのではなく、既存の枠組みに少しずつ探究的な要素を加えていくような形であるため、新しいやり方に不安や難しさを感じている先生方にも、実践しやすい例だと思いました。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 韓璃穂)

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