教師のキャリア形成と生活指導・集団づくり(【教育技術×EDUPEDIA】スペシャル・インタビュー第18回 谷尻治先生)

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作成者:中澤 歩 (Edupedia編集部)さん

1 はじめに

本記事は、雑誌『教育技術』(小学館)とEDUPEDIAのコラボ企画として行われた、谷尻治先生へのインタビューを記事化したものです。

京都で長年中学校教師として勤務され、現在は和歌山大学教職大学院教授として教鞭をとる谷尻先生に、教師のキャリア形成と、豊富な現場経験を踏まえた生活指導・集団づくりの技術についてお話をお聞きしました。

『小一教育技術』~『小六教育技術』7月号にもインタビュー記事が載っていますので、そちらも合わせてご覧ください。
教育技術.net

2 インタビュー

①新刊『教師になる「教科書」』について

簡単な紹介をお願いします。

この本は、若い教師や教師を目指す学生さんのための教科書です。教職課程で学ぶ内容よりは実践的ですが、「ハウツー本」にならないようにしました。理論と実践を往復しながら、学びを深められる教科書にしたつもりです。

この本が書かれた背景にはどのようなものがあるのでしょうか?

大学で教えるにあたって、様々な教職論の教科書を読んでみたのですが、これが非常に難しいのです。生徒指導論の入門編を読んでみても、とても難しい内容が書かれています。

私たちが50代、60代になってやっと「なるほどな」と腑に落ちてきたことを、教職をよく知らない20歳前後の学生が学んでいるのです。勘のいい人ならパッと頭でイメージできるかもしれませんが、あの理論的な本を読んで、じゃあ現場ではこうしたらいいな、と考えることはなかなか難しいと思います。学生時代に習う理論と、現実の学校・授業・子どもたちとの隙間を埋めるものが欲しくて、この本を作りました。

最近の教師は子どもからも保護者からも様々な要求を出され、教育委員会からも高レベルの仕事を求められ、厳しい立場にいます。そんな中、意欲のある学生ほど将来を真剣に考えていて、「自分には教師は向かないかもしれない、やめておこう」となってしまう。そうならないように、教師ってすばらしい、教育ってすばらしいというメッセージを込めたコラムを各所に配置しています。

②教員のキャリア形成

この本は若手の先生向けということですが、中堅・ベテランになってからはどのようにキャリアをブラッシュアップしていけばよいのでしょうか?

私が思うに、学び続ける教師になるために必要な心掛けは3つあります。

1つ目は、良いロールモデルを持つことです。

私の場合は、生活指導の研究会で出会った先生が、非行や問題行動の指導の達人として、素晴らしいモデルでした。どれほど荒れている子どもでも、きちんと心を掴んで、数カ月間で立て直し、学校をどんどん変えていく方でした。いつかあの先生に追いつきたいと、頑張って勉強していますが、離されていく一方です。その先生は既に教員を引退され、NPO法人を立ち上げ、非行少年の立ち直り支援を精力的にされています。このように、あんな人になりたい、あんなふうに働きたいと思える良いモデルを見つけることが大切です。

2つ目は、学べる場、研究会、研修会に継続的に参加することです。

多くの初任の先生は、無我夢中で何か掴みたいと思って、勉強会へ足を運びますよね。でも、3年、5年、10年と経ち、ある程度慣れてくると、日々の仕事が何とか回るので、研修会や研究会へ積極的に行かなくなる人も出てきます

たまに参加するのではなく、継続して参加することが大切です。教育委員会が関わっている学習会でもいいし、民間教育研究団体でもいいです。今年で教職に就いて38年目になりますが、今も継続して毎月1、2回は勉強会に参加し続けています。学べる場がなければ、どんどん社会とずれていってしまうのではないかと思います。

3つ目は、自分の実践を発表することです。

ただ研究会に参加するだけでは成長のスピードは上がりません。発表する場を与えられ、講演を依頼されたら、積極的に引き受けましょう。それで実力が身につくものだと思います。自分は20代の頃から講演を頼まれ、自分の実践を語りました。当然、年配の方から厳しい目線や質問もありましたが、このようなことを通して鍛えられていくのです。あとは、執筆、出版ですね。様々な形で、自分の実践を公開する場を持つことが重要です。

経験年数別にアドバイスをいただけますか?

①1年目

まずは1年間続けること。私の知る限り、教師が辞めてしまった最短記録は1日です。これが学校現場です。現実は厳しいのです。1年続けることで、どの時期にどれくらい大変かと、どこに力を入れて、どこで力を抜くかが分かるようになります。ペースが分からないうちは、全力投球してダウンしてしまいます。そして、この時期に大切なのは謙虚にアドバイスを聞くことです。そうすれば、仮にできなかったとしても、周りはがんばっているなと評価してくれます。だから、まず続けることが大切です。

②3年目

複数学年を経験し、発達段階によって指導法を変えなければならないと気づくのが3年目だと思います。小学校の1年生と6年生では発達段階が全く違います。中学校でも、1年生と3年生では全然違うのです。中学校に関しては、進路指導を経験することで、3年後を見通した指導ができるようになります。

そして、学校全体に関わる仕事が回ってくる時期も3年目です。例えば、図書館主任、体育主任などです。私が教師になった1981年は、校内暴力が真っ盛りの時期で、学校が崩壊するかしないのかの分かれ目でした。そんな時代に引き受けた生徒会主任はとても責任の重い仕事でしたが、若くても学校づくりができるという経験をさせてもらえました。

③10年目

10年目、中堅になります。学校内でも学校外でも飛躍できる時期です。自分を鍛えられる場が回ってきます。そこで、どれくらいの成果を出せるかが人生の分かれ目です。忙しくて中途半端になるのか、忙しくても120%の成果を出すのか。私の場合は出版という形で実践を世に出す機会が回ってきたのがこの頃です。困難な学級を任されるようになるのもこの時期ですね。

④20年目

管理職を目指すのか、一教師として実践力を磨くのか、将来を見据える時期です。どちらにしても、学校内外での影響力はかなり大きくなってくると思います。仕事量が最も増える頃ですが、手を抜かず誠実に向き合うことが大切になってきます。私はこれ以降毎年のように管理職への誘いを受けましたが、断り続けて一教師として生きてきました。ロールモデルとしていた教師たちの生き様を見て、その方が社会的に大きな影響力を発揮できると信じていたので、貫きました。

③生活指導と保護者対応

保護者と関わる際、教員は家庭にどこまで踏み込んでよいのでしょうか?

教師が触れてはいけない問題、学校が口を出してはいけない問題というのは、私にとってはありません。ただし、言っていいかどうかは親との関係次第で決まります。受け入れてくれるような状況になるまで、保護者との信頼関係を築くことができるようになるまで、根気強く関わっていくことが必要です。保護者がこの先生なら大丈夫だと信頼してくれるようになれば、家庭訪問の際に保護者から「先生、ご飯食べていって」と夕食などをすすめられることがあります。その際にそのお誘いを公務員の職務範囲を超えているとして断ると、保護者との距離は縮まらないですよね。

私は、課題の大きな子を担任すると、すぐに家庭訪問することにしています。学級開きの日に偶然を装って訪問します。その際は特に特別なことは言わず簡単に挨拶するだけですし、そのくらいなら保護者は拒否しません。何かトラブルが起こってから出会うというのを避けるためです。

踏み込むための環境づくりの一例ですが、虐待を受けている子どもの親と信頼関係を構築して家庭に踏み込むことができるようになるまで、2年程度かかったことがあります。しかし、それでも児童相談所で一時保護されるかどうかの選択は子どもに委ねていましたね。子どもの自己決定は大切ですから。ただし例外もあります。ネグレクトで栄養失調になり倒れた子どもがいたときは、病院に搬送してそのまま児童相談所に保護してもらいました。

学校で上手く隠してしまい、なかなか気づかれない子もいると思うのですが、どのように生徒を見ることでそうした情報をキャッチするのですか?

緊急度が高くても自分が困っていることを隠してしまう子はいるのですが、結局のところ「観察」しかないと思います。典型的な例で言うと、いじめられていることを隠す子がいますよね。いじめられていることがばれたらさらにいじめられるのではないかという恐怖。これは典型的です。

校内暴力期のすぐ後に、全国的にいじめ問題が一気に明るみに出た時期がありました。有名な例で言うと、東京中野区で起きたものがあります。被害者がされた「葬式ごっこ」といういじめに、教師が加わっていたという衝撃的な事件が報道されたりした時期です。

私自身もその時期に大きないじめ事件を2件経験しているのですが、どちらも自分の担任しているクラスではない子が加害者として関わっていて、しかも校外でのことでした。普通にしていたらとてもじゃないですが発見できません。そのうちの1件は、万引きで補導されたのをきっかけに明るみに出ました。その子はいじめっ子に命令されてやっていたのですが、警察署でも頑として口を割ろうとしなかったので、何かおかしいなと。保護者の方と一緒にその子を深夜までかかって説得して聞き出したところ、万引き以外にも大量のいじめ行為が発覚したのです。運よく見つけることができたサインから、芋づる式に広がっていくことはよくありますね。

他にも具体的な対応例を紹介していただけますか?

あるとき、いじめられっ子が絶対負ける種目(体育の授業)で賭け事をし、昼食のパン代のおつりを払わされているのをみつけたことがありました。教室の後方隅でちらっと何かを渡した生徒がいたのです。すぐに渡した生徒をこっそり呼んでお金を払ったことを聞き出しました。その日の終わりの会で、

「このクラスで大変なことが起こっている。お金を介したトラブルが起きている。いまから、そのことについてみんなに書いてもらう。知っていることは全て書きなさい。知らない人はそういったトラブルが起きていることについてどう思うか書きなさい」

と言い、紙を配りました。

トラブルを知らない子にも書かせているのですが、何故だと思いますか? もし書いていない子がいる状況だったら、書いている子に対して「あいつがチクってるな」という目が向けられてしまいます。全員に書かせることで、匿名性を担保するのです。全員分を集めた私は、1枚も読まずに加害者の子を呼びました(被害者の子から、既に誰がやったかは聞いていました)。「君も私もこれらの紙は1枚も読んでいない。でも、君なら真実を話せるだろう、自分で言ってくれ」と。その件は小学校から続く根の深いもので、最終的には加害者側として20人以上を指導しました。しかし教室の中で見抜いたきっかけは一瞬です。

いつもいつも神経を張り詰めているというわけにもいきませんし、私も見落としているものもたくさんあったと思うのですが、子どもたちの世界を見るということは鋭敏な感覚が要求されるものだと思います。院生といっしょに学級に入って観察する際も、子ども同士のじゃれ合いの中に上下関係があるかどうかを見抜くようアドバイスしたりします。すぐに指導に入るわけではなく、傷つけるような関係になるかどうかを見極めることも併せて指導します。

④学級づくり

マイノリティの子どもたちを含んだ学級づくりについて教えていただけますか?

『学級集団づくり入門第2版』(明治図書刊)という本が私らの世代のバイブルで、まずはそれで勉強しました。簡単に言えば、班づくりや討議指導を通して自治活動を教えて、学級を自分たちで運営していける力をつけるといった内容の本なのですが、時代とともに子どもも変わり、そのまま当てはめることが難しくなってきました。1990年代、学級崩壊が表面化してきた時代に、もはや子どもたちの世界は安心・安全ではないという前提の下で、今の子どもたちに合う内容の集団づくりについて近畿の教師たちで考えて作った本が『共同グループを育てる—今こそ、集団づくり』です。

少数派となっている子どもたち(=少数者集団)は、学級の多数派に抑圧されている場合が多いでしょう。性的マイノリティの子がクラスに2人だけいたとしたら、本人たちが性自認を隠していたとしても、居心地の悪さを常に感じることはあると思います。虐待を受けている子なども同じです。

私たち教師は、そうした子どもたちの側に立ってこの世界を作り替える、安心・安全な場所に変えていく必要があるのです。先ほどの例で言うと、まずはいじめられている子に寄り添える子を作っていくことです。夏休みに勉強が苦手な子を集めた学習会を開いて、そのうちにその子たちが釣り仲間になって……と関係が深まるうちに、安心な場所ができてきます。

少数派の子どもたちが持っている価値観は、多数派の子どもたちとは違うように見えるけれど、本当は多数派との共通点も沢山あるということに気付いてほしいですね。勉強が苦手な子が「俺、高校行けるか不安やねん」と言ったのに対し、他の子も「実は俺も不安で……」と開示していくことで、「あいつは受験組だから」「あいつは就職組だから」といった壁がなくなり、みんながそれぞれの状況に応じた進路を実現できるよう支え合っていこう……となっていったこともあります。学級の中で各自の進路希望を自然に出し合える関係ができるよう心がけてきました。

少数派の持っている価値観を全体に広げることで、全体を変えていくことを目指しています。なかなか難しいですけどね(笑)

かなり技術がいるように思うのですが、教師はどうすればよいのでしょうか?

班活動の話をしましたが、私自身は私的なグループも大事だと思っています。私的グループを壊すようなことはしません。それは生徒にとっての大切な居場所ですから、そうした居場所を持てる子が増えてくると、学級の雰囲気も変わってきます。授業も活発になってきますね。

学級の雰囲気がよくなってきたら、リーダーとして成長してほしい子に新しい視点を投げかけます。

「楽しいだけでいいん?困っている子はいないかな」

と。それと並行して、少数者集団の子のフォローもします。家庭的に抑圧されているような子ならそこから守り、友達を見つける手助けをし、節目節目でその子の価値観を全体に共有できるような場を設け……という感じですね。

最後に教師に向けたメッセージをお願いします。

手を抜く勇気を持ちましょう

根性論のようなことを散々話してきたのですが、今の学校がものすごく大変なのは事実です。子どものことを真剣に考えすぎて追いつめられる先生方も沢山いらっしゃるので、「手を抜く勇気」は必要だと思います。

3 プロフィール

谷尻 治(たにじり おさむ)先生

1958年、京都市生まれ。京都教育大学教育学部を卒業後、京都市立中学校社会科教諭として34年間勤務。早期退職して2015年和歌山大学教育学部教授に就任。2016年から和歌山大学教職大学院教授。

新任の時期から全国生活指導研究協議会に参加し、生活指導・集団づくりを学ぶ。現在、全国生活指導研究協議会研究全国委員、京都府生活指導研究協議会常任委員、隔月教育誌「生活指導」(高文研刊)編集委員。和歌山県立向陽高等学校学校運営協議会委員長。

著書に「自立を育てる生活指導 中学校3年」(労働旬報社)、共著に「共同でつくる総合学習の実践」(フォーラム・A)、「共同グループを育てる 今こそ、集団づくり」(クリエイツかもがわ)、「教師になる『教科書』」(小学館)など多数。

(2018年7月12日時点のものです)

4 著書紹介

5 編集後記

取材では実際の書籍を見せていただきましたが、教職課程の内容と現場での実践をつなぐ本として、とても使いやすく感じました。生活指導や集団づくりは時代とともに変わっていくものですが、谷尻先生の熱いご実践は多くの先生方にとって参考になると思います。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 加藤舞、中澤歩)

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