「高校×地域」でいま何が起きているのか(第2回SCHシンポジウム西日本)

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目次

1 はじめに

この記事は、2019年8月19日・20日に広島県大崎上島町にある大崎海星高等学校で行われたイベント第2回SCHシンポジウム西日本「地域協働が拓く教育の未来~みんなで円陣を組もう!~」での浦崎太郎教授(大正大学地域構想研究所)の講演内容をまとめたものです。
 

講演内容 ~地域と連携した高校進化~

 
◯この半年間に世の中はどう変わったか?
◯今、なぜ「個別最適化された学び」なのか?
◯「マイプロ」を高校改革にどう位置づけるか?
◯「地域みらい留学」をどう加速させるか?
◯コンソーシアムをどう組織するか?
 

用語解説

 
SCHシンポジウム

SCHとはSchool Community High schoolの略。高校・行政・民間などのセクターを越えた対話の学び場です。これまで東北芸術工科大学で5回開催されていましたが、一昨年度の第4回目に大崎海星高校の生徒10名が参加。西日本で開催したいという熱い想いから、昨年度第1回SCHシンポジウム西日本in大崎上島を開催。今回で2回目の開催となります。(第2回SCHシンポジウム西日本 イベントページより)

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高校魅力化プロジェクト

高校魅力化プロジェクトは島根県の高校で始まった事業で、その地域ならではのカリキュラム編成や公営塾の運営などを通して地元の高校を魅力的にしようとする取り組みです。高校の教員ではない「高校魅力化コーディネーター」が高校と地域をつなぐ役割を果たしているのが特徴で、現在は全国各地の高校に広がっている取り組みです。

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全国高校生マイプロジェクトアワード(略称:マイプロ)

探究型学習・マイプロジェクトを実行した全国の高校生が、書類選考や校内・地域の発表会、地域大会を経て、一堂に会しプロジェクト活動を発表する、日本最大級の高校生アクションアワードです。(全国高校生マイプロジェクトアワード HPより)

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2 この半年間に世の中はどう変わったか?

2018年2月24日・25日に山形でシンポジウムが行なわれてから今日までの半年間に、「高校と地域連携」に関わる状況が大きく変化しました。今日はまず、この激動の半年間で何が起きたのかを簡単に説明していきます。

民間プロジェクトの連携

2018年3月24日には「全国高校生マイプロジェクトアワード(マイプロ)」が開催されました。高校生がプレゼンをする昼間の部だけでなく、夜の部も強く印象に残っています。

というのも、夜の部ではマイプロ、SCH、カタリバプラットフォームなど、民間の教育関係者が集まり、それぞれがバラバラになって動くのではなく連携して一緒に良い教育をつくっていこう、という話で盛り上がったのです。とても感動的でした。

文部科学省「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」

マイプロの翌日には、文部科学省で「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」の指定校の審査が行なわれました。

私の中ではこの1年間で高校と地域の連携は盛り上がっていた印象だったのですが、申請内容を見てみると事業の趣旨が十分に伝わっておらず、とても残念でした。

この事業を推し進めている文部科学省は、週に1,2時間の総合的な学習の時間だけで次の時代を担っていく若者を育てることは不可能だから、普通科目も含めて授業時間の全てをうまく構成して資質・能力を最大限に高めていくという考えをもっています。

こうした採点基準は文部科学省のホームページにも明記してあったのですが、十分に理解されていなかったことが浮き彫りになってしまいました。

そこで、高校に求められていることをきちんと文書にして世に出した方が良いという意見でまとまり、急きょ「所見」という形で文部科学省のホームページで公開しました。

地域との協働による高等学校教育改革推進事業の2019 年度指定を踏まえた所見

ここで一番お伝えしたかったのは生徒の主体性についてです。たとえば「地域課題について取り組めば良い」という発想で、「人口減少対策を考えろ」と高校生に言ったところで、高校生からすれば迷惑な話ですよね。高校生は「誰が人口減少を起こしたんだ」と思っています。そうではなくて、生徒が探究したいと思える内容を扱うべきです。

文部科学省「地域との協働による高校教育改革」研修会

この事業に採択された指定校や次年度にむけて新たに挑戦したいという学校を対象として、4月26日に大正大学で研修会を行いました。3月下旬の審査から間もないタイミングで研修会を行なったのは、5月の10連休の間に各学校で準備をしてもらって、連休明けから取り組みが変わることを狙ったからです。この会を通して、文部科学省の考え方はかなり浸透したのではないかと思います。

内閣府「まち・ひと・しごと創生総合戦略」

2020年度には、国の定めた「まち・ひと・しごと創生総合戦略」が第2期を迎えます。私もこれに関わる内閣府の会に呼ばれて、「なぜ今、高校と地域で連携しなければならないのか」について意見を表明する機会がありました。

そのときに分かったのは、国の取り組みとして
・高校段階での「ふるさと教育」等の探究的な学び
・高校に市町村が実質的に関与する体制の構築
・地方の魅力ある高等学校等への地域外留学等の促進
・市町村・高等学校・小中学校・大学・卒業生・民間団体等の多様な主体による「地域・高校魅力化コンソーシアム(仮称)」の構成
などが挙げられていたことです。つまり、文科省だけではなく、国の動きとして「高校と地域連携」の優先順位がかなり上がってきているのです。これまで民間や有志でやってきたことを、これからは国としてやっていきましょうということが打ち出されたわけです。

2020年度には具体的な動きが起こってきます。

個別最適化

教育界では、令和に入ってから「個別最適化」という言葉をよく耳にするようになりました。「マイプロ」実行委員長の鈴木寛さんが打ち出し、ここ広島県の教育長の平川理恵さんも推し進めています。広島県教育委員会には「個別最適な学び担当課」が設置されました。

このように、この半年間でたくさんの変化が起きたのです。

3 今、なぜ「個別最適化された学び」なのか?

「個別最適化された学び」とは

今日ここに集まっているのは特別な高校生たちです。彼らは自分のやりたいことが何か分かっています。

大人側が、「こんなのはどう? あんなのはどう? 」と様々な素材を提案して、それに対して高校生が「これだー!」とのめり込むことによって、その学習テーマに対して「恋する」高校生が生まれるわけです。


(図は講演資料より引用)

これまで進学校では、朝から6~7時間、忍耐力を高めるトレーニングを3年間行ってきました。でも、やりたくもないことを我慢しながらやるのではなくて、本当にやりたいと思ったことを自らの意思で極めていく、そんな学び方をしている高校生が今どんどん現れてきているのです。

「society 5.0」と「探究」

ではなぜそんな学び方が必要なのでしょうか。キーワードは、「society 5.0」です。
society 1.0 は狩猟採集社会。
society 2.0 は農耕社会。
society 3.0 は工業社会。日本はこの時代に急成長しました。
society 4.0 は情報社会。ネットを使って簡単に情報が手に入る社会です。
society 5.0 はAI社会。令和の間には、この時代を迎えるかもしれません。

AI社会が来ても、人間らしく生きていくために必要なのが「探究」する態度や能力です。

ここで「探究」の一例をお示しします。昨年の5月、長野県の飯山線に乗って車窓を眺めていたときに
「なぜ、山間部なのに平野が広がっているのか?」
「なぜ、“千曲川”はこんなに水量が多いのか?」
と疑問を持ったのですね。そこで、私の記憶から情報収集をして、整理・分析して、まとめたのが、これです。

こういうのが探究なのだとイメージできたところで、AIが苦手なことを列挙すると、
①現場で「感じること」
②問いを立てること
③意味を味わうこと
となります。それは、探究する態度や能力を持っていればAIは怖くないことを意味します。

「探究」と「地域連携」

ここでなぜ地域連携が必要になるのかというと、課題を発見する(問いを立てる)ためには現場(地域)で「感じる」ことが必要だからです。いくら机の上で考えても、浮かぶ問いや発見できる課題は限られます。それは、教室で発揮できる五感はすごく限られていて、地域という現場に出た方がよいからです。また、同じ現場に出ても人によって感じることは様々です。感じることが違えば、立てる問いも違うはず。となれば、集める情報も、得られる結論も異なるのは当然です。つまり、学びとは本来、一人ひとり別々のものであり、主体的に学ぶ限り、当然そのテーマは人と違うものになるはずです。

それぞれが自分の興味関心に合ったテーマで探究できる環境をつくるのは、当然学校の中だけでは限界があります。地域に協力を求めることで、生徒が「これだ!」と思えるものが見つかる可能性が上がるのです。

地方創生の面でも、高校生に地域で活動する機会を提供することは有効です。それは、若者は成功体験を積んだ場所に帰ってくる傾向があるからです。「そこならば、自分はうまくやっていける」というイメージが湧くところに行くものなのです。

つまり、地域側にとっても、より多くの大人が高校生に関心を持つことで高校生の成功体験がたくさん生まれ、より多くの高校生にまた帰ってきてもらえる、という流れはメリットになるのです。

実際の動き

「個別最適化」などの話は、決してスローガンではありません。既に動き出している話です。

たとえば来年度、長野県に次のような県立の通信制高校が誕生します。

一番の特色は、高校生が地元の人たちと一緒に地域のプロジェクトに取り組んで、一緒に社会をつくっていくことです。

実際にプロジェクトに取り組むにあたって、高校生が「その時間は授業があるので会議に参加できません」というのでは困るので、登校する日は自分で自由に決めて、高校の勉強は家でネットでできるようになっています。

これまでの学校教育との違い

さて、これまでの日本の学校教育は、society 5.0(AI社会)以前に、society 4.0(情報社会)にも対応できていません。society 3.0(工業社会)時代の教育です。

工業社会では、規格品を大量生産すれば、国も社会も人間も豊かになります。だから、学校でも「言われたことを速く正確にできること」が求められてきました。

また、ネットがない時代は知識に「賞味期限」がなかったので、若いときに知識を身に付けておけば一生生きていくことができました。私たちの世代は今もこの感覚を持っています。そして、身に付けた知識を吐き出すことしかできません。だから、日本は停滞期を迎えているのです。

ネット社会では、知識があっという間に拡散するので、すぐに知識の賞味期限が切れてしまいます。だから常に新しい知識・知恵・価値を生み出し続けないといけないのです。

4 「マイプロ」を高校改革にどう位置付けるか?

マイプロでは、地方大会でも「どうしてこの高校生はこんなに高いハードルを超えてしまえるんだろう!?」と感銘を受ける発表に出会います。なぜそこまでできるのか。それは、その課題がその高校生にとって<やらずにはいられない切実なもの>だからなのだと思います。

これからは、特別な高校生だけではなく、すべての高校生がマイプロに出場するような人物になれるような教育をつくっていくべきだと考えています。そのためには地域の課題を「自分ごと」にしていくプロセスが非常に重要になります。

すべての学校でマイプロを行なうためには、マイプロだけではなく、各生徒の興味関心と地域の課題とを効果的にマッチングする組織(地域・教育魅力化コンソーシアム(仮称))を地域につくることが必要です。

地域課題解決と個別最適化

現在、国が求めているのは個別最適化された学びです。問いや課題に当事者性があります。

一方で、これまで「地域連携」として行なってきたのは地域の課題を解決する学びです。

しかし、「地域課題解決」と「主体的な学び」は別物です。高校魅力化が進んでいる地域の先生やコーディネーターの方々は、地域課題に当事者性を持たせること、つまりこの図の2つの円を重ねることに関して、気が遠くなるような努力されてきました。

その必要性を理解して実践している地域ではこの学びはとても効果的です。ただ、表面的にその真似をして「人口減少課題について考えよう」というレベルの学習をさせている地域ではまったく効果がありません。良い取り組みでも、広まれば広まるほど表面的なコピーになってしまうことがよくあります。それによってかえって地域に出ていきにくくなっている現状を危惧しています。

もともと別物である黄色の円と赤の円を重ねる努力をすること、そしてこの取り組みを発信するときには赤の円、つまり個別最適化の文脈で語ることが重要になります。

「地域のために」という文脈でこの取り組みを始めようとすると、高校の中で「なぜ生徒をこの地域に閉じ込めないといけないのか」と炎上してしまいます。高校のミッションは、世界中のどこでも生きていけるような力を生徒に身に付けさせることですから、順番としては「世界中のどこでも生きていける力を身に付けた結果、地元でも生きていける」という状態を目指すべきです。そして、そのためにはどこか遠くのプログラムに参加するのではなく、日常的に地域で体験を重ねていく必要がありますし、そのために若者と大人の信頼関係は不可欠です。

高校改革も地方創生も、待ったなしの状況です。それぞれで別に取り組むのではなく、高校生と先生と地域の大人が関わり合い、一体となって変わっていくことが効果的です。

このようなアプロ—チは、高校の学習指導要領で求められている資質・能力である「どのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」とも調和しています。

5 「地域みらい留学」をどう加速させるか?

 
※地域みらい留学とは……都道府県の枠を越えて、地域の学校に入学し、充実した高校3年間をおくること(「地域みらい留学」HPより)

日本の多くの若者が、高校→大学→社会においてどのように学び、どのように社会に出ていくのかを追跡する「トランジション調査」が現在行なわれているのですが、その中間報告で「大学に入ってからは社会人基礎力は変化しない」という結果が公表されました。

では、この調査結果の深意を理解した企業の採用担当者は、どんな対応をとるでしょうか。当然、偏差値の高い大学の学生であることよりも、その学生が高校でどのような学びをしてきたかに注目するはずです。そうなると、地方で地域と深く連携している高校の方が圧倒的に有利になります。そして、都会の中学生が敢えて地方の高校に進学する、という動きが加速します。

地方の小規模校であれば、この夏に動き始めればすぐに来年度から変わることができます。

この夏に地域連携のイメージを学校と地域とで共有できれば、秋に予算化を進められます。年末には地方創生に関する閣議決定によって先ほどお話したコンソーシアムの話が下りてくるので、それが追い風になって来年度には地域連携が始められます。それによって数年後には都市部から入学してくる生徒が増え、人口流入につながります。

具体的な「地域探究」の展開

「現場に出て」「感じて」「問いを立てる」というのは、相当時間がかかると思います。

ですから、1年生の夏休みに色々な現場に出て感じて問いを立てて、年末頃までにMyテーマを確定して、あとはスピーディーにサイクルを回していくのが現実的な流れかと思います。

これまで、全国募集校の多くでは総合的な学習の時間だけを使って個別的・探究的な学びを行い、国語や数学などの普通科目では受動的な一斉授業を行なうことがほとんどでした。しかしそれでは生徒の資質・能力を十分に育成することはできません。現在求められているのは、総合的な学習の時間での学びをより深めるために普通科目でも個別的で探究的な学びを行なうことです。今はそれを高校の周りの魅力化コーディネーターばかりが頑張っていて、高校の先生方は従来型の受験教育に力を入れている、というアンバランスな例が少なくありません。

「カリキュラムマネジメントができている状態」というのは、ありとあらゆる授業を使って資質・能力を高めていける状態のことです。

6 コンソーシアムをどう組織するか?

学校と同じく、実は行政の手続きも現在はsociety 3.0(工業社会)状態です。学校をsociety4.0(情報社会)以上に変えていくためには、行政もsociety 4.0以上に変えていく必要があります。例えば、幅広い分野から集まる検討会では、各委員からどんな問いが出てくるか分からないものですが、これまでのように、事務局が何から何まで先回りして考え、説明し倒していては、全体最適解は得られませんし、委員さんたちの参画性も高まりません。

学校も行政も、地域のあらゆるセクターの人たちがアップデートしていかなければならないのです。

7 プロフィール

 
浦崎太郎氏
 
大正大学 地域構想研究所 教授。
1965年岐阜県生まれ。1989年度より岐阜県で高校教師として勤め、学校と地域が連携・協働して人づくりと地域づくりを一体的に展開する仕組みについて実践的に研究。2015年度には文部科学省中央教育審議会学校地域協働部会専門委員を務め、2017年より現職。2018年度、文部科学省高等学校教育改革に関するアドバイザーに就任。現在は高校・地域・大学の3者連携により人材回帰をはかる仕組みの確立に向けて尽力中。

8 編集後記

このイベントには、各地の高校魅力化コーディネーターの方々や行政職員、高校生や大学生も参加していて、会場は熱気にあふれていました。知らなかった話もたくさんありましたが、この流れを学校や地域で共有して一体となって動いていくことで、日本の学校は地方から変わっていくのかもしれない、と感じました。

この講演の後、各高校での取り組みの発表や、夜の懇親会を挟んだ翌日にはテーマごとの対話、ふりかえり等が行われました。
(取材・編集:EDUPEDIA編集部 平原由羽)

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