1 はじめに
本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。
本記事では、第64回「第二次世界大戦」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら。
2 「こころの窓」について
教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将・リーダーがどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。
そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。
解説編
こんにちは。今日もがんばりましょう。
今日のお題は「第二次世界大戦」です。
ドイツは、第一次世界大戦の莫大な賠償金と世界恐慌に苦しみ、この不景気を乗り越えるために、ドイツのナチス党率いるヒトラーが、ベルサイユ条約を無視して軍隊を組織し直して、戦争の準備を進めていきました。そして、1939年9月にソ連と不可侵条約を結んでソ連から攻撃されないことを約束してから、第一次世界大戦後に奪われたドイツにとって重要な貿易港がある、ダンツイヒを取り返すためにポーランドに侵入しました。これに怒ったイギリスとフランスはドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まったのです。
しかし、ヒトラー率いるドイツは、ものすごい勢いで攻撃を続け、デンマークやノルウエ―を攻撃し、さらにオランダやベルギーを占領した後、フランスをも占領していきました。そして、1941年には日本とイタリアとの間で日独伊三国軍事同盟を結んだあと、ドイツはヨーロッパの大部分を占領し、自らの約束を破ってソ連にも攻撃を始めたのです。
戦争が長期化してくるとドイツ軍はだんだんと反撃されはじめ、アメリカ軍によるノルマンディー上陸作戦により、戦争の流れは一気にアメリカ、イギリス、ソ連の連合軍が優勢となり、1945年4月にヒトラーが自殺したことでドイツは降伏したのです。
おびただしい犠牲者を出したこの戦争で、もう一つ大きく悲しい歴史がありました。それは、何の罪もないユダヤ人を、ヒトラーが大虐殺したのです。もともとヨーロッパには宗教の対立からユダヤ人を迫害してきたという歴史がありますが、これを利用してドイツ国民をナチスの支配下に置くためにユダヤ人を虐殺したのです。はじめはポーランドのユダヤ人を国外に追放しようとしましたが、数が多すぎたためにできませんでした。そこで、「ゲットー」とよばれる強制居住区に隔離しましたが、戦争が長引くとこれもむずかしくなり、最終的には絶滅収容所で虐殺をはじめたのです。虐殺されたユダヤ人はなんと600万人ともいわれています。
しかし、これとは真逆の歴史があります。それは1940年、ドイツとソ連の間くらいにある小さなリトアニアという国があります。この国の日本領事官であった杉原千畝(すぎはらちうね)さんは、ナチスの迫害からのがれようとしたユダヤ人たちに、ビザ(出国許可書)を発行して国外に出国できるようにしたのです。当時はヒトラーの力は絶大でしたので、どこの国もユダヤ人にビザを発行してくれませんでした。

そんな中で、この杉原さんは、日本の外務省にビザを発行する許可を取ろうとしたのですが、ドイツとは同盟を結んでいたため、外務相は許可しませんでした。しかし、杉原さんは悩んだ末に自分の判断で、ユダヤ人にビザを発行したのです。帰国命令が出ていたので時間がありませんでしたが、杉原さんがリトアニアを離れるまでずっとビザを発行し続けたのです。そのために、6000人ものユダヤ人がこのビザのおかげで、命を助けられたのです。今もユダヤの人やリトアニアの人たちから杉原さんは、神様のように思われているのです。すばらしい日本人の誇りですね。
復習問題と解答
1.ドイツが第二次世界大戦を始めた理由やその内容についてまとめてください。
ドイツは、第一次世界大戦の莫大な賠償金と世界恐慌に苦しみ、この不景気を乗り越えるために、ドイツのナチス党率いるヒトラーが、ベルサイユ条約を無視して軍隊を組織し直し戦争の準備を進めていきました。そして、1939年9月にソ連と不可侵条約を結んでソ連から攻撃されないことを約束してから、第一次世界大戦後に奪われたドイツにとって重要な貿易港がある、ダンツイヒを取り返すためにポーランドに侵入しました。これに対してイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し第二次世界大戦が始まったのです。
2.ヒトラーは何のために、ユダヤ人を虐殺したのでしょうか。まとめてください。
もともとヨーロッパには宗教の対立からユダヤ人を迫害してきたという歴史がありますが、これを利用してドイツ国民をナチスの支配下に置こうとしたのです。はじめはポーランドのユダヤ人を国外に追放しようとしましたが、数が多すぎたためにできませんでした。そこで、「ゲットー」とよばれる強制居住区に隔離しましたが、戦争が長引くとこれもむずかしくなり、最終的には絶滅収容所で虐殺をはじめたのです。虐殺されたユダヤ人はなんと600万人ともいわれています。
3.杉原千畝さんの功績をまとめてください。
ドイツの近くにリトアニアという国がありました。この国の日本領事官であった杉原千畝さんは、ナチスの迫害からのがれようとしたユダヤ人たちに、ビザを発行して国外に出国できるようにしたのです。当時はどこの国もユダヤ人にビザを発行してくれませんでした。そんな中で、この杉原さんは、日本の外務省は許可しませんでしたが、悩んだ末にユダヤ人にビザを発行したのです。そのために、6000人ものユダヤ人はこのビザのおかげで、命を助けられたのです。
お疲れ様。ではまた次の「こころの窓」で逢いましょう。
3 ダウンロードはこちらから
中学歴史No.64.docx
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4 おわりに
不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。
この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。
不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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