中学歴史〜満州事変と二・二六事件〜(自主学習用教材「こころの窓」第62回)

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目次

1 はじめに

本記事は、東近江市の元中学校校長で現在は小学校講師を務める雁瀬徳彦さんが作成した「こころの窓」の内容を引用・加筆させていただいたものです。「こころの窓」は中学生向けの日本史教材で、不登校の生徒や、学校に登校できても教室に居られず別室で過ごす生徒が一人で勉強できるように作られています。雁瀬さんの取り組みに関しては、こちらの記事もご参照ください。

本記事では、第62回「満州事変と二・二六事件」の内容について紹介しています(教材の本文は編集せずに掲載しております)。ほかの単元の記事をご覧になりたい方はこちら

2 「こころの窓」について

教材の一枚目を見ていただくと分かりますが、教材の文章を読むと歴史の流れがよく分かります。現在使用されている学校の教科書は写真も多くとても見やすいように思いますが、初めて歴史を学ぶ子どもたちにとって、とても難しい写真や資料です。また、教科書の文章には事実が羅列されているだけなので、歴史の事象がドラマティックであることや、当時の武将・リーダーがどんな思いで戦いや政治を行っていたかという感動が伝わってきません。だから、不登校の子どもたちが学校の教科書だけを使って一人で勉強しようと思ってもなかなか続かないのです。

そこで、子どもたちが一人で楽しく歴史の勉強ができるようにプリントを作成しました。また、次のページには復習問題があります。ほかの教材だと、「794年に何がありましたか」という語句を答えさせる問題が主流です。このプリントには語句を答えさせる問題ではなく、「なぜ、都を奈良から京都に移したのですか」という問題が載っており、起こった事実に対して、その原因や結果について子どもたちに考えさせる問いになっています。

解説編

こんにちは。今日も一緒にがんばろう。

今日のお題は、「満州事変(まんしゅうじへん)と二・二六事件」です。

第一次世界大戦が終わり、日本はヨーロッパへの輸出がなくなり、不景気になりました。そこに、世界恐慌が起こったために、日本は大変な不景気となったのです。そうしたなかで、日本政府はこの不景気を乗り越えるために、中国の北東部(満州・・まんしゅう)に、植民地を広げていこうとしました。そこで、1931(昭和6)年9月に、日本の支配下にあった南満州鉄道の奉天(ほうてん)で、鉄道爆破事件を起こしました。そして、この爆破は中国がしたことだとでっち上げて、満州に軍隊を送り込んで満州全体を占領してしまったのです。これを満州事変(まんしゅうじへん)といいます。

この頃になると、日本の政府の中で、軍隊(軍部ともいいます)の発言力が強くなり、話し合いで政治を進めようとする政府のいうことを聞かなくなりはじめました。そして、満州事変の翌年には、満州国(まんしゅうこく)という国を勝手につくってしまい、完全に日本の支配下に置いてしまったのです。

このことに怒った中国は、日本のこうした行動は武力侵略だとして、国際連盟に訴えて日本軍を満州から撤退させるように要求しました。そこで、国連からリットン調査団が派遣され、この事件を調査しました。その結果、国連は日本軍に満州から撤退するように言いました。しかし、これを日本政府は無視して、国際連合からも脱退してしまいました。こうして、日本もドイツやイタリアと同じように世界から孤立してしまったのです。

また、日本国内では、話し合いで政治を進めていこうとする政治家に対して、1932(昭和7)年5月15日に、海軍の青年将校(せいねんしょうこう・・・若い身分の高い軍人のこと)らが反乱を起こし、犬養毅(いぬかいつよし)首相(しゅしょう・・総理大臣のこと)を、暗殺してしまうという事件が起こりました。これを五・一五事件といいます。

さらに、1936(昭和11)年2月26日には、陸軍の青年将校らが、内閣の大臣たちを次々に暗殺し、国会議事堂周辺を占拠するという事件が起こりました。これを二・二六事件といいます。この事件はしばらくして鎮められてしまいましたが、この事件以降、日本の政治家たちは発言力をなくし、軍部が政治を進めていくようになるのです。そして、日本は再び戦争への道を歩みなじめるのです。

今日もよく頑張りましたね。では、復習問題に行ってください。

復習問題と解答

1.日本軍は何のために満州事変を起こしたのですか。そのねらいと事変の内容をまとめてください。

第一次世界大戦が終わり、日本はヨーロッパへの輸出がなくなり、不景気になりました。そこに、世界恐慌が起こったために、日本は大変な不景気となったのです。そうしたなかで、日本政府はこの不景気を乗り越えるために、中国の北東部に、植民地を広げていこうとしました。そこで、1931(昭和6)年9月に、日本の支配下にあった南満州鉄道の奉天で、鉄道爆破事件を起こしました。そして、この爆破は中国がしたことだとでっち上げて、満州に軍隊を送り込んで満州全体を占領してしまったのです。これを満州事変(まんしゅうじへん)といいます。

2.五・一五事件についてその内容をまとめてください。

日本国内では、話し合い出政治を進めていこうとする政治家に対して、1932(昭和7)年5月15日に、海軍の青年将校らが反乱を起こし、犬養毅首相を、暗殺してしまうという事件が起こりました。これを五・一五事件といいます。

3.二・二六事件についてその内容をまとめてください。

1936(昭和11)年2月26日には、陸軍の青年将校らが、内閣の大臣たちを次々に暗殺し、国会議事堂周辺を占拠するという事件が起こりました。これを二・二六事件といいます。この事件もしばらくして、鎮められてしまいましたが、日本の政治家たちは発言力をなくし、軍部が政治を進めていくようになるのです。そして、日本は再び戦争への道を歩みなじめるのです。

3 ダウンロードはこちらから

歴史No.62.docx

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4 おわりに

不登校の子どもたちにとって一番大切なことは、何が何でも学校に登校させることではなく、家であろうが別室であろうが自立の力をつけてあげることだと考えます。誰かに言われて取り組む学習を重ねるのではなく、自分で考えて自分で学習できる力をつけることが大切です。その上で、学力をつけていくことが「生きる力」につながっていくと思います。

この「こころの窓」は、一人で勉強するために作ったプリントです。閉ざした『こころの窓』を開けて、社会に出て行くための勉強をがんばってほしいと考えてこの題名をつけました。

不登校に悩む子ども達の力になることを祈っております。

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