職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編②慈尊院の修復

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目次

1.はじめに

本記事は文部科学省から許可を得て、文部科学省動画チャンネル上の「文化財のプロフェッショナル」を掲載させていただいております。以下のURLとあわせてご覧ください。
http://www.youtube.com/playlist?list=PL76F2B447B13008E4

また本記事は「職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編」の一部です。全記事を見ていただいた方が活用しやすいと思われます。こちらもご覧いただけると幸いです。

職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編① | EDUPEDIA

職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編②慈尊院の修復 | EDUPEDIA

職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編③構造の謎 | EDUPEDIA

職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編④過去からの手紙 | EDUPEDIA

職人技に触れてみよう! 伝統技術宮大工編⑤伝統建築の保護 | EDUPEDIA

2.概要

宮大工の西澤さんのお話、本動画で修復されている慈尊院(じそんいん)の紹介その様子を紹介します。本記事と並行して下の動画を鑑賞されることをおすすめします。

宮大工の挑戦VOL1 慈尊院の修復

3.宮大工の西澤さん(0:49~1:46)

修復するために、気が遠くなるような単純作業の繰り返しでデータを集めます。そして、昔の正しい像を想像して、そのように修復していきます。新築は作品として自分の思いを建物に組み込んでいけるのに対し、修復は前に建てた人の考えがどのようなものであったのかを推察してそれに忠実な復元する必要があります。そのため、修復より新築のほうが楽です。自分の創作という面からいうと、修復は自分の思いが反映されないと言えるでしょう。

4.慈尊院(じそんいん)の紹介(1:47~2:19)

高野山真言宗別格本山の慈尊院は、1160余年前弘法大師が高野山開創の時に高野山参詣の要所に当たるこの地に表玄関として伽藍(がらん)を草創しました。1499年(明応5年)に初重が完成しましたが、建設は一時中断され、多宝塔として完成したのは1624年(寛永元年)です。

※多宝塔とは寺院建築のうち仏教建築における形式の1つです。まとめのページで紹介した、和歌山県九度山町慈尊院のホームページ( http://www.town.kudoyama.wakayama.jp/dd.aspx?menuid=1407)に写真付きで掲載されています。是非合わせてご覧ください。
※伽藍(がらん)とは①僧侶が集まり修行する清浄閑静な場所 ②大きな寺、寺院の建物 のことです。

5.修復の様子(2:19~3:33)

どのくらい経年劣化が進んでいるか

全部水平でなければいけないのがこんな風に(2:36)になっています。くっついていなければならない木々同士が離れてしまっているのです。

これらの木札は何ですか?(3:34~4:21)

2つの役割があります。
①材木そのものに墨をつけると、消えないので困ってしまいます。そこで、木札を材木に打って、修理するための基準線を墨で写します。修理が終わり次第、木札をとれば、材木に何も跡が残らないで済みます。
②解体のためです。木札がどこにあったかなどの情報を書き、木材に打っておきます。

少しずつ解体しているのはなぜ(4:23~4:52)

解体量が多いため、調べなければならない量も多く気が遠くなります。貴重な情報を全部捨て去ってしまうことになるので、普通の解体のようにバリバリとは潰せません。

修復の具体的な様子(4:53~)

解体したパーツは構造を理解するため実測

それを基に手書きで大まかな設計図を書きます。

修復作業に先立って

設計図が存在しないので、実測データや調査した構造をコンピュータに入力して設計図を作っていきます。しかし全てを解き明かすには様々な‘謎解き’をしなくてはなりません。

(編集・文責:EDUPEDIA編集部 井上頌美)

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