1 はじめに
2013年9月、オランダ教育に詳しいリヒテルズ直子さんの引率のもと、オランダ教育視察ツアーに参加してきました。
オランダは、子どもの自由や個々人の発達を尊重した、のびのびとした教育を行なっています。この記事で、軽くではありますが、オランダの教室の雰囲気を感じていただけたらと思います。
2 幸福なオランダの子どもたち、孤独な日本の子どもたち
私がなぜオランダを見に行ったかを説明します。
それは、2007年にユニセフが発表した先進国における子どもの幸福度調査で、オランダの子どもが総合1位であることに衝撃を受けたからです。2013年にも先進国29カ国で調査結果が発表されましたが、同じくオランダが1位です。
(ユニセフ・イノチェンティ研究所 子どもたちに関するレポート発表p2 http://www.unicef.or.jp/library/pres_bn2007/pdf/rc7_aw3.pdfより)
また、この調査で、日本の15歳の子どもたちのうち、なんと29.8%が「孤独と感じる」と答えていたことが明らかになりました。これは先進諸国の中でダントツです。(先進諸国の子どもたちは平均5~10%ほどで、オランダはわずか2.9%)
上記の結果は、国民性や文化的な背景が原因でもあるのでしょうが、それでもやはり上の結果は気になるところです。
子どもたちが楽しく日々を過ごすには、どういたらいいのでしょうか?
そのヒントは、子どもたちが大半を過ごす学校における工夫にあるのかもしれません。
以下、日本でも最近注目されている「イエナプラン教育」について、ご紹介します。
3 自律と共生を学ぶ「イエナプラン教育」
オランダをはじめヨーロッパ諸国では、オルタナティブ教育(=先進的な教育。伝統的な従来型公教育に縛られない試みをする教育)が盛んです。
今回のツアーで私が見てきたのは、その中の「イエナプラン」教育。これから、その特徴の一部について述べていきます。
今回私が訪問したのは、イエナプラン教育で有名な、Dr.schaepmanschool(ドクター・スハエプマンスクール)です。
バレンドレヒト市にある200~300名規模の小学校です。
特徴① 異年齢学級による教え合い
イエナプランの小学校では、ひとつのクラスの中に違う年齢の児童が混ざっています。4−6歳児グループ、6−9歳児グループ、9−12歳児グループから構成されます。
子どもたちは、3年間を同じ教室の同じグループリーダーのもとで年少・年中・年長の三つの立場を経験しながら過ごし、それを繰り返しながら小学校を卒業してゆくのです。
ちなみに4−6歳児グループでは、クラスが変わる新学期のときに、年長と、新しく入ってくる年少の子をペア制にするそうです。
教室では、子どもたちが教え合ったり、着替えに手間取っている年少の子を年長の子が手伝ってあげているほほえましい光景が見られました。
こうすると、先生が逐一全員の面倒を見る、という負担が多少なりとも軽くなるのではないでしょうか。日本でも、異年齢学級は無理にしても、児童同士で学ばせたり、ペアや班の中で助け合う雰囲気をつくっていきたいですね。
特徴② サークル対話
イエナプラン教育では、朝や授業前などに、児童と先生で円になって座り、話し合うことをよくやります。
サークルの中の子どもたちは、輪になって先生の話に耳を傾けたり、クラスの中の役割分担を話しあったり、輪の中心に置かれたものをみんなで観察してみたり、家庭や登校中に経験したことをみんなに披露したり、時事テーマを討議したり、研究報告をしたり、みんなで一緒にゲームや遊びを楽しんだりします。
言いたいことがある生徒は、手を挙げて発言していきます。言いたいことがある生徒は、手を挙げて発言していきます。先生は、ここでは「知識を教授する者」ではなく、「ファシリテーター」として存在するのです。先生が黒板の前に立って喋り、その他の児童はそれを聞くだけ、という従来の形式とはずいぶん違います。ここでは、どの児童も先生も、対等です。
「なかなか手を挙げないで黙っている、引っ込み思案の子はどうするのでしょうか?」と私が先生に尋ねると、「特に強要して喋らせることはしない。そんなことをすると、『あてられないと喋らない』子になっちゃうからね。いつか手を挙げて喋るようになるまで、信じて待つんだ。」と仰っていました。
特徴③ 自立学習
イエナプラン教育では、子どもの自立性を尊重しています。授業も、常に先生が一方的に児童に教えるのではなく、大半が自習型です。
はじめに、先生と相談しながら、1週間単位で自分の勉強予定を立てます。勉強を強要されるのではなく、自分で「いま何が必要か」「ペースはどのようにするか」などを考えながらプロデュースすることは、意欲や責任感を生むのではないでしょうか。
写真は、曜日・時間ごとに教科で色を分けて塗っているところです。
そして、それにもとづいて、自習の時間に黙々と勉強します。児童同士でわいわいふざけたりして教室内がやかましくなるのでは、と思っていましたが、実際見てみると、全くそんなことはありませんでした。皆、自分の決めた勉強(算数プリントや読書など)を、静かに集中してやっています。
やはり、自分で考えて選んだ勉強は、強いられる勉強より集中できるのでしょう。
先生は、時々ゆっくりと教室内を巡回したり、教室の隅に座って、時間のかかる児童や理解できない児童の対応をしていました。
特徴④ オープンな教育
教室の隅には、たいていパソコンが置いてありました。児童はそれを自由に使って、分からないことについて調べたり、絵を描いたりしていました。
教員の方に、「あれはフィルタリングしていますよね?」と聞くと、「No」とのこと。「学校のパソコンで有害なサイトにアクセス出来ないようにしても、子どもたちがいずれ出て行く社会は、守ってはくれない雑多な世界でしょう。ならば、遠ざけて触れさせないのではなくて、世の中にはそういった有害な情報があるということ、そしてそれらとどう付き合っていくべきかを話し合って考えさせたほうがずっとためになる。」と仰っていて、とても感銘を受けました。
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1. なぜ有害なのか、どう有害なのか、しっかり学ぶ
2. それを知った上で自分はどうそれに付き合うかを考え、選択してみる
3. クラスでディスカッション
この発想は、とても示唆に富んでいます。
その他
↓カラフルな掲示物。教室全体がポップで楽しい雰囲気です。
↓教室の隅に、テーマを決めて展示するスペースがありました。これは、ある冒険の本の展示です。月ごとに変え、児童の興味や関心を広げるようです。
↓自分の名前を真ん中に書き、周りに好きなものをつなげて書いていく「マインドマップ」が飾られていました。これを掲示することで、クラスメイトのことをもっと知るきっかけにもなるのではないでしょうか。
↓高学年の教室の棚には、さまざまなゲームが入っています。中には、「モノポリー」なども。
イエナプラン教育をもっと知るには
ここで紹介させていただいたことは、あくまで私が見た一部分に過ぎません。
イエナプラン教育に興味をもたれた方、詳しく知りたい方は、ぜひリヒテルズ直子氏の『オランダの個別教育はなぜ成功したのか—イエナプラン教育に学ぶ』(平凡社2006年)、日本イエナプラン教育協会(http://www.japanjenaplan.org/index.html)を御覧ください。
最後に
このツアーで、さまざまな学校に連れて行って通訳までして下さり、質問にも丁寧に答えていただき、イエナプラン教育や日本の教育について考える機会をたくさん提供してくださったリヒテルズ直子さんに、心より御礼申し上げます。
4 講師プロフィール
リヒテルズ直子 氏
1955年下関市に生まれ、福岡市に育つ。九州大学大学院修了。専攻は比較教育学(修士)、社会学(博士課程単位取得中退)。81年から83年までマレーシア国立マラヤ大学に留学。83年から96年までオランダ人の夫とともにケニア、コスタリカ、ボリビアに在住。その間、通訳・翻訳業のほか、ボリビア国立サン・アンドレス大学で社会学を講義する。96年よりオランダに在住し、オランダの学校教育や社会事情についての自主研究を始める。また、日本からの視察団のコーディネートをする傍ら、日本でも旺盛な講演活動を展開。2007年にはオランダ・イエナプラン教育専門家の初の来日公演を実現させ、08年には駐日オランダ大使館に協力して、ユトレヒト大学からシチズンシップ(市民性)教育と特別支援教育の専門家を招きシンポジウムをコーディネートした。
著書に『オランダの教育—多様性が一人ひとりの子どもを育てる』(平凡社)、『オランダの個別教育はなぜ成功したのか—イエナプラン教育に学ぶ』(平凡社)、『残業ゼロ授業料ゼロで豊かな国オランダ—日本と何が違うのか』(光文社)、『いま「開国」の時、ニッポンの教育』(尾木直樹氏との著書、ほんの木)、『祖国よ、安心と幸せの国となれ』(ほんの木)、ほか多数。
1999年より「リヒテルズ直子のオランダ通信」を刊行(2002年からインターネットで公開:http://www.naokonet.com/)ブログ「地球を渡る風に吹かれて」も開設(http://naokonet.blogspot.jp/)。
5 編集後記
オランダのイエナプラン教育を目の当たりにして、「先生は何でも知っている完璧な存在である必要はない」「授業では児童が主役」だということに気付かされました。授業中にいきいきと考え、意見を発表している児童たち。本当に楽しそうでした。
日本の現状をただ悲観するでもなく、他国の教育を崇めるのでもなく、日本の文化に適した形でもっとよりよい教育を模索していくこと。そのために、今まで当たり前だと思ってきた教育を、新しい視点で捉え直していきたいと強く思いました。
(編集・文責:EDUPEDIA編集部 磯辺菜々)
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