夏野剛氏インタビュー(五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』)

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目次

1 はじめに

本記事は、2016年5月15日に東京大学で開催された五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』後に、ゲストの夏野剛氏(カドカワ株式会社 取締役)にインタビューしたものです。夏野氏は、現在話題となっているN高校の設立に携わっており、その話を中心として、このインタビューは展開しています。

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* 【第1部】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 【第2部 前半】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 【第2部 後半】五月祭教育フォーラム2016『学校の役割を問い直そう~公教育が「商品」に!?~』
* 陰山英男先生インタビュー
* 本田由紀先生インタビュー

2 夏野剛氏インタビュー

N高校設立の意義・動機

はじめに、N高校設立の意義・動機についてお聞かせください。

今、時代が多様化していることは誰も否めない事実となっているわけですが、その背景として、インターネットの利用の拡大などに伴い、ITが普及したことがあります。一般的にITというと、効率化のために使われるものと捉えられがちですが、そのベースとして、情報のアヴェイラビリティ(availability:入手可能性)が完全に変わってしまったことが考えられます。

「情報」と言うと、仕事の「情報」を思い浮かべる人が多いのですが、よく考えると勉強も情報を取得していることになりますね。教育現場というのは情報の習得に重点を置いていると考えるならば、ITを活用すべきは、まさに教育現場であったはずです。にもかかわらず、この20年間、ほとんど教育方法は改められてこなかった。

特に大事なのは初等・中等教育、つまり、小・中・高のなかにどれだけITを組み込んで、現代に合わせた教育方法を確立していくか、ということです。これは、もはや人類の課題なのです。

アメリカなど、海外では、日本と比べ物にならないほど高いレベルでIT技術を用いた教育手法が採用されています。日本では、これだけのITインフラが整っているにもかかわらず、ほとんど取り組みが行われていない。であれば、語るのではなくて、やってみせる、というのが一番大事なことです。そこで手始めに、義務教育過程では制約が多すぎるので、高校から取り組んでみようというのが、N高校設立の趣旨です。

N高校のような、ネットを活用する教育を普及させていきたいとお考えですか?

外の人はそのように捉えがちなのですが、私たちは「本来あるべき教育」を探っていくことに重点を置いていますので、必ずしもこの教育の形が普及することを目指しているわけではありません。ただ単に、N高校で学んだ生徒の人生が豊かになることを望んでいるだけです。

2つのソウゾウ

夏野さんの考える「本来あるべき教育」とは、どのようなものでしょうか?

わからない情報があれば、その場でネットデバイスを用いて、すぐ調べることができる時代ですので、いわゆる暗記など、データベース自体のイン・アウトプットをするだけの科目はいらないはずです。確かに、ツールとして必要な知識(例:英単語)を暗記するのはアリです。ところが、「1192年に鎌倉幕府ができた」など、ツールとして機能しない知識を詰め込むことには意味がないのです。

また、機械的計算についても、人間はコンピュータに勝てないので、その領域を伸ばす意味は無いのです。要するに、訓練によって伸びるような機械的計算という領域も、もはや教育の役割として外れているはずなのです。

では今、教育の重視すべき役割は何かというと、Imagination(想像力)とCreativity(創造力)の2つのソウゾウ力をいかに伸ばすかということだと思っています。では、この2つのソウゾウ力をフルに発揮できることは何かというと、「好きなこと」なのです。

好きなこと、集中できること、思いっきり情熱を傾けられることを「見つける力」と「見つける機会」を与えることが、教育の役割になりつつあると考えています。

2つのソウゾウ力について、もう少し詳しく教えていただけますか。

まずImaginationというのは、受け取った情報に自分流の変換を施す力といえます。例えば、ある謎の物体を見た時に、「これが生きていたならば、目はどこにあるのだろうか」などと、自分の興味・経験・能力などのあらゆる性質を複雑に絡み合わせて自由な発想をする力がImaginationです。これは、多様な経験をすればするほど身に付きます。もう1つのCreativityというのは、0から1を生み出す力です。現在無いものを創り出す力ともいえます。

この2つの力を育むために、教育現場では、正解は一つという考え方を改め、ディスカッションなどのインタラクティブな授業を設ける必要があります。実際、アメリカでは、高校時代からディスカッションを頻繁に行います。事前準備に基づいた自分の意見を表明する場が学校なのですね。

このような授業において、教師は、多様な考え方に対する器の大きさを要求されます。つまり、どのような意見が出てきても(明らかに不適切なものは除きますが)、それを受け止め、さらにその考え方を発展させることが、教師に求められるのです。

「好きなこと」の見つけ方

現在、学校の中で自分の好きなことを見つけられない子どもは少なくないと思うのですが、それについてはどのようにお考えですか?

見つけられないどころか、好きなことに触れる機会がないのだと思います。本来、面白いものに触れていれば、自然とそれが好きになるはずなのです。その意味でいうと、教え方一つ変えるだけで、教科に対する子どもの意欲も大きく変わります。

理系科目に関して言えば、単なる暗記や機械的計算に終始させるから、苦手意識を持つ子どもが出てくるのです。さらにいえば、「理系科目が苦手だから、文系の大学へ」「文系科目が苦手だから、理系の大学へ」というように、消極的な選択によって進路を決める人も少なくありません。

逆でしょう?「これが好きだから、この方向に進みたい」というのがあるべき姿のはずです。

教師には、教える内容に内在する真理や哲学を子どもに諭したり、現実世界への応用を考えさせたりして欲しいのです。そうすれば、子どもは教科を面白く感じ、さらには好きになるのではないでしょうか。

ここで、好きなことを見つけることは、2つのソウゾウ力を育むことと強く関係しています。2つのソウゾウ力を持っている人はどのような人かというと、簡単にいえば、好きなことに取り組んでいる人です。「好き」を別の言い方でいうと、「ある対象に非常に時間や労力をかけることを苦にしない」ということです。そうした対象に巡りあうと、必然的に2つのソウゾウ力がフルに働き出すのです。

ですから、多様な機会を与えられて、自分の好きなものを見つけることができたときから、子どもの2つのソウゾウ力が発揮されるのです。

それでは、学校が多様な機会を用意すべきであるとお考えになりますか。

学校が多様な機会を用意することに加え、多様な機会を許容することが必要だと私は考えます。つまり、学校内で完結する必要は必ずしもないのです。

学校外から多様な人を招いて、話をしてもらっても良いでしょう。学校外からの刺激を許容するわけです。例えば、町のお寿司屋さんの大将に、寿司の握り方を家庭科の時間に教えてもらうだとか、週ごとに生徒の親に代わる代わる来てもらって、仕事や家事の話をしてもらうだとか、色々なやり方があるはずです。どうして教科書に書いてあることのみを忠実に行うことだけが授業なのでしょうか。

これからの教員の役割

これから学校の教員はどのような役割を担っていくとお考えですか?

是非、人を育てるコーチの役割を担って欲しいと思います。これまでのteach、つまり、先生から生徒に、一方的に知識を教え込む時代は20世紀に終わりました。これからは、coachの時代になります。この子はどのような道に進むと良いのか、この子の得意分野はどこなのか、など、コーチングをしてあげることが重要になってきます。

また、担任ではなくて、生徒の人格に対する観点を全人的に持たないのであれば、逆に、この科目をどのようにして一番理解してもらえるかを考えて欲しいと思います。覚えない生徒が悪いのではなくて、どうすれば興味を惹くか、どうすればその知識を応用してくれるかなどを教員側が考えるべきです。

教員志望者へのメッセージ

では最後に、教員を目指している人に向けてメッセージをいただけますか。

「人を育てている」ということを忘れずに、そのために一番良い方法は何なのかを常に考えて欲しいです。例えるならば、RPGの育成みたいなものです。その人の適正に合わせて、経験を積ませることで、最高の成長を遂げるのです。一律な育成ではいけません。

教えることはAIに負けてしまいます。Google先生で十分ではないですか(笑)。ですから、「教育」から「育成」へ。育てて、成らせる。これが私の伝えたいメッセージです。

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3 夏野剛氏プロフィール

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授

カドカワ株式会社 取締役

1988年早稲田大学政治経済学部卒、95年ペンシルバニア大学経営大学院(ウォートンスクール)卒。97年NTTドコモへ。99年に「iモード」、その後「おサイフケータイ」を始めとした多くのサービスを立ち上げた。現在は慶應大学の特別招聘教授のほか、カドカワ、トランスコスモス、セガサミーホールディングス、ぴあ、グリー、DLE、U-NEXTなどの取締役を兼任。

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